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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

天才ダンサー、ロイ・フラーの波乱の半生――。 映画『ザ・ダンサー』の監督×主演ソーコ インタビュー

  • 折田千鶴子

2017.05.30

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時代を切り開いた、ある女性の驚愕の実話

 暗闇の中に浮かび上がる、自ら発光するかのような幻想的な蝶の舞い!! その姿に思わず息を呑む! みなさんは、ロイ・フラーという女性ダンサーをご存知ですか!? きっと知らない方の方が多いですよね。かくいう私も映画『ザ・ダンサー』で初めてその存在を知り、驚嘆・驚愕したのですが、それも当然なのだそうです。鮮明な映像や写真がほとんど現存していないため、監督のステファニー・ディ・ジューストさんも「これまで彼女のことは、全く知らなかった」と語っていました。

映画は、幻想的な映像、ドラマティックな物語と、見どころが詰まっていますが、これが監督デビュー作とは思えないほど美しく力強い作品に仕上げた若き女性監督ステファニーさんと、主演女優のソーコさんが揃って来日しました!

左が監督・脚本のステファニー・ディ・ジューストさん。ミュージック・クリップ、広告など幅広い仕事に携わってきた才人。本作で長編監督デビュー。
右が主演のソーコさん。超個性的なミュージシャン。近年はクリステン・スチュワート(『トワイライト』シリーズで一躍ブレイクしたハリウッド女優。『パーソナル・ジョッパー』(16)など、国境を越えて活躍)との交際、破局で巷を賑わせたニュースが記憶に新しい。Photo:Masato Seto
Hair&Make up: Naoki Hirayama (Wani)

知る人ぞ知る存在のロイ・フラーですが、知れば知るほど驚きの連続です!! だって、かのロートレックやロダン、はたまたコクトーをはじめとする錚々たる芸術家たちのミューズだった、というのです。

近年、この“芸術が花開いた黄金時代”に彼女が与えた影響が研究され、ようやく“モダンダンスの祖”として認められたそうですが、なにゆえそんなスゴイ女性が歴史に埋もれてしまったのか……。

その理由の一つを彼女自身が担ったことも、映画『ザ・ダンサー』を観ればうっすら分かるのですが、その複雑な後味も本作の大きな見どころでもあったりします。

 

第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門正式出品/第42回セザール賞6部門ノミネート
監督:ステファニー・ディ・ジュースト
出演:ソーコ(「博士と私の危険な関係」)、リリー=ローズ・デップ(「Mr.タスク」)、ギャスパー・ウリエル(「たかが世界の終わり」)
原題:La Danseuse/2016年/フランス・ベルギー/仏語・英語/108分
配給:コムストック・グループ/配給協力:キノフィルムズ/
6月3日(土)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、Bunkamuraル・シネマほか全国公開
© 2016 LES PRODUCTIONS DU TRESOR – WILD BUNCH – ORANGE STUDIO – LES FILMS DU FLEUVE – SIRENA FILM

 

彼女の人生を映画にするのは、私の任務だと閃いた!

まずは、ロイ・フラーという女性、この天才ダンサーの存在を知ったときのことを、監督に聞いてみました。

監督「ある日偶然、布の向こう側にシルエットが透けて見える「ベルエポックのアイコン」というタイトルの、一枚のモノクロ写真を見つけたの。すごくモダンな感じがしたのだけれど、実は1900年に撮られた写真と知って、とっても驚いたわ!

その“ベルエポックのアイコン”こそ、ロイ・フラーだったのです。同時に、現代の誰も彼女の人生を知らない、ということも知り、彼女の人生を映画にするのは私の任務だ、と瞬間的に閃きました(笑)」

そして、監督は“彼女の人生をリハビリするつもりで、映画を作りました”と言うのです。一瞬“???”となりますが、その真意は何でしょう!?

