今回のゲストは、フィギュアスケーターの小松原美里さんです。小松原さんは9歳の時にアイススケートを始め、15歳でアイスダンスに転向。ジュニア選手権を連覇し、アイスダンス競技で日本人初のオリンピック銅メダル(北京五輪団体戦)を獲得します。25歳の時には、アイスダンスでパートナーを組むティム・コレト(小松原尊)さんと結婚。以降日本選手権で連覇を果たすなど、日本のアイスダンス界を牽引するリーダー的存在です。
小松原さんといえば、2022年にメディアの取材で「卵子凍結をしたい」と公表。すでに卵子凍結を行ったスノーボーダー竹内智香さんと対談をした記事は話題を集めました。前半では、小松原さんが卵子凍結をしようと思ったきっかけと理由、2日前に行ったばかりの採卵について話を聞きます。「卵子凍結」イコール「子どもを授かりたい」ではない、小松原さんらしい考え方とは。(この記事は全2回の1回目です)
(卵子凍結に関する監修/六本木レディースクリニック 小松保則院長)
生理不順が続き、心のどこかでずっと不安だった
6月末に開催されたドリーム・オン・アイス2023に出演するため、現在拠点を置くカナダから帰国中だった小松原さん。当初予定していた取材日に、急遽卵子凍結の採卵が決定。日程を2日後に変更して取材を行いました。小松原さんが、卵子凍結を考えるようになったきっかけ。それはアスリートとして活躍し始めた頃から生理不順が続き、「心のどこかでずっと不安だった」と明かします。
「体が細かったこともあり、生理が始まったのは16歳の時。大会前や、痩せ過ぎていたシーズンは生理が来ないこともありました。将来について何も考えてはいなかったものの、どこか不安に感じていたと思います。そんな時に、マラソンのアスリートの方や竹内さんの卵子凍結の記事を見て、『こんな方法があるんだ』と安心した自分がいて。実は“自分の体を気にしていた”と気づかされ、そんな自分がいることにも驚きました」
「生理がないってことは、ちゃんと痩せてるってことじゃん」と言われモヤモヤ
フィギュアスケートや新体操などの審美系スポーツでは、技術に加えて、演技の美しさや芸術性の高さが求められます。当時は、こんなエピソードに胸を痛めていたと言います。
「ある男子スケーターから“生理がないってことは、ちゃんと痩せているってことじゃん”と言われてどこかモヤモヤして。生理がない=健康ではないから不安だったし、フェミニストでもあったのでこの発言が嫌だなと思いつつ、それを発言できる環境でもなくて。今ならはっきりと『その考え方は間違ってるよ』と言いたいです」
小松原さんも体型を気にしていた時期があり、体重が増え過ぎないようにしていました。
「私の場合、アイスダンスで人の上に乗るし、より軽いほうが相手への負担が少ない。ネットで“もっと痩せたほうがいい”とか書かれたこともあって。私は生理に問題がありましたが、体脂肪率が低くても生理が問題なくある子もいます。最近では変化もあり、痩せ過ぎている子には日本スケート連盟から栄養指導が入ることがあります。骨密度、血液に問題がないかなど、医学的な面からもチェックされます。審査側も、“細くてきれい”から“健康的なかっこよさ”“それぞれが持つ美しさ”、だからこそ出るスピードなど、ジャッジの基準も変わってきていると思います」
子どもが欲しいのかどうか、まだわからない。でも後悔したくない
小松原さんが卵子凍結を決めたのは、2022年の北京オリンピックが始まる前でした。「タイミング的にはもっと早くても良かったのですが、スケートシーズンとの調整、通院や検診のためには休む時間も必要だったりする中で、選手としては1週間スケートを休むだけでも長いんですよ」。そんな中、やろうと決めた理由は、「後悔したくないから」。
「子どもが欲しいのかどうかもまだ分かりません。世界中には、母親を必要とする子どもが山ほどいますが、アダプション(養子縁組)も考えていますし、すべての選択がフラットな中で、後悔したくないから今できることをやっただけです。スケートは引退する年齢が早く、遅くても22歳くらい。アイスダンスは国際的に見ればそうでもないのですが、30歳だとかなり年上スケーターです。3年後のオリンピックに向けて練習を続けるには、心配ごとを一つずつ取り除いて、ありのままの自分で演技したい。だからこのタイミングで行ったとも言えます」
気になるのは、かかる費用と時間について。実は、小松原さんのマネージャーが卵子凍結経験者で、その体験談から、どこで行うか、どんなプランで行うかを決めたと言います。
「卵子凍結の症例は、アメリカやカナダが多いと思います。今拠点がカナダなのでカナダで行うことも考えましたが、日本語が通じる安心感から日本で行うことにしました。クリニックはマネージャーに紹介してもらいました。卵子凍結には、排卵誘発法の違いで“高刺激”と“低刺激”があります。私は、一度にたくさん採卵できる希望を考え、“高刺激”を選びました。料金は内診や手術費用含めて33万円でした。また、凍結代は個数によって異なりますが私は5個凍結できたので、凍結代が55,000円かかり、合計38万5千円でした」
採卵手術は全身麻酔だけど30分程度で終了。行き帰りも電車で
卵子凍結を行う前にAMH値(アンチミューラリアンホルモンの値、卵巣に成長途中の卵子がどれだけあるかを示す数値)を測った時、ある事実が発覚します。
