クセになる“ダラダラ恋話”映画! 韓国の鬼才ホン・サンスの“人生の機微を味わう”4作品連続上映中
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折田千鶴子
2018.06.22
韓国のゴダール?!ロメール!?いやトリュフォー!?
みなさんはホン・サンスという監督をご存知ですか? 絶対、知らなきゃ損ですヨ~!
韓国映画って、少しギラッと濃かったり、ベタだったりするイメージが強いのですが、そんな中、異色というか、なんとも軽やかな作風の監督さんなんです。軽やかで、でも別段お洒落ではなく(笑)、たまらなく面白くて人間臭くて、自由で、とにかくユニーク!
その作風は、フランスの名匠エリック・ロメールに喩えられることも多いのですが(監督自身、影響を受けた1本にロメールの『緑の光線』(85)を挙げるくらいですが、“韓国のゴダール”と評されることも)、私の中ではどちらかと言うと大好きなフランソワ・トリュフォー作品の楽しさに通じている気がするのですよね。
というのも、登場する男たちがみな女好きでグダグダで、かなりダメな奴らなのに、どうにも憎めずに惹かれてしまうから! そして現在、連続上映中の4作品に登場する男たちも、みな例に漏れずグダグダでダメな奴らです。でも、言葉を交わしたら思わず惹かれずにいられない…かもしれない……なんて思わせる、すっとぼけ具合をしています。
そう、新たなミューズ、キム・ミニ(パク・チャヌク監督の『お嬢さん』でセンセーションを起こした女優さん)を迎え、創作意欲が刺激されたのか、次々と作品を作り続けるホン・サンスの最新の4作品、『正しい日 間違えた日』(15)、『夜の浜辺でひとり』(17)、『クレアのカメラ』(17)、『それから』(17)が連続上映されています。
どの作品も面白いので、いっそ4作品、通しで行っちゃってください!! とにかく後を引く、クセになる4作品です。
これまでの最高傑作と評される『それから』
まずは、多作のサンス作品の中でも“最高傑作”と誉れ高い『それから』から。昨年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された作品です。
「何のために生きるの?」
<こんなお話>
若い女性アルム(キム・ミニ)が、大学教授の紹介で、小さな出版社にやって来ます。著名な評論家でもある社長のボンワン(クォン・ヘヒョ)と昼食を食べに出たアルムは、小説を書いていると打ち明けます。優秀だと持ち上げられたアルムは、気分良く「生きる理由は?」とボンワンに質問をぶつけ、意気揚々と持論を披露します。その午後、事務所にやって来たボンワンの妻に、浮気相手だと思われたアルムは、いきなりビンタを喰らってしまいます。夜、辞めると言い出すアルムをボンワンは必死で引き留めるのですが、そこへひょっこり数か月ぶりに元社員の愛人が現れ……。すると一転、ボンワン社長は、「やっぱり辞めて欲しい」とアルムに頼むのでした。
<ズバリ、ココが面白い!>
ストーリーを聞いただけで、「まぁ、なんてコトでしょ!?」と思わず噴き出してしまいますよね!? たった登場人物4人の、微妙な距離感や、微妙な力学が働く会話の妙が最高です。
最初、社長のボンワンは初対面のアルムに対して、必要以上に好意的にも見え、可愛い彼女を前に「泡よくば…」なんて思っている?と時々思えたりもするのです。それに対して、アルムの方も、得意げに議論を吹っ掛けたりする、その姿を見ていて何となくバツが悪いというか、変にドキドキしてしまいます。きっと自分(観客)の姿を、そこに見るからなんでしょうね。
そして妻、最後に愛人が登場し、社長ボンワンの身勝手さ、その言い訳やグダグダ欲望に流される姿に、思わず「おいおい」とツッコミつつ、噴き出してしまうのです。でも不思議と怒りが沸かない、いや、沸けない感じ。「しょうがないなぁ、もう」、と。何だろう、この不思議な愛嬌……。
被害者とも言えるアルムも、どことなくしたたかで、図々しく、ちゃっかりしていたりもするんです。そこもまた、チャーミングなんですよね! 人間の弱さとズルさ、したたかさ、それがシャッフルされてみんな妙に人間臭い。モノクロームの映像から浮かび上がる陰影に縁どられた世界に、「これが人生よね」とフムフムしたくなる、不思議な空気に包まれた一作です。
ヒロインから目が離せない! 『夜の浜辺でひとり』
昨年のベルリン国際映画祭で主演女優賞(キム・ミニ)を受賞した『夜の浜辺でひとり』。
『それから』も彼女が主演を務めましたが、というか、今回の4作品すべてヒロインを務めるキム・ミニの魅力が、新たなるステージに踏み出したホン・サンス作品を輝かせているのがよ~く分かります。フとした拍子の彼女の表情の移ろいが最高です!
