
「小説家になれるかもしれない」と思ったその瞬間から、逆に書けなくなってしまった。平石さなぎさんが『ギアをあげて、風を鳴らして』で「第38回小説すばる新人賞」を受賞するまでには、そんな5年間があったそうです。受賞作の刊行に際して、受賞に至るまでの道のりや作品に込めた思い、そして次回作について伺いました。
小説の面白さを知ったのは19歳と少し遅め。
自分も書けるかも!と勘違いしました(笑)
『ギアをあげて、風を鳴らして』で「第38回小説すばる新人賞」を受賞したときのお気持ちを教えてください。
「20歳のときに小説を書き始めて、初めて応募したのが『小説すばる新人賞』でした。私自身にとってすごく思い入れのある新人賞だったので、2度目の応募で受賞できたことに不思議なご縁を感じています」
大学生になるまで、あまり小説に触れてこなかったという平石さん。どのようなきっかけで小説を書こうと思ったのでしょう?
「作家さんのインタビューを読むと小さい頃から本が好きだったという方が多いので、ちょっと恥ずかしいんですけど。19歳のときに初めて小説の面白さを知って、自分も書けるかも、と勘違いしたのがきっかけです(笑)。中でも、桐野夏生さんの『柔らかな頬』は重いテーマでありながらストーリーに強く引き込まれて、とても感動したのを今でも覚えています」
小説を書き始めた当初から、文学賞に応募する予定でしたか?
「自分の書いた小説を誰かに読んでほしい、という気持ちはあまりなかったのですが、ただ書き溜めておくのもな、という思いで21歳のときに応募をし始めました。22歳のときに応募した『小説現代長編新人賞』で初めて三次選考まで進み、“小説家になれるかも”という淡い期待が生まれてから、それまでのように楽しんで書けなくなってしまい……。それから5年ほど、長編小説が書けない時期が続きました」
長編小説が書けなくなったことを機に、数多くの著名作家を輩出してきた大阪文学学校に通い始めたそうですね。
「それまで身近な人に読んでもらう機会がなかったので、すごく勉強になりました。伝わるはずだと思って書いたことが、全く違う解釈をされたり、そもそも伝わらなかったりすることが多くて。例えば、私はお笑いが好きで、小説でサンパチマイク(漫才のステージ中央に置かれるマイク)について触れたとき、サンパチマイクを知らない人がたくさんいたんです。自分が当たり前に知っていることが、必ずしも共有されているわけではないんだと、改めて実感しました」

熱量で書いてみよう!と5年ぶりに執筆した長編小説。
正直、受賞する自信は全くありませんでした
また書けるようになるまでに、どんな気持ちの変化がありましたか?
「長編小説とは一度距離を置き、短編を書いていた時期に、『女による女のためのR-18文学賞』で最終候補に残ったことがありました。そのときの選評で、きれいな文章や整った形を求めすぎている、という指摘をいただいて……。その言葉がきっかけで何かが吹っ切れ、多少粗くてもいいから、熱量を高く保った状態で書いてみようと思えたんです。そうして書き上げたのが、『ギアをあげて、風を鳴らして』でした」
書き終えたときに、手応えはありましたか?
「いえ、まったくなかったです(笑)。というのも、応募を重ねる中で、自信作ほど一次選考であっさり落ちてしまうことが多かったので。運がよければ少し先まで残れたらいいな、というくらいの気持ちだったため、受賞が決まったときは本当に驚きました」
『ギアをあげて、風を鳴らして』は、新興宗教の創父の生まれ変わりとされる小学4年生の少女・癒知と、父親の転勤で転校してきた同級生・クミの友情を軸に描かれた物語です。新興宗教団体を舞台に選ばれた理由を教えてください。
「中村文則さんの『教団X』を読んで衝撃を受けて以来、いつか宗教をテーマに書いてみたいと思っていました。ただ、次に『小説すばる新人賞』に応募するときは、女の子たちのストーリーにしたいという気持ちもあって。まず主人公の癒知が生まれ、彼女の悩みを掘り下げていく中で、その居場所として宗教団体がしっくりきたんです。そこに、子ども目線の物語と新興宗教を掛け合わせたら面白いかもしれない、と発想が広がっていきました」
大人びているけれど心の中では甘えたくて仕方がない癒知と、無邪気なようで実は人の気持ちに誰よりも敏感なクミ。真逆な二人の少女を主人公にし、それぞれの視点を交互に物語が展開していく構成は、どのように思いつきましたか?
「当初、主人公は癒知ひとりにしようと思っていたんですけど、書きながらクミの気持ちもしっかり掘り下げたくなって、クミの視点を書き加えていきました」
ニュアンスで伝えたり、大人よりも素直になれたり。
子どもの視点だからこそ描けたことが多かった
「天上」を「天井」と誤って解釈した一方で、笑いながら怒りをぶつけ合う両親に違和感を抱くなど、子どもだけど子どもじゃない、小学4年生という絶妙な年齢らしい感性の描写に何度もハッとさせられました。
「普段は子どもと接する機会がほとんどないので、自分が子どもだった頃の記憶をたどりながら書いていた気がします。癒知もクミも自分の気持ちを言葉で表すのが難しい年齢なので、ニュアンスで伝える場面が多くなったり、逆に大人が言いづらいことを率直に口にできたりする。その目線だからこそ描けたことが多かったと、書き終えてから気づきました」
また、癒知を子どもとしてではなく創父の生まれ変わりとして一線を引いて接する癒知の母親と、心療内科に通い1日のほとんどを寝て過ごすクミの母親。母親に甘えられない二人が、寂しさをお互いで埋めながら絆を深めていく様子がとてもリアルでした。
「母親と娘の関係については、もともとここまでフォーカスする予定ではなかったんです。ただ、どうしても書きたいラストシーンがあって、そこにたどり着くためには母親との関わりが欠かせなかった。母娘の関係性も以前から向き合ってみたいテーマの一つだったので、書きたいことが自然とつながっていった感覚がありました」
熱心な信者で宗教団体の幹部でもある癒知の母親は「天罰を避けるために教戒を守らなければいけない」、子育てのためにキャリアを手放したクミの母親は「自分が幸せにならなければいけない」などと、一種の思い込みで自分自身を苦しめている印象を受けました。自分のあるべき姿を追い求めて目の前にある小さな幸せに気づけない、という状況は、誰しもが直面し得ると感じます。
「深く考えたことはなかったのですが、私自身も、きっと経験していることだと思います。私は疲れが溜まると、どうしても周りが見えなくなってしまうタイプ。そうすると、日常の小さな幸せや、周囲の人の気遣いや優しさにも気づけなくなってしまうんです。小説を書いていると自分を俯瞰して見られるので、そういうときほど意識的に書くようにしています。私にとって小説を書くことは、自己理解を深めることにもつながっています」
本作を執筆する中で、ご自身の内面や意識にまつわる新たな気づきはありましたか?
「癒知とクミにとって、それぞれの母親は壁のような存在として描かれていますが、自分が母親の立場になったとき、同じ行動を取らないとは言い切れないと感じました。何かを信じること自体は決して悪いことではなく、本来は前向きなものだと思うんです。ただ、それを娘の視点から見たときには、まったく違うものとして映ってしまう。その難しさを、改めて考えさせられました」

