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LIFE

堀江純子のスタア☆劇場

家族の崩壊と再生を描く名作『next to normal』が全Wキャストで再演。安蘭けいさん熟成のダイアナ

  • 堀江純子

2022.04.20

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“堀江純子のスタア☆劇場”
VOL.12:ミュージカル『next to normal』

こんにちは。今回は2013年日本初演、今年待望の再演となった『next to normal』の観劇レポートをお届けします。

何を隠そう、私自身が初演を見逃して再演を熱望していたミュージカルファンの1人。新たなるキャストも含めてめちゃくちゃ楽しみにしておりました!

初演と同様、安蘭けいさん、望海風斗さん、それぞれを主軸にオールWキャストによる2チーム制での上演。先日、東京・シアタークリエ公演は千穐楽を迎えましたが、兵庫、愛知公演はこれから。私のルポも安蘭さんチームと望海さんチームの2本立てでお送りしますので、ぜひお楽しみください。

NEXT TO NOMAL 会見

左)望海さん右)安蘭さん 2チーム合同の会見取材より

社会的なテーマをミュージカルで画期的に描く『next to normal』

『next to normal』――直訳すれば、“普通の隣り”。

多くの人が過ごす普通の生活、普通の人生……その隣にある少し人と違った日常。

この作品はトム・キット(音楽)、ブライアン・ヨーキー(脚本・歌詞)のコンビで、2009年トニー賞11部門ノミネート、主演女優賞・楽曲賞・編曲賞の3部門受賞、2010年にはピューリッツァー賞の戯曲部門を受賞したミュージカルで、日本では2013年に初演。現代社会における家族の在り方、絆、闇、そして崩壊…からの再生を描き、心の病との向き合い方という社会的なテーマも扱った画期的な作品です。

STORY: 母、息子、娘、父親。ごくありふれた4人家族の朝の風景。しかし、ダイアナ(安蘭けい/望海風斗)は不自然なぐらいに明るく振る舞い、家族は少し引いた目で見ているようだ。息子ゲイブ(海宝直人/甲斐翔真)に猛烈に話しかけるダイアナの様子を冷めた目で見過ごす娘ナタリー(昆夏美/屋比久知奈)。夫ダン(岡田浩暉/渡辺大輔)は、いたわり愛情を持って接している。ダイアナは長年、双極性障害を患っていて、時に自分を見失ってしまうのだった。ナタリーはそんな家庭でのストレスから反抗的に。ナタリーに好意を抱くクラスメートのヘンリー(橋本良亮/大久保祥太郎)は、彼女の事情を理解しようと務め、見守っている。しかし、ダイアナの症状はどんどん悪化していくばかりで、ダンは主治医を替えることを決意する。新任のドクター・マッデン(新納慎也/藤田玲)はダイアナに寄り添いながら、様々な治療を試していくのだが……。    ※安蘭チーム(名前先)・望海チーム(名前後)を併記

何がnormalなのか。初演の時代とそして今

確かに、この物語が誕生した10数年前には、まだ“普通の隣り”にあるような、身近なようで、自分には関係ない、どこかの誰かの話……だったのかもしれません。

しかし現在、世界の成人の5%はうつ病に苦しんでいると言われ、日本でも精神疾患はそう珍しいことでもなくなってきています。この家族に起こった出来事は“隣り”ではなく、同じようなことが自分にもあった、もしくはまさしく今、同じ状況にある当事者だ、という人も多いのではないでしょうか。現に、苦しみ混乱するダイアナの姿は、私の家族に起きたことではありませんが、ごく近いところで見て、経験したリアルでした。

しかし、そこはミュージカルなのです! 『RENT』がエイズが流行した社会での若者の生き方、弱者たちが抱く夢を歌で描いたように、『next to normal』にも影だけじゃなく、希望の光がある。悲しみも苦しみも歌の力で伝えられることによって、負のパワーを超える何かを観客は受け取ることができる……『next to normal』はそんな作品です。

『RENT』が脳裏を過るようなエッジの効いた演出とシンプルな設計。キャストの力と歌の強さが際立って、ストレートに響いてきます。台詞だけでは重くのしかかりそうな登場人物たちの想いも、生バンドの音でロック、ポップスのメロディに乗せられると、音楽的に楽しんでいるうちに、あっという間に『next to normal』の世界に引き込まれている。そんな感覚がありました。

宝塚、男役時代から大きな瞳が魅力的で印象に残る安蘭さん。眼が物語るダイアナです。激しさのなかに哀しみがある…安蘭さんご自身が重ねてきた時間も見えるようでした。

ミュージカル界のプリンシパルが集結した超豪華キャスト!

