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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

映画『明け方の若者たち』で恋に人生に足掻く同年代を描いた23歳、松本花奈監督インタビュー【残酷でかけがえのない時間】

  • 折田千鶴子

2022.01.05

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長編劇映画2作目の23歳

近年、若く才能のある監督が続々登場しています。『溺れるナイフ』『ホットギミック』などの山戸結希監督が呼び掛け、プロデュースした『21世紀の女の子』(2019)に集った若き女性監督らの登場(計15人!)には、本当にワクワクさせられました。

その中の1人、松本花奈監督が、若干23歳にして劇場長編映画第2作目を撮り上げました。その『明け方の若者たち』は、一目惚れした“彼女”のことが、好きで好きでどうしようもない“僕”が恋に溺れていく物語。楽しくて、幸せで、でもその分、痛みも大きくて……。

果たして“僕”は、その“恋の沼”から抜け出すことが出来るのでしょうか。“何者かになりたくて足掻く”主人公たちと同世代の松本花奈監督に、作品についてじっくり聞いてみました。

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松本花奈
1998年、大阪府出身。慶應義塾大学総合政策学部在学中。高校生の時に撮った初長編監督作『真夏の夢』が、史上最年少16歳でゆうばり国際ファンタスティック映画祭に正式出品。翌年、同映画祭で『脱脱脱脱17』が審査員特別賞・観客賞を受賞。20年には『キスカム!〜COME ON, KISS ME AGAIN!〜』が劇場公開される。その他の主な監督・演出作品に、フジテレビ「平成物語」(19)、WOWOW「竹内涼真の撮休」(20)、MBS「ホリミヤ」(21)ほか。

──20年6月に発表された同名小説を、21年12月に映画公開というスピード感がスゴイですね。こんなスムーズに企画が進むなんて、珍しくありませんか?

「元々原作者のカツセマサヒコさんと知り合いだったこともあり、小説を出されたと聞いてすぐに読みました。作中に出てくるくじら公園、ヴィレッジヴァンガードなどの固有名詞や、明大前や高円寺、下北沢などの具体的な地名が自分の生活圏と重なっていることもあって、パッと画が頭に浮かびました。早い段階で北村匠海さんに出演いただけることが決まったのも大きかったと思います。原作で印象的だった、明け方のシーンを美しく撮りたいと思い、それならやっぱり冬の空だな、と今年の2月に撮影しました」

──カツセさんの原作を、スマホドラマ『#love_delusion』でも映像化されています。カツセさんの書かれるものと、自分が撮るものの相性の良さをどう感じますか。

「カツセさんの書かれる文章は、感情の描写が多いんです。それが逆に、映像にする時に試されているような感じがして(笑)……。どう映像で表現しようかと、とても考えさせられる文体です。実は脚本の段階ではもう少し違う感じでしたが、撮り進めていくうちに、そして編集の段階で、原作に近い形に近づいていきました」

『明け方の若者たち』ってこんな映画

©カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会
配給:パルコ
12月31日(金)全国ロードショー

2012年4月、就職が決まった“勝ち組”の飲み会で、明大前駅近くの飲み屋で出会い、意気投合した“僕”(北村匠海)と“彼女”(黒島結菜)。くじら公園でハイボールを飲み、下北沢で芝居を観て、他愛ない会話を交わしながら、ゆっくり近づいていく。けれど大学を卒業し、実際に就職してみると、思い描いていた社会人生活とは程遠い現実に、“僕”の心は折れかける。それでも“彼女”に励まされながら、彼女と会うことを楽しみに生きていた僕。けれど、そんな時間もいつか終わりが来ることを、僕も彼女も知っていた――。

──脚本を手掛けた小寺和久さんは、「全裸監督」や「新聞記者」を手掛けている方なので、男臭いイメージを持っていましたが、過去に何度か組まれているのですね!

「はい、長編映画でガッツリと組むのは初ですが、何度かご一緒させていただいています。実は昨年、小寺さんが大恋愛をされていまして(笑)、とても沼に入られていたんです。深夜まで相談にのっていたことがあって、その時に、私の中で本作の主人公と小寺さんが重なる部分があって……。主人公にここまで共感できる人はいないんじゃないかと思い、ぜひ小寺さんに書いて頂きたい!とお願いしました」

──先ほど脚本段階では、原作とはもう少し違っていたおっしゃっていましたが、どんな経過をたどっていったのでしょう?