「というのはね、彼女の芸術は常々ずっと色んな人に盗まれてきたのです。今でも、ロイ・フラーの映像としてアップロードされている画像を見ると、ほとんどが偽物なんです。そんな風に、彼女が作り出した唯一無二のダンスは、ずっと人々に盗まれてきたと言えるのです」

 

ダンスではなく、彼女の内面に興味を惹かれた

映画は、林の中の農場らしき場所で、父親と2人で暮らす場面から始まります。およそ華やかさとは無縁の地で、土にまみれた感じの暮らしに、思わず驚いてしまいます。この、田舎に住む若くて大きな女性がダンスを!?と……。

監督「アメリカ西部の田舎町で育ったロイは、美しいわけでも、スタイルが良いわけでも、育った環境が良かったわけでもなかった。彼女は、ただその意志の強さによって、たった一人で大西洋を渡り、芸術世界に革命を起こしたのです

 

<STORY>19世紀末のアメリカ。父を亡くし、母が暮らすNYに出て来たマリー=ルイーズ・フラー(ソーコ)は、女優を志望する。ようやく掴んだ役はセリフもなく短い出番だったが、ひょんなことからスカートの裾をつまんでクルクル回った姿が大喝采を浴びる。それを機に、色んなアイディアが溢れはじめ、幕間の5分間を踊るようになる。やがて舞台名を“ロイ・フラー”と決め、大きな布をかぶったような衣装でふわふわと踊る彼女のダンスが好評を博す。彼女のダンスに魅了されたフランス出身のルイ・ドルセー伯爵(ギャスパー・ウリエル)とも知り合う。やがて彼女は、自分が生み出したダンスを守るため、特許が認められているフランスへ渡る――。

監督「自分の肉体も、考え抜いた演出によって変えて見せたのよ。言うなれば、かなりのハンディキャップを抱えていた。それなのに、自分の力でマジックを起こした、というのがスゴイわよね!! しかも彼女がダンサーとしてデビューしたのは25歳。当時も今も18歳くらいがダンサーとなる平均年齢であることを考えると、かなり特殊よ。年齢的にもハンディキャップを背負っていた、ということ」

監督「私が興味をそそられたのは、一世を風靡した彼女のダンスではなく、そんな彼女が成功に至るまでの軌跡、なによりも彼女の内面だったわ。脆さと強さの混在した内面に、激しく興味が沸いたの!

 



親友同士で生み出した力作!

監督と顔を見合わせてお喋りをしながら、クスクス笑ったり大ウケしたりのソーコさん。非常に楽しそうな様子です。それもそのはず……。

ソーコ「私がこの役を引き受けたのは、ステファニーと一緒に映画を作りたかったから。私たちは昔からずっと友達で、センスや仕事のスタンスもとても似ているの。彼女が映画を作りたいという情熱や願望を持っていることも昔から知っていた。だから、ある日ステファニーから「映画の脚本を書こうと思う、あなたを主演にするつもりよ。強くて複雑なキャラクターを書くわ」と言われて、内容も聞かずに引き受けたのよ」

ソーコ:1985年フランス・ボルドー生まれ。本名はステファニー・ソコリンスキ。16歳でパリに出ていくつかの演劇学校に通うも、すべて途中で自主退学。自宅で楽曲を制作するように。07年に自主制作したミニアルバムの中の1曲「I’ll Kill Her」がデンマークで火が付き、北ヨーロッパでヒット。14年に彼女の「We Might Be Dead by Tommorow」をフィーチャーしたファッションブランド、レンのプロモーション短編映画「First Kiss」がYouTubeにアップされたのを機に、同曲が全米ビルボードのシングルチャートで9位にランクイン。女優としても活躍し、グザヴィエ・ジャノリの「A l’origine」(09)でセザール賞有望若手女優賞に、本作でセザール賞主演女優賞にノミネートされた。またマドンナが製作した短編映画「Her Story」に出演し、世界的に広く注目を浴びる。

ソーコ「それから脚本を受け取るまでに6年も掛かったけど、それだけに万全の準備ができたわね(笑)。6年の間に少しずつ書けた脚本を受け取っては、ちょっとずつ役作りをする、ということの繰り返しだったから」

ソーコ「ロイ・フラーが少しずつ成功していく過程を、役作りしながら、ずっとそばで見守っているような感覚があったの。しかもそれが歴史の真実なのだから、本当にすごいわ!! この映画に携わったのは、まるで大航海に出たような感覚だった

 

 

世界を熱狂させたダンスを忠実に再現したシーンも必見!