幸せを感じるのは、小説を書いているとき。
筆が進まないときは絶叫マシンでリフレッシュ
教戒によって、スイーツを食べることも、母親に触れることも許されない癒知は、幸福感を「永遠の顔をした短い季節」と表現するのが印象的でした。この言葉は、どのように誕生したのでしょうか。
「自分が幸せを感じたときのことを思い返して浮かんだ言葉です。あのとき、めっちゃ楽しかったな!って何度も思い出すけれど、楽しかった期間そのものは、長い人生の中ではすごく短い時間だったなって。その気づきを表現してみました」
平石さんは、どんなときに幸せを感じますか?
「ベタな答えかもしれませんが、好きなことをしている時間です。小説を書いているときはもちろんですが、うまく書けずに気持ちをリセットしたいときは、刺激を求めて絶叫マシンに乗るのが好き。ジェットコースターで落下する瞬間に、ふっと幸せを感じるんです(笑)。固まっていたものが体から抜けていくような感覚があって、すごくスッキリします」
第38回小説すばる新人賞を受賞してから、印象的な出来事はありましたか?
「受賞記念で辻村深月さんと対談させていただいた際、『どうすれば人の心を打つ物語を書けるのでしょうか』とお聞きしたことがありました。すると辻村さんは、『一つの答えはないから、あまり意識し過ぎず、書きたいように書いたほうがいい』とおっしゃって。あれほどの方でもそう考えているんだと、目から鱗が落ちる思いでしたし、その言葉は今も心に深く残っています」
現在取り組んでいらっしゃる次回作について、話せる範囲で教えてください。
「短編集を予定していて、その中の2作目を書いているところです。長編のほうが得意なので、一本の筋の美しさや無駄のなさが求められる短編の難しさを感じつつ、編集の方の的確なフィードバックに助けられています。ひとりで書いていた頃は、書き終えて“なんとなく違うな”と思っても、その原因がわからなかったんです。でも今は、それをすぐに指摘していただけるので、そのありがたみを噛み締めています(笑)」
最後に、今後の目標を教えてください。
「これからも、たくさん小説を書いていきたいです。そして、ただ書くだけでなく、読んでよかった!と思ってもらえる作品を届けていきたい。書いてみたいテーマはまだ絞りきれていないのですが、辻村深月さんの『ツナグ』のように、現代小説でありながらファンタジーの要素も感じられる物語に憧れていて。いつか、そんな作品が書けたらと思っています」
『ギアをあげて、風を鳴らして』絶賛発売中です!

小学4年生の吉沢癒知は、宗教団体「荻堂創流会」の近畿支部で「降り子(=創父の生まれ変わり)」として信徒から崇拝されていた。幹部の母からは、神聖な身体を持つ者として、食事や他者との触れ合いを厳しく制限されていたが、自分に寄せられる信徒の信仰心や日々の「儀式」に抵抗をおぼえはじめていた。そんな癒知の前に現れたのは、家庭の事情で何度も転校を繰り返している渡来クミ。引っ越し当初、近所を散策中に見かけた「めっちゃきれかった」癒知に興味津々。ある日、学校のトイレで遭遇したことをきっかけに、ふたりは距離を縮めていく。そして繋がりを持ったのは癒知とクミだけでなく、母親同士も親交を深めるようになり……。¥1870/集英社
ギアをあげて、風を鳴らして/平石さなぎ | 集英社 ― SHUEISHA ―
PROFILE
ひらいし・さなぎ●1997年生まれ、京都府出身。20歳から小説を執筆するようになり、働きながら執筆活動を続ける。2025年に「第38回小説すばる新人賞」を受賞。2026年、受賞作の『ギアをあげて、風を鳴らして』で作家デビュー。
Staff Credit
撮影/柳 香穂 取材・文/中西彩乃
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