「まず、全体の構成をどうするかを小寺さんと話し合いました。要は、“彼女”の秘密をどこでどう明かすか。原作どおりでいくか、変えるか。原作で書かれている“僕”目線に加えて、映画では“彼女”目線からも描いてみようとしたりと、試行錯誤しました。完成した脚本には、“彼女”が心情を吐露するような台詞や、“彼女”一人のシーンもあったんです。でも撮り進めていく中で、やっぱり“彼女”側をあまり描かない方がいいのではないか、と思い始めて……。さらに編集段階で、そういう部分をどんどん削ぎ落とした結果、現在の原作に近い形になっていきました」

──原作のあとがきに寄稿されていましたが、監督自身は“彼女”に自分を投映して読んだそうですね。そんな“彼女”を、映画でどのように立ち上げようとしましたか?

「原作での”彼女”の人物像は、”僕”から見た彼女として描かれているので、”彼女”の心情が完全には掴みきれなかったです。でも、彼女自身複雑なことは考えていなくて、恋愛も仕事も、純粋に『好き』という気持ちで動いているんじゃないか、と思いました。そこに嘘はないことを伝えたかったです」

恋愛の一番楽しい瞬間を捉えたい

──北村匠海さんが“色をあまり出したくない”とおっしゃったという、その心は?

「北村さんとは、”僕はこういう人だ、というのをあまり固め過ぎない方がいいね”と話をしました。“僕”は人に流されやすいところがあって、“彼女”といるときは彼女のテンションに引っ張られ、同僚で親友の尚人(井上祐貴)といるときは尚人のテンションに引っ張られる。一緒にいる人によって変化していく余地を残しておきたい、と。自我が強くない、まだ固まりきっていない感じが“僕”にはある、と思ったので」

──一方で、物語の中盤で明らかになる“彼女の秘密”。彼女に対する印象が悪い方へ転じる可能性もあったと思います。個人的には、その秘密を知っても“彼女”はステキなままでしたが、キャスティングはとても重要だったのでは?

「はい。そこは、黒島結菜さんのすごさだと思います。“僕”に感情移入して観る方が多いと思いますが、秘密が分かった後でも、”僕”と同じように“彼女”のことを好きでい続けて欲しかったので、彼女の芯の強さや、凛としているところをちゃんと描きたかったんです。実は、原作に実際には収録されていない、“彼女”目線から書いた章が存在していて。黒島さんも私も読ませていただきました。”彼女”のバックボーンを知った上で撮影に入れたのも良かったですね」

──その秘密を、実は前半でもよくみれば分かる……という撮り方の工夫をされていますよね?

「そうなんです! バレないかどうか私も“大丈夫かな!?”と思いながら撮っていました(笑)。秘密を知っているか知らないかで感じ方が違うと思うので、二度観て、新たな発見をしてもらえたら嬉しいです」

──短編やドラマを含め、これまでに恋愛ものを多く撮られてきましたが、その面白さ、また恋愛における捉えたい瞬間は、どのように感じていますか?

「恋愛ものを撮る面白さって、変化が見えるところだと思います。2人の関係性もそうですが、お互いの考え方なども、影響を与え合って変化していきますよね。そして結局、最後に別れたり、ダメになってしまう悲しい展開も少なくないのですが、それでも私は、映画を観終わった後、“幸せだった瞬間”を思い出してもらえたらいいな、と思っています。それが、お客さんの過去の”幸せだった瞬間”を思い出すきっかけになってくれたらいいな、と」



劇中の2つのラブシーン

──出会ってほどなく初めて2人が関係を持つシーンは、かなり長いキスシーンでした。ただ、そこではラブシーン自体は描かれていません。

「基本的な動きだけを確認して、あとは本番で役者さんたちに自由に演じてもらう形をとったので、あのキスシーンは“僕と彼女”のリアルな実尺になったと感じています。逆に中盤でのラブシーンとの違いを際立たせたかった、というのもあります」

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──中盤の、旅行先でのそのラブシーンは、今度はじっくり撮りましたね。

「あのシーンでは、“彼女”がいなくなってしまうんじゃないかと、“僕”が焦りを感じていることを伝えたかったです。涙を流して『好きだよ』という瞬間が、この恋の一番のピークというか。これから何か起こるかもしれない、という伏線になればと、その言葉がより効果的に聞こえるにはどうしたらいいかを考えながら撮りました」

──その旅行を境に、トーンや幸せ度がガラリと変わります。何か演出において変えたものはありましたか?