「AMH値0.76と診断されました。30歳の平均は3.7~4くらい。私の数値0.76は46歳くらい、閉経前の数字だと言われ驚きました。とはいえ、30歳の現状を知れたこと、今卵子凍結できたのは良かったと思います」
卵子凍結の流れを簡単に説明すると、生理開始とともに内服薬や自己注射などで排卵誘発剤を使用、卵胞を育成します。それにより通常の周期より、多くの卵子が発育。タイミングを見計らって採卵、凍結へと進みます。
「ピルを6月26日まで飲み、生理が始まりました。最初の検診が6月27日にあって、そこで血液検査、内診を行い、その日から自分で排卵誘発する注射を打ちました。アイスショーがあった期間も、自分でお腹に注射を打っていましたね。2回目の検診が7月4日で、かなり卵胞が育っていたため、急遽7月7日に採卵が決まりました。別のクリニックで手術を受けたマネージャーは局部麻酔だったのですが、痛みがあったと聞いて私は全身麻酔に。当日は自分で電車に乗ってクリニックに行き、採卵も30分ほどで終わり、帰りも自分で帰りました」
色々な方の手がかけられ、守られている卵子を見て「いつか会ってみたい」
アスリートのため、服用するものや薬剤は全てアンチドーピングをクリアしたものを使用し、翌日も普通に過ごしました。
「竹内さんの場合は、手術前と術後、それなりに時間を取られたとおっしゃっていて、術前や回復に個人差もあると思います。私の場合、割と短期間に終えられ、翌日はズンバをしたりして過ごしました。4日後に術後検診があり、それで終了です」
今回は、卵胞が9個確認でき、うち7個が育ち、6個が採卵でき、5個凍結できたそう。採卵の際にはテレビ局の取材が同行し、卵子凍結の瞬間を見せてもらったという小松原さん。その神秘的な瞬間に、思ってもいない感情が生まれたと言います。
「卵子凍結をすると、子どもを作るのが遅くなるんじゃない? と、竹内さんも懸念なさっていたし、他の方からも言われました。今回卵子凍結の瞬間を特別に見せてもらったのですが、とても不思議な気持ちでした。色々な方の手がかけられ、守られている卵子を見て、“いつか会ってみたい”と思って。自分の感覚が変わったことに気づいて驚きましたね」
卵子凍結公表に躊躇はなかった。様々な選択肢があることを知ってほしい
卵子凍結を公表したことについては、最初から躊躇はありませんでした。
「身体の中の卵子の数は生まれた時が最大で、あとは減っていくと知ったのも大人になってから。竹内さんや私のようなアスリートが発信することで、知ってほしいし、自分の体に興味を持つきっかけになってほしい。いろいろな選択肢があることも知ってほしいです。竹内さんが卵子凍結を行った時は費用が100万円くらいかかったそうですが、その時と比べて今は安くはなっているものの38万5千円も安くはありません。やりたい人が、やりたい時にできるのがベストだと思います。私が通っている六本木レディースクリニックなら、AMH値の検査が7月8月は無料で受けられるようなので、興味のある人はぜひ調べてみてください」
今の目標は、2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季オリンピック。競技以外については、「まだ何も考えていないんですよ」と小松原さん。
「まだまだ模索中です。今回卵子凍結をするのは、より競技に集中するため、気がかりなことを一つひとつ無くしていく過程のひとつ。自分にとっての投資だと思っています。2019年にケガをするまでは、割と計画的に考えるタイプだったんですが、何でも起こるし、予想通りには進まない。計画はある程度立てつつも、起きたことを柔軟に受け入れながら生きる。両方の心がまえがあるのがベストだと思います」
小松原美里さんの年表
1992年 | 東京都で生まれる |
---|---|
3歳 | 岡山県に引っ越す |
9歳 | 野球を辞めて、アイススケートを始める |
15歳 | シングルからアイスダンスに転向岡山学芸館高等学校入学。アイスダンスをするために、高校に籍を置きながら、東京でアイスダンスに取り組む |
16歳 | 全日本ジュニアスケート選手権で初優勝 |
17歳 | 全日本ジュニアスケート選手権二連覇 |
18歳 | 全日本ジュニアスケート選手権三連覇。岡山学芸館高等学校卒業、法政大学通信教育課程入学(のちに中退) |
22歳 | イタリア選手権で日本人初となる銅メダルを獲得 |
24歳 | アイスダンスで、ティム・コレトさんとカップルに |
25歳 | ティム・コレト(小松原尊)さんと結婚 |
26歳 | カナダのモントリオールに拠点を移す、全日本フィギュアスケート選手権で初優勝(第87回) |
27歳 | 全日本選手権(第88回)で二連覇。夏の練習中に相次いだ脳震盪、頭部外傷、外傷性頸部症候群により度々大会を棄権するものの全日本選手権三連覇 |
2021年 (29歳) |
全日本フィギュアスケート選手権(第90回)で4連覇。オリンピック代表に選出される。 |
2022年 (29歳) |
卵子凍結を行うことを公表する。北京オリンピック出場、団体戦で銅メダル獲得 |
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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