お話を伺ったのは
漫画家 おかざき真里さん
1967年、長野県生まれ。広告代理店に勤務しながら’94年に『ぶ〜け』(集英社)でデビュー。代表作に『渋谷区円山町』『&-アンド-』『阿・吽』など。現在『かしましめし』と『胚培養士ミズイロ』を連載中。
Twitter:cafemari
男女の恋愛ではなく、グレーで曖昧な関係を描きたい
その時代ごとの女性の悩みや葛藤と丁寧に向き合い、登場人物の生き方が共感を集めるおかざき真里さん。連載中の『胚培養士ミズイロ』は、体外で精子と卵子を受精させ、移植するまで胚(受精卵)を育てる“胚培養士”が主人公。不妊治療のリアルが描かれます。
受精卵を扱う“胚培養士”。不妊治療の現実も
『胚培養士ミズイロ』
顕微鏡を用い、自らの手で精子と卵子を受精させて命を導く胚培養士の水沢が主人公。1巻では「男性不妊」「高齢出産」編を収録し、不妊治療に取り組む人たちの苦悩や実態も描く。『胚培養士ミズイロ(1)』¥770(以下続刊)/小学館
●不妊治療経験者なので、どのエピソードもリアルでぐっときて心が震えました。(LEEメンバー リリーさん)
●主人公が胚培養士として、真摯に精子と卵子と向き合う姿が印象的。(LEEメンバー ユイさん)
●胚培養という、あまり知られていないところにスポットを当てたことに感動。不妊治療の理解も広まりそう。(LEE100人隊No.057 しょこみさん)
「私自身が出産をして、不妊治療をしている人がこんなにも多いことを知り、すぐ隣にある身近なテーマだなと。取材にも関心を持って取り組めるだろうと、連載を決めました。主人公の水沢は、女性ですが中性的で男性に間違われることも。これは私の直感なのですが、胚培養士は体外受精の過程で唯一、実際に卵を触れる人なので、あまりどちらかの性に振れたくないなと思いました。ちょっと菩薩様のような感じというか、両性の真ん中にすんといるようなイメージですね。
その分、物語の中の感情を表現する部分は、不妊治療をする人たちが担っています。成功例ももちろん描くのですが、不妊治療は最終的に妊娠が叶わない人もすごく多い。うまくいかなかったとき、本人がどう気持ちを整理して、どこに納得できる答えを見いだすのか。そこはしっかり描きたいと思っています。劇中、働きながら治療を行い、妊娠が成立しなかった女優が言う『ありがと。「私(しごと)」を否定しないでくれて』というセリフには、そんな思いを込めました。この作品は創作するというより、ドキュメンタリーのように淡々とリアルを切り取るだけで、十分なのかなと思っていますね」(おかざき真里さん)
──『胚培養士ミズイロ』より
「女優という仕事は、彼女そのもの。『仕事を続けたから妊娠しなかったのではない』という水沢の思いが、多くの人に伝わればいいなと」
もうひとつ、連載中の作品が『かしましめし』。3人の男女が心に傷を抱えながらも、ともにおいしいものを食べて生き抜く姿が印象的。
「女性2人とゲイの男性1人で同居している知り合いが実際にいて、こういう関係性を描きたいなと思いました。家族ほど踏み込まないでいい、濃すぎない関係の人と一緒に暮らすのは、気がラクで楽しいだろうなって。この3人は、パワハラで退職したり、社内の男性との婚約破棄が原因で異動させられたりと、自分が思うような人生を今歩めていなかったりする。そんなときでも、ただ話を聞いてくれる人がそばにいて、一緒においしいものを囲んだら、気持ちが軽くなるはず。
最近は男女の恋愛ではなくて、性別でははっきり分けられないような曖昧な関係を描くのが心地いいんです。人間って実はそんなに明確に線引きできないし、みんなグラデーションだよねと。境界線のない、ぐにゃぐにゃのグレーゾーンなところで展開するお話がいいなと思っています」(おかざき真里さん)
おいしいごはんを囲むやさしい関係に心癒される
『かしましめし』
心が折れて仕事を辞めた千春、バリキャリだが男でつまずくナカムラ、恋人との関係がうまくいかないゲイの英治が同居し、ともにごはんを食べて生き延びる。『かしましめし』1〜5巻(以下続刊)(各)¥990〜1012/祥伝社フィールコミックス
●どんなにしんどくても、おいしく食べることの大切さを痛感する。(LEEメンバー さともさん)
●せっかくなら、心地いい人とおいしくごはんを食べたいと思うきっかけに。(LEEメンバー さなさん)
●女性たちの悩みや葛藤がリアルで、登場人物に感情移入する。私も頑張ろうという気持ちになります。(LEE100人隊No.057 しょこみさん)
作中では、じんわりと心にしみ入るようなセリフも。
