引き続き、フリーランスライターの武田砂鉄さんのインタビューをお届けします。新刊『マチズモを削り取れ』(集英社)は、マチズモ=現在の日本社会で男性が優位でいられる構図の不均衡について取材や考察を重ねた一冊。武田さんはいつ頃から、そして一体なぜ、男性優位社会に違和感を覚えるようになったのでしょうか?(この記事は全2回の2回目です。前編を読む)
口の悪い祖母、叔母、母「なかなかカッコイイな」
武田さんは「口が悪い」との自覚あり。母方の祖母、叔母、母の3人に人格形成を握られていたのではないか、と自己分析します。一昨年98歳で大往生した祖母は都会っ子で90歳を迎えてからも下着屋を経営、商売を辞めたのは「客がみんな死んだから」。母は近所の仲間達の注文をとりまとめ、祖母に発注の電話をよくかけていたそう。子どもの頃は母とともに祖母と叔母が住む家をよく訪れ、3人のおしゃべりを聴いていました。
「口が悪く、よく喋る3人でした。ウィキペディアのない時代のウィキペディア。TVを観ていてある俳優さんが映ると、誰と付き合ってた、誰と別れた、借金がある、別荘をいっぱい持ってるなどの情報がダーッと出てきて。そしてとにかく批評する。自然な口の悪さ、『私はこう思ったからこう言う』というのが自然にあった。その様子を見てて『なかなかカッコイイな』と思ってました。『お前は男なんだからこうしなくちゃいけない』と言われることもほとんどありませんでしたね」
体育会系集団に入れず外側からマチズモを客観視
プロテスタントの中高一貫共学校に進学した武田さん。中学時代はサッカー部、高校時代はバレーボール部に所属していました。……と聞くと一見華々しいですが、サッカー部ではゴールキーパーの控えに甘んじ最終的には控えゴールキーパーの座も後輩に奪われる、バレーボール部は弱小で女子バレー部と激戦を繰り広げ部室に戻ってから「女バレよえーよ」とイキる、という挫折を味わいます。
「体育会系やホモソーシャルな場での結託が社会にスライドし、会社や政治の場でマチズモとして発露する。体育会系のイケイケな集団の中に入れなかった分、『何やってんだよ、男達の集まりでワイワイやってんじゃねえよ』と外側から客観視できたし、今の仕事に繋がったので結果的に良かったけど、まあ後付けの言い訳ですね。当時は妬みの方が強かった」
「偏屈」とは他人の考えを想像すること
昔から「偏屈な性格」と言わることが多く、自覚もある武田さん。皆が一斉に前に向かって走り出したら「後ろに向かって歩くのはどうだろう?」と考えるのが「偏屈の基本形」だそう。まず皆がどう動くかを観察し、それと違うことをやろうと考える。他人と違うことを考えること、それはつまり、他人が何を考えているのかを想像すること。「偏屈でいるとマチズモな思考と距離を取れます。『俺がこう思ったからこうなんだ!』というマチズモな思考をそのまま継続することが男性優位社会の悪しき成分ですから」と持論を展開します。
「中学のサッカー部時代、『学校の外周を5周走れ』と言われたら素直な部員は5周走ってましたけど、僕は『控えの星』と呼ばれ腕時計の内側に100円玉を忍ばせていたK君と一緒に、外周の途中にあるコンビニに寄って裏で駄菓子を買い食いしてました。で、1周分の時間を見計らって戻る。4周しか走ってないうえに駄菓子も食べられて『5周走った奴バカじゃん』という気持ちになる。それに対して真剣に怒る中学生もいるだろうし、社会のまっすぐな道から外れてるのかもしれないけど、今となってはそれで良かったと思うし、その頃から人生の方向付けが出来てましたね。その頃から『皆こうだと言ってるけど、本当にそうなのかな?』とばかり考えてました」
女性の気持ちが良くわかるというわけではない
以前、女性の友人と「一人で牛丼屋に入りにくいんだよね……」という話題になり、「入ればいいじゃん、パッと食べてすぐに出ればいいのに」と武田さんは思ったものの、友人は「でも隣の人と近いじゃん」。その発言を聞いて「自分はなんとも思わなくても、女性なら確かに嫌だと思う距離の近さだな」とハッとしたそう。このような経験は『マチズモを削り取れ』の内容にも反映されています。
「別に女性の気持ちが良くわかるというわけではありません。男性だから男性の気持ちがわかっているわけでもないし、かと言って男性だから女性の気持ちがわからないわけでもない。対男性、老人、子どもであっても相手の話を聞き『あ、こないだも誰か同じようなことを言っていたな』というケースをどんどん頭に詰め込み、それらに対して『こういうことをするのは大変なんだろうな』と自分なりに想像し補足していく。その想像が間違っていたり、想像の乏しさによって誤解が生じることもあるかもしれませんが」
妻は「圧倒的他人」
