(館内撮影につき、学芸員さんより大変快く許可を頂いております。ありがとうございます…!)
Noda City Museum
全国でも珍しい、しょうゆに関する資料を数多く展示
野田市郷土博物館へ
キッコーマンもの知りしょうゆ館・亀甲萬本店 御用醤油醸造所を見学した後は、野田市郷土博物館にも足を伸ばしました。野田市郷土博物館は1959(昭和34)年に開館された、千葉県初の登録博物館です。この博物館の歴史的意義は、全国的に見ても博物館や美術館の存在が珍しかった時代に、野田市民の熱心な文化活動が基盤となり地元企業の後押しを得て建設を成し得たという、建設までのプロセスにもあるようです。入館無料。博物館前の道を挟んで向かい側に駐車場完備です。
今年2024年は、博物館と同敷地内にある、今は野田市市民会館として活用されている旧茂木佐平治邸が1924(大正13)年に建築されてからちょうど100年!9月23日(月・祝)まで博物館にて「野田のおしょうゆコレクション」展が開催中でした。茂木佐平治家は、野田で江戸時代より醤油づくりを営んできた醤油醸造家の一つ。同家の本印(最上位のブランド名)であった「亀甲萬」(キッコーマン)印は、1917(大正6)年に創立した野田醤油株式会社(現・キッコーマン株式会社)の商標として受け継がれ、今に至るようです。
建物の全容を写せなくて申し訳ないのですが…、設計は、京都タワーや日本武道館を手がけた建築家として知られる山田守氏によるもので、外観は正倉院の校倉造をイメージ、銅板葺の屋根や等間隔で並ぶ格子窓がアクセントになった建築で、2021(令和3)年に国登録有形文化財となったようです。
↓館外に設置されていた、空気圧縮機(コンプレッサー)。キッコーマンより寄贈されたものだそうです。昔は人の手(櫂棒など)でかき混ぜていたもろみを、明治後半ごろから空気撹拌する手法が普及し始め、今日では櫂に代えて圧縮空気で撹拌するのが一般的なようです。
館内は自由見学ですが、学芸員さんが常駐されていて、要所要所で親切に説明してくださいました。特に山田守氏設計の、建物自体が歴史的価値のあるこの博物館の構造について知ることが出来ました。自分では絶対気付かないポイントです…!
常設展示は、昨年2023(令和5)年4月にリニューアルされ、考古遺物を扱うエリアを新設、旧石器時代から昭和30年代頃までの野田の歴史について、エリアごとに紹介されています。しょうゆの街・野田らしく、開館以来しょうゆにまつわる多くの歴史史料を展示していることから、「しょうゆ関連資料」という独自の分類項目を設けているのがこの博物館の最大の特徴と言ったところでしょうか…。
【Part.1】
令和6年度企画展・収蔵資料品展
造る・容れる・広める 野田のおしょうゆコレクション 展
「しょうゆ関連資料」を、この「野田のおしょうゆコレクション」展においては、3つのテーマ「造る(醸造)/容れる(容器)/広める(広報)」に分けて紹介されていました。
まずは【造る(醸造)】コーナー。入館して真っ先に目に入るのが、「野田醤油醸造組合」ののぼり旗!1887(明治20)年、野田・流山・松戸の醸造家17家によって、野田醤油醸造組合が結成され、しょうゆ粕の相場の取り決めや粗悪品を発売しないこと・不正のあった取引先とは以後付き合わないなどのルール作りから、人車鉄道や金融機関である野田商誘銀行、醸造試験所や病院の設立も組合によって決定されるなど、野田の街の近代化や交通基盤の発展に大きく貢献していたそうです。
昔ながらのしょうゆ作りの道具。手前は押し箱や麹蓋です!
