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武田由紀子

【山田詠美×今井真実】料理を書きたい小説家と、文章も綴る料理家が「料理と文学の因果関係」を語る

  • 武田由紀子

2023.07.15

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憧れの山田詠美さんとの対談が実現した今井真実さん、開始前から感涙!

山田詠美さん 今井真実さん

LEEプリント版やLEEwebでもおなじみ、料理家の今井真実さんの本『今井真実のときめく梅しごと』(左右社)の出版を記念したトークイベントが今野書店(東京・西荻窪)で行われました。ゲストは、小説家の山田詠美さん。今井さんが中学生から憧れていた作家と夢の対談ということで、登場した直後から「もうさっき泣いてきました~!」と目をうるませている今井さん。嬉しそうに山田さんが見守る中、トークがスタートしました。テーマは『梅仕事と文学』です。

中学生の頃、サイン会で「大好きです」と伝えたら…

山田詠美さんが今井真実さんを知ったのは、今野書店の選書フェアでした。今井さんが『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』(左右社)を出版した際、サイン会と選書フェアを開催。そこで紹介したのが山田さんの『吉祥寺デイズ: うまうま食べもの・うしうしゴシップ』(小学館)でした。

今井「今野書店の花本さんが『昨日(山田)詠美さんが来たよ!』と教えてくれたんです」

山田「実はこの辺を夫とよくうろうろしていて、散歩コースに今野書店さんが入ってるんです。立ち寄った時、花本さんが『今井さんがこんなふうに書いてくれています』と教えてくれて。すごくいい人じゃん!と思って(笑)。実は、それ以前にも今井さんの本は一冊持っていたんだけど、改めて読ませてもらいました。私のことをとてもよく書いてくれて、ますますいい人じゃん!と思いました。今日は楽しみにしていました、よろしくお願いします」

今井「こちらこそよろしくお願いします!  初恋の人に出会えたみたいな気持ちです」

山田「さっき聞いて驚いたのですが、『アニマル・ロジック』(新潮社)を出した時、神戸でサイン会をしたんです。その時、中学生だった今井さんが来てくれていたと聞いて、びっくりしました。震災の直後だったのでまだアーケードの屋根も直っていないような、まだこれからという時ですね」

今井「先生は髪の毛がスラッと長いロングヘアで、握手していただいたんです。で『大好きです』と伝えたら、『ありがとう』とおっしゃってくれて」

山田「『アニマル・ロジック』は中学生が読むには、ちょっとどうかなという内容ですけどね(笑)」

山田詠美さん 今井真実さん

震災直後の神戸でのサイン会は、私にとっても忘れ難い経験

今井さんが山田さんを知ったのは小学生の頃。『風葬の教室』(河出書房新社)、『120%COOOL』(幻冬舎)を読み、多感な時期を支えてもらったと振り返ります。

今井「『風葬の教室』を読んで、自分も同じ小学生で当時感じていたもやもやしたものを『こんなふうに乗り越えればいいんだ』と救われた気持ちで。他にも『自分探しなんてしなくてもいい、自分のままでいればいいんだよ』とか、そんな言葉に早い段階で出会えたことで人生の近道ができた気がします。『彼女の等式』(『120%COOOL』に収録)もそうです。いい言葉に進むべき道を導いてくれた存在でした」

山田「私の小説は、波瀾万丈ではなくディテールで勝負しているようなところがあって。そこに目を向けてくれる人がいるのはすごく嬉しいです」

今井「私は神戸市長田区に住んでいて、中学1年生の時に阪神淡路大震災で被災しました。抗えない、自分の力ではどうしようもないことが人生で起きた時にどう対処するか。そんなことを中学生の時に感じていて。『アニマル・ロジック』を読んで、地震の時に感じていたそんな感情を言葉に当てはめてくれたような気がしました」

山田「あのサイン会は私にとっても忘れ難い経験です。神戸の方も何かを背負っていらっしゃっている感じが伝わってきました」

山田詠美さん 今井真実さん

料理の描写を読んで「なんておいしそうなんだろう! こういう料理を作ってみたい」と思った

今井さんが山田さんの著書で、とりわけ好きなシーンが料理の描写だと言います。『彼女の等式』に登場する豚汁、ハーブと一緒に揚げたフライドポテト。このトークイベントに臨む前、どうしても食べておきたかったのがロブスターだったと言います。

今井「豚汁に七味唐辛子と浅葱が乗っていて、刻んだゆずが散らしてある。それにご飯、大根ときゅうりとおしんこ。おいしそうじゃないですか? あと、タイムやローズマリーを入れたオリーブオイルでじゃがいもを揚げる。私は当時中学生で、ファストフードのフライドポテトしか食べたことなかったんですよ。オリーブオイルで揚げるんだ! ハーブも入れるんだ! なんておいしそうなんだろう!と思って。その時にこういう料理を作りたいと思ったんです」

山田「その後イタリアに行って、トスカーナの普通のおうちにお昼ごはんをごちそうになったの。じゃがいもを揚げる時に、セージの葉っぱを一緒に揚げてたんですよね。それもパリパリでおいしかったですよ」

