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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

今春必見のドキュメンタリー映画、世界の才能に驚嘆、感動、癒される5選!

  • 折田千鶴子

2017.04.11

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今や劇場にとっても、ドキュメンタリー映画は人気コンテンツ

かつてドキュメンタリー映画は、“真面目でお堅い、勉強として頑張って見るもの”だと、エンターテインメントからほど遠いと思われてきました。でも「ボウリング・フォー・コロンバイン」(02)のマイケル・ムーア監督や、「WATARIDORI」(01)にはじまる数々のネイチャードキュメンタリー映画の登場で、今やすっかりその意識も変わってきたと思います。

そう、近年のドキュメンタリー映画は、益々質も向上し、すごく面白い!! 劇場公開しても「ヒットする=多くの観客を呼べるコンテンツ」として、広く認知されるようになりました。

その証拠に、今春は驚くほど多くのドキュメンタリー映画が劇場公開されます。その中から、観たら“得した気分になれる”、“思わず癒される”、“素直に魅了され感動できる”ことをお約束できる、小品ながら“愛すべき佳作”を5つ選びました!! ぜひ映画館の暗闇にひとり身をゆだねながら、人生が少し豊かになる愉悦を味わってください!

ファッション界最大のイベント×世界最高峰の美術館のコラボ

『メットガラ ドレスをまとった美術館』
4月15日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国ロードショー!    c2016 MB Productions, LLC
【監督】アンドリュー・ロッシ    2016年/アメリカ/91分/配給:アルバトロス・フィルム
http://metgala-movie.com/

女性たるもの、ファッションに興味がない人なんて、ほぼいないと言っても過言ではありませんよね⁉ ファッションに少しでも興味がある人が観たら、思わず狂喜乱舞。もう、興奮間違いなしの『メットガラ ドレスをまとった美術館』です。

カメラは、<ファッション界のアカデミー賞>とも呼ばれる<メットガラ>に初潜入します。<メットガラ>とは、ニューヨークのメトロポリタン美術館で、毎年5月の第一週に開催されるファッション界最大のイベント。

大階段に敷き詰められたレッドカーペットには、有名デザイナーはもちろん、リアーナやレディ・ガガ、ジョージ・クルーニーやアン・ハサウェイなど、豪華ハリウッドスターが一流メゾンのオートクチュールを身にまとって登場します。その優美でゴージャスなこと!!

表舞台の絢爛さにため息、それを作る裏側の情熱に感無量!

一夜限りの、その豪華な饗宴を主催するのは、映画『プラダを着た悪魔』のモデルとなったUS版VOGUEの編集長アナ・ウィンター。彼女の人脈と信望で、一人あたり25,000ドル(約300万円弱)の席料にかかわらず、600席が瞬時に満席になってしまうとは、う~ん、やっぱりさすがです。

メットガラに関わる彼女の部下たちの奮闘、セレブにまつわる裏話や漏れる本音にも、どこまでも興味が尽きません!!

一方で、美術館側の担当者、11年に故アレキサンダー・マックイーンの回顧展を大成功させた気鋭の人物、アンドリュー・ボルトンの奔走、奮闘からも目が離せません。ファッションはアートより格下であるとみなされて来た偏見を打ち破るべく、ファッションの魅力を熱く語り、説得し、企画を推し進めて来た彼の情熱にも、思わず驚嘆させられます。

メトロポリタン美術館服飾部門の主席キュレーターを務める彼が、今回の<メットガラ>で、中国の影響を受けた西洋ファッションと美術・歴史・映画の融合をテーマにした企画展「鏡の中の中国」を手掛けるのです。世界中を走り回り、芸術監督を依頼したウォン・カーウァイ(映画監督)やアナ・ウィンターらと徹底議論し、スタッフを鼓舞し、寝ずに働き続ける、それでもお洒落でエレガントな姿は、スゴイ、の一言。

一方で、果たして“服”はアートとして美術館に飾るべきか、人気が出てもアーティストではなく服屋は服屋だと、デザイナー自身が主張したり。深い問題も差し込まれます。

そうして迎えるメットガラの当日。セレブたちの豪華なドレス姿にワクワクすると同時に、いや個人的にはそれ以上に、アンドリューの企画展の素晴らしさに嘆息し、よくぞ間に合ったと、彼の情熱にまさに感無量の思いを嚙み締めたのでした。

ファッション発で世界や歴史をも考え、感じさせる逸品は必見です!!

