『大奥』『きのう何食べた?』などを手がける漫画家、よしながふみさんによるインタビュー本『仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ』(フィルムアート社)が発売されました。全編語り下ろし、20時間以上に渡るインタビューをまとめたこの本では、よしながさんのデビュー作『月とサンダル』から、16年半続き昨年完結した『大奥』、映画にもなった『きのう何食べた?』まで、全よしなが作品が本人の言葉で解説されています。
LEE WEBでは、よしながさんにインタビュー。よしながさんの深い漫画愛から、BLというジャンルへの想い、時代を経て変化してきた多様な性のあり方や視線、恋愛観や結婚観について聞きました。またLEE愛読者でもあるというよしながさん、お気に入りのレシピやごはん作りのルールについても語ってくれました。
美しい男性を愛でる才能、それがBLへの芽生えでもある
――圧巻の362ページにわたるインタビュー本を拝読し、深い漫画愛を感じました。全作品を解説されていますが、インタビュー前に一度読み直したりされたのでしょうか。
いいえ。気恥ずかしくて全く……。ライターさんや編集者さんが慣れてらっしゃることもあって、ちょっと話したことや作品を丁寧に調べて注釈をつけて、まとめて下さったんです。インタビューは20時間ほどでしたが、7回に分けて休憩を挟みながら行いました。まさか全作品を振り返るとは思っていなくて、復習なしでその場でパラパラめくりながら話したものを、読みやすくまとめてくれています。
――まずお聞きしたいのが、BLについてです。LEE読者には、BL(ボーイズラブ、男性同士の恋愛をテーマにした漫画や小説)というジャンルについて知らない人も多いと思います。BLとは、どんなものなのでしょうか。魅力を教えてください。
私は小学生の頃から『日出処の天子』(山岸凉子)、『風と木の詩』(竹宮惠子)を読んでいました(こちら2作は、元祖BL作品としても有名)。
私が漫画を描き始めた頃は、BLというジャンルがなく“耽美系”とされ、本屋に並んでいました。雑誌『JUNE』で竹宮惠子先生が描いてらしたような、まつ毛びっしりの美しい男の子が出てくるような話ですね。その後、いわゆる“耽美系”ではないサラリーマンや学生の男の子同士のラブ・ストーリーを載せる雑誌が出てきて。「新しい呼称が必要だ」ということで生まれたのが、BL(ボーイズラブ)という名前でした。
漫画だけではなく、美しい青年が出てくる映画もそうですね。『メゾン・ド・ヒミコ』のオダギリジョーさん、『きらきらひかる』の豊川悦司さん、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のトム・クルーズやブラッド・ピット。一つでも引っかかっていれば、BLの芽生えなのかなと思っています。
――男性同士の恋愛だけでなく、ただ美しい男性を愛でるという感覚がBLを含んでいると。
1人の美しい男性を愛でるというよりは、男性2人の“関係性”を愛でる感覚です。ずっとこのジャンルをやっていると、もう男同士じゃなくても良くなってくる部分もあります。『ガラスの仮面』(美内すずえ)のマヤと亜弓、『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子)ののだめと千秋先輩の関係は、男女だけどBLっぽいと思っています。
BLが好きな人は、なんでも“受け”と“攻め”があると思ってしまうんです。机と椅子、キャップとペンとか(笑)。BLは、ずっと漫画で楽しんできたものでしたが、『おっさんずラブ』が登場したり、『消えた初恋』(ひねくれ渡原作、アルコ作画)がドラマ化されたりと、映像化されることで多くの人が見るようになりました。『消えた初恋』は、すごく爽やかな恋愛を男同士でしていて、しかもキスまでに時間がかかる。ストーリーがゆっくり進むこともあり、初心者でも入りやすいので入門編としておすすめです。
BLってどこにでもあるんですよ。これからはドラマや映画のテーマではなく、脇役の設定として自然と出てくるようになるんじゃないかと思っています。
恋愛のお手本は映画、そして少女漫画だったという意見も
――海外では、設定の中にLGBTQを入れなくてはいけなかったりしますよね。よしながさんは、そういった社会的意識からBLというジャンルを受け止めていたのでしょうか。
ここ10年の世の中の変わり方、BLという名前がついたことで認知は大きく広がりました。私はいろいろな作品を描いていますが、恋愛に関してはいつも低体温なタイプでした。
――最近は若者の恋愛離れも取り上げられています。低体温が普通になっているのかもしれない、とも感じます。
昔の人が高体温だったり、肉食系だったとは思えません。昔はお見合い文化があって、低体温の人たちが家庭を作るシステムがあったんですよね。今だと結婚相談所になるのかな。昔から、人に世話をされて結婚してきた人はいたんです。そんな日本社会に、恋愛とは何かを教えてくれたのが少女漫画だという意見もあります。恋愛の手本といえば、戦後のすぐの世代は映画でしたが、その後の世代では少女漫画だったのかもしれません。
