私のウェルネスを探して/小松由佳さんインタビュー前編
【小松由佳さん】シリア人夫との間に勃発した”第2夫人騒動”から学んだ「理解できないことを理解すること」「対話する努力を続けること」
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LEE編集部
2026.01.31

今回のゲストはドキュメンタリー写真家の小松由佳さんです。小松さんは高校時代から登山に夢中になり、大学では山岳部に所属。2006年には“世界で最も困難な山”と言われる世界第2位の高峰K2(パキスタン、8611m)の登頂に、日本人女性として初めて成功しました。その後は自然と共に生きる人々の生活に興味を持ち写真家に転向。2012年からシリア内戦・難民にフォーカスを当て写真を撮るようになります。昨年、第23回開高健ノンフィクション賞を受賞した『シリアの家族』(集英社)が出版されました。
前半では、写真家に転向したきっかけや『シリアの家族』で描かれた異なる文化を持つシリア人の夫との夫婦関係を築く過程で生じた悩み、写真家そして1人の女性としての葛藤について話を聞きます。(この記事は全2回の第1回目です)
写真家に転向した理由
小松さんが写真家に転向したのは、いくつかのきっかけがあります。
「少しずつ山への集中力が保てなくなったことや、それまではリスクとして受け入れていたものを受け入れられなくなり、自分の心が山から離れつつあると気づいたこと。また、K2に登ってから、山の頂を目指すよりも山の麓に住む山岳民族の暮らしを知りたいと心境に変化が生まれ、人間の暮らしに目が向くようになりました」

2008年に中国からユーラシア大陸を西に進む旅に出て、草原や砂漠の遊牧民、山岳民と生活を共にします。モンゴルや中東の砂漠を歩き、たどり着いたのがシリアでした。
「私がシリアに関わったきっかけは砂漠に生きる人の暮らしを知りたいという思いからでした。そんな時2011年に内戦が始まり、関わっていた人たちが難民になる姿を目撃しました。興味があったのは政治情勢より人々の暮らしですが、国内の情勢が不安定になれば難民になってしまうことも、生活の一部であるのだと実感しました」
日本と大きく異なる、イスラム圏の育児・夫婦関係のあり方
シリアの遊牧民取材をする中で砂漠で半遊牧的な生活を送る大家族のアブドゥルラティーフ一家と出会い、その12男であるラドワンさんと2013年に結婚。2016年には長男、2018年には次男が誕生します。イスラム圏における育児や夫婦関係のあり方は日本と大きく異なっており、結婚する前から「この人と結婚すると一生苦労するだろうと思いましたが、実際してみると想像以上でした(笑)」と小松さんは言います。
「アラブの伝統的な価値観では、男性が家事や育児を積極的に引き受けることは恥ずかしいこととされています。アラブ社会では人生で最も大切にされる時間が“ゆとりの時間”です。心のゆとり、時間のゆとりですね。アラビア語で“ラーハ”という言葉があり、直訳すると“休息・ゆとり”。ラーハをどれだけ持てるかが人生の豊かさを決めると言われています。

そんな中で日本の経済第一主義や効率主義は、夫にとっていまだに理解できないことのようです。仕事でもゆとりが大事で、収入面では意図的な低収入生活を実践し家事育児はノータッチ。子どもが生まれたばかりの頃は本当に大変でした。話し合っても対話が難しいこともありました」
夫の姉たちから「妻に必要とされる性的な努力」を説かれる
イスラム教では4人まで妻を娶ることを認めています。『シリアの家族』では“第2夫人騒動”として、夫ラドワンさんが第2夫人をめとりたいと提案した出来事が描かれています。
「夫の兄のなかには第2第3夫人がいる人もいますが、多妻の場合も夫人全員を平等に扱わないといけません。ただ、全員同じように家や生活を守り、愛情もバランス良くというのは難しいんです。複数の妻を平等に扱うのは不可能だと解釈する人も多く、妻は1人という人がほとんどです」

ラドワンさんはその時すでに第2夫人を決めており、その相手はラドワンさんの兄の妻の妹で16歳でした。騒動は親族から猛反対され幕を閉じますが、夫の姉たちから性的なものも含め、様々なアドバイスを受けます。
「アラブ・イスラム社会において、こうした女性としてのあり方は、母親から娘へ伝えられることです。私は教わってこなかったため、この騒動の時に初めて夫の姉たちから教わりました。性の話はイスラムではタブーですが、夫婦間では性の文化がとても大事にされています。性的な時間も“ラーハ”に含まれており、夫婦の関係維持に必要不可欠とさえ言われます」
ルーツの異なる夫との結婚生活から学んだこと
ルーツの異なる夫との結婚生活から学んだことは、“理解できないことを理解すること”、“対話する努力を続けること”です。
「夫の文化を理解しよう、共感したいと努めていますが、理解できないこと、共感できないこともたくさんあります。それでもいいと思っています。ルールが異なるということは、多様なバックグラウンドがあることだと思うからです。ただ、価値観が異なっても、どのように同じ場で生きられるか。その方法を互いに模索することが大切だと思います。

