現在放送中のTVドラマ『嫌われる勇気』(フジテレビ系列・毎週木曜22時〜)。その原案となった同名の書籍には、フロイトやユングと並ぶ世界三大心理学者・アドラーの教えが描かれています。このアドラーの考えは、今の日本の常識とはまさに逆! 育児に関しても目から鱗な内容の数々が並んでいます。
そこで同書の共著者でアドラー心理学の研究者である岸見一郎先生に、アドラー的子育て術をインタビューしました。
子供がミルクをこぼした。その時、あなたはどうする?
津島 『嫌われる勇気』を読んで驚いたのは、子供を叱ったり、ほめてはいけないということ。アドラーはすべての人間関係をフラットに捉え、『横の関係』を主張しているとはいえ、叱らず、ほめない『横の関係』的な育児って難しくありませんか?
岸見 難しいと思いたい人が多いだけです。これまでの方法を変えるので簡単ではないですが、変える勇気をもたないといけない。僕も含め、全く叱らず育てた親はいます。放任ではなく、叱ることに代わる方法を知っていれば叱らずにすみます。
私の息子が2歳の時、ミルクを入れたマグカップを持って歩き始めました。次の瞬間、何が起こるか大体想像つきますよね? 叱る親の多くはこぼれる前に口出しをします。「おそらく転ぶだろうけれど、割れにくいマグカップで熱くもないミルクだから大きな事故にはならないだろう」と私が考えているうちに、案の定こぼしました。あなたはどうしますか?
津島 怒りはしないと思いますが、こぼれたところを私が拭きます。
岸見 そこで親が拭くと、子供は「私が何をしても、親が尻拭いをしてくれる」と学びます。それは無責任を教えること。
私は息子にどうすればいいか、尋ねました。彼は「雑巾で拭く」と言って、自分で拭きました。さらに「これからミルクをこぼさないためには、どうしたらいいと思う?」と問いました。これに対して息子は「これからは座って飲む」と言い、以来ミルクをこぼすことはありませんでした。全く叱っていないですよね。
叱るばかりでは、ただのいい子になってしまう
岸見 アドラーは失敗したあとに3つの行動をしましょう、と提案しています。
1つめは可能な限りの原状回復。今回の場合、自分でこぼしたミルクを拭くこと。これが失敗の責任のとりかたです。
2つめは、もし相手の気持ちを傷つけていたら謝罪。
3つめは、同じ失敗をしないための話し合い。
人間誰しも失敗は避けられないし、成功した時よりも失敗した時に学べる。同じ失敗を2度3度と繰り返さないようにするためには叱るのではなく、話し合いが必要です。
叱ると対人関係は悪くなりますし、叱った人のことを好きにはなれません。そうなると援助する立場である親の言うことを、子供は聞かなくなります。親の言うことが正しければ正しいほど反発する。叱って縦の関係を築いてから援助しようとしても、援助することはできません。
津島 叱らなくても解決はできる。
岸見 子供は自分の行動の意味をわかっています。親に注目してもらえないなら、叱れるような行動をしようとなります。叱っているからこそ、問題行動を止めないのです。
子供は1度叱られたら行動を改善するはず。でも同じことが日々繰り返されるのであれば、叱り方が足りないのではなく、叱るという方法そのものに改善の余地があると考えた方が論理的です。もう少しきつく叱れば改心するのではないか、という希望を捨てられない親は日々同じことを繰り返します。
津島 悪循環ですね。
岸見 叱ることには即効性はありますが、有効性はありません。だったら叱るのを止めた方がいいですよね。叱られると親の顔色をうかがうようになり、すごくいい子にはなるかもしれませんが、スケールの大きな大人にはなれません。
人間はごつごつした岩のような形で生まれます。でも叱る親はごつごつした部分を削っていき、小さく、丸くしていこうとします。それでは子供の長所が伸ばせませんし、創意工夫のできない人間になります。
津島 スケールの小さい人間にはなってほしい親はいないです。そこは親が気をつけないといけないですね。
褒めることは上から目線。それでは子供が自分に価値があるとは思えない
岸見 ほめるのも考えものです。
私のカウンセリングに、子供連れで自分の悩みを相談しにお母さんが来られました。カウンセリングは1時間ほどで決して短くはありませんが、3歳にもなると自分がどういう状況に置かれているかは理解しています。でも母親は1時間も待てないと思っている。子供はどのタイミングでぐずれば大人が困るかを知っています。子供は賢いですよ。
でも親が待てると思っていたら、おとなしく待てます。その時も母親はチラチラと気にしていましたが、やがて私の話にだけ意識を集中した母親は子供のことを忘れ、カウンセリングが終了しました。大人しく待っていた子供を見て、お母さんはなんて言ったと思いますか?
