製作8年。見たことのない日本の絶景に舌鼓!
ただただ驚嘆・感嘆の連続です! 日本にこんな美しい秘境があったのか、こんな壮大な自然があったのかと、目を奪われ、息を呑み、興奮して鼓動が早まってしまいました。のみならず、あぁ、私たち日本人の中には、確かにこういう感覚が宿っている……という、喜びと深い納得が満ちてくるような、そして癒されるような作品でした。
実は正直なところ、映画『ピース・ニッポン』の試写状を手にしたときは、“美しい映像を集めただけで、1本の映画として途中で飽きないのかな?”なんてチラリと頭をかすめたんです。ところが、ビックリ!!
観終えた瞬間、「うわ~、もう、ホントにありがとうございます!!」と涙チョチョ切れ状態で、お礼を言いたくなってしまいました。そんなわけで、素直にお礼を伝えちゃえ、とばかりに、中野裕之監督にインタビューをして参りました。
――そもそも映画を思い立つ以前に、“ピース・ニッポン”というプロジェクト立ち上げていたそうですね。映画は後からついてきたものだったのですか?
「その通りです。約8年前、日本の美しい風景を映像で残していこう、と立ち上げたプロジェクトです。その後、東日本大震災が起きてしまい、本当に“当たり前のようにそこにあったものが、すべて無くなってしまう”ということを、身をもって経験しました。地震や台風など、自然災害が多い日本だからこそ、ずっと存在し続けていることを当たり前と思うな、と改めて戒めを感じたんです」
「それにこれだけAIが進化してくると、誰かがスマホなどGPSが入った機器で写真を撮ってさえいて、アップロードすれば、勝手に地図上に配置してくれるんですよ。そんなサイトを作りたい、と考えたわけです」
映画は、プロジェクトのプレゼンテーション
――そのプロジェクトから派生して、本作が生まれたわけですね。
「はい、プロジェクトは、記録として残す“アーカイ部”と、美しい景色を集める“美景部”という2つのブ(部)を柱にしよう、と。例えば自然って3年で、すごい勢いで木が成長し、森全体の風景も変わる。そういう風景を残すことに緊急性はないけれど、30年後には思わぬ効果があると思うんです」
「有名な観光地でみな同じ写真を撮りますが、一歩ズらした風景をついでに撮ってアップロードし、AIで画像解析すると、VRグラスをかければ周囲の映像も含めて3Dで見ることができる。既にそんな技術もあるんです。3年後にはスマホで見ることも可能になっていると思いますよ」
「誰かが“ついでの1枚”を撮ってシェアしてくれれば、日本全国の映像を残し、好きなように取り出せる。それを大々的に知ってもらうために、まずは “美景部”の映画を作ろうと思い立ちました。本作はつまり“ピース・ニッポン・プロジェクト”のプレゼンテーションでもあるわけです」
――8年撮りためた写真の中から“美景”中の“美景”を厳選して、映画『ピース・ニッポン』が完成したわけですね。
「はい、映画にしようと思い立ったのは4年前。僕自身も220カ所以上に行って撮り、本作では140ヵ所くらい使っています。さらに600ヵ所くらい撮ってくれている人が2人います。その素材から好きなだけ選び、最初、地域ごとの構成にしたら、なんと7~8時間の作品になっちゃったんですよ(笑)!」
歴史の勉強にもなりますよ(笑)!
――それがよく111分になりましたね(笑)! 映画は「日本の精神」「日本の四季」「一期一会の旅」と3部構成になっています。特に第一部の、神道と仏教に根付いた日本人の精神性や、日本の自然への畏怖や共生の感じ方などに、嬉しさと共感を覚えました。
「三部構成に行き着いたのは2年前。その前に実は、『日本列島絶景の旅 ジャパン』という映画を2年かけて作り終えていたんです。そこには精神性など一切入れず、ドローン撮影もまだ組み入れていませんでした」
「そうしたら、観光映画だ、環境映像だ、と言われて(笑)。僕はそれを全く悪いとは思わないのですが……。だって“観光”ってそもそも“光を観に行く”こと。光とは神社のことで、昔の日本は、伊勢神宮に行くことを“観光”と呼んだんです」
「ま、でもね(笑)、そんなわけで、どんどん技術が進化しているドローン撮影も入れ、一から構成を練り直すことにしました。色んな切り口で色々と構成を考えた結果、“歴史”の上に地域のバランスを考えながら配置していく、三部構成となりました」
小泉今日子さん、東出昌大さんの声に聞き惚れる!
――ナレーションも、あまりに多いと胡散臭くなったり、うるさくなったり、非常にバランスが難しかったと思います。でも、とても心地よくストンと心と頭に入って来ました!
