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佐々木はる菜

「もう“もの”はいらない」と言う両親へ。我が家が考えた、親世代へのお祝い

  • 佐々木はる菜

2026.01.28

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古希祝いについて考えるきっかけとなった一言

古希の記念撮影をまとめた写真アルバム

私事で恐縮ですが、昨年、両親がそろって70歳を迎えました。
何かお祝いをしたいと考え始めた時、まず頭に浮かんだのが、この数年よく口にするようになった「もう“もの”はそんなにいらないかな」という言葉。
ただそれは同時に「じゃあ、どんなふうに祝おうか」と考え始めるきっかけにもなりました。

性格も、人生の歩みも、今の状況もまったく違う父と母。

ふたりにどんな風に感謝を伝えるか考える過程は、 家族のこれまでを振り返り、今の自分自身の立ち位置を見つめ直す時間にもなりました。

周りでも、親御さんから同じように言われ「逆に迷ってしまった」という声を耳にすることは意外と多く、親も自分自身も年を重ねる中で、“お祝いのかたち”に悩む方は少なくないのだと感じます。
そこで今回は我が家の両親の古希祝いのエピソードをお届けしたいと思います。
何か少しでも、それぞれのご家族らしいお祝いを見つけるヒントになれば嬉しいです。

家族それぞれのかたちに合わせて、お祝いを考える

私の両親は、私が大人になってから、それぞれ別の道を歩む選択をしています。
そのため「一度に家族全員で集まって」ということではなく、父と母、それぞれの今の暮らしや気持ちに寄り添いながら、無理のない形でお祝いの場を作る必要がありました。

そして両親だけでなく、どの立場の家族にとってもできるだけ心地良い祝い方を見つけられたらと思い、自然と考えたり、調べたりする時間が増えていきました。

毎朝新聞を広げる父へ。歩みを振り返る「お誕生日新聞」

まず最初に決めたのが、父へのお祝いでした。
近しい家族みんなで集まって食事ができることになり、その場で贈るプレゼントとして選んだのが、誕生日の新聞の「一面」と「テレビ欄」を上質紙に両面プリントした「お誕生日新聞」です。

お誕生日新聞古希セットメージ画像
提供:お誕生日新聞/お誕生日新聞はアシストシステム研究所の登録商標です。

昔から、新聞を何紙も読み比べるのが日課だった父。
今も帰省した際は、朝の静かな時間に新聞を広げている姿を目にします。私にとっては、子どもの頃から変わらない、ちょっと安心できる風景です。

そんな父にとって、自身の誕生日に発行された新聞をまとめた一冊は、これまで歩んできた時間を感じられる贈り物になるのではないかと考えました。

種類はいくつかありましたが、その場に集まる家族みんなからのプレゼントでもあったため、生まれた日から69歳まで、毎年の誕生日に発行された70年分の新聞を一冊にまとめたものに決めました。
そこへさらに、私と弟が生まれた日の紙面も加えることに。
新聞の種類は、主要全国紙など5つの中から選ぶことができるため、父が一番長く読んできたお気に入りの新聞を、事前にリサーチしておきました。

当日は、父の母である私の祖母も含め、四世代が集まって食事をしました。
大げさに感情を表に出すタイプではない父ですが、みんなでプレゼントを渡すと予想外の内容に驚いた様子。こっそりとみんなで順番に寄せ書きしていたカードも、とても嬉しかったようです。
そして新聞のページを一枚一枚めくりながら「こんな時代だったな」「この年はこんなニュースがあったのか」と、目を細めて新聞を眺めていた姿はとても心に残り、私自身もほんの少し、父の人生を一緒に旅しているような気持ちになりました。

お誕生日新聞をプレゼントされた父の様子
桐箱とちりめん風呂敷に包まれ、表紙には金の箔押しで「祝 古希」の文字と名入れが施されていました。1冊ずつ特注で手作りされているそうで、特別感のある佇まいでした!

子煩悩で責任感が強く頼もしい半面、私たちが子どもの頃は非常に厳しい面もあった父。でも特に孫が生まれてからはすっかり丸くなり、お互い素直にいろいろと話せる機会も増えました。
また折に触れてこの新聞の話も聞きながら、ゆっくりとした時間を重ねていけたらいいなと思っています。

家族が集まる時間そのものを贈る。母への「家族写真」というお祝い

一方、母には、家族写真を贈ることにしました。

小さな頃の家族写真は残っているものの、両親がそれぞれの道を歩むようになってからは、家族がそろって写真を撮る機会が、いつの間にかぐっと減っていました。
結婚・出産・子どもの行事など節目はたくさんありましたが、「全員で一枚」を意識して残すことは、なかなか叶わなかったのです。