キッコーマンの前身、「宮内省御用達 野田醤油株式会社」の看板や、江戸川沿いに建設された御用醤油醸造所の写真、茂木佐平治家の帳簿が展示がされています。野田におけるしょうゆ醸造業の歴史は、①しょうゆ醸造家(造家)が個々に醸造業を営んでいた時代と、②1917(大正6)年に8家のしょうゆ醸造家が合同して野田醤油株式会社を設立して以降の時代 に区分して考えられることが多いようです。「キッコーマン」とは元々野田のしょうゆ醸造家・茂木佐平治家が自家の最上級ブランドにつけた印、「本印」だったようです。幕末期には江戸幕府より「最上醤油」の名称を7印に許可、すなわち茂木佐平治家の「キッコーマン」、髙梨兵左衛門家の「ショウジュウ」、茂木七郎右衛門家の「キハク」はどれも野田ブランドで、残りは野田とともにしょうゆの産地として知られる銚子の造家のブランドだったのだとか。
まだ【造る(醸造)】エリアです。こちらは醸造工程の機械化に関する展示。明治時代に入ると、杜氏(とうじ)や蔵人(くらびと)の経験や勘に基づいて行われて来たしょうゆ作りに、科学的視点が取り入れられるように。原料処理、製麹、仕込み、圧搾、火入れ…それぞれの工程に化学や機械工学などの知見が導入され、野田においては、しょうゆ醸造家・6代茂木七郎右衛門が、1887(明治20)年に自宅内に化学試験所を設け、原料の処理法や機械導入のための研究をスタートしたそうです。1904(明治37)年には野田醤油醸造組合により醸造試験所が設立され、醸造法の研究や分析などが行われたほか、野田特有の種麹の開発も!
ここからは、【容れる(容器)】コーナー。陶器製の白壜(びん)は外国へのしょうゆ輸出のため江戸時代から使われていたとのこと。野田のしょうゆも明治期よりヨーロッパや東南アジアに輸出されたそうです。一般市販用に一升壜を使用したのは茂木佐平治家が1914年に始めたとのこと。
こちらは樽コーナー。野田のしょうゆ醸造の歴史とはすなわち、しょうゆ作りをとりまく様々な産業と、それを支えた人々の歴史そのもの。中でも貯蔵・運搬用の容器としての樽とそれを製作する樽職人の存在やその役割は大きいものでした。飾り樽や半樽、18L詰樽、九升樽など。樽の縄掛けの様子を写した写真や、町樽屋「樽屋」が野田醤油株式会社から買った半纏の展示も。博物館では、過去には「町樽屋」菅谷又三氏や「売樽屋」玉ノ井芳雄氏、お二人の「樽職人」の生き方や技にスポットを当てた展示会も開催されたようです。玉ノ井芳雄氏の樽作りの技は、栃木のお弟子さん・萩原幹雄氏に受け継がれています。今回の企画展の関連イベント「樽づくりの技を見てみよう!」(2024年7月13日開催)では、樽職人・萩原幹雄氏による実演を見ることが出来たようです。
まだまだ【容れる(容器)】エリア。木箱や、醤油さしいろいろ。
最後の3つ目、【広げる(広報)】コーナー。各種ポスターや、ホーロー製の看板。
館内は吹き抜けの造りになっています。1階の「野田のおしょうゆコレクション」展を見た後は、2階の常設展示へ。
【Part.2】Permanent Exhibition
常設展示
旧石器時代~昭和30年代まで 野田の歴史 「野田に生きる」
ここからは常設展示です。千葉県は貝塚が日本一多く集まっている県なのだそうです…!野田市内にも「山崎貝塚」や「野田貝塚」など多くの貝塚があり、さまざまな土器も出土されたようです。
阿弥陀如来像(左)や薬師如来坐像(右)の展示も。阿弥陀如来像は中野台の元東風谷家墓地内赤堂に同家の阿弥陀如来像と共に安置されていたもので、茂木家始祖婦人の持仏として伝わるものだそうです。薬師如来坐像は鎌倉時代初期のものとのこと。
戦時下の生活についてや、旧川間村(1957年に野田市に編入)で村長や村会議員、東葛飾郡会議員を歴任し学校建設や鉄道誘致・水害克服に大きく寄与した染谷亮作氏についての展示も。
