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折田千鶴子

【映画『JOIKA』のモデル】15歳で単身ロシアへ、米国人女性初ボリショイバレエ団と契約したジョイ・ウーマックさんが「夢に取り憑かれた」少女時代を振り返る

  • 折田千鶴子

2025.04.23

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『ブラック・スワン』を彷彿とさせる実話

資料にも “『ブラック・スワン』に次ぐ、美と戦慄のサイコ・バレエ開幕!” とキャッチコピーが書かれていましたが、この『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』を何の前情報も入れずに観た時、思わず「うわ、なんだか『ブラック・スワン』の緊迫感と一緒だ!!」と仰け反ってしまいました。かの作品と同様に、本作も見始めたら最後、圧倒されて目が離せません。

本作の主人公ジョイのモデルとなったジョイ・ウーマックさんに、世界最高峰のバレエ団 “ボリショイ・バレエ” のプリマになる夢を見て単身アメリカからロシアへ渡ったこと、その夢に取り憑かれていた当時のことなど、色々とお話しを伺いました。

ジョイ・ウーマック 
ワシントンD.Cの名門キーロフ・アカデミーでロシア・バレエを学ぶ。15歳でロシアに渡り、ボリショイ・アカデミーに入学。2012年に最優秀成績5+で卒業し、アメリカ人女性として初めてボリショイ・バレエ団に入団。クレムリン・バレエ団でプリンシパルを2018年まで務める。2016年に世界三大バレエコンクールの一つ、ヴァルナ国際バレエコンクールで銀賞を受賞。現在パリ・オペラ座に所属しつつ、世界各国の舞台に立つ。若いダンサーを支援するProject Primaを創設し、後進の指導にも携わる。ロシアでの活躍を追ったドキュメンタリー映画『The White Swan』(21)も製作された。

ジョイさんご自身のドキュメンタリー映画は既に存在しますが、今度は、こうしてフィクション映画になった感想を教えてください。まずはご覧になられた感想から。

やっぱり自分自身の物語を見るというのは、なかなか大変なことですね(笑)。恥ずかしいような気もしますし、影の部分も描かれているので、ちょっと辛くもありました。自分としては、とっても親密で非常に大変だった瞬間が、映画としては(描くべき)価値を持つことになったりもするので……。だから、いろんなシーンから観客がインスピレーションを受けてもらえたらいいな、と思っています。

監督とたくさん話し合って作った作品ではありますが、フィクション映画なので “自分が体験したままの物語” ではなく、監督の解釈が入っていたり、作られたエピソードが入っていたりします。例えばバレエシューズにガラスの破片が入っていたエピソードは、実際に私が体験したことではありません。でも監督が、説得力のある映画にするために付け加えてくださったのだと理解しています。

『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』ってこんな映画

15歳のアメリカ人、ジョイ・ウーマック(タリア・ライダー)は、ボリショイ・バレエ団に入団し、プリマ・バレリーナになるという夢を持っている。その夢を追いかけて、単身でロシアに渡り、アカデミーに入学する。しかし希望に燃えるジョイを待ち受けていたのは、完璧さを求める伝説的な教師ヴォルコワ(ダイアン・クルーガー)の、スパルタを越えた脅迫的なレッスンだった。友達も出来ず、過激な減量やトレーニングに迫られ、日々先生から浴びせられる罵詈雑言、そしてライバル同士の蹴落とし合いの渦中に投げ込まれ、ジョイの精神は徐々に追い詰められていく。

本作の映画化に、最初は後ろ向きだったそうですね。監督と話すうちに心が変わったということですか?。

監督・脚本のジェームス・ネイピア・ロバートソンには、かなり長い間、追いかけられました(笑)。世界中で私が踊っているとことへ、わざわざ足を運んで見に来てくださって。そうして毎回、映画に参加してもらえないかと依頼され続けました。

最初は「本当に映画に出来るのだろうか」と疑っていましたし、なぜ私の映画を作りたいのか、監督のモチベーションを理解できませんでした。でも途中で、私が経験して来た物語が多くの人に伝わることで、バレエ人気に貢献できるのではないか、バレエ人気がまた高まって欲しいと思うようになりました。 ご存知の通り、世界的にバレエの観客が減っていますから。映画を通して多くの人がバレエに触れ、「バレエを見てみたい」と思ってもらえたらいいな、と思い始めたわけです。バレエという美しい芸術を、私はもっと多くの人に見て欲しいのです。

バレエ人口の減少は、深刻な状況なのでしょうか?