そこで、フィルムカメラで一枚一枚、丁寧に写真を残してくれる写真館での記念撮影を提案しました。

当日は、我が家と弟家族が集まり、全員での家族写真に加え、それぞれの孫たちとのツーショット、私と弟―つまり母にとっての”子どもたち”に挟まれ3人で肩を組んだ一枚、そして母ひとりの写真も撮ってもらいました。

「ばばちゃん!」と駆け寄る孫たちに囲まれ、中学生になった私の長男も照れることなく母の肩にぎゅっと腕を回して写真に収まる。
ずっとかわいがってもらってきた関係性が、そのまま写し取られていくようでした。

そんな中で、母がふと目を潤ませた瞬間がありました。
それを見て、今日このような場を作れて本当に良かったと思い、いろいろな時間を経てこうして三世代で和気あいあいと集まれることに、心から感謝の気持ちが湧きあがりました。

大人になると、親の肩を抱いたり、並んで写真に収まったりする機会は、自然と少なくなっていきます。
でもこの日は、孫たちのにぎやかさに背中を押されたこともあり、少し照れくさくも温かな距離が生まれました。

そして撮影後は、まだ幼い姪っ子もいるため我が家に移動して、ささやかながらゆっくりお祝いの続きをしました。
せっかくの70歳記念。
かなり大きなサイズの数字のバルーンを見つけ、子どもたちと一緒に部屋を飾りつけしておき、ケーキは、記念の数字を形にしてくださる「ナンバーケーキ」をオーダーしました。
お祝いの場に自然な華やかさを添えてくれ、母は「こんなケーキ初めて見た!」と大喜び!

古希の記念撮影やお祝いをする家族
記念写真撮影/一色写真館

後日、できあがった写真の中から選んだ一枚は、写真館で額装していただきました。
そして全ての写真をまとめたアルバムを私が作り、どちらも母にプレゼントしました。
なかなか一緒に家族写真を撮る機会がなくなってしまったからこそ、あの時間は忘れられない思い出となっているそうで、写真はリビングに飾って毎朝毎晩眺めていると、今でも嬉しそうに話してくれます。

形として残った写真はもちろんですが、笑い声の絶えない撮影時間やお祝いの記憶ごと、家族の宝物になったと思っています。

私がナンバーケーキを頼んだのは、「創作西洋菓子 大陸」というお店です。
創作西洋菓子 大陸
本店:姫路市綿町89
ひろめ庵:姫路市綿町91
青山店:姫路市下手野3丁目5-16
福崎店:神崎郡福崎町西田原216-1
公式Instagram(@tairiku_himeji)



親へのお祝いを考えた時間が、私にくれたもの

無事にふたりのお祝いを終えた時に私が感じたのは「喜んでくれてよかった」という気持ちだけではありませんでした。

今、父は、何をしたら喜んでくれるだろう。
母は、どんな時間を過ごしたいだろう。
そうやって考えることは自然と、親それぞれの人生や、家族のこれまでについて改めて考える時間となりました。

家族との関係は、本当に人それぞれ。
必ずしも、すぐに温かい気持ちだけが湧きあがるわけではない場合もあると思いますし、私自身、大人になってから親とほとんど口をきかなかった時期があったり、今でも少し複雑な気持ちを抱いたりすることもあります。
だからこそ、必ずしも「こうしなければ」と形を整えなくても、相手のことを思い浮かべながら考える時間そのものが、大切な一歩になることもあるのではないかと感じています。

私の場合は、この数年間の海外生活や、最近の身近な別れも重なり、 “今この時間”を大切に過ごすことを、以前よりも強く意識するようになりました。
そして自分自身も年を重ね、親になり、我が子たちの成長を見守る中で、「親を見る目」や「家族との距離感」が少しずつ変わってきたことも、再認識しました。
その中で、当たり前に受け止めていた家族で過ごす時間が、今はより特別で、かけがえのないものに思えるようになっています。

自分がどんなふうに支えられてきたのか。
そして、これから自分に何ができるのか。
お祝いを考える過程は、そんなことを静かに見つめ直す時間になりました。

今、何かのお祝いを考えている方にとって、この記事が、少し立ち止まって考えるきっかけや、小さなヒントのひとつになれば嬉しいです

佐々木はる菜 Halna Sasaki

ライター

1983年東京都生まれ。小学生兄妹の母。夫の海外転勤に伴い2022年からの2年間をブラジル、アルゼンチンで過ごす。暮らし・子育てや通信社での海外ルポなど幅広く執筆中。出産離職や海外転勤など自身の経験から「女性の生き方」にまつわる発信がライフワークで著書にKindle『今こそ!フリーランスママ入門』。

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