山田詠美さん

今井「ビネガーをつけて食べる、と書かれてましたよね? 今度レシピでやってみようと思います。先生の小説から、初めて知る食べ物が本当に多くて。今回この対談が決まって、お会いする前に絶対にロブスターを食べに行こうと決めていました。それで初めて『レッド・ロブスター』に行きました。本当はバターソースで食べたかったのですが、家族は黄金ソースがいいと聞かず。結局は両方とも注文したのですが、憧れだったロブスターのバターソースを味わってからここに来ました」

山田「ロブスターにはわさび醤油もおすすめ。わさび醤油と溶かしバターを両方用意して、交互につけて食べると、わさび醤油をバターがコーティングして、すごくおいしいんですよ。知り合いのミュージシャンに言ったら、すぐに真似したって言ってました。カニカマでもいいのよ。ぜひやってみて」

今井「おいしそう! 真似してみます」

山田「私は高級なセレブリティが食べているような物には興味がなくて、安くておいしいもののほうが得意かもしれない」

今井真実さん 「エイミー先生の蟹(かま)バター わさび醤油」

今井さんが早速再現した「エイミー先生の蟹(かま)バター わさび醤油」。「ミルキーなバターソースがこっくりと絡み、爆発的なうまみ。そしてわさび醤油が重要です。ぎゅっと味を引き締めます。想像を超えるおいしさですよ!」(今井さん)



小説家には「料理を書きたい人」と「服を書きたい人」の2通りがいる

次は、料理と文章について。小説家でも「料理を書きたい人と、服を書きたい人の2通りがいる」という山田さん。料理を描きたい派という山田さんの表現に、今井さんはいつも心を動かされてきました。

山田「今って、言葉で説明するよりYouTubeとか動画で紹介するレシピが多いですよね。便利で即戦力にはなるけれど、レシピを読みながらじっくり作る料理もいいものです。料理のレシピって、ただ読んでいても面白い時がありますよね。川上弘美さんとか江國香織さんとかと話したのが、小説家、特に女性の小説家は、食べ物を書きたがる人と服を書きたがる人がいる。私たちは料理を書きたがるね、と。私もどんな服を着ていたかより、脱いだリーバイスがソファに引っかかっていて、とかしか書かない。だけど、食べてるものは細かく書いている。その雰囲気をページに行き渡らせたいんですよね」

山田詠美さん 今井真実さん

山田「反対に言えばレシピを読んで、その時の情景、誰と一緒に食べたか、どこで読んだか。忘れていたけれどこの味で思い出す、みたいことが好きで。私は小さい頃から、婦人雑誌のレシピ本を読んだりするのもすごく好きだったんですよね」

今井「『風葬の教室』で、すごく辛い思いをしている時に、お母さんとお姉さんがシュークリームを焼いているシーンがあるんです。生クリームかカスタードか、どっちがいいという話をするシーンがあるんですけど、絶望している時にその会話が悲しいぐらい幸せで。それを食べ物で表現しているんです。食べ物から伝わる日常生活の尊さ。誰かに何かを作ってもらう幸せ。それがすごく伝わってきて、泣いちゃいますよね」

今井真実さん

食べ物は共有して一致すると極楽に行けるけど、一致しないと地獄に落ちる

山田さんの近著『血も涙もある』(新潮社)について。有名料理研究家と10歳年下のイスラスレーターの夫、料理家のアシスタントの3人の三角関係を描いた物語に、今井さんはドキドキしながら読み始めたそうです。

今井「料理研究家の話と知り、どんな心持ちで読んだらいいのかと思いましたが(笑)。止めらない恋愛、恋の話です。登場人物一人一人がとても魅力的で、リスペクトする関係性が良いなと思いました。面白いなと思ったのが、アシスタントが夫と浮気しているけれど、クビにはしない。自分を理解しているアシスタントと料理研究家の関係、そこにも特別な思いがあるんです」

山田「料理研究家をめぐる不倫だけど、そこは誰もジャッジできない人間関係ですよね。フランスの作家ピエール・ショデルロ・ド・ラクロの『危険な関係』という小説があって、フランス貴族の書簡小説なんだけど、それにインスピレーションを得て書いた物語です。自分勝手で個人主義な三角関係を作りたいなと思って書きました。大人の関係を作ろうとするけど、歪みが出てきて嫉妬したり。人間だから、本当はこんなふうにしたくなかった、っていう葛藤があったり。でもおいしい料理がいっぱい出てきます」

今井「せっかく作った料理をこちらが思ったように食べてくれない、とか。日常にあるようなことが描かれていてハッとしました」

山田「食べ物は共有して一致すると極楽に行けるけど、一致しないと地獄に落ちる。全ての嫌悪の最たるものになることもある。日常にはそういうこともありますよね」

山田詠美さん 『血み涙もある』

(山田さんと今井さんの奇跡の対談、まだまだ続きます。記事後編では今井さんが山田さんに「梅仕事」の成果を振る舞います、お楽しみに!)

今井真実さんのインタビューも併せてお楽しみください!

今井真実さんが「料理は不器用な方でもできます」と断言する理由

私がこの世にいなくなっても、私が手がけた梅仕事やレシピは残る。今井真実さんが震災と大病を乗り越え得た気づき


撮影:今井裕治

武田由紀子 Yukiko Takeda

編集者・ライター

1978年、富山県生まれ。出版社や編集プロダクション勤務、WEBメディア運営を経てフリーに。子育て雑誌やブランドカタログの編集・ライティングほか、映画関連のインタビューやコラム執筆などを担当。夫、10歳娘&7歳息子の4人暮らし。

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