バレエ団自体の数が減っているんです。でも逆に、プライベートのバレエ学校は増えている。だからせっかくバレエを学んでも受け皿がないのです。プロとしてキャリアを築ける、所属できるカンパニーが極めて少ない状況に陥っています。

またコロナの影響で、観客が観に行けなければ当然、興行収入も入らない。そうなるとカンパニーも劇場を借りるお金がない。その結果、公演数も減り、チケットが高くなってしまう。その悪循環により、今は誰もが気軽にアクセスできる芸術ではなくなってしまいました。バレエを含め芸術というものは本来、誰もがみんなで楽しめるものでなければならないと私は考えているのですが……。

夢に取り憑かれた15歳の少女の狂気に満ちた物語!

本作の主人公・ジョイは、かなり勝ち気で負けん気が強く、思わず観ていて「そこまでする?」と思ってしまう部分も多々あります。その辺りも実話に近いですか?

そうですね(笑)。ジョイの性格描写などは、かなり私自身に近いと思います。また私と私の親との会話などは、そのまんまという感じです。だから、そういう部分を映像で観た時は、思わず心がザワザワしてきちゃいました(笑)。

映画では怪我をして、それでも踊り続けるかどうか選択を迫られるように描かれていますが、実はあんなにひどい怪我はしていません。その辺りも創作ですね。ただ私もボリショイ入団1年目に手術が必要な怪我をして、ロシアでバレエを続けていくかどうか、大きな決断をしなければなりませんでした。 奇跡的に家族が負担できたので、ロシアに残ることができ、色んなことを形にすることができました。他にも監督が色々と脚色したエピソードはありますが……。

そもそも15歳にして単身でロシアに行くという決断自体が、信じられないと驚いてしまいました。今、当時を振り返ると、ご自身ではどう感じますか?

15歳の自分のあの勇気を、正直とても誇らしく思っています。30歳の今は、周りの友人たちも母親になった人がいますし、私自身も仕事で15歳くらいのダンサーと触れ合うこともたくさんあって、「この子たちの年齢で、よくもあんな決断をしたものだな」と思うこともあります(笑)。振り返ると、ちょっとクレイジーだったと思いますが、当時の私には他のオプションはなく、自分の道はこれしかない、と思っていました。

時間が経った今では、こういう道もあったんじゃないか、ああした方が良かったかもしれない、と考えたりすることはありますが、今の自分を作ってくれたのは、あの時の少女の決断なんです。だから、あの時の自分にとても感謝しているし、簡単で楽な道を選ばなかったことを誇らしく思っています。もちろん大変で挑戦的なことはたくさんありましたが、そのお陰で私は成長できたのですから。

出演作が続々公開の新進女優タリア・ライダー

主演のタリア・ライダーさんがとても素晴らしかったです。終始ハラハラさせられましたし、いろんな感情表現にも目を釘付けにされました。踊りも素晴らしかったです。

タリアは、いわゆる“クラシック・バレエ”のトレーニングを受けてきたわけではありません。しかもロシアのスタイルは非常に正確無比な踊りを求めるので、本当に大変だったと思います。彼女とはニューヨークでトレーニングをしていましたが、撮影地のポーランドに入ってからも、ずっと私が指導していました。

「ドンキホーテ」のキトリの舞いをスタジオで指導していた時、その踊りに彼女が深い繋がりを感じてくれていることが分かり、とても感動しました。他にも私が振り付けをして彼女が劇中で踊る3つのバレエに関しても、同様に繋がりを強く感じましたね。 タリアが素晴らしいのは、非常に高いレベルで踊ることが出来る素晴らしい芸術性を持ちながらも、決して自分なりの芸術表現を忘れなかったことです。つまり自分の身体を完全にコントロールしながらも、芸だけに溺れることがなかったところです。