「愛にふさわしい人はいるの?」
<こんなお話>
恋に疲れ、女友達ジヨンを頼ってハンブルクにやって来た元女優のヨンヒ(キム・ミニ)は、自分もこの町に住もうかな、と夢想します。かと思うと、公園でいきなり地面に頭をつけて祈ったり、ジヨンの友達の家で奔放に振舞ったりしながら、どうやら恋人が追い掛けてくるのを待っているらしいのですが……。それから数年後。帰国したヨンヒは、今度は東海岸の都市、江陵を訪れます。懐かしい面々と再会し、話をするうちに、ヨンヒは女優復帰を考え始めるのですが――。
<ズバリ、ココが面白い!>
失恋や恋に疲れて新しい生き方を模索しようとする、そんな時に女友達に頼って話を聞いてもらったり。あるいは異国の地で、感性が研ぎ澄まされる感覚を覚えたり。きっと誰もがそんな経験、ありますよね。ヨンヒのそんな姿に「あるある」と頷きつつ、同時にどこか独りよがりだったり、突拍子のない行動を取ったり、急に毒を吐いたりするキム・ミニ扮するヨンヒの、一風変わったヒロインから、もう目が離せなくなります。
こんなキュートでも、所詮は人間。酔ってくだを巻き、ヤケが差し込む、なんて姿に共感必至です。女のリアルに、心をチクッと刺されれながら、「お~い、ヨンヒ頑張れ~」とエールを送らずにいられなくなります。
何が現実で、何が妄想・幻想なのか、釈然としなくなっていく不思議な展開となる後半、でもそんなこともはや気にならず、スーッとヨンヒの気持ちの中に自分がストンと入っていくような感覚を味わえます。これまた味わい深い一作です。
人生を分ける“瞬間”がスリリングな『正しい日 間違えた日』
ホン・サンスと彼のミューズ、キム・ミニの記念すべき初タッグ作となった『正しい日 間違えた日』は、ロカルノ国際映画祭グランプリ&主演男優賞(チョン・ジェヨン)をW受賞しました。
「会いたかった」
<こんなお話>
自作が上映される講演のため、ある地方都市を訪れた映画監督のチュンス(チョン・ジェヨン)は、とある名所で魅力的な女性ヒジョン(キム・ミニ)に声を掛けます。絵を描いているという彼女のアトリエを訪れることになったチュンスは――。
<前半>ヒジョンの絵を「筋が通っている」と熱烈に誉め、2人はいい雰囲気に。でもその誉め言葉は「監督が自作を語った言葉と全く同じ」と判明し、さらに既婚者であることもバレ……。
<後半>ヒジョンの絵を見て感じたことを素直に言葉にしたチュンスは、ヒジョンを怒らせてしまう。険悪なムードなまま酔った監督チュンスは、「既婚者だけど君が好きだ~!」と訴え……。
<ズバリ、ここが面白い!>
前半と後半で違った展開を見せる、ちょっとした違いから変わっていく未来。「もし、あの時――」という空想や後悔は人生につきものですし、それをテーマにした映画も多々ありますが、本作も実にホン・サンスらしい面白さに溢れています。何しろ、人生が一変するような劇的な変化ではない、という慎ましさ。でも“ちょっとした違いで、ちょっとした気分、これから生きていく気分が違う”ということを実感させてくれるのです。そんな、さりげなく些細だけれど、スリリングな瞬間が人生にはある、ということを目撃し、そのフとした瞬間って、いつの、どんな空気に端を発したんだろう、とか、考え始めると止まらなくなってしまうんです。
しかも、監督チュンスのダメっぷりが最高です! ホン・サンス作品の男たちは、ほぼ“インテリのくせに女好き=スケベ”であることが多いのですが、本作もまた例に漏れず、という感じです。コケティッシュな女性ヒジョンを前に、惚れっぽい男の本能がダダ漏れ(笑)。それを取り繕う姿の可笑しいことといったら! グダグダとインテリっぽい言葉を紡ぎながら、メチャクチャ透けて見えてますよ~、という。
でも、<前半・後半>で、同じ人間が犯すちょっとしたミス、いや、ミスとまでは言えない“気分やタイミングのちょっとした違いによる言動の違い”で、後から振り返ったときに、嫌な思い出になるか、かけがえのない“ちょっと切ない”大切な思い出になるか、すごい大きく違ってくるんですね。ホン・サンス、本当に上手いなぁ、と実感させる好篇です。
映画祭の裏で、こんな物語が!! 『クレアのカメラ』
さて、今回の連続上映のトリを飾るのが、この『クレアのカメラ』です。
カンヌの正式コンペに出品された『それから』の裏で、この『クレアのカメラ』はアウト・オブ・コンペに出品されていたそう。どっちも選べないほど、この『クレアのカメラ』もとっても素敵な作品です。さりげなさ、何気なさ、は4作品中№1です!
