フランスの元祖イケメン俳優ヴァンサン・ペレーズが監督!/『ヒトラーへの285枚の葉書』でメガホンを執った理由
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折田千鶴子
2017.06.26
フランスのフェロモン俳優が監督として登場!
みなさんは、ヴァンサン・ペレーズという俳優さんをご存知でしょうか。今から25年くらい前、90年代のミニシアター全盛期、フランス映画が多分、日本で最も多く公開されたのではないかと思われるその時期に、とっても人気のあった俳優さんで、かくいう私も胸をときめかせました!
おっと、その時期はもう一人、ジャン=ユーグ・アングラートという、ヴァンサンとはまた違った色気を持つ俳優さんもいらっしゃいましたね。私はどちらかと言えば少々クセのある優男ジャン=ユーグ派ではありましたが、正統派ヴァンサンの美しさは、それはもう眩しかった!!
あの頃に比べると、今はフランス映画の日本での公開数はガクッと落ちてしまいましたが、こうして今、あの美男俳優ヴァンサン・ペレーズが監督として来日されたことは、何やらとっても感慨深くもあります。
そして来日した彼は……ジャクリーン・ビセットやイザベル・アジャーニ、カーラ・ブルーニ(なんと今やサルコジ大統領夫人ですよ!!)らと浮名を流した、あの頃の若さはじける美しさは当然ながら消えてはいましたが、その代わり、渋くて思慮深く包容力のある人間的な魅力を増した素敵なオジサマになっていらっしゃいました! もちろんカッコ良いですが、あの頃の眩しすぎるキラキラのヴァンサンより、私的にはずっと素敵に思えます!!
ヒトラー政権に対抗した夫婦の驚くべき物語
さて、ヴァンサンの監督第3作目となる『ヒトラーへの285枚の葉書』は、タイトルからもお分かりの通り、ナチス・ドイツ政権下の物語。戦後72年経つ今も、ナチスを題材にした映画が、本当に途切れることなくこうして作られ続けていることに、改めて驚いてしまいます。72年をもってしても語りつくせないほどの<衝撃の物語>がそこに在るのだということですが、本作もまた、「こんな風にナチスに抵抗した市井の人の物語があったのか!」と驚かされます。
そう、これも衝撃の実話! 実話を基にしたベストセラー小説、ハンス・ファラダ著「ベルリンに一人死す」の映画化です。社会派や戦争映画、ナチス系の映画は苦手、という方々にもぜひジャンルで毛嫌いせず、怖がらずに観ていただきたい、余韻の深い物語です。監督のヴァンサンも、「彼ら夫婦の関係に最も感銘を受け、グッと来たことが映画化の最も大きな動機だった」と語ってくれた、夫婦の物語でもあるのです。
では、そのごく普通の市井の夫婦は、どんな風に抵抗運動をしたというのでしょうか。
ごく平凡な労働者階級の夫婦の驚くべき抵抗の手段とは――
第二次世界大戦下のベルリン。古いアパートで暮らすオットーとアンナのクヴァンゲル夫婦が、一人息子の戦死の知らせを受け取るところから物語は始まります。
当然ながらその残酷な知らせに、夫婦は絶望で沈み込んでしまいます。オットーは軍需工場で職工長を務める、いかにも昔気質の男。妻アンナはナチ党の国家社会主義女性同盟のメンバーでもある、実直を絵に描いたような夫婦であるようです。
そんな2人が喪失感の中で、「何のために息子は死んだのか?」という思いに身を焦がされます。それから暫くの後、オットーが“総統は私の息子を殺した。あなたの息子も殺されるだろう”と怒りのメッセージをポストカードに書き記します。それを見た妻は動揺して驚きますが、賛意を示した妻アンナと2人で、それを公共の目に触れる場所に置きに行くのです。
武器は万年筆とポストカード。ものすごい地味な抵抗ですが、互いが密告し合う監視社会や恐怖政治の下では、それは、すなわち死をも覚悟した行為でもあるのです。そうしてオットーは、ヒトラー政権に対して反対と抵抗を示す言葉をポストカードに書き記し、定期的に公共の場に置くようになるのです。その数、285枚!! 監督は、その行為をこう語ります。
「この映画の核にあるのは、元々距離ができてしまっている夫婦。その2人が息子を喪った後に、息子を想う気持ちや、レジスタンスという闘いを通して、再び関係性を再構築していく。その活動によって、自分たちが息子を生かし続けられるのではないか、と思っていたと僕も思いながら映画を作っていたよ。夫婦の姿をきちんと描くことで、僕は観客をエモーショナルに惹きつけられると思ったんだ」
夫婦が互いを信頼し、心配し合い、かばい合おうとする姿に、特に終盤は思わずグッと涙がせりあがってしまいます!!