本当にいろんな壮絶な経験をされたことが映画を通してよく分かりましたが、それでもバレエを続けてきたこと、自分のモチベーションを保てたのはなぜでしょう。

私にとってバレエは、いうなれば神から与えられた天職だと感じています。どこか宗教に近いところがあるかもしれないですが、バレエという芸術形式に深い愛情を持っているので、目の前の成すべきことを最後までやり遂げなければ自分が充足しないことが分かっています。結果を見たいという欲求が深いからこそ、バレエにコミットしてしまう。そうして結果が出たら、さらに自分はどれくらいまで出来るのか、その先に進みたくなってしまうのです。 そうなるのは私という人間が、負けん気が強いからだと思います。同時に自分が出来るのなら他の人もできるだろうと、他の人たちへのインスピレーションになりたい、という気持ちもあるんです。

ダイアン・クルーガーさん演じる、脅迫めいた指導をする超スパルタなヴォルコワ先生には、実際にジョイさんが教えられた2人の先生が投影されているそうですね。劇中同様、ものすごいしごかれ方をしたのですか。先生との関係性や絆は、実際はどうだったのですか。

一人はアカデミーで指導を受けた先生です。劇中で描かれているように、先生のお嬢さんが摂食障害で悩まれていました。だから私が健康的でいられるように、しっかり面倒を見てくれました。実際にボリショイ・バレエ団に行くかどうか迷っていた時に、背中を押してくれたのも彼女です。というのも実は、ミハイロフスキー劇場のバレエ団からもオファーを受けていたので、選択肢が2つあったんです。でも先生の夫がボリショイでコーチをしていたこともあり、「ボリショイに入りなさい」とサポートしてくれました。

もう1人は、とても密で長い関係を築けた先生です。ちょうど彼女が怪我をしてプロのダンサーとしてのキャリアを引退し、教える側に回った時の、初めての生徒が私でした。だから先生は、自分が持てたかもしれないキャリアの続きを私に経験させてあげたいと、非常に強く思われていました。本当に親身になって指導してくれて、本物の母娘のような関係や繋がりを持てました。しかも私たちは、性格もどこか似ているところがあるんです。

彼女は人生でたくさん辛いことを経験し、それを乗り越えて来られた人で、とても愛情深く、ユーモアセンスも抜群で、強くて戦略的なことにも頭が回る賢い方です。どんな機会をも、しっかりと掴むべきだと教えてくれました。どんなに悲しいことがあっても、ダンサーたるもの、朝が来ればまたバーのレッスンから始まる。毎朝、ゼロから練習を始めるのだ、と。 バレエに対する先生の謙虚なアプローチ姿勢を、今でもよく思い起こします。ダンサーだからというより、もしかしたら人間的に必要な姿勢なのかな、と。昨日がどんな一日でも、今日はまた新しい一日が始まる。だから今この瞬間を大事にして生きていこう、という教えを胸に刻んでいます。

さて、苛酷なレッスンに耐えて夢を掴み取ったジョイが見た景色とは――。

主演のタリア・ライダーさんは、今、個人的にイチオシの女優さん。本作でも本当に素っ晴らしいんですよ!! 全身全霊で挑み、私たちの肝をヒエェ~と冷やしてくれるようなジョイ役を演じ切った、彼女の今後にも注目してください。是非、劇場でジョイの波乱万丈な半生を一緒に楽しんでください!

4月25日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開
© Joika NZ Limited / Madants Sp. z o.o. 2023 ALL RIGHTS RESERVED.

2023年製作/111分/G/イギリス・ニュージーランド合作/配給:ショウゲート
監督・脚本:ジェームス・ネイピア・ロバートソン
出演:タリア・ライダー ダイアン・クルーガー オレグ・イヴェンコ




折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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