<こんな話>
スタッフの一人としてカンヌ映画祭にやって来たマニ(キム・ミニ)は、女性社長ナムから「不誠実」だとそしりを受け、いきなり解雇を言い渡されてしまいます。一方、カンヌを訪れていた音楽教師のフランス人女性クレア(イザベル・ユペール)は、映画監督ソ(チョン・ジニョン)とカフェで知り合い、意気投合します。社長のナムを含め、3人で食事をしたクレアは、その後、散歩の途中で、海岸をぶらついていたマニと知り合い――。
<ズバリ、ここが面白い!>
なんか、すごく新鮮! 似たような、いえ、ホン・サンス作品らしい4作品を続けてみても、なんかすごく新鮮で、まだまだ観たくなるんです。個人的にはキム・ミニのコケティッシュさ、どこかふてぶてしいのに可愛くて、男たちが放っておけない魅力を最も感じたのは本作です。しかもフランスの至宝イザベル・ユペールが、またいいお味で! ホン・サンス作品には主演した『3人のアンヌ』(12)に続けての出演となるのですが、本作での飄々とした佇まいと存在感は、さすが大女優!
いきなり解雇されたマニは、青天の霹靂の出来事に驚き、戸惑い、何をどう納得すればいいのか分からない状況に放り込まれるのですが、そんな時でも、「最後に一緒に写真を撮ろう」と、嫌そうな女社長と顔をくっつけて自撮りしたりする、どこか「え?普通、そんなことする?」みたいな言動が、やたら可笑しくて笑ってしまいます。
解雇理由もきっと皆さんの予想が的中するかと思うのですが、それが明らかになってからの、クレアが絶妙に絡んでいく3人、女社長、マニ、監督ソの言動や運命にニヤニヤしてしまいます。人生って、やっぱりままならないなぁ、と。そして人間って愚かだけど、愛しいなぁ、と。クスクス笑いながら抱きしめたくなるようなちょっと素敵な本作から、カンヌの爽やかな風を感じて、とってもいい気分になると思います。
鮮度の高い会話劇に舌鼓!
いずれの4作品も、脚本のない即興、鮮度たっぷりの会話や言葉に、魅了されずにいられません。どの作品も「アチャー……」と顔を隠したくなる、絶妙な“間の悪さ”が所々に投入されていて、あるあると噴き出しつつ、まったくもって他人事とは思えない。本当に人生って一筋縄ではいかない。だから面白い。あがいたり、もがいたり、その姿は滑稽かもしれないけれど、そんな人間臭さがこの上なく魅力的。
4作品を観終えてしまって寂しい人は、ぜひ、過去作品をDVDなどでたどってください! そのどれも、やっぱりクセになる魅力満載です。
加瀬亮さん主演の『自由が丘で』(14)から入るも良し、私自身がホン・サンス作品にハマるきっかけとなった『気まぐれな唇』(02)もおススメです。パリを舞台に、留学生とある事情からパリにやって来た既婚男の、うまくいきそうでいかない恋愛、そのもどかしさやダメ男の純情が最高な『アバンテュールはパリで』(08)あたりも是非見て欲しい作品です。
多作の監督なので、嬉しいことに、全作品を観終えるには結構、時間が掛かる、それだけ長い時間楽しめるということ。
でも、せっかくなので、まずは劇場でお試しください。
ちなみにエンタメニュースでたくさん流れていますが、ホン・サンス監督とミューズのキム・ミニは、本当に相思相愛で恋愛関係にあるそう。現在、監督は奥様と離婚協議中ということですが、何となく……作品の中の、ダラダラした“だって好きなんだもん~”と惚れっぽいダメ男が監督にかぶって見えてしまいませんか。そうして、しょうがないなぁ、、、ククク……と笑いがこみ上げてしまったりするわけです。まぁ、不倫はいけないことではあるのですが。
さて、ホン・サンス4作品は絶賛上映中です。全国順次ロードショーされるので、日本津々浦々のLEE読者のみなさん、ちょっと不思議で自由で豊かな時間を、ぜひ味わってください~。
折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。