一つ屋根の下に色んな人が住むアパートは、市井の人々の縮図
それにしても「映画として絵的には、えらく地味な抵抗ですよね」と思わず言うと、監督もつられて笑いながら、それこそが自分らしい演出だと自負を示しました。
「確かに葉書を置く瞬間というのは、命を賭しているわけだから毎回ドキドキするし、そこをもっと盛り上げるような演出をしようと思えばいくらでも出来たよね。そうした遊びは楽しい作業ではあるけれど、僕は過剰なドラマ性はいらないと思ったんだ。程よい距離感が必要であり、事実にしっかり迫ることこそが大事だと思った。僕が原作を読んで感じたとおりに観客に見せたい、という思いが一番大きかった」
この主人公の夫婦のみならず、夫婦が暮らすアパートが一つの世界、社会のようになっていて、そこで展開する物語も見逃せません! 堅物の元判事、ユダヤ人の老婦人、密告で儲けるようなコソ泥親子、そして主人公の夫婦。彼らの関係性や人間としての誇り、矜持やその人間性が、恐怖政治のもつ暗い空気の中だからこそ、余計に際立ってくるのです。
「彼らが住んでいる建物、一つ屋根の下に色んな人々が住んでいる、そうした市井の人々の目を通して映画を描くのは、なかなか新しいアングルの物語だと、そこにまず惹かれた。まさに原作のエッセンスが、この建物だと思ったんだよね」
「この映画には、独特のゆったりしたペースがあって、当時の普通のドイツの人々が感じていた“恐怖”をリアルに感じてもらえると思う。爆発で人が死ぬとかいうことではなく、その恐怖を感じて欲しいと思った。特に今言ったこの建物、一つ屋根の下で、ドア一つ隔てて聞き耳を立てている、誰かがスパイをしている、密告されるかもしれないという、とても身近な恐怖心、その感覚を伝えたかったんだ」
ユダヤ人である老婦人を密告する者、守ろうとする者……。アパート内で繰り広げられる物語も、衝撃的でもあり、そこには感動もあるのです。
「そうした社会の縮図を映像にするとき、イタリアのネオリアリズモを思い出し、それを取り入れてもいるんだ。エットーレ・スコーラ(『あんなに愛し合ったのに』(‘74)、『特別な一日』(‘77)の他、『星降る夜のリストランテ』(‘98)などで知られるイタリアの巨匠。16年に死去)や、昔のドイツのサイレント映画からのインスピレーションも取り入れた。また毎週木曜日、『ドイツ零年』(‘48)や『ブリキの太鼓』(‘79)などの上映会をスタッフの間でしながら、映画の方向性を共有しながら作っていったんだ!」
仲間内の機運を楽しみながら高め、一つの方向性を見出していく。そんなスマートな映画作りの現場にも、監督の人柄って現れますよね⁉
ドイツの人気俳優ダニエル・ブリュール君も登場!
この夫婦の地味な反ナチ抵抗運動は、当然、ナチスの知るところとなり、ゲシュタポが捜査に乗り出すことになります。繰り返し危険を冒しながら、夫婦の絆を取り戻し、互いへのリスペクトと愛情を深めていく姿が少しずつ胸に迫ってくるのと同時に、夫婦を追い詰めようとするゲシュタポの警部の闘いも並行して描かれます。
夫婦を演じるのは、日本でも人気の高い女優エマ・トンプソンと、『ハリー・ポッター』シリーズで印象を残す名優ブレンダン・グリーソン。そしてゲシュタポの警部を人気俳優のダニエル・ブリュールが演じていることからも、この警部がもう一つの側面を表す大きな存在であることも分かると思います。
というのも最後、警部の取る行動が、そのラストシーンが実に印象的で脳裏にいつまでも残るのです!