 

<スローライフの母>である絵本作家がくれる“生き方のヒント”

『ターシャ・テューダー 静かな水の物語』
2017年4/15(土)より角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA他全国ロードショー
(c)Richard W Brown
【監督】松谷光絵   2017年/日本/105分/配給:KADOKAWA
http://tasha-movie.jp/

LEE読者の中には、絵本作家ターシャ・テューダーをご存知の方やファンも多いのではないでしょうか。1938年にデビューして以来、実際に飼っていたコーギー犬を主人公にした「コーギービル」シリーズを代表作にもつ、アメリカで最も愛される絵本作家のひとりです。絵本作家としてはもちろんですが、挿絵画家、人形作家であり、さらに園芸家として自然に寄り添った彼女の暮らしが世界中から注目され、人々を魅了してきました。

なんと子育てを終えた56歳のときに、バーモント州の山奥に18世紀風の農家を建て(しかも長男が!!)、そこで天国のような色とりどりの花が咲き乱れる庭を作り、自然に寄り添い、大好きな動物たちと自分らしく暮らしました。映画が映し出すその庭の、本当に美しいこと。美味しい空気がスクリーンのこちらまでふわりと届いてきそうです。

(c)2017 映画「ターシャ・テューダー」製作委員会

そんな彼女が語る一言一言は、まるで魔法のように私たちの心にふっと優しく入ってくるのです。なるほど、彼女の言葉を集めた書籍が、日本でも大ヒットを記録し、一大ブームを巻き起こしたというのも納得です。

クリスマスツリーに手作りのジンジャークッキーを飾ったり、子供たちの遊ぶ人形を手作りしたり、各々の花に最も適した土を探るため、種を大きな庭の何か所かに植えて様子を見たり。生活の隅々まで、すべてに愛情を注ぐ暮らしぶりが、なんとも心地いいのです。

監督はじめ制作チームは、なんと日本人! 映像を観ているだけでも十二分に心が洗われますが、彼女の言葉が、やさしく体中にこだまするような感覚を覚えます。「忙しすぎて、迷子になっていない?」と彼女が語るように、日々忙しい人へのとっておきの癒し時間になること、間違いなしの佳作です。

 



本年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート作

 

『ぼくと魔法の言葉たち』
シネスイッチ銀座ほか絶賛公開中
© 2016 A&E Television Networks, LLC. All Rights Reserved.
【監督】ロジャー・ロス・ウィリアムズ   2016年 アメリカ / 91分/配給:トランスフォーマー
http://www.transformer.co.jp/m/bokutomahou/

この映画にも、もう、すっかり魅了されてしまいました!! 主人公は、2歳のときに自閉症によって言葉を失い、6歳まで自分だけの世界に閉じ込められていたオーウェン君。ただその間も、ディズニー・アニメーションが大好きで、ずっと夢中になって見入っていたそうです。映画のある場面で小さな反応を示すことに両親は希望を見出しますが、医者からは単なる“反射”で、言葉を取り戻すのは無理と宣告されてしまうのです。

ところが、そんな失意の中でも、両親は絶対に諦めませんでした。そしてある日、オーウェンが発したモゴモゴした言葉が、ディズニー・アニメーション「リトル・マーメイド」に登場するセリフだと気づくのです。お父さんがオーウェンの大好きなキャラクター、オウムの“イアーゴ”になり切って話しかけると……なんと、オーウェン君が言葉を返して来たのです!!

愛情に溢れた両親と兄の支えで、言葉を取り戻していく様子に、心の奥がムクムク熱くなります。ディズニー・アニメーションを通し、明るく前を向いて頑張るオーウェン君が可愛くて頼もしくて、心から大好きになってしまうのです。

こちらは、お兄さんの誕生日を家族で祝うシーン。お兄さんの合図で、兄弟でろうそくの炎を消す姿も微笑ましくて温かい!

映画撮影時23歳のオーウェン君の、いつも全く裏のない素直なリアクションが、とっても気持ちがいいのです。そんな彼だからこそ、もちろん誰かを好きになったら、真っ直ぐに相手に向かっていきます。でもだからこそ、恋を失うときは、真正面から傷つかずにいられない……。そんな彼に家族がどんな言葉をかけ、成人した彼を一人前の人間として応援し、独り立ちさせようとするのでしょうか!?