「”僕”も “彼女”もその秘密は最初から知った上で一緒にいたので、何か大きく変えたことはありませんでした。ただ映画全体を通して5年間を描いているので、見た目の変化は作りました。例えば“僕”はバンドが好きという裏設定があり、大学時代〜社会人1,2年目の頃はバンドTシャツを着ています。でも社会人3年目以降になってくると、もうそういう類の服は着なくなり、シックな服装になっていきます」

──僕の親友・尚人も含めて、恋だけでなく人生って思うようにいかず、足掻いてしまう。そんな主人公たちと監督自身、まさに同年代です。しかも本作で描いた彼らの5年間のまだ入り口にいるわけですが。

「そうなんです。だから序盤の居酒屋で居づらさを感じる気分も、すごく分かりました。社会に出てからの悶々としているくだりは、周囲の友だちと話して感じたことも反映しています。挫折したとしても、上手くいっていない自分を認めたくなくて、どこか上手くいっているフリをしてしまうとか。社会に出たら何者かになれると信じていたからこそ、本当はすごく落ち込んでいるけれど、落ち込んでいる風には見せない、とか」

──高校時代に既に撮った映画が評価されましたが、以前、監督が“私の青春は終わった”と書かれていたのを読んでビックリしました。やはり、学生でありながら仕事もしている、ということに繋がるのでしょうか?

「それを言ったのは20歳の時ですね(笑)。青春って、楽しいことも悲しいことも、その感情に濁りがなくて、色んなことが新鮮に感じられる時期だと思うんです。今の私はもう、この瞬間をメチャ楽しいと思っても、その後の予定を考えてしまったりして、楽しみ切れていない気がするんです。そこが、一つ大人になるステージなのかな、とは感じました」

夜が明ける前の一瞬を捉える

──まさにその、“一つ大人になる”という感覚が、中盤の明け方を走り抜ける3人のシーンを髣髴とさせます。あの夜が明けてしまったら、大人にならざるを得ないというか。印象深いシーンですが、撮影は相当大変だったそうですね。

「実は2回撮影をしているんです。1度目は天気予報だと晴れだったのに、実際に夜が明けると雲っていて。スケジュール的にもかなりタイトだったので、どうにかCGで合成できないかなど試しましたが、やっぱりもう一度、撮影することにしました。そして2度目の撮影で、この綺麗な空が撮れて。3人の表情も、よりいい感じになっていると実感しました」

──ポスターには夜の空気が残っていますが、実際には夜明け直前って30分程度しかないですよね。

「そうですね。深夜2時頃に集合し、何度もリハーサルを繰り返して、本番に臨みました。マジックアワーの時間帯の30分弱で12カット撮らなければいけなかったので、カメラ位置を変えるときも、本当にみんな走りながら(笑)。急いで、でも転ばないでよ、と声を掛け合いながら、勝負の30分間でした」

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映画を観終えた後、きっと多くの人の脳裏に、その“明け方”を走り抜ける3人のシーンが蘇ってくると思います。あの時に戻りたい、という微かな悲しみと切なさを感じながら。

現在23歳。松本花奈監督の、若く“今しか撮れない”刹那の、この時代の感性が全体にちりばめられた青春映画。記事にはあまり出てきませんでしたが、書き加えておきたいのが、“僕”の親友・尚人の存在です。演じるのは、「ウルトラマンタイガ」の井上祐貴さん。これが本当に親友思いで、なかなかにイイ男なんです!! 尚人のお陰で、“僕”のこれからもちょっと安心できるというか。

彼らの足掻く姿に、皆さんもきっと、いつかの自分を思い出して切なくなるハズ。是非、劇場で。

『明け方の若者たち』

2021年/製作:『明け方の若者たち』製作委員会/配給:パルコ/©カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

監督:松本花奈

出演:北村匠海、黒島結菜、井上祐貴、楽駆、菅原健、高橋春織、佐津川愛美、山中崇、高橋ひとみ、濱田マリほか

公式HP:akegata-movie.com

12月31日(金)より全国ロードショー


写真:山崎ユミ

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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