1人2役で愛憎に身を投じた柄本佑×中野裕太 異色のラブミステリー映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』
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折田千鶴子
2018.10.30
18世紀のポルトガルと21世紀の日本
今年は間違いなく“柄本佑の当たり年!”。なんて言うと、これまでも大活躍されてきた柄本さんに失礼ですが、今年はなんと主演映画が3本も公開されるのです。3月に公開された『素敵なダイナマイトスキャンダル』、現在も全国順次ロードショー中の『きみの鳥はうたえる』、そしてこの『ポルトの恋人たち』。その全てが面白い! 特に『きみの鳥はうたえる』は、個人的に大好きな映画なんです。これから公開される都市にお住いの方々は、ぜひぜひ見逃さないでください!!
そんな柄本さんの主演最新作『ポルトの恋人たち 時の記憶』が、もうすぐ公開になります。18世紀のポルトガルと、21世紀の少しだけ未来の日本を舞台に紡がれる、愛と復讐の2つの、ちょっと不思議なラブミステリー。柄本さんは、前編では18世紀のポルトガルに連れて来られた日本人奴隷、後半では東京オリンピック後の日本で暮らすエリート会社員を演じています。
そして今回、その柄本さんが演じる役と常に密接な関わりを持つ役を演じた中野裕太さんにもご登場いただき、本作で過ごした濃密な時間とその思いを語っていただきました。
アカデミックな空気の中に漂うドロドロ感!
――前編は18世紀、リスボン震災後のポルトガル、そして後編は東京オリンピック後の日本という、2つの国と時代を舞台にした2つの愛憎&復讐劇という異色の作品ですね。
柄本「前編・後編ともに、“ある生きづらさや逆境の中にあっても、真実の愛を貫こうとする2組のカップルの物語”です」
中野「英語タイトル「Lovers on Borders」=境界線上の恋人たち、が端的に示していますが、時代や国境、身分といった色々な線引きが存在する中で、愛を貫く悲恋というか。1つだけでなく、2つの物語があるからこそ、カルマ(業)を背負っている感じが非常にしますし、生まれ変わりといったことなど色々考え、味わっていただける作品です」
柄本「またヒロインの、マリアナとマリナ(前編・後編ともにアナ・モレイラさんというポルトガル出身の女優さんが演じています。主演作『熱波』も必見です!)のやることが極端だからねぇ。複雑というか、愛というものをもってして復讐を遂げるという、非常に手の込んだやり口がスゴイですよね。僕は、それも面白いと思いましたが」
――そこ、すごく面白いです! 作品に漂うどこかアカデミックな香りの中、相手の男に永遠に消えないような苦悩を与えたいという、その“ドロドロ感”は女性の好むところです。
中野「うわ、女性ってそういうの好きですか!?」
柄本「なるほど、複雑な愛の復讐だからこそ、いいんですね」
中野「確かに昼ドラとかね、そういう愛憎劇は人気ですからね」
柄本「自分たちが出来ないことを、やってくれているのが、気持ちいいんでしょうね」
奴隷としてのボコられ方を褒められました(笑)!
――最も驚いたのは、18世紀のポルトガルで日本人が奴隷として扱われていたという設定です。完全に監督の創作かと思ったら、史実に残っているそうですね。
2人「僕たちも、この映画に関わって初めてしりました」
中野「そうなんだ~、という驚きと、しこりみたいなものを一瞬感じました。ただよく聞くと、ポルトガルでは奴隷に対しても、自由を与えていたらしい。仕事として奴隷にお金を払い、そのお金を貯めると奴隷は自由を買うことができたらしいんですよ。しかも他国に比べ、早い段階で奴隷を解放したそうですし」
柄本「ロケ地も、“あ、映画で観たことある~”という、かなり“奴隷映画あるある”な場所でした。しかも奴隷たちが寝泊まりしている地下は、今では博物館として遺されている非常に重要な文化財なんです。自分としては、どのシーンも反省しかないのですが、現地の小道具さんに、貴族に火かき棒で背中に火を押し付けられるシーンでのボコられ方がすごく良かったと、誉めてもらえたのは、すごく嬉しかったですね。親指を立てて“頑張って(諸道具を)作った甲斐があったよ!”と言ってもらえて」
中野「他の黒人の奴隷役さんたちとも、すごく仲がよくて、奴隷同士の結束感がすごくあったんですよ!」
柄本「っていうか途中から、中野さんが司令塔でした。だって準備期間がたった1ヶ月半しかないのに、その間にポルトガル語を習得し、初日からポルトガル語で日常会話しているんですよ! 現場でも、監督が必要なことだけ英語でバーッと言って去っていくと、みんながパッと振り返って、中野さんがポルトガル語で説明する、みたいな。途中からもう“監督はこういうことを望んでいたから、君はこうしてくれ”とか、半ば監督みたいでしたから」
中野「ハハハ(笑)! そんな大袈裟なことではないけど(笑)。でもみんなで一緒によく日光浴したね(笑)。撮影の合間には奴隷みんなで横になって延々と日向ぼっこしてました」
オリンピック後の日本はどうなる!?
