LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

映画『残されし大地』でベルギー人監督が見つめた福島/故ジル・ローラン監督の妻、鵜戸玲子さんに聞く

  • 折田千鶴子

2017.03.11

この記事をクリップする

初監督作にして遺作となった本作は、福島の今を見つめる“生命の映像詩”

LEE本誌(4月号)でもドキュメンタリー映画『残されし大地』を紹介しましたが、その監督ジル・ローラン氏は、最後の編集のためにベルギーに一時帰国した際、ブリュッセルの地下鉄テロに巻き込まれ、31人の犠牲者と共に命を落とされました。編集作業を追え、スタッフの間で内覧試写をする予定だった2016年3月22日のことでした。

 

『残されし大地」(2016)
監督:ジル・ローラン
3月11日よりシアター・イメージフォーラムにて公開
フォーラム福島、シネマテークたかさきほか全国順次公開
www.daichimovie.com

その衝撃の事実に思わず言葉を失ってしまいますが、監督の妻が日本人であることに驚き、さらにもう一つ。なんとその鵜戸玲子さんは、元LEE編集部の編集者でもあったのです(現在はeclat編集部)‼

妻の母国である日本に、2013年に家族と来日したサウンドエンジニアのジル監督は、福島に自らメガホンを向けました。亡き監督の熱い思いを受けたベルギーの仲間や妻である鵜戸さんの熱い思いが実り、今週末、遂に日本でも映画が公開されます!

既にNHK「おはよう日本」や、多くの新聞で取り上げられているほど、観る者を魅了してしまうこのドキュメンタリー。まずは映画を初めて観たときの感想から、鵜戸さんに聞いてみました。

監督の妻であり2人の娘のママ。かつ雑誌編集者の鵜戸玲子さん  撮影:中澤真央

「なかなかいい映画になっている、ちゃんとしたレベルにできている、とまずホッとしましたね。同時に、すごくジルらしい映画だな、と。考えていることを声高に主張するのではなく、今も美しい福島の風景、そこに生きている鳥の声や虫の姿など、本当に小さなものに愛情を注いで撮っていて。

“福島の現在”という重いテーマにもかかわらず、ちょっと癒されてしまう感覚さえ覚える不思議な映画だという感想を、周りからよくいただくんです」

のどかな風景にほっこり。でも、その後ろでは……。

筆者を含め、この映画が観る者を魅了する点は、まさにそこにあるのです!

日本の原風景と言うか、夏休みに帰る田舎のイメージと言うか。風の音や虫の羽音が聞こえてくる、のどかな自然。元サウンドエンジニアだったジル監督ならではの、耳をくすぐる様々な音の心地よさが、まるでその場に居るかのような錯覚を覚えさせる。でもその後ろでは、ガガガガガと除染作業が行われている、その対比、違和感に、思わず心がザワッとしてしまいます。

「土を踏みしめる音や鳥の声やなどを細かく拾って、強調する形になっていると思いますね。それによって美しいな、可愛いな、美味しそうだな、という単純に人間が持っている五感がさらに呼び覚まされる。原始的な感覚が蘇る気持ち良さがありますよね。それに反して後ろには(汚染土などを詰めた)フレコンバックが積み上げられていく。

「そんな絵は今しか撮れないという使命感もあったと思います。そこには怒りもありますが、決して告発的になるのではなく、自然の美しさや人の強さ、どんな状況にあっても自分の生きる道を自分で決めて全うしようとしている人の強さや美しさっていいなぁ、という点にフォーカスして撮ったのだと思います」

 

五感が蘇る気持ちよさと、どうしようもない切なさのミックス感

のどかな自然が広がる富岡町。

福島第一原発から約12キロ離れた“帰還困難区域”と指定され、現在は避難指示解除準備区域になっています。その町に残り、寡黙な父と暮らしながら、町に残された動物たちを保護、世話をし続ける松村直登さん。また一度は避難するも町に戻って農業を営む半谷夫妻、南相馬市の佐藤夫妻と、3家族の姿が映し出されていきます。

「本当にフォトジェニックと言うと語弊がありますが(笑)、とっても温かくて楽しくて魅力的な人たちですよね。まるで親戚のおじちゃん、おばちゃんみたいな親しみを思わず感じてしまう。松村さんが、ダチョウ(ダチョウ園や東京電力が以前飼って残していった)の首を手で避けても、またダチョウが顔を出すシーンなんて、本当にユーモラスでシンボリック(笑)」

3・11以後、町に残された動物たちを保護し、育てている松村直登さん。その活動は海外からも注目され、14年にはフランスで講演も行った。ファンも多い。

そんな松村さんは、「避難所で家に帰りたいと思い悩む人が多い。悩んで90まで生きるか。好き勝手やって80まで生きるか、どっちがいい」と力強く笑い飛ばします。人はどう生きるべきか、幸せ、不幸せ、故郷のことなど、色んなことが頭によぎります。

「自分個人の人生の選択も考えさせますよね。自分はこれからどこでどう生きていったらいいのかな、とバクッと人生に跳ね返って考えた、という感想もいただきましたと鵜戸さん。