「あのラストシーンは原作にはなく、僕が作ったもの。あの警部が取った行動は、とてもステキな美しいものだと思うんだ。夫妻が始めた抗議活動は、きっとこれからも誰かに引き継がれていきますよ、ということを示す行為だと僕は思うんだよね。つまり葉書は市井の人々のものであるという行動でもあり、それは、あの夫妻が正しかったんだと言っている。そしてこの映画自体がまるでその絵葉書の一枚であるかのように、発信した夫婦がメッセージを携え、観客に語り掛けている、と僕は思うんだ」
夜の舗道が黒く光る、美しくもある印象的なラストシーンを、ぜひ目撃していただきたいです!!
なんとヴァンサンの父方の祖父はフランコ将軍のファシスト政権と闘って処刑され、ヴァンサンの母はドイツ系でナチスから逃れて国外へ脱出したそうです。スペインのファシスト、ドイツのナチス、2つの血が流れるヴァンサンは、先祖の歴史を知るにつれ、どんな困難があっても自分が映画にしなければ、という思いを強くしたそうです。
起きている物事に即した物語を紡ぎたい
さて、本作が3本の監督作品となるヴァンサン・ペレーズ。これまで名だたる巨匠たちと共に俳優として仕事をしてきて、いざ自分が映画を撮る際に、巨匠たちからどのような影響を受けたのでしょうか。
「実はロマン・ポランスキーの新作に出演したばかり(ポランスキーの妻エマニュエル・セニエやエヴァ・グリーンが共演の『D’après une histoire vraie 』(‘17))なんだけど、彼は非常に興味深い映画作りをする監督で、すごくいいお手本になりました。きっとこれからも、僕が映画を作る際に、彼から多大な影響を受けると思うな」
「もちろん『王妃マルゴ』(‘94))『愛する者よ、列車に乗れ』(‘98))などでも一緒に仕事をしたパトリス・シェローは、僕の精神的な父である存在であり続けているし、『愛のめぐりあい』(‘95)で仕事をしたミケランジェロ・アントニオーニからも、多大なる影響を受けましたね」
「今ある自分は過去の産物だから、言い始めればきりがないほど、すべての作品や監督に影響を受けている、と言えるのだけれど……もちろん中には、二度と仕事を一緒にしたくない、そのやり方は真似したくないな、と思った監督も少なからずいたよ(笑)。もちろん、誰かは言えないけどね!」
監督3作目にして、自分ってこんなカラーの監督なんだ、ということを実感できた部分はありましたか、という質問を投げてみました。
「監督によって、それを見出す道のりって人によって違うと思うけれど、僕はどうやらそれを見つけるのに時間がかかるタイプみたい。でも今回の作品で、初めて“自分らしさ”を見つけたような気がするんです。とっても長い道のりだったし(映画化を思いついてから資金繰りなどの事情も含めて約10年もの月日がかかったのですって!)、リサーチも大変だったけれど、その過程で自分を改めて作り直す体験をしたんだ」
「そういうことから見えて来た僕の傾向は、小さな空間で起きる物語の方が好きだ、ということ。そしてカップルや夫婦の関係性というものに興味を持つし、好きなんだな、と思った。物語の紡ぎ方としては、あまりドラマチック過ぎたり、エモーショナル過ぎるものよりも、距離感を保ったストーリーテリングが好きだ、ということだね。これからも僕は、起きている物事に即した物語、あるいは、その物語の目撃者という形で映画作りをしていきたいと思っているよ」
一つ一つの言葉に重みがある、そして穏やかで楽しそうに語ってくれるヴァンサン・ペレーズ監督は、かつて俳優として私たちを魅了した以上の魅力に満ちていました!
女優のカリーヌ・シラと98年に結婚し、長女、男女の双子と3人のパパでもあるヴァンサンは、先祖の思いを子供たちや未来に継いでいくためにも、どうしても本作を完成させたかったのでしょうね。
そんな熱い思いを感じられる本作は、きっと、観る者の胸を熱くさせてくれるハズです!
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。