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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

?田恵輔監督「負けゆく男の背中を美しく撮りたかった」 異色のボクシング映画『BLUE/ブルー』

  • 折田千鶴子

2021.04.06

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『犬猿』『愛しのアイリーン』などの監督が登場!

最初、このタイトルにしてボクシング映画ということに驚いたのですが(2001年の女子高生・思春期映画『blue』をつい思い浮かべ)、なんとこのタイトル自体が、とっても切なかったりするのです!! ボクシングで“青(ブルー)コーナー”とは、挑戦者が出場する側のコーナーのこと。

つまり、映画『BLUE/ブルー』は、ブルーコーナーで闘い続ける男の物語なのです。万年挑戦者……。しかもこの『BLUE/ブルー』、なんだか切なくて面白くて、そして複雑な境地に至らされる、これまでのボクシング映画とは一線を画す映画です。

とっても後ろ髪を引かれる面白さの、映画製作裏話などなど、?田恵輔監督に聞きました! ポンポン勢いよく飛び出すぶっちゃけトークに、爆笑必至です!

『BLUE/ブルー』  ©2021『BLUE/ブルー』製作委員会
2021年4月9日(金) より新宿バルト9ほか全国ロードショー

◆映画『BLUE/ブルー』ってこんな物語

選手兼トレーナーを務めるボクサーの瓜田(松山ケンイチ)は、誰よりボクシングを愛し、熱心に努力も続けていますが、試合となると勝てずに負けてばかり。対照的に、かつて瓜田の誘いでボクシングを始めた後輩の小川(東出昌大)は、才能とセンスに恵まれ、日本チャンピオンに王手をかけています。しかも小川は、瓜田の幼馴染で初恋の相手、千佳(木村文乃)と恋人同士。自分が欲しいもの、すべてを持っている小川に対しても瓜田は相変わらず優しく、千佳や小川のことを心にかけ、相談にも快く乗っているのですが……。

──努力しても情熱があっても強くなれない、瓜田があまりに切ないです。一方、才能のある小川のような人間でも、思わぬ……という人生の皮肉が詰まっています。ご自身がボクシングをされてきた中での、観察の賜物ですか!?

「例えばデビュー前から“化け物だ”と言われたり、プロテストなんて余裕で受かるような奴が、デビュー戦の1ラウンドで負けてしまったり。かと思えば、ヘッポコだと思っていた奴がポンポン勝っていったり。自分が強いと思っている奴ほど、負けるとすぐ止めてしまう。でも、この瓜田に至っては“ずっと負け続けているのに、なんで続けていられるんだ!? ”と思いますよね。ボクシングなんて、勝ち負けがイーブンの時点で将来はないのに。いわば瓜田は、誰が見ても芽が出ないことが明らかな末期の状態。でも、そんな末期の人たちを、ちょっと美しいな、と思う自分がいて……

?田恵輔
1975年、埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作しながら、塚本晋也監督作品で照明を担当。06 年、『なま夏』を自主制作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門でグランプリを受賞。照明技師を続けながら、 08年、小説「純喫茶磯辺」を発表し、自ら映画化して話題となる。その他の監督作に、『さんかく』(10)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、『麦子さんと』(13)、『銀の匙 Silver Spoon 』(14)、『ヒメアノ~ル』(16)、『犬猿』(18)、『愛しのアイリーン』(18)など 。古田新太、松坂桃李らが出演する『空白』の公開も控える。

──瓜田には、モデルがいらっしゃったんですよね。監督は、その方をどのように感じながら見ていたのですか?

「彼がジムに居た頃は、“ちょっと痛いな”と思っていましたよ。だって試合で入場する際も、“負けまくっている奴はあいつか!?”という視線の中をかいくぐって来て、“きっとまた負けるぞ”という視線の中で闘い、“ほら、負けた~!”みたいな(笑)。でも、ある日突然、彼がジムに来なくなってしまったら、意外にいろんなことを背負っていたのかな、と思い始めちゃって。愛しく、切なく、悲しくなって、会いたくなってきて。ボクシング映画を撮ろうと思い立った当初は、この人を主役にしようなんて思いもしなかったのが、急に主役になってきちゃったんです(笑)」

松山ケンイチはトム・クルーズよりスゴイ(笑)

──敗者やうまくいかない人が主人公というのは、?田監督作品の特徴でもありますが、やはりそういう人に目が行くし、愛を感じずにいられない?

「本作もテーマ自体は、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)と似ていますよね。でも唯一違うのは、あっちは芸術なので、俺はお前の作品が一番面白いと思ったよ、という人が居ないとも限らない。いつか花が咲くんじゃないか、とも言える。でもボクシングの結果って、100人が見て100人が明らかに分かる、ってところです(笑)」

──なんと瓜田を演じた松山ケンイチさんは、2年を掛けて役作りされたそうですね。

「……ということになっていますが、企画をオファーした段階で松山さんが勝手にトレーニングを始めていて(笑)、撮影開始が途中で延びたので、結果的に2年になってしまった、というだけなんですよ。ただ、その熱量が2年も続いたというのは、トム・クルーズが半年間、役作りのために車椅子に乗っていたよりも、もっとすごいことだと思います(笑)」

──対する小川を演じた東出昌大さんは、『聖の青春』でも松山さんとガッツリ対峙していました。2人のコンビネーションの良さに惹かれてキャスティングを?

