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湊かなえさん『カケラ』は「自分が幸せになるための美とは? 何度も考えて物語が生まれました」

2020.07.08

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美容整形をテーマにした心理ミステリーを完成させた湊さん。ヒロインの一人である医師の元には、やせていた若い頃の姿に戻りたい人、鼻筋をほんの少しだけ変えたい人、健やかな体を維持するために独自のポリシーを打ち出す人などさまざまな人物が現れる。美や外見についての物語を書いてみようと思ったきっかけは?

湊 かなえさん
「自分が幸せになるための美とは? 何度も考えて物語が生まれました」

「見た目なんて年齢や生活環境とともに変わるもの、という認識しかない私が、美容の世界を覗いたら何が見えるのだろうと思ったんです。実際にクリニックを取材させていただいたのですが『美に対してこんなに無知な者がお尋ねしていいの?』と思ったほどでした」

そして現場での取材を通して、新たな気づきがあったとか。

「先生のお話を聞くうちに、美容整形のクリニックって、見た目を直す場所でありつつも、最終的にはその人の内面にかかわる、カウンセリング的な役割も果たす場所なのだな、と。そのうえで施術メニューは美容院の延長みたいなとっつきやすさも。せっかくだから、私も肌のピーリングに挑戦したんですよ。そうしたらお化粧のノリがよくなって! これを機に自分の体を労ろうという気になれました」

こうした体験を経て、執筆中もいろんな思いが巡ってきたそう。

「外見を整えることで生きる力が湧いたり、自分の居心地がよくなるのはとても素敵だと思います。だけど全員が同じ美を追い求めるのは違うのかなとも。みんなが同じところへ幸せの価値を置くと、必ず理想と現実のギャップが生まれてしまう。そうなると周りに自分の理想を押しつけたり、逆に誰かから理想を押しつけられたり。結果、いつまでも何かが足りないと思ってしまう恐れも。その人にとって本当の幸せにつながる美しさとはなんだろうと思いながら、登場人物の心模様を描きました」

そんなキャラクターたちを翻弄するように、作中で使われるのがドーナツ。思わず「食べたい!」と思うほど、リアルな描写に。

「そう思ってもらえたら、作者としてはしめしめです(笑)。ドーナツって誰もが家で作れるし、おいしいですよね。でも食べすぎは美容の大敵だし、なぜか真ん中には穴があいている。人の見た目と心の空洞を表すものになるかなと。実は私自身は、随分作っていないんですが(笑)。手作りのお菓子と言えば、外出自粛期間中に炊飯器でカステラを作りました。ぐりとぐらのカステラみたいな出来で、娘をはじめ、家族にも好評でした」

すでにデビューから10年以上のキャリアを持つ湊さん。新人賞への投稿を続けていた頃、娘さんは幼稚園生だったそう。当時を振り返るとこんな思いも。

「なんで娘がコップの水をこぼしたぐらいで、あんなに怒っていたんでしょう。『今の不安も半年たてば笑い話』『その焦りはエネルギーの無駄遣い』って思います(笑)。娘も今や大学生。子育てが一区切りし、私の執筆時間も夜中から昼になるのかなと思っていたら。娘はコロナ騒動で自宅からのオンライン通学中です。でも遅かれ早かれ、昼が執筆の時間になるでしょうから、書くものも変わるかもしれません。独り立ちを目前にした娘には、それこそ世間の押しつけや、“湊かなえの娘”という目にとらわれることなく、彼女だけの幸せを歩んでほしいと願っています」

Profile
みなと・かなえ●1973年広島県生まれ。’07年『聖職者』で小説推理新人賞を受賞、受賞作を収録した『告白』でデビュー。同作で’09年、本屋大賞を受賞。’18年『贖罪』がエドガー賞候補に。『ユートピア』(山本周五郎賞受賞)、『夜行観覧車』『リバース』などヒット作は多数。

『カケラ』

美容クリニックに勤めているアラフォーの医師・久乃は、地元の同級生・八重子の娘が亡くなった事実を知る。八重子の手作りドーナツが大好きで、誰からも愛されていた明るい少女・有羽に一体何が起こったのか――。久乃の同級生たち、有羽の元担任教師など、たくさんの人物から浮かび上がる、美にまつわる心理ミステリー。¥1500/集英社


撮影/天日恵美子 取材・文/石井絵里

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