お気楽ぺペが“ヘイト・シンボル”に⁉
最近、ドラマ「アノニマス 警視庁“指殺人”対策室」をはじめ、映画やドラマでSNSが起こしうる事件や人生崩壊ドラマなどが散見されます。冗談でなく、クリック一つで自分の人生がひっくり返されてしまう(あるいは誰かの人生をひっくり返してしまう)可能性を秘めているネット世界。そんな怖さを薄々感じたり、既に経験されたりした方もいるかと思いますが、なんと本作の主人公は、自分が生み出した愛すべきキャラクターが人気となって拡散されるうちに、いつの間にか“ヘイト・シンボル”として登録されてしまうという、信じられないような事態に陥ります。
その主人公とは、アメリカのアンダーグラウンド・コミック界で人気のアーティスト、マット・フューリーさん。自身が生み出したカエルのぺペ、本来の“お気楽でピースフルな”キャラを取り戻すべく奮闘する姿を追ったのが、ドキュメンタリー映画『フィールズ・グッド・マン』です。たまらなく面白いというと語弊があるかもしれませんが、ハラハラとイライラの連続で、どうしようもなく目が離せなくなる一作です。
マット・フューリーさんのコミック「ボーイズ・クラブ」は、2005年にSNSのひとつである“マイスペース”で発表され、その後、書籍化もされています。ギョロ目のカエル、ぺぺの日常――ゲームをしながら仲間と飲んだり笑ったり、まった~り過ごしている――を描き、カルト的な人気を博しました。
お気楽でちょっと下品なペペがズボンを床までズリ下ろし、「気持ちいいぜ~(feels good man!)!」と無邪気に放尿している、そんな一コマが「あるある」満載で人々の心を掴んだのと同時に、とってもキャッチーだったのでしょう。その後、その「feels good man(気持ちいいぜ)!」の台詞と共にネットミーム(ネタ元として使われる画像や動画、文章など)となってペペが拡散されていきます。
爆発的に拡散されていく中で、パロディ化され、そのお気楽な表情はユーザーの気持ちを代弁し、悲しみの表情となったり、怒りの表情になったり、邪悪な形相に歪んだり、どんどん描き替えられていったのです。そして遂に、勝手にペペが狂暴化していってしまうのです。
映画化を思い立った理由は⁉
このドキュメンタリー映画のアーサー・ジョーンズ監督と、プロデューサーのジョルジオ・アンジェリーニさんにZOOMでお話を伺いました!
──監督の友人でもあるマット・フューリーさんを助けるために、映画化を思い立ったそうですね。マットから、アーティスト仲間に“ポジティブなぺぺの画像を氾濫させてほしい”という依頼を受けるまでは、事態をどのようにご覧になられていましたか?
アーサー「僕は元々マットのファンで、2000年代後半くらいから彼の作品を集めていました。だからニュースや掲示板でペペのイラストを見かけるようになった時は、マットのファンがミームとして使っているのかな、ペペを使っている人たちはマットのことを知っているのかな、などと考えていました。でもそのうち、どうやら違うようだぞ……と。みんながペペの表情を替えたり、自分自身のアバターとして使っているのを見て、混乱しました。その時に感じた自分の混乱が、この映画を作る大きな動機になりました。どんな風に事態が転がって悪化していったのかを、ちゃんと正しく説明したいな、と」
──その途中で、“おいおい、ヤバいことになりそうだぞ、ペペを勝手に使わないようにアクションを起こせよ”的なアドバイスは、マットさんにされなかった?
アーサー「しなかったですね。彼が何かを始めるのを待っている状態でした。遂にマットが“ペペを救えキャンペーン”を始めようとしたときに、 “行動に移そうとしていることが嬉しい”とメッセージを送ったくらいです。それからマットと色んなやりとりをする中で、僕に何かできることはないかと考えて映画化を思いついた、という流れです」
──映画を作り始める時点では、ぺぺはどんな状態でしたか?
「その時点で、ぺぺのミームは最も悪化し、既に大きなカオスの頂点に達していました。バージニア州(で起きた白人至上主義者と反対派の衝突の際に)でペペが使われ、極限の状態でした。そこから、いかにペペのキャラクターを取り戻そうとするかマットの奮闘を描くことで、観客に自分が直面している問題と向き合う勇気を与えられると思いました。また、今アメリカで起きている問題と、どう向き合っていくかのヒントになればいいな、とも思いました」
トランプのお陰で訴えられた!?
──無知な質問をお許しいただきたいのですが、カエルのペペには著作権というものがないのでしょうか?
ジョルジオ「著作権というのは、創作した作品に金銭が発生して初めて問題となるものなので、インターネット上に貼り付けられている単なるミームのようなものは、著作権は関係してこないんです。映画にも登場する司会者アレックス・ジョーンズ(陰謀論者)や他の差別主義者たちがペペを使って何かをブランド化し始め、それで収益を得るようになって初めて訴えることが出来る。個々人が好きでミームを使うだけでは、著作権侵害には当たらないのです」
アーサー「それに特にアメリカでは、一個人であるアーティストは、著作権はロイヤルティが高くて手を出せない。ディズニーみたいな大企業なら著作権でキャラクターを守ることは簡単にできるのでしょうが……」
──2016年の大統領選挙戦時、オルタナ右翼が人種差別的なイメージでぺぺを使って拡散し、トランプ元大統領の当選に一役買ったような形になってしまいました。トランプの存在が、ペペがヘイトシンボルにされた、その影響も大きかったと感じますか?