「土っていうのは人を生かすものだな、土と水だ」と語る半谷さんの足元、茶色の瑞々しい美しい土が耕されている足元をカメラがじっと見つめているシーンが一番心に残っていますね」

とっても仲睦まじい半谷夫婦。野菜を育て、収穫し、楽しそうに暮らしている姿が印象的。

そんな美しい土地が汚染された怒りを、私たち日本人は感じずにはいられない。いえ、もっと認識しなければ、とも思わされます。

「映画を観た気持ちよさと、切ないというかどうしようもない、その複雑なミックス感を観た方に持ち帰っていただきたいです。そして時々そのミックス感を思い出し、こんな美しい故郷を奪われた人たちがいる、と福島のことを何となく思ってもらえたら」

「私たち日本人は、直接、怒りや告発に目が向いてしまいますが、何千キロ離れている外国の人であるジルの巨視的な目で見たことで、松村さんや半谷さん、佐藤夫妻の、土地に根付いて生き物を大事にする姿に、神道的なものを感じ取ったのでしょうね」

 

東京で暮らすという決断

2010年に結婚された鵜戸さんは、育児休暇の3年間、ベルギーで暮らしました。育児休暇が終わる13年、東京を含む福島近県から、遠く離れた場所へ移住する日本人も少なくない中、幼い2人の娘さんとジル監督と鵜戸さんは東京にやって来ました。

「正直、(帰国しないということを)まったく考えないわけでもありませんでした。ジルはもともと環境問題や原発に対する興味が高く、東京も福島から遠くはないので、色々と調べて知っていましたし。彼はチェルノブイリの原発事故に若い頃に遭遇し、地続きのベルギーにも風向きによって放射能が来ることも経験していたので、他人事じゃない意識は高かったですよね」

撮影中のジル・ローラン監督。なんとなく穏やかで、話しかけたくなる存在感とは知人評。出演者が和やかで自然体なのも、きっと監督が「外国人だけどお茶の間に入って、ニコニコ正座して、一緒にお茶をズズッとすするところから入っていったんじゃないかな」という人懐こさから生まれたと、鵜戸さんも想像しています。

「でも一度は日本に住んでみたい気持ちがジルにはあり、最終的にどこで暮らすかは決めずに、せっかくのチャンスだから東京で暮らしてみようということになりました」

鵜戸さんは以前ブログ(http://gillesfilm.hatenablog.com)で、彼を日本に連れてきて映画を撮ることになったことが、テロに巻き込まれてしまったことに繋がるのではないかという苦悩を吐露してもいました。



この映画が私を立たせてくれている

だって突然の夫の訃報に、打ちのめされないはずはありません。でも鵜戸さんは、今、本当にエネルギッシュで元気です! その元気は、映画で描かれている“覚悟をもって生きている”方々にも通じているように思います。

「映画の製作中、電話連絡を引き受けたり翻訳したり、ずっとジルの手伝いをしていたので、ある時点でジルは突然亡くなったけれど、この映画のお陰で、一緒にやっている、まだ夫と居られる連続感があるんです」

「たまに、声も聞けなくて姿も見えない、この状況って一体何なんだろうと、ツーンと入ってしまって、自分の存在感すら危うく感じる瞬間もないことはないですが……」

そんな鵜戸さんを、この映画が支えてきてくれました。それを通して鵜戸さんが感じた言葉は、私たちを奮い立たせてくれます。

「残された者の生命力って本当にすごい。この映画に出てくる方たちの生命力も、自然そのものの生命力も。私も一時は(夫を喪って)ポカーンとしていたけれど、大地と同じで、命があると、やることを見つけて、とりあえず前に進んでいくものなんですね。そうして一日一日が繋がっていく。命って自然とそういう風にできている。命の自動性というか、その不思議さやを感じましたね。今は映画を通じてやれることが嬉しいので、本当に映画に支えられている。だから公開が早く終わっちゃうと、また気持ちがグレちゃうかも(笑)!」

「この映画を通して、弔うという気持ちは、とても大切だなと感じました。弔う気持ちをプラスして映画に関わってくれている人々もたくさんいます」と鵜戸さん

映画ビジネスに詳しくない鵜戸さんが、公開にこぎつけるまでは色々な苦労があったそうです。鵜戸さんに運命の扉を開いたのは、テロのニュースを観たNHKの現地記者。さらに、NHK「おはよう日本」でジルさんを取材した放送をたまたま見ていた奥山和由プロデューサーが、現配給会社とつなげてくれたことが決定打となったそう。

いろんな偶然が運命的に繋がって、いろんな人の思いを乗せ、いよいよ映画が公開されます。鵜戸さんが悩みに悩んで命名したタイトル『残されし大地』も、本当に余韻があって素敵ですよね。

まずは癒されちゃおうかな、という気持ちから入って全然OK! ぜひ劇場に足を運んでください。そして私たちの生活に密接に繋がっている問題を孕む“福島”に、思いを少しだけでも馳せてみてください。きっと、そこから何かが見えてくるはずです。

 

●『残されし大地』公式サイト

●『残されし大地』facebook

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

LEE公式SNSをフォローする

閉じる

閉じる