シアタークリエ初日は、安蘭けいさんチーム。

ド迫力の幕開きでした! ミュージカル界のプリンシパルが集結している豪華キャストだけに、各々から溢れ出てくるパワーが強い!! プリンシパルたちがひとつの作品を作りながらも競いあう、宴のような高揚感に酔いしれているうちに、濃密で重量感のある物語に引きずり込まれます。

幕開きは、どこにでもある家族の朝のシーン。安蘭さんのダイアナは、一見明るい奥様のように見えてはいるけれど、テンションの高さ、まくしたてる言葉、落ち着きのない振る舞いから、彼女がどこかズレていることが香ります。2013年の日本初演でもダイアナを演じた安蘭さん。彼女の中でダイアナ像は熟成され、それが演技ではなく、彼女自身がダイアナなのではないかと錯覚に陥るほど。

安蘭さんのダイアナは、すべての登場人物を混乱させ、動かしていく火種のようで、作品の色を染め上げていく求心力は圧倒的。彼女が哀しみの先に見つけ出す希望は、結局、ダイアナ自身のなかにあったのだと気付かされます。女の生きざまを見せつけられた余韻は、帰宅後もかなりの重みを持って続くものでした。

笑顔で朝食を準備していたダイアナ。次第に自分を見失って、食パンを床に並べ始めますが、いつものことと動揺を見せない家族たち。

岡田浩暉さん演じるダンが、視線は常にダイアナを追っていて、彼女が間違えないよう、傷つかないように包もうとする姿が切なく……彼もダイアナと同じ苦しみを持っているのに、ダイアナを思いやることで自分のその苦しみに蓋をし、どうにか生きていく愛が見えました。二人の姿は粉々に割れた鍋を、優しく閉じようとする蓋。破れ鍋に綴じ蓋とはよく言ったのものですね。ダンの愛があってこそ、ダイアナは希望を見つけられたのだと。

父であるダンに訴えかけるゲイブ。だが、ダンにその言葉は響かない。



ダイアナと昆夏美さんのナタリー。母娘2人の目覚めと成長

そして娘のナタリー。ダンのダイアナへの愛が大きければ大きいほど、彼女の哀しみが大きいことが伝わってきます。ひとり娘なのに、ナタリーはきっとこれまで家族の中心になったことがないのだろう……いか仕方がないとはいえ精神的なネグレクトの苦さは相当なもの。そこにティーンの反抗期が重なり、どうしようもない憤りが歌のパワーに。演じる昆夏美さんの小さな身体から発せられる表現力が素晴らしい。

家族間の出来事、ヘンリーとのやり取り…ちょっとした変化によって表情がくるくる変わるナタリー。隅々までナタリーが昆さんに行きわたっていました。

私たちはみんな誰かの娘や息子だからこそ、ナタリーへの共感は必至。それだけに胸がチクッとしますが、ダイアナの目覚めと共に、ナタリーの成長もあるのは救い。ナタリーの笑顔を見ることができたときには、誰もが喜びを感じること間違いなしです。昆夏美さんの歌の上手さは言わずもがなですが、それさえも超えたと思わせる演技力は必見。

橋本良亮さん演じる、察知能力の高い理想の彼氏!

そんなナタリーに恋をする青年、橋本良亮さんが演じるヘンリーは重々しい空気を一瞬で軽くする明るさがあり、ナタリーに共感すればするほど、“ヘンリーがいてくれてよかった”と思う太陽のような存在。いてほしい時にいてくれて、そっとしてあげるべきと悟れば引く…ヘンリーの察知能力の高さはかなりレベルが高く、これぞ理想の彼氏!

A.B.C-Zのメインボーカリストとして様々なジャンルを歌いこなす橋本さん。心を込めた丁寧なミュージカル歌唱も彼の武器に。

橋本さんの男性的な魅力と茶目っ気が活きる役でした。橋本さんは数々の音楽劇で主演を果たしてきましたが、今回は座長力を封印。その高いスキルで名脇役としての役目を見事に果たし、ミュージカル界のれっきとした一員となったと感じました。1音目にインパクトのある歌い方は、歌い手がせめぎ合う『next to normal』では、耳を引っ張られる効果に!