「それは全くない。ちょっと失礼かもしれませんが、松山さんは、座っているだけでちょっと背負っている感じがあって。悲哀というか哀愁というか。僕ら男から見ると、そんな後ろ姿にキュンとなるんですよ。モデルになった人とは全く違いますが、濡れた捨て犬がク~ンと言っているような、“濡れた犬の匂い”が似ていて(笑)」

──では、東出さんは?

「小川はトラックの運転手をしている役でもあり、身体がデカければデカいほど、何かが起きたときに可哀そうに見えるという狙いもありました。加えて、瓜田と小川が戦えないという設定が欲しかった。つまり階級が違い過ぎるから、この2人はスパーリングさえ出来ない。差があっても5㎏くらいまでしか、お互いにちゃんとスパークリング出来ないんですよ。あとは松山さんが男前だから、それに対峙する相手もシュッとしていた方がいいな、とかね」

これは俺の個人的なラブレター

──本作を観ながら、強さって一体なんだろう、と考えずにはいられませんでした。試合では勝てないけれど、瓜田ってすごくマインドや信念が強く、しかも周りのボクサーたちに非常に優しくて。真に強いのは瓜田なのか、と。

「そう、強さもそうですが、男が男に惚れる感覚というか。試合の勝ち負けだけでなく、その人の背負っているものや言動、練習風景や気持ちなど、美しい瞬間を託したかったんです。例えば、俺がスパーリングの相手をした子が試合で負け、泣きながら“ボクシングなんかやらなければよかった”とグチグチ言うような奴に、“お前は何者でもないけれど、俺はお前のことをカッコいいと思っているよ”という、これは俺のラブレターでもあるんですよ。俺がこれまで会った、ボクサーたちの姿を美しいと感じる瞬間を撮りたかったんです」

──負けても腐らず周りに優しかった瓜田が、ジムを去る際に小川に言う「負ければいいと思っていた」という一言には、衝撃を受けました。

「瓜田の性格からすると、本来言うべきことではなかった。でも、自分が消えた後のジムで、“あの人、すげー弱かったけどイイ人だったね”という言葉を聞きたくないな、と。ボクサーとしては、“強いけど性格が悪いよな”の方がいいんです。“弱いけどいい人だった”は、一番みじめ。しかも熱量があるものに対して、嫉妬がない人なんていないと思うんですよ。瓜田はそれまで思っていても言わない強さがあったけれど、最後に言ってしまった。そうしたら小川に“大丈夫です、分かってたんで”とサラッと返されちゃって(笑)。またその場に、(木村)文乃ちゃん演じる、2人をポカンと見ていて何を話しているのか分かっていない人がいる、というのがいいな、と思ったんですよね」

──柄本時生さん演じる、好きな女の子に見栄を張るためにジムにやって来る楢崎が、いい抜きを作っていました。しかも“ボクシングやってる風でいい”と言っていた彼が、予想外に強くなっていく展開がまた可笑しくて。

実は、当初は楢崎が主役だったんですよ。彼を主役に書き始めたんだけど、アマチュアボクシングの映画を他で先にやられてしまったのと、書いている最中に瓜田のモデルとなる人が急にいなくなっちゃったので、ちょい役だったはずのその人への思いがどんどん強くなっちゃって(笑)」



台本を締めた最後の一行とは――

──ただ、本作はこれまでの?田作品の中では、コミカルさは抑え気味ですよね。

最近ちょっとコミカルは薄目モードの?田です。コメディが得意ではありますが、どうしても評価が低いんだもん。フランスでもメチャクチャ爆笑するくせに、引きでただ歩くシーンが長いような映画にグランプリ与えるし。それならもう笑わせない?田だぞ、って(笑)。次の映画なんて、一切コミカル要素がないですから!」

──ラストシーンの“え!?”と可笑しくなるような、終わり方も印象的でした。

「あれは、どの可能性もあり得るなって感覚ではあるけれど、“もう病気だな”ってラストです(笑)。あのシーンで愛を感じられたらいいな、と思って撮りました。ボクシングをやってきて、何も得たものがなかったのかと言われたら、まだ答えは出ていないだろうけれど、決して後悔して終わったわけではない。“彼らがシャドウしている、その後ろ姿が美しい”という一行で、俺、台本を締めたんですよ今までリングを去った人たちに対する、俺の一抹の口説き文句みたいなもの。だからこそ、そこを美しく撮りたかったんです

 

『BLUE/ブルー』

2021年/日本/107 分/配給:ファントム・フィルム
監督・脚本・殺陣指導:?田恵輔
出演:松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生/東出昌大

2021年4月9日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー

©2021『BLUE/ブルー』製作委員会

 

 


撮影/山崎ユミ

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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