――それで恋愛結婚も増えた、という流れですね。
物語の中では『逃げるは恥だが役に立つ』(『逃げ恥』)を代表にするような契約結婚ジャンルもあると思っています。社会を欺くために家庭が始まって、好きになっていくという流れですね。
『逃げ恥』でみくりちゃんが学生時代の恋人に、論理的に話す様子を「こざかしい」と言われるんですが、平匡さんは「みくりさんは魅力的です」と言ってくれる。なんて素敵なんだろうって。2人が話し合いをするのもいいですよね。今では、夫婦生活では「とにかく話し合え」「ルールを作ろう」と言われるのが普通ですが、20年前だと「理屈っぽい」と言われてしまったと思います。今のような空気になって、本当に良かったと思います。
――LEE読者の夫には優しい夫が多いせいか、どんなふうに妻に声を掛ければいいか、労を労えばいいか分からない、具体的なアドバイスが欲しいという人は多いと思います。
それに役に立つのが漫画なのかなと。具体的な会話があり、物語になっている。こんなシチュエーションでこう返す、それを知ることができるのが漫画や物語の力だと思います。
『何食べ』の着想は、身辺雑記から 。私はいつも「壁」を楽しんでいる
――私たちは、その物語から学び「ここは言葉にしなくちゃ」「行動で現さなくては」と確認する。よしながさんの漫画からも学ぶべきことが多くあると思っています。漫画のアイデアは、どこから生まれているのでしょうか。
音楽を作られている方もそうかもしれませんが、オリジナルは1%くらいで、今まで見てきた漫画の上にちょっと乗るくらいです。『きのう何食べた?』(『何食べ』)はエッセイのような感じで、周りの人から聞いたエピソードがたくさん盛り込まれています。例えば、知り合いの人が実家に帰るとトイレに手すりが付いていたという話を聞いて、筧さん(シロさん)の実家に手すりをつけてみたり。それにシロさんがショックを受けたり。身辺雑記的なものですね。
シロさんとケンジは男2人だけど、夫婦と同じように衝突やすり合わせがあるので、2人が違うところでイラッとしたり、話し合って譲歩したり。誕生日に祝いたいケンジと、どちらでもいいと思っているシロさん。ケンジがやりたいなら、どんなに疲れていてもお祝いするとかですね。
――2人は夫婦と同じ。『何食べ』のエピソードがすんなり受け入れられるのは、そんな理由もあったのかもしれないと気づきました。
まだコミックになっていませんが、ケンジの浪費癖の話は、担当さんのエピソードなんですよ。サブスク費がどんどん引き落とされて、解約する話です。あとは、ポイントで投資を始めたら半分くらいに減ってしまって、ポイント欲しさに無駄に買い物をしてしまったり。身辺な人の話をいろいろ参考にしています。
――よしながさんはあまりプライベートを明かされていませんが、漫画の中ではご自身のまわりで起こっていることを結構出されているんですね。
私が経験したことが入っていない訳でもないです。でも、キャラクターが私と似ているとかはないですね。それは先ほど言った、BLが好きということにも関係してくると思います。BLでは、恋愛の当事者のどちらにもならない読者さんは少なくないと思います。“夢女子”(ゆめじょし)という言葉をご存じですか? 男女のカップリングがあった時、女の方に自分が入る人のことを“夢女子”と言います。そこで憧れの彼と自分が付き合うという設定を楽しむ人ですね。少女漫画がそうですね。BLでよく言われるのが、2人が住んでいる部屋の“壁”になるという存在です。当事者どちらにもならない、受けにも攻めにも入らない。2人の関係性を愛でる関係です。いつもそういう立ち位置なんです。先生によっては主人公のどちらかに入って描く人もいるかもしれませんが、私は壁タイプなんです。
――当事者の後ろにある壁…! その立ち位置は、今まで考えたことがなかったですね。
私はそうやって楽しんできたんです。少女漫画の先生とあるタレントさんについて話した時、先生は「◯◯くんと付き合いたいですよね~」て言われたんですが、私は「◯◯くんと別のグループの△△くんがオフの時に旅行に行くとかいうエピソードを聞くと、ときめきますね」と返しました。妄想の方向性が違うんですよ。中に入っちゃう人と、外にいる人と。
――壁としての立ち位置を考えると、本の中で書かれていた「キャラクターが自分の分身だと思ったことはない」という言葉にも納得します。
私の中ではキャラクターが勝手に動いていく感じですね。別に自分のDNAを分けていなくてもいい。『何食べ』のケンジなんて、エピソードによっては1から10まで言っていることのほとんどが共感できないことが多くて。「えー!なぜ」と思うこともあるのですが、かわいいと思う瞬間もあったり。シロさんも面倒臭い性格ですし。シロさんにしろ、ケンジにしろ、お互いによく付き合っているなあと思います(笑)。でも2人の関係性を描くのは楽しいです。
映像化される、よしなが作品。現場で会って、一番嬉しかった俳優は……
――共感できないキャラクターは、どうやって気持ちを発展させていくのでしょうか。
そもそも共感することをそんなに重要なことだと思っていないのかもしれません。もちろん、気の合わない人はいっぱいいるけれど、それが本当に嫌いなのかということですね。好きだった漫画『PALM』(パーム)(獸木野生)のセリフにあったのですが、「憎い人間など誰もいない。いっしょにいられない人間がいるだけだ」と。