ジョルジオ「まずは2014年の学校襲撃事件で、犯人がペペをミームとして使ったことですね。その2週間後、トランプが“ドヤ顔ペペ”のミームを流したのですが、当時まだメディアは、そこに繋がりがあるなんてサッパリ分からなかった、理解していなかったと思います。でも僕も監督も、そこに大きなストーリーがあると感じて注目していました。皮肉にも事態はさらに悪化し、ペペが“ヘイトシンボル”に登録されてしまったわけですが、そのお陰というと語弊がありますが、だからこそマットは名誉棄損として訴えることが出来た、とも言えます。映画にも描かれていますが、ある弁護士事務所がペペの著作権を守るために無償で手を差し伸べてくれたのですが、確実に状況悪化した背景は、トランプの手助け(笑)があったのは間違いないでしょうね」
監督として、友人としての葛藤
──事態はそうやすやすとは収まらず、私たち観客はイライラしたり、ハラハラしたり理不尽さに怒りを感じたりします。それが映画の面白さに繋がるわけですが、マットさんにとっては逆になってしまう。友人として寄り添いたい気持ちと、監督として冷徹に切り取っていかなければならない葛藤はありましたか?
アーサー「そう、皮肉なことにマットが困る事態になればなるほど、映画は盛り上がる……。マットにカメラを向けている時、葛藤したこともあったし、“明日、撮影に行くよ”と連絡するときでさえ、居心地が悪いこともありました。でもマットがアーティストとして僕らを信用してくれていた上、リアルに真実を描かないと、このドキュメンタリー自体が面白くならないと彼は分かっていました。また彼自身も、自分がどういう意図でペペを生み出したのか、正しい情報を世間に分かって欲しいという思いもあったと思います。彼から唯一、出された条件は、アニメーション部分を上手く作ってくれ、ということだけでした」
ジョルジオ「僕自身は、それまでマットと親交があったわけじゃないので、監督が聞きにくいことを僕が逆に聞いたり、という役割分担をしていました。優しい警官と悪徳警官みたいな感じで(笑)。彼から真実を聞き出すのにちょっと時間はかかりましたが、アーサーとマットの間に既に信頼関係があったので、僕のことも信頼できると思ってくれたのだと思います。撮影期間中、マット自身も変わっていった、進化していった部分もあったように感じました」
本作のテーマは“人類を救おう”
──ペペに深くかかわることによって、アーティストでもあるお2人は、作品をインターネットで発表することに躊躇いを感じるようになりましたか。
アーサー「ペペに起きたことは、とても特殊で稀なことだと思います。でも、自分の身に起こり得ないことでもない。現在、多くのアーティストにとって、作品をネットで発表しないと生活が成り立たない状況になってきています。SNSで作品を発表するのは良し悪し両面ありますが、僕自身は現時点でも躊躇は感じていません。ただ、今後はさらにメディアリテラシーが大切になってくると思います」
ジョルジオ「しかも皮肉なことに、昨年最も違法アップロードされた作品は、このドキュメンタリー映画なんですよ(笑)! 僕はミュージシャンとしても活動してきたので、ネットで作曲をアップしては盗まれる、という痛手は昔から感じて来たんですよね。だからこそ、その辺はちょっと理解しているつもりです」
アーサー「ネットを通じて世界中のアーティストを発掘することもあるし、インスピレーションをくれることもあるし、確実に世界を広げてくれるもの。インターネットは“いい場”であることは間違いない。だからこそ、それぞれがどのように共依存していくのか考えるべき時なのかな、と」
──“ペペを救え!”運動がどうなるかを追った本作は、様々な差別主義者たちの開き直りや理不尽な主張との壮絶な戦いの記録でもある、とも思えました。
ジョルジオ「本作は、「ペペを救おう」というテーマですが、その実「人類を救おう」ということを描いているのかな、と思っています。僕たちは、ネット世界と現実の世界がゴチャ混ぜになった時代を生きています。ネットでは闇の権力が増し、人々の怒りを助長させ、争いを悪化させ、人々に自分らしさを失わせている。そんなネット世界が、現実の世界にジワジワ侵食してきている。でも、それは人々が選んでやっていること。だからこそ人々はそれを跳ね除けることができると僕は思います。しっかり抵抗し、愛や共感といった感情を世の中に広げていかなければ、ということを本作から感じて欲しいです」
アーサー「同時にSNSの広がりによって全世界的に協力・協調し合って、いい世界を築いていけるところにも来ていると思います。アメリカも日本も、かつての差別が当たり前だった社会を取り戻したがる、怖い発言や動きがありますが、僕たちは、そこからいかに抜け出していけるか、ということを考えなければいけないのです」
夢中になってカエルのペペ、その生みの親マットさんを全力で応援したくなる、そしていろんな差別や憎しみの形や正体を目撃できる本作は、是非是非、今こそ多くの日本人に観て欲しい作品です。結局、カエルのぺぺはどうなったのか……それを、それぞれの目線で目撃してください。すごく感じることがあると思います。もちろん違法アップロードではなく(笑)、劇場に駆け付けてくださいね!
『フィールズ・グッド・マン』
2020年/アメリカ/94 分/配給:東風+ノーム
監督・脚本:アーサー・ジョーンズ
出演:マット・フューリー、ジョン・マイケル・グリア、リサ・ハナウォルト、スーザン・ブラックモア、アレックス・ジョーンズ、ジョニー・ライアン、カエルのぺぺ
2021年3月12日(金)ユーロスペース、新宿シネマカリテにて公開!ほか全国順次
(C)2020 Feels Good Man Film LLC
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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