武田さんが原稿執筆するにあたり、無くてはならないのが妻の存在。『マチズモを削り取れ』をはじめ、原稿執筆の際にはよく妻の意見を参考にしています。妻との雑談が原稿に反映されることが多いそう。最近だと「メジャーリーグの大谷翔平選手がホームランを打ったってニュース、こんなに繰り返さなくても良くない?」「TVドラマ『大豆田とわ子と3人の元夫』の大豆田とわ子がフルーツサンドを食べるとき、フルーツを下にして何度もフルーツを落とすそうだけど、坂元裕二作品にしてはディテールが甘いんじゃないか」といった雑談が記事として昇華されました。
「妻は一番信頼している人ですね。12、13年は一緒にいます。だけど一心同体ではない、圧倒的他人。仲の良い他人が一緒にいるな、という感じ。ケンカもしない。自分の考えを押しつけないし、あちらもそうだし、その考えが違うのもいいと思う。音楽の趣味も違います、僕の部屋ではヘヴィメタルがかかってるけど、彼女はロック全般が好きなんで、うちの廊下は夏フェス感溢れてます」
誰かの父じゃなくても、僕もめちゃくちゃ哀しいし
PR誌『青春と読書』(集英社)で、新連載『父ではありませんが』も始まりました。子どものいない武田さんが、あえて子どもについて語ります。「父親が当事者語りをする機会は多くあるし、説得力も約束されるけど、本当にそれだけでいいのか?」という疑問が執筆のきっかけとか。当事者の声しか届かなくなることはマチズモにも通底します。
「以前、とある子持ちの男性と議論していて、その最後に『武田さんも子どもが生まれたらわかるよ』と言われたことがあって。『いや、いなくても考えることはできるし、その特権意識は何なんだろう?』と気持ち悪くなりました。例えば先日発生した千葉県八街市で飲酒運転のトラックに児童が轢かれた事故の報道で『同じ子を持つ親として哀しい』といった街の声をよく取り上げてますけど、別に誰かの父じゃなくても、僕もめちゃくちゃ哀しいし、許せない。第三者として物事を考えること、そのバリエーションを増やしたいですね」
東京オリンピックはまさしく「マチズモの祭典」
武田さんが編集者として自らの裁量で本を作れるようになったのは、2011年に発生した東日本大震災の直後。ある意味自然な流れで、震災や原発についての書籍を編集したそう。2014年にフリーライターとして独立、その翌年には初単行本『紋切型社会』(朝日出版社・新潮文庫)を刊行。持ち前の口の悪さと偏屈な姿勢でありきたりな定型文がはびこる現代社会を挑発し、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞します。
その後も2015年の安全保障関連法案可決、2020年の新型コロナウィルスの流行、そして緊急事態宣言下での東京オリンピック強行……。武田さんが編集・執筆活動をしてきた10年間は、日本国内で政治権力に対する不平不満が蓄積し続けた時期とちょうど重なっています。
「東京オリンピックはまさしく『マチズモの祭典』だと僕は思ってます。専門家が『開催したら感染者が増える』と警告している。つまり、開催することによって死者も増えるとしているのに開催するなんて、最大のハラスメントですよね。しかもそれを国が、そして全世界が後押ししている。こんな暴力的なことはないな、と。幸か不幸か、ずっと怒りを向ける矛先が存在している状態なので、これからも声を上げ続けることを繰り返し、原稿に反映していくしかないですね」
武田砂鉄さんに聞きました
身体のウェルネスのためにしていること
ルーティンを守る
「僕、そんなに元気がないのがデフォルトなんですけど、でもそれを飼い慣らせばそれはそれでいいんじゃないかな……ってさすがに返事になってないですね。毎日ルーティンを守ることは意識しています。同じことをずっとやってるのが好きなんですよね。今日一日の仕事の計画を頭の中できっちり決めて、それを手帳に書き出して、終わったら赤線を引いて消していく、それが気持ちいい。散歩もするし、ラジオ出演などの予定がない日は17時から19時の間に近所の喫茶店で読書すると決めています。本には常にブックカバーを着ける派です」。『マチズモを削り取れ』編集担当のKさんは「〆切は必ず守る方です!」と証言。
心のウェルネスのためにしていること
ヘヴィメタルを聴く
「ヘヴィメタルをずーっと聴いてますね。聴きながら原稿も書きます。というよりも聴くことで強制的にエンジンかけてる感じ、それがないと原稿書けない。中学校の頃からずっとヘヴィメタルが好き。日本のヘヴィメタル業界の第一人者の音楽評論家の伊藤政則さんの文章にものすごく影響を受けました。ライターになってからご本人をインタビューする機会があり、今でも年に一度くらいお会いしています。伊藤さんからの年賀状に『Keep the faith』(信念を保て)と一言だけ書いてあって、この1年頑張れるな、と。元気をくれるレジェンドです」
撮影/高村瑞穂 取材・文/露木桃子
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