家族の深い深い愛。互いをリスペクトし、互いを誇り、親として兄として、家族として、愛と信念を全うしようとする家族みんなに、尊敬の念を抱かずにいられません。……なんて硬い言葉ではなく、とにかく大好き!! 真っ直ぐなオーウェン君とその家族を応援するどころか、逆にパワーをもらえる、ハートに溢れたドキュメンタリーなのです。

 

全世界が魅せられ騙された、謎の美少年作家の正体はーー

『作家、本当のJ.T.リロイ』
新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか絶賛公開中
c 2016 A&E Television Networks and RatPac Documentary Films, LLC. All Rights Reserved.
【監督】ロジャー・ロス・ウィリアムズ
2016年 アメリカ / 111分/配給:アップリンク 
http://www.uplink.co.jp/jtleroy/

みなさんは、J.T.リロイという作家をご存知ですか⁉ 96年に彗星のごとく文壇に現れた、少女のような華奢な美少年。16歳のときに書いた自伝「サラ、神に背いた少年」――母親とその恋人から虐待を受け、男娼となった過去を綴る――で、一躍時代の寵児となりました。

彼の早熟な才能にほれ込んだガス・ヴァンサントは、カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を獲った『エレファント』(03)の脚本を依頼し、「賞の半分は彼(J.T.リロイ)に奉げる」とまで言ったのです。彼の第2作はアーシア・アルジェント(イタリアの巨匠ダリオ・アルジェントの娘で女優)に惚れこまれ、『サラ、いつわりの祈り』(04)として映画化されました。

彼の才能は、マドンナやウィノナ・ライダーやトム・ウェイツ、U2のボノら、トンがり系の著名セレブに絶賛され、世界中で天才だともてはやされました。

ところが10年後の2006年、突如、ニューヨークタイムズ紙が、“J.T.リロイは存在しない”という暴露記事を載せたのです!!

存在しないって、“じゃ、あの金髪サングラスの美少年は誰!?”、“じゃ、一体だれが小説を書いていたの⁉”と、当然ながら世間は騒然とします。そりゃ、そうですよね。狐につままれたような話ですもの。

左が広く世間でJ.T.リロイとされてきた……実はなんと少女。右がローラ・アルバート本人。

なんと小説を書いていたのは、マネージャー的存在として常に彼と行動を共にしていた40代の女性ローラ・アルバートでした。本作は、その張本人がコトの顛末をこと細かに、思いのたけをぶつけるように、思い切り語りつくしたドキュメンタリーです。

つまり、完全に一方的な独白。本当の本当にすべてが真実なのか、彼女の勝手なフィルターを通して語られているかもしれない、という、真実をあぶりだす通常のドキュメンタリーと違って、それこそが面白い点でもあります。

詐欺罪として訴えられてもいる彼女ですが、その告白が、かなり仰天の事実がてんこ盛り。彼女自身の変質狂的な面や人格が破綻している部分を、自ら告白してもいるわけで……。

同時に、16歳が書けば評価されるけれど、年配の女性が書いたら価値がないのか、あるいは詐欺と言えなくもないけれど、そこまでの罪だろうか……と、色々な自問自答を頭の中でせずにいられないのです。

彼女の仰天告白や金髪の少年の正体などについては、ぜひ劇場で驚きつつ楽しんでください。異色の面白さが味わえるドキュメンタリーです。

 

ドイツで異例の大ヒットを記録した夫婦と家族の物語

『わすれな草』
4月15日(土)より渋谷ユーロスぺースほか全国順次公開   © Lichtblick Media GmbH
【監督】ダーヴィット・ジーヴェキング   2013年/ドイツ/88分/配給:ノーム  http://www.gnome15.com/wasurenagusa/

最後にご紹介するのは、認知症になった母親を、自宅で献身的に介護をする父親の様子を、息子である監督が記録したドキュメンタリーです。いえ、全然、辛気臭くない、むしろユーモラスな映画なんです。認知症と聞いて二の足を踏むのは、ご法度ですよ!!

監督のダーヴィットが、母グレーテルの世話を手伝うため実家へ帰ってくるところから映画は始まります。日々の介護生活の撮影に、とても知的だった母の過去の写真や映像が挿入され、まさに“時代の戦士”ともいうべき、波乱の人生が浮かび上がってきます。自由恋愛を認め合った、かなり進歩的というか、一風変わった夫婦関係にも驚かされます。

一方で、今では欲望の赴くまま、眠ければ「嫌だ、ここで寝る!」と周囲の誘いや軽い叱咤に完全無視を決め込む母の姿に、ちょっと笑ってしまったり。過去を後悔しながらも、記憶を失っていく妻に愛情を注ぐ父の姿は、別版『きみに読む物語』とも言えなくもない恋愛映画でもあるのです。

今や誰にとっても無縁ではない、介護問題。介護の困難も捉えながら、決して衰えていくことを否定せず、家族のありのままを受け入れ、認める。お手本にしたい力強い家族のドラマとして、構えず軽い気持ちでご覧いただきたい佳作です。

 

さて、書けば書くほど、書きたいことが溢れて来た“愛すべき5作”。ドキュメンタリー映画にしかない面白さもきっと感じていただけると思います。

ぜひ、お土産をたくさん持って帰れる、豊かな時間を堪能してください!!

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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