昭和30年代頃までの使われていた農具など。風呂ぐわ、備中ぐわ、踏鋤(ふみすき)、ハッタンコロガシ、足踏み式脱穀機や唐箕(とうみ;臼などで籾殻をはずしたあと、風力を起こして穀物を籾殻・玄米・塵などに選別するための農具)、万石(まんごく)どおし、桟俵(さんだわら;俵の両端にかぶせる円形の藁蓋。)、米刺しなどお米の収穫に関する道具アレコレや、1950(昭和25)年以降の暮らしの変化に伴って普及した、交換式電話機や電気アイロンなどの家電が展示されていました。野田市出身の内閣総理大臣・鈴木貫太郎氏についての紹介も。
そして常設展示でもやっぱりしょうゆ関連!こちらの博物館独自の展示区分「しょうゆ関連資料」とは、醸造道具や樽、商標を付けるための型紙や焼印、しょうゆ会社の手提げ袋、従業員向け記念品に至るまでのさまざまな資料を含んでいます。
企業城下町・野田の発展の様子を写真で展示するとともに、樽作り関連の道具が。1955(昭和30)年頃までは野田では醬油の容器である樽の製造が盛んで、大正期には新しい樽の使用が一般化。昭和初期には工場や樽屋で年間200万樽以上生産されていたものの、瓶や缶の普及により、それらに取って替わられて行きます…。樽屋の類型図や、製樽工配置図、樽造りに使われた道具たち。榑(くれ)を削るための両手持ち道具・銑(せん)掛けには尺採り用・入際用・外銑・内銑…と種類がたくさんあるのにも驚きました。
こちらは「野田醤油作業模型」。昔ながらのしょうゆ作り、大豆を蒸す・小麦を炒る・仕込みと撹拌・圧搾・火入れの作業の様子が精巧なミニチュア模型で再現されています!
押絵扁額「野田醤油醸造之圖」。当時の人気押絵職人・4代勝文斎の作。明治初期の醤油醸造工程と、それを見学する人々の様子を、綿を布地で包んで立体感を出す「押絵」という技法で表現されているものです。
最後に、ミュージアム缶バッジのガチャガチャを!
醤油樽の缶バッジ狙いだったのですが…、3人とも当たらず!猫之妙術挿絵部分の猫や、高瀬舟模型、明治時代の版画家・高橋弘明(松亭)が高瀬舟を描いた「せきやど」という作品の缶バッジ。別柄が当たったので良し。
ここまでもかなり長文になってしまいましたが…。しょうゆの街・野田と、しょうゆ産業にまつわるさまざまな歴史を学び、「用の美」であり、実用品から伝統工芸品にまで昇華された「樽」の制作現場や、発酵に関する醸造業全般にまで興味が派生しています…。特に、樽職人として伝統を守り続けて来られた、故・玉ノ井芳雄氏についてもっともっと知りたくなりました。嗚呼…我が家から野田は遠いんですよ…。学芸員さんから「どちらから来られたんですか?」と尋ねられ、「横浜から…」と答えると、「まぁ遠いところからようこそ」と言って頂きました( ̄∇ ̄) 近かったら通いつめていたかも…。
それはさておき、同敷地内にある、今年でめでたく築100年を迎えた、今は市民会館となっている旧茂木佐平治邸も見学可能施設でして…。そちらについては、また別記事にて紹介させてください。
企画展「野田のおしょうゆコレクション」は今月9月23日(月・祝)までの開催です。気になる方はぜひ◎(※回し者ではありません)
博物館・科学館・美術館などミュージアム系の過去記事は以下の通りです。
- GW雨の日はアンパンマンミュージアム
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- 【神奈川】50周年の「かわさき宙と緑の科学館」へ
- 【神奈川】遊べる科学館「はまぎん こども宇宙科学館」へ。
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TB - はな
主婦 / 神奈川県 / LEE100人隊トップブロガー
41歳/夫・息子(13歳・10歳)・娘(8歳)/手づくり部・料理部・美容部/大雑把な山羊座のO型。好きなものは器、アメリカンヴィンテージ、宝塚歌劇、マンガ、ミナペルホネン、オールドマンズテーラー、GU、ユニクロなど。インテリア・ファッションなどLEEで勉強中。両実家とも遠方で3人の子育てに日々奮闘。ドタバタと過ぎて行く日々の中でも「今」を大切に、小さな幸せを拾い集めながら成長して行きたいです。
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