相手の文化に共感できないこともあるけれど理解する努力をする。相手と価値観が違っても同じ場にいることはできる。その努力を続けることが大事だと学びました」
結婚時に改宗したイスラム教と、ルーツである日本文化の違い
小松さんは結婚した時にイスラム教に改宗しました。日本の文化とは異なる点も多く、自身のルーツを大切にしながらゆっくりと理解を深めています。
「イスラム教といっても証明書があるわけでもなく、アイデンティティや心の拠り所のようなものです。世界で起こっている紛争や戦争にイスラムの組織が関わっていることも多く、好戦的で危険なイメージを持たれることも多いです。

しかし、イスラム教は本来、平和を希求する宗教で、善き人間として生きるためにどうあるべきかを大切にしています。善悪がはっきりと示され、1日5回の礼拝や断食などルールも細分化されています。真理を自分で探究する仏教的な文化とまったく違っていて難しさや葛藤を感じることもありますが、私は日本にルーツも持っているので、どちらの良さも自覚して生きられたらいいなと思います」
シリア難民の妻、二児の母、写真家として見たシリア情勢
『シリアの家族』にはシリア難民の妻、二児の母、写真家という3つの視点からシリア情勢や難民たちの様子が記されています。シリアは2011年に「アラブの春」をきっかけに内戦状態となり、それは2024年12月にアサド政権が崩壊した今も続いています。ヨーロッパでのシリア難民の取材や内戦下のシリアの様子、独裁政権崩壊後の混乱した現場、サイドナヤ刑務所の生存者の言葉。シリアという国、シリア難民を近い距離で感じられる一冊です。

「シリアにつながっていた方はもちろん、これまでつながりのなかった方、難民問題に興味がなかった方にも手に取っていただきたいです。難民や内戦といった言葉の陰で市井の人々がどんなふうに生きていたかを書いた本です。ぜひ幅広い世代の方々に読んでいただきたいです」
一方で感じるのは、小松さんの写真家としての探究心と、取材対象であるシリアの人々を傷つけないように取材をする姿勢です。

「私の場合は長くシリアの人々と関わっていきたいので、彼らをリスペクトして取材することを大事にしてきました。取材現場に立つ時、写真家としての私、妻や母、家族のひとりなど、いろいろな立場の自分が現れます。夫や夫の家族がその写真を見た時のことを考え、“彼らを傷つけたくない”と写真を撮らなかったこともあります。私が写真を撮る意味として、ただ目の前のリアルを撮るのではなく、それ以上に彼らを傷つけずに彼らの立場に寄り添うということを重要視しています。立ち位置の葛藤はいつもあります。それも含めて『シリアの家族』の世界観を感じていただきたいです」
写真家として、小さな光を求めて写し撮る、取材する
世界で最も厳しい山を制し、ドキュメンタリー写真家としてシリアと日本から世界を見続ける小松さん。今の世界をどのように見ているのでしょうか。

「人間は必ずしも平等ではないということです。ときに人生が理不尽であることも知りました。ただ、悲惨だったり厳しい中にあって、それでも人間は生きていく存在なんだと難民の取材を通して気づかされました。そうした場所に身を置き、人間が生きるうえでの厳しさ、困難さに直面することもありますが、それでも、写真家としてそこに光を探し続けたいと思います」
(後編につづく)
My wellness journey
私のウェルネスを探して
小松由佳さんの年表
1982
秋田県生まれ
2006
世界第二位の高峰K2(8611m/パキスタン)に日本人女性として初登頂
2007
第11回植村直己冒険賞を受賞
2008
ユーラシア大陸を横断する旅をし、モンゴルの草原や中東の砂漠で遊牧民と生活を共にする。その旅の途上にシリアを訪れ、砂漠のオアシスにある街パルミラで、遊牧民であるアブドゥルラティーフ一家と出会う。一家の12男であるラドワンさんともこの時に出会う
2013
シリア人の夫ラドワンさんと結婚
2016
長男を出産。『オリーブの丘へ続くシリアの小道で:ふるさとを失った難民たちの日々』 (河出書房)を出版
2018
次男を出産
2020
『人間の土地へ』(集英社インターナショナル)を出版
2025
第23回開高健ノンフィクション賞を受賞。『シリアの家族』(集英社)を出版

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