ソーコさんは見事、ロイ・フラーのダンスパフォーマンス、その舞台を、自身の肉体をもって体現してくれています。それはもう、蝶が浮かび上がるような、ため息がでる幻想的な美しさです。ところが彼女の息遣いも含めてリアルに描き出される、うっとり見惚れてしまうダンスは、実は身を削って可能になる過酷なダンスでもあったことが私たち見る者も体感させられます。

 

大成功を収めたロイは、若きダンサーたちを集めて団を主宰するまでになりました。伯爵のルイが持つ森の中の大邸宅で団は暮らし、日々研鑽を積んでいました。

監督「ダンスにまつわるシーンについて、映画で描いたことはすべて真実なの。彼女は一度舞台で踊ると、2日は踊れなくなったそう。45分間の舞台を終えると失神したように体に力が入らなくなり、倒れ込んでしまうシーンが映画にもあるけれど、あれも真実よ。それほど体力も気力も消耗するダンスだった」

ソーコ「「2ヶ月間、毎日訓練を積み上げて初めて、やっと彼女のダンスを踊れるようになったの。遂には、自分を鳥のように感じることもできた。ロイ・フラーを演じるにあたり、呼吸困難の苦しさ、衣装が汗臭いことも含め、自分の体で感じることが重要だったわ」

監督「最もすごいのは、彼女のダンスがエリートのインテリ層も大衆も、その双方をも惹きつけた点。“フォリー・ベルジェール”は大衆的な劇場でしたが、彼女のために一大リニューアルして、そこにみんなが集まって熱狂した。1万フランという、当時にしては破格のギャラを受け取ってもいたの。そう、彼女は当時のパリの、大スターだったのよ!」

実際に踊ったソーコさんの感想は、と言うと、「かなりのハードコアな体験だったわよ!」とエネルギッシュに笑いました。

ソーコ「彼女が踊っていた舞台の高さは3メートル。しかも周りは真っ暗で、その中でくるくる回っていた。方向感覚も失うし、非常に危険を伴う舞台なのよ。でも代役を使わず、私も頑張って自分ですべて踊り切ったわ」

ソーコ「撮影中は、このドレスが第二の皮膚のようだった。衣装を身につけて初めて役の気持ちになれることがあるけれど、特にこのロイという役に関しては、まさしくそうだった。ドレスを身につけたことで、彼女は“このドレスなしでは何者でもない人間だ”と感じていた、ということを私は感じたの

 

ロイはかなり複雑な内面を持つ女性でした。伯爵のルイとの関係も、友情以上恋人未満、同時にソウルメイトのような、誰にも分からない理解と絆で結ばれていたようにも感じられます。ちなみに、この伯爵ルイの存在だけは、フィクションとして登場させた人物とのことです。でも、きっとこんな人物も周囲にいたかもしれない……と興味を掻き立てますよね!

ソーコ「つまり、このドレスに自分を隠し、抽象的な形を作ることによって、このシルクの向こう側にはどんな女性がいるのかを妄想させる芸術でもあった、と。彼女は自己評価が極めて低い人間でもあったと思うわ

 

2人の天才ダンサーの情熱と愛の行方は――。

ロイのダンスに魅せられ、友人となった伯爵ルイのお金を勝手に拝借し、フランスに単身渡ったロイ。その無謀とも思える情熱と意志や大胆さに、同じ女性として尊敬の念を覚えずにいられません。今とは全く違う時代背景を考えると、その尊敬も倍増しますよね。

パリに着いた彼女は、突撃のように劇場<フォリー・ベルジェール>に直談判に訪れるのですが、当然ながら無名の彼女に支配人は剣もほろろでした。でも、そこに救いの手を差し伸べるのが、同じ女性であるガブリエルという劇場マネージャーです。以降、ガブリエルは影となり日向となり、ロイを支え続けるのです。

個人的には、ロイと伯爵ルイ、そしてガブリエル、さらには成功したロイの団に入ってくる、若く美しいイサドラ・ダンカン(ロイと対照的に彼女は、研究書も多数出版されている有名なダンサー)との確執、その4人が繰り広げる愛憎を交えた、非常に複雑な関係や互いへの心情が、最も見応えがありました!