津島 「偉かったね」とかですか?
岸見 それだと、ほめていますよね。
別の日に奥さんと一緒に、自分の問題でカウンセリングに来たご主人がいました。1時間、奥さんは静かに聞いていました。ご主人は奥さんになんと言ったでしょうか?
津島 「おまたせ」とかですか?
岸見 どうして子供には「おまたせ」と言わないのでしょうか? あなたが「偉かったね」と言われたら、ばかにされたと感じますよね。それは上から目線だと感じるから。大人でも嫌なのだから、子供も上から目線は嫌なのです。対等に見てくれない、自分を下に見ていると感じるようになる。ほめることの弊害はそこです。自分が下に見られていると感じると、自分に価値がないと思うようになります。
津島 子供扱いせず、対等に接した方がいいんですね。
岸見 子供が静かに待てた時、なんと声を掛けるのがいいと思いますか?
津島 私なら「お疲れ様」って言う気がします。
岸見 そうとも言えますが、私なら「ありがとう」と言います。なぜ「ありがとう」と言うのか。子供に自分は価値があると思ってほしい、自分を好きになってほしいからです。子供は誰かの役に立てたと感じた時に、自分に価値があると感じられます。「ありがとう」と言われたら、親の役に立てたと感じられる。自分に価値があると思えたら、勇気を持てる。
人間関係に入っていくと、摩擦が起きないわけがない。傷つけられることもあるので、対人関係を避けたいと思う人もいる。でも生きる喜びは対人関係の中で生まれてきます。対人関係を避けない人になってほしい。だから対人関係に入っていける勇気をもてるよう、子育てでは子供が対人関係に入っていく勇気を持てる援助をしてほしいのです。
他人にどう思われようと、あなたの価値には関係がない
津島 日本人は自己評価の低い人が多いですが、それも自分に価値がないと感じているからなんですね。子供には自信を持てる人になってほしいな、とは思います。
岸見 自己評価を高くすると対人関係の中に入っていかないといけないので、それを避けるため自己評価を低くしているのです。でも対人関係に入っていかないと、嫌な思いもしなければ、パートナーや親友に出会うなどもできません。
津島 自己評価が低いのは言い訳にすぎない、と。
岸見 他人が自分をどう見るかは自分では決められません。人の評価は自分の価値には関係ない。「あなたって嫌な人ね」って言われると落ち込みます。でもそれは他人の評価であって、その評価によってあなたの価値が下がるわけではない。逆に「いい人ですね」とほめられても、それも他人の評価であって、あなたの価値には関係がない。そんなことでは一喜一憂しない人間に育ってほしいですね。
津島 他人からの評価は相対的なものであって、絶対的なものではないのですね。
岸見 他人の評価ばかりを気にしていては、八方美人になって自分の人生を生きられなくなってしまいますよ。
次回は、自立を促す子育て方法をうかがいます。
お話をうかがったのは、岸見一郎先生
哲学者、日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問
1956年京都府生まれ。高校生の頃から哲学を志し、京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学後、1989年よりアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学や古代哲学の執筆、講演活動、精神科医院などでのカウンセリングを行う。
嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え
岸見一郎、古賀史健/ダイヤモンド社 ¥1500
フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称されるアルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話」という物語形式で紹介。欧米で絶大な支持を誇るアドラー心理学は、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに、きわめてシンプルかつ具体的な“答え”を提示します。
自分自身だけではなく、育児にも応用できる“答え”も数多く掲載。あなたが、あなたらしく生きるためのヒントを与えてくれます。
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津島千佳 Tica Tsushima
ライター
1981年香川県生まれ。主にファッションやライフスタイル、インタビュー分野で活動中。夫婦揃って8月1日生まれ。‘15年生まれの息子は空気を読まず8月2日に誕生。