――後半はオリンピック後の日本が舞台ですが、暗く希望のない世界として描かれています。
中野「実際、ここで描かれるような近未来になって欲しくはないですよね。でも、そうリアルに思える身近なところに舞台を設定した、逆に怖さみたいなものがあると思います」
柄本「まだオリンピックが始まる前に、その後の物語として、我々がリアルに感じる不安を描くからこそ、あのラストが効くんじゃないかと思います」
中野「うん、絶対にそうだよね」
柄本「監督、あのラストシーンには相当なこだわりがありましたから。ポルトガルスタッフとも戦って、あのラストになったんです。もちろん大きな筋は合意済みだったけれど、そこに至るまでの過程について意見が対立したという」
中野「なるほど……面白いね。今回のポルトガル人クルーはロックな人たちが多かったから、この結末に至る“それ”をセンチメンタリズムと捉えたのかもしれないね」
中野さんの「なるほど……」の次にくる素晴らしい見解は、ネタバレになってしまうので泣く泣く中略しますが、私は本作のラストシーンが、すごく好きなんです。最も時代や場所を超えた運命の妙を感じさせる場面でもあり、人間の業や思いは歴史に溶け込んで巡り巡るとか色々と思わされ、余韻がいつまでも続くのです!
なぜか日本人も郷愁を感じるポルトガル
――副題にある“時の記憶”というものを感じたことはありますか? 本作も、前編と後編が不思議な“時や運命”で繋がっています。脈々と繋がっている、みたいな感覚に陥ったことは?
中野「う~ん、佑君の娘さんを見て“うわ、血が繋がっている”と感じたことかな(笑)。血の濃さみたいなものを感じました。ちょうど奥さん(安藤サクラさん)と半分ずつ、くらいに似ているというか(笑)」
柄本「うち、元々夫婦の顔が似てますからねぇ(笑)。でもね、今、娘はようやく“この顔で行くのかな”って定まって来た感じがするんです。それまでは、“今日はこっちのお祖父ちゃん”とか“今日は時生(弟さんの柄本時生さん)だ”“今日は俺じゃね?”とか、どの顔が自分にフィットするか、色んな顔を1年くらい試しているような気がして。ようやく今、独立した子供の顔になってきて、このまま5、6歳までは行くんだろうなって」
中野「へぇ、そんな感じなんだ! 質問に寄せて考えると、なぜかポルトガルって日本人にも郷愁を誘う、ということが、まさにそれに当たるかもしれないですね。西欧のそれと日本のそれは全く違うのに、どこか共通する感覚が、人に対しても、街並みに対してもあるんです。素朴さ、人間の機微が分かる感じというか」
柄本「歴史的にも関りが深い国なんでしょうね。だから見た目は違えど、漂うものが肌感覚として懐かしく思わせる。そうした歴史が流れ込んでいるような、昔の記憶を肌でまさに“感じる”んですよね」
日々の生活を輝かせてくれるものは!?
――では最後に、お2人の日々の暮らしを輝かせてくれるな、と感じているものを挙げてください!
中野「自然、本、音楽。公園で、本を読みながら、音楽を聴く。今はすべてにおいて、世の中がより速く、より刺激的な方へとどんどん流れていく。僕はよくクラシック音楽を聴くのですが、例えば音楽のビートを打つ速さもどんどん速くなり、音のピッチもどんどん高めに合わせている。そういう流れを自分の中でぐっと押し戻し、自然ですごくゆったりした時間の中に身を置くと、ふぅ~っと呼吸ができる。忘れがちだったことに眼を開かされたり、気づかされたりしますから」
柄本「僕はもう、完全にポルトガルですね。これからも定期的に行く気がします。この映画を撮影した分で、この2年がありますが、そろそろチャージが切れそうなので、もう行かないと。仕事も勝手にそういう流れを作ろうと思っています。他の場所を試そうなんて思いもしませんね。僕、常連の店が出来ると、そこばかり行っちゃうタイプなんですよ(笑)」
全身何処にも力みがない、自然体な佇まいが本当にステキな柄本さんと、知的で落ち着いた佇まいが大人な中野さん。皆さんも是非、この映画で、運命や時間の不思議な繋がりを感じてみてください。もちろん愛憎ドロドロも楽しめますよ! そしてどんなラストシーンになったのかを確かめるためにも、是非、劇場でご堪能ください!
折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。