ロイの団に入ってきた、新人ダンサーのイサドラ・ダンカン。ロイとは対照的に若く美しく、一目でその姿が周囲を魅了してしまう天性のスター性があったようです。演じるのはリリー=ローズ・デップさん。ジョニデの愛娘として、今、世界で最も注目されている女優さんですよね!

監督「その人間関係こそが、本作の核であり、そこを中心に描く、私のスタンスでもあったの。誰が誰を愛しているか否か、または善か悪か、白黒ハッキリさせることは当然ながらできなかったわ。だって人生って、すべての要素が絡み合っているものでしょ」

監督「ロイはいわゆる同性愛者でしたが、自己破壊への欲求や興味的なものでルイとも深く結ばれていた。でも、本作における真のカップルを選ぶとしたら、ロイとガブリエルね。だってガブリエルが居なかったら、ロイという人は存在しなかったのだから。一方でロイは、イザドラ・ダンカンのおかげで、自分のフェミニティを受け入れることができたとも思う」

 

 

監督・脚本:ステファニー・ディ・ジュースト
パリの高等装飾学校を出た後、ミュージック・クリップの分野で活躍。その後、モード誌、ファッションショー、テレビ局の美術、大手企業の広告デザインも手掛けるなど、多方面で活躍。本作で長編映画監督デビュー。カンヌ国際映画祭<ある視点>部門に出品される。また、セザール賞の第一回監督賞にもノミネートされた。

監督の言葉を受けてソーコさんが、ロイに対する共感を口にしました。

ソーコ「芸術に人生を捧げている人って、人間関係や恋愛において、満たされないことがよくあるわ。私自身ノンストップで芸術に身を捧げているから、ロイと同じことを経験してきたわ。パーソナル・ライフが満たされないのも致し方ないことだな、と私も思っている節があるわ」

そして最後に、ロイ・フラーが自身を犠牲にしてまでも身を捧げた“芸術”に対して、2人とも熱く語ってくれました。

監督「今のこのバイオレンスな時代で、私たちの敵は、まさに“無知”だと思うの。それに唯一対抗できる手段が、芸術だと私は信じていて。大抵の場合、全体主義や独裁の最初の段階でやることって、本を焼くわよね。つまり創造=自由だから。今、多くの人がそのことを忘れていて、文化の価値を見失っている時代だと思うわ。できるだけ多くの人が文化にアクセスして、それによって魂を育てるべきなのよ!!」

ソーコ「私はもう芸術がなかったら死んじゃうわ(笑)。私にとって、退屈=死だから。いつもやるべきことに囲まれて、たくさんのことを成就させないと、生きていると感じないの。日本の女性にも、自分のポテンシャルを100%発揮して、真実を生きて欲しい、と言いたいわ。自分が幸せを感じることは、躊躇せず、どこまでも追及すべきよ!」

監督「そうね、私の知っている日本人はみんな確かにシャイな人ばかり。ロイのように、自分の直感に従って生きて欲しいと、声を大にして言いたいわ(笑)! あ、それにはまず、映画『ザ・ダンサー』を観てもらわなきゃ(笑)!」

とってもエネルギッシュで楽し気な2人が印象的なインタビューでした。なるほど、こんな2人の“本気と情熱”が詰まっているからこそ、観る者の心に迫るような映画が出来たのだなぁ、と唸らされます。

映画はもうすぐ公開になります。ぜひ劇場で、ロイ・フラーという一人の天才ダンサーの人生に、思いを馳せる大航海に出てください!

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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