「非常に苦労しました。頭がよくて説明好きな左脳型と、感性で見る説明嫌いな右脳型と、感じ方が全く違うんです。一度、家に知り合いのミュージシャンに集まってもらい、最初のバージョンを観てもらったんです。“ウザいと感じたら手を挙げて”と言ったら、みんな“ハイ”“ハイ”次々と手が挙がる(笑)!」
「彼らはリリックを書いていますから、言葉に非常にうるさいし、伝え方をよく知っている。彼らから“この表現の方が伝わりやすい”などのアドバイスをもらいつつ、既に録音してあるナレーションを、かなりカットしました。完成版は、最終的に8頁分ナレーションをカットしたものです」
――小泉今日子さん、東出昌大さんをナレーションとして選ばれた理由は?
「僕は小泉さんの声を、歌声も含めて国宝級だと思っていて。「日本に恋しよ」って語尾を少しだけ上げて言ってもらうだけで、もうキュンとしちゃいますから(笑)! しかもナレーション道を究めたプロで、徹底的に練習して臨んでくれて、意味も色々と調べて “こんな言い方もありますよ”と。小泉さんに“人生の何時間かだけ力を貸してくれませんか”と手紙を書き、受けていただけて本当に良かったです!」
「東出さんは、俳優としても好きですが、彼のカッコよさに痺れてお願いしました。実は杏ちゃんとファッション関係で長く仕事をして来たので、歴史の話で盛り上がって2人が結婚すると聞いたとき、本当に良かったな、と。189㎝のあのルックスで歴史が好きな男性なんて、本当にカッコいいな、と思ったんです」
「実際にお会いしたら、非常に誠実な人。熊本地震についてのメッセージなど、僕が熱を込めて誠実に伝えたいことは東出さんのパートにしました。男女の声で伝わるメッセージって、それぞれ違うものがあるんですよね」
膨大な時間を費やした、音楽とナレーションと映像の編集
――映像や場面によって、重厚なクラシック音楽からポップな細野晴臣等々の楽曲まで様々なジャンルの音楽に彩られています。今回、こだわった点、映像と音楽のアンサンブルをどのように作られたのでしょうか?
「最終的に38曲くらい使っていますが、相当な時間と労力をかけ、音楽を選んでいき、あるいは新たに発注し、映像と音楽のバランスをとっていきました。長くミュージッククリップを作って来ましたから、音楽と絵だけで飽きさせない状態をキープすることは、そう難しくなく作れるんですよ。でも本作には、加えてナレーションも入って来る。その3つのバランスを取るのは、まぁ、時間がかかりましたね」
「ここにはクラシックを当ててみようとか、僕が持っている何万枚の曲をもう片っ端から全部あてて行ったり。別の場面では、3枚くらい静止画を渡して天才ミュージシャンに何の説明もなく曲を作ってもらい、その曲に合わせて絵を編集したり。それも10曲くらいありました」
「例えば京都の場面に今は「シルエット・ロマンス」を掛けていますが、あのシーンだけで別の曲で十数パターン、編集済みのものがあります。毎日、16時間くらいこもってやって4年間、編集していますからね!」
今、改めて思うこと
――今、遂に完成した映画をご覧になって感じることは?
「もう、見飽きています(笑)! でも、別の仕事をして、久しぶりに本作を観たりすると、やっぱり“うわ、スゲーな!!”と単純に驚きます。本当にすごい絵の連続。例えば釧路湿原をドローンで空から撮ったシーンは、釧路湿原の前に住む、今はドローンのパイロットになられた田中君が、あと1年待てばもっとすごい絵が撮れる、と言うので、この絵のために1年待ったりもしました(笑)!」
――特に思い入れがある場所や映像はありますか?
「福島の花見山公園は毎年行き、何度も撮り続けている場所です。普通の民間人がやっている花木農家さんの山ですが、70年前くらいから、1日3坪づつ美しい花の苗を植えて、お爺ちゃんの代から孫の代まで来る人にお茶を出してきた。その後、一般に無料開放したそうです。とにかく木々や花々が美しくて、このプロジェクトをやろうと思って行った最初の場所の中の一つです」
「(放射)線量の問題もありますが、今は皇居回りと変わらない。人間の世界とは関係なく、国土はずっと美しい。僕はそれを伝えたかったんです。こんなに素晴らしい日本に住んでいることに誇りを持ってもらいたい。そして、それぞれ守りたいところを守ればいい、という思いを込めています」
――本当に、日本人全員に観て欲しい映画ですね。
「女性はみな楽しんで観ていただけると思いますが、お父さん、お母さんを連れて一緒にご覧になられると、親孝行になると思いますよ(笑)! 観終わると、何か浄化されたような感覚になりますから。何カ所か、神が宿っているような神秘的な空気、出雲や伊勢の気を吸ってもらえるような映像も入れていますから」
1部、2部と見続けると、日本の歴史や日本人の“精神の基”みたいなものが流れ込んだ状態で3部を見ることになるわけですが、そのあまりの美しさに、感極まって泣けてきますよ!! ぜひ、大きなスクリーンでご覧ください!
★『ピース・ニッポン』公開記念写真展 「ピースなニッポン展」も開催中
→詳しいLEEweb記事「圧巻の絶景! 映画『ピース・ニッポン』の写真展を観に品川へ」はこちら
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。