「キツイことを言われるとごはんがまずくなるかなと思って(笑)『かしましめし』では、あまり言葉を強くしないようにしています。ただ、3人の切実な思いとか、関係性とかがわかるような言葉はちょっとずつちりばめていて、主人公の1人のナカムラが『“信頼”っていうのは“この人は既に全力を尽くしているのだ”と認めるところからじゃないの?』というセリフはいいなと。他人からアドバイスされると落ち込むナカムラと、余計なことは何も言わずに見守る2人の、いい距離感が伝わればと思います」(おかざき真里さん)
──『かしましめし』より
「家族は近い関係性だからこそ、よかれと思ってアドバイスをする。でもそれは、十分頑張っている本人の負担になることもあるんですよね」
女性の役割を求められた時代。その不満を投影した『サプリ』
かつては、広告代理店で会社員として働きながら漫画を描いていたというおかざきさん。代表作『サプリ』には、当時の気持ちや経験をそのまま反映したと言います。
「『サプリ』は会社を辞めてから描き始めたので、あのモヤモヤした気持ちは何だったんだろうと、客観的に振り返りながら言語化していきました。今読み返すとかなり“男とはこう”“女とはこう”みたいなことを描いていて、そういう時代だったんだなと感じますね。」(おかざき真里さん)
仕事に恋に、不器用でも懸命に生きる女性たち
『サプリ』
広告代理店で働くミナミは、27歳にして7年間付き合っていた彼氏と別れてしまう。激務に追われながら、仕事と恋に心が揺れる。『サプリ』全10巻 (各)¥1012(+番外編全1巻¥880)/祥伝社フィールコミックス
●自分の足で立つキャリアウーマン像がかっこいい。今も働く女子の活力になる作品!(LEE100人隊No.077 lovesummerさん)
●主人公がたくさんの悩みを抱えて、もがいて落ち込む。読むたびに、心がヒリヒリしました。(LEEメンバー やえさん)
「男女雇用機会均等法が施行されてすぐの入社だったので、男性社会の中でいつも女性的な役割を求められるのがすごく嫌で。男性は100人単位でいるのに、女性は5〜6人だったので、どの現場も『せっかくだから若いおねえちゃんを1人入れておくか』という雰囲気で、そういう意味で引っ張りだこで忙しかったんです。当時は、セクハラやパワハラなんて言葉は世間にはまだなかったこともあり、かなりあからさまでした。居心地が悪くて、当時の私はずっと『早く52歳になりたい』と思っていました(笑)。若い女性の役割を期待されない人生になってほしいと。
今、自分がその年代になり、いろいろなことから解放されて、本当にらくちんになりました。『かしましめし』のような、男女関係ないグレーで曖昧な作品を描けるのが楽しくて。最近になってようやく肩の力を抜いて、自分の作品と向き合えている気がしますね」(おかざき真里さん)
また、おかざきさんは3人のお子さんの母でもあり、『サプリ』が始まってから2年おきに出産、連載中はずっとオムツを替えていたのだとか! お子さんの存在は、作品作りに影響していますか?
「直接影響しているかどうかはわからないのですが、子どもがいると日々ごはんを食べさせなければならないので、毎日のリズムが整うんですよね。私はもともとのめり込みやすいので、1人でいたら飲まず食わずで描き続けてしまいそうで。他人がいればきちんとごはんを作って食べるという描写は『かしましめし』にもあって、これは私自身の気持ちでもあります」(おかざき真里さん)
NEWS
『かしましめし』がTVドラマ化され、現在放送中!
千春を前田敦子、ナカムラを成海璃子、英治を塩野瑛久が演じ、3人の元美術講師の蓮井役で渡部篤郎も出演。テレビ東京系で、毎週月曜夜11時6分〜放送中。
宮尾登美子さんの小説
「昭和から平成に読んだ、女性作家の小説は自分の血肉になっています。特に、宮尾登美子さんの作品は全作読んだほど。『序の舞』は男尊女卑の時代に、画家として一時代を築き、女性が強く生き抜く物語。こんな時代を経て今があると思う反面、最近の日本男性もそう変わっていないと嘆く気持ちも」『序の舞(全)』¥1430/中公文庫
【特集】共感を生み出すクリエイターに聞く“今描きたいもの”
撮影/名和真紀子 取材・原文/野々山 幸(TAPE)
こちらは2023年LEE6月号(5/6発売)「共感を生み出すクリエイターに聞く“今描きたいもの”」に掲載の記事です。
※商品価格は消費税込みの総額表示(掲載当時)です。
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