いつもをナタリーを見つめ、大事に思ってくれ…その気持ちをストレートにぶつけてくれるヘンリー。10代の2人ながら、しっかりと男女の絆は結ばれていく。

ダンとヘンリー、愛する女性を支え守る男性2人の愛情深さも『next to normal』の見どころのひとつ。ダンとヘンリーが同じフレーズを重ねて歌うとき、2つの愛情も重なります。年齢や状況は違っても、愛する女性のピンチに想いを馳せ、そばにいてくれる男性の存在は光だと感じます。

小さなナタリーを包み込む大きなヘンリー。大きな問題を乗り越えたまだ未熟な2人には笑顔の日常が待っている。

そしてダイアナに寄り添う重要な役どころ、2人の担当医ドクター・マッデン/ドクター・ファインは新納慎也さん。新納さんも初演から引き続き、ドクター2役を演じています。ロックスター並の人気があるぶっとびドクター・マッデンは、新納さんのユニークなキャラクターで(笑)。一方でダンとダイアナがどんなに戸惑い興奮して食って掛かってきても、動じないプロの精神科医の一面も見せていきます。患者と患者家族の激しさをシュッと吸い込むような器量があり、新納さんの歌い方も程よい重みと説得力がありました。

興奮状態のダイアナにうろたえることなく、淡々と彼女の問いに答えていくドクター・マッデン。

ドクターとしての冷静さを失わずに、時に人間味が少しこぼれてしまうところは新納さんの人柄も伝わってくるよう。

海宝直人さんが持つ少年性がゲイブの表情に現る

そして、文字で表すにはいちばん難しい存在なのが……海宝直人さん演じるゲイブ。私の印象をひと言で表すと、ミュージカル『エリザベート』をご覧になった方は…わかっていただけるでしょうか? ゲイブは『エリザベート』において、最終的にはシシィに選んでもらえなかったトート閣下。トートよりもさらに儚く切ないものを感じてしまいました。

難しい役柄ながら、他のキャラクターには持ち得ない特性、ゲイブだからこそ可能となるパワフルさ、存在感は海宝さんが生み出したもの。

同じ家族でありながら、彼の強い意志は母ダイアナのみに向けられ、その姿は母を追い求める幼子のよう。しかし、常にダイアナのそばにいるゲイブはシシィの息子、ルドルフじゃない。あくまでもトート閣下なのです。トートとシシィの夫、フランツ・ヨーゼフ二世に対決のシーンがあるように、ゲイブとダンにも交差する点があり、この点があるからこそのエンディングだと思わざるを得ませんでした。

兄ゲイブ、妹ナタリーが家族に求める方向性の対比もおもしろく、海宝さんにいまだ宿る少年性はゲイブとうまく一致したのではないかと。ゲイブのナンバー『I’m Alive』は、ダイアナ、ダン、ナタリーにも通ずる、悩み苦しむすべての人たちの讃歌になると思います。

ゲイブをどう捉えるか、それによって観る人にとっての『next to normal』が見えてくる。

待ち望んでいた『next to normal』。私の初回は、この安蘭さんチームの公演でしたが、受け取るものが多すぎて、大きすぎて、ズシっとした気持ちで帰ることになりそうな私を救ってくれたナタリーのチャーミングな言葉を最後にご紹介したいと思います。

家族が落ち着いてもまだ私の問題は解決しないと嘆くナタリーに、「そのために僕がいる」と微笑むヘンリー。「あなたも問題のひとつ。けど心配しないで。あなたは私の”お気に入りの問題”なの」

人生にはいろんなことがある。問題だらけのようでも、きっとそのなかには私にとってのお気に入りがあるはずだ。私も、私の”お気に入りの問題”を大事に何とかやっていこう……そんなふうに思えた言葉でした。

次回は、望海風斗チームのレポートと、公開ゲネプロ後に行われた2チーム合同フォトセッションと会見の模様をお届けします。

next to normal

【東京公演】

■会場:日比谷シアタークリエ

■日程:2022年3月25日(金)~4月17日(日)

 

【兵庫公演】

■会場:兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホール

■日程:2022年4月21日(木)~4月24日(日)

 

【愛知公演】

■会場:日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール

■日程:2022年4月29日(金・祝)

 

■料金:全席指定:12,000円(税込)

 

『next to normal』公式サイト

撮影/富田一也

堀江純子 Junko Horie

ライター

東京生まれ、東京育ち。6歳で宝塚歌劇を、7歳でバレエ初観劇。エンタメを愛し味わう礎は『コーラスライン』のザックの言葉と大浦みずきさん。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『エリザベート』『モーツァルト!』観劇は日本初演からのライフワーク。執筆はエンターテイメント全般。音楽、ドラマ、映画、演劇、ミュージカル、歌舞伎などのスタアインタビューは年間100本を優に超える。

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