――そういった人間同士の関係性は、もともと敏感に感じ取っていたタイプですか。
いいえ。大学でも誰が付き合った・別れたとか全然気づかない、鈍感なタイプで。だから、その時びっくりした気持ちを後から考えて、「なるほど」と思ったことを漫画にすることはありますね。漫画だと、あたかも一瞬で考えて反応したかのように描けるので。
――これまでいくつか作品が映像化されていますが、中身に関してはどの程度関わっていらっしゃるのでしょうか。
基本、お任せしているんですよ。漫画を描くモチベーションが保てるように、あまり入れ込まないようにしています。漫画を描く時間をきっちり確保して、読者の方に漫画をきちんとお届けすることだけが、私の仕事だと思っています。ただ、現場は楽しいですね。原作を描いている特権で撮影現場にお邪魔させていただくことがあるのですが、静かに挨拶はしているものの、心の中では、「ぎゃー!」と騒いでいます(笑)。
――これまで撮影現場でお会いして、嬉しかった方はいらっしゃいますか。
特定の方のお名前を言うと角が立ってしまうかもしれませんが……ドラマ『大奥』で尾身としのりさんにご挨拶したのが、すごく嬉しくて。私は『鬼平犯科帳』という時代劇が大好きで、尾身さんが“兎忠(うさちゅう)”という仇名の同心の役をやってらして、すごく好きだったんです。実は、『大奥』のプロデューサーさんに「キャストに希望はありますか」と聞かれた時、「この役、尾身さんだったらいいな」とお伝えしたんです。そうしたらプロデューサーから編集部にお電話があり「決まりました」と。「やったー!」と思いましたね。
打ち上げの時は、ざわざわした雰囲気に任せて「お話を聞かせてください!」とお声かけして。鬼平の思い出話や中村吉右衛門さんのお話をしてくださいました。その時間が今でも宝物です。途中で主演の堺雅人さんが「なんの話してんの?」と聞いてきて、「火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらため)筆頭与力佐嶋(よりきさじま)様の話」と言うと「誰!?」って突っ込まれて(笑)。その時に尾身さんが「今度、朝ドラでお父さん役をやるんだよ」と教えてくれ、それが『あまちゃん』だったんです。ずっと幸せが続くような、本当にいい時間でした。
料理の材料は1週間分をまとめ買い、2日同じものを食べてもOK
――ちなみに『LEE』を読んでくださっているとのことですが、どのページが好きですか。
コウケンテツさんの連載、のっけめしが好きでした。今は、のっけめんですかね。表紙が深津絵里さん、菅野美穂さんだとインタビューをじっくり読みます。あと、料理の特集は好きですね。料理は毎日作っているので参考にします。
――メニューはどうやって決めていますか。
自分の食い意地が張っているので、自分が食べたいものを作ります。2日間までは同じものを食べてもOKというルールにしているので、2日分をどかんと1日で作ったりも。煮込みでも、炒めものでもやります。
――2日同じメニューは楽ですね。最近は簡単な料理が人気なので、それが特集にも反映されています。
『何食べ』で紹介している料理も、だんだんそうなってきています。とはいえ、やっぱり美味しいものも食べたいし、ギャラリーがいれば料理を出した時の反応も気になりますよね。それこそパートナーからはともかくとして、子どもさんに「えー!」なんて言われたらがっくりくる方もいらっしゃるでしょうし。
――食材の買い物はご自身でされますか。
もちろん行きますよ、1週間分をまとめて買います。毎日行くと無駄なものを買ってしまうのでまとめて行くようにしています。買い物も慣れてくると、1週間で足りる量が分かってきます。2人分ならブロッコリー1房、オクラ2袋、小松菜2束。1週間分の緑黄色野菜がそれでちょうどいい感じですね。緑黄色野菜以外はズッキーニ1本が100円を切っていたら買うとか、ナスは198円までなら譲歩とか。淡色野菜が高い時は、もやしやきのこを買いますね。乾物のひじきなどを買っておしまい!
――完璧な材料計算と相場も把握してらっしゃるところがすごい! 『何食べ』でも、よしながさんが作っているメニューがあるかもと想像しながら、ぜひ真似してみたいと思います。
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『仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ』
¥1980(¥1800+税)/フィルムアート社
よしながふみ=著、山本文子=聞き手
書籍の詳細はこちら
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武田由紀子 Yukiko Takeda
編集者・ライター
1978年、富山県生まれ。出版社や編集プロダクション勤務、WEBメディア運営を経てフリーに。子育て雑誌やブランドカタログの編集・ライティングほか、映画関連のインタビューやコラム執筆などを担当。夫、10歳娘&7歳息子の4人暮らし。