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私のウェルネスを探して/伊藤亜和さんインタビュー前編

【伊藤亜和さん】父はセネガル人、母は日本人のハーフ。私のことを「自分とは違う」と思っている人のイメージを変えたくて、書くことを仕事にした

  • LEE編集部

2025.07.08

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伊藤亜和さん

今回のゲストは、文筆家の伊藤亜和さんです。伊藤さんはセネガル人の父と日本人の母を持つハーフで、2023年の父の日にnoteに書いたエッセイ「パパと私」が話題になり、24年に『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)を出版。以降も、『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)、『わたしの言ってること、わかりますか。』(光文社)を出版、執筆業のみならずモデル業やポッドキャストの配信、最近ではコメンテーター業やラジオパーソナリティーなど活動の場を広げています。
 
前半では、2冊目の本となる『アワヨンベは大丈夫』を中心に家族のことや文筆家として活動する理由、伊藤さんを育んできた言葉、書くことの意義について話を聞きます。(この記事は全2回の第1回目です)

“らしさ”“こうあるべき”という建前とは別の、個性的な家族の姿を描いた『アワヨンベは大丈夫』

『アワヨンベは大丈夫』は、noteのエッセイ「パパと私」が話題になった後、最初に声をかけてきた出版社からのオファーで始まった企画でした。テーマは“家族”。1冊目の本に続く、普遍的で決して逃れることのできない存在について“ハートフルに書いてほしい”とリクエストをもらい、サイトで連載をスタート。それを1冊にまとめた本です。

『アワヨンベは大丈夫』 伊藤亜和さん

「編集者さんは、家族の話をほっこりあったか、逆境に負けずに頑張る、みたいなウケやすい雰囲気にしたかったようですが、私はハートフルみたいな感じを毛嫌いするところがあって。そうなるものか! と苦し紛れにタイトルは戦わせてもらいました。最初は『アワは大丈夫』というタイトルだったんです。書いた内容は過去のことで“私と家族のあらすじを話すよ”という感じで意気込んで書いたものです。例えるなら“熟成肉”のような自分の中で区切りがついたこと、結論が見えたことを書きまとめています」

“アワヨンベ”とは、セネガル人の父がつけた伊藤さんの愛称です。父親とは10年前に喧嘩別れしてから現在まで一度も会っていません。その時のことを書いたのが、「パパと私」です。

そのスピンオフが『アワヨンベは大丈夫』に収録されている「私を怒鳴るパパの目は黄色だった」です。その他にも、作家の山田詠美さんが好きで少し変わりものの母のことを書いた「宇宙人と娘」「MUMMY&AMY SAYS」、7歳下の弟についての話「セイン・もんた」、突然現れたフランスに住む姉とのやりとりを書く「Nogi」、芸術家気質の祖父との話「ジジ」。綴られているのは、“らしさ”“こうあるべき”という建前とは別な個性的な家族の生き様です。ありのままの姿がユーモラスで愛らしい一方で、「さみしいなと思って行くと会ったら“もう無理”」みたいな本音、「むかつく」「嫌い」「怖い」と言った率直な気持ち。どの話にも必ず家族や人が登場し、人の言葉から感じたことを伊藤さんは文章にします。

伊藤亜和さん

「個人で感じることが苦手なんです。映画の感想を書くのも苦手で、“面白かった”としか言えないんですよね。人を通して見た自分、人の言葉を通して感じたこと。自分が言葉をすごく大事にしてきたので、少し大袈裟かもしれませんが、言葉を人と交わすことが私が生きているそのものだと思います」

文章は歌詞に影響を受けることが多い。あまり話すことが得意でなかった私は、音楽に言いたかった言葉を見つけてもらっていた

文筆家として活動する伊藤さんですが、小さい頃から書くことが好きだったわけではありません。

「かろうじて残っている記憶は、小学校での新聞係です。学校内の謎の部屋や置物について調査をして”ミステリー新聞”という名前で掲示していました。人に文章を読んでもらって嬉しかった原体験だと思います。あとは母親に絵本を読み聞かせてもらったり、図鑑を読んだりしていました。母は山田詠美先生が好きでよく読んでいたのですが、私は小説はあまり読まなかったので母にとってのエイミー先生のような存在がいないんです。私は好きな人と同じ存在になりたいと思うタイプなので、特定の好きな作家さんがいたら似せて書いてしまっていたかも。影響を受けたのはどちらかといえば音楽で、音楽の歌詞が好きです」

伊藤さんが好きだったものは、「漫画の『銀魂』、入り浸っていた2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)の面白スレッド、椎名林檎さんの歌詞、ボカロ」。それに加えて、小学校3年生から7年間通った合唱団での経験が言葉と向き合うきっかけになり、書くことや言葉への興味を深めていきました。

「文章は歌詞に影響を受けていることが多いです。歌詞だけでなく音楽とセットで“言葉”として影響を受けていますね。ラテン語を訳した宗教的な歌詞でしか使われない日本語とか、同じ日本語でもこう使うとこういう雰囲気になるとか。この言葉にこのメロディを置くと情感的になるとか。あとはリズムも大きいですね。そういうことを音楽から無意識に学んでいました。音楽にのせて言葉を口にすることで本音を素直に語れることが多いんです。あまり話すことが得意でなかった私は、音楽に言いたかった言葉を見つけてもらっていた部分もあります」

伊藤亜和さん

父はセネガル人、母は日本人のハーフで“みんなと違う存在”と思われてきた。文章を読んでもらうことで誤解を解き続ける作業をしている

エッセイについては「もともとエッセイを書こうと思って書いたわけではないんです」と伊藤さん。原稿は締め切りギリギリに頑張るタイプだそうです。

「小説はほとんど読んでこなかったので、自分が小説を書くのが想像できなかったんです。書こうと思って書いたわけではなく、結果的に書いたものがエッセイだったというだけ。肩書きも文筆家にしていますが、作家というとちょっとカッコつけすぎた感じがするし、ライターも違うし、コラムニストなんて書くともっと違うし。小説は先日文芸誌で初めて書きました。

原稿は締め切り直前じゃないと書けないタイプで、そうじゃないと書くべきことがやってこないんですよね。自分がそれを“知りたい”“欲しい”とアンテナを立てて行動するからこそやってくる、みたいな。“求めよ、さらば与えられん”ではないですけど、どうしようと考えていないと出会えない。自分の持っている引き出しだと限界があるんです。偉そうな言い方ですが、“降ってくるのを待つ”に近いですね」
 
書くことを仕事にした理由。それはハーフであるという理由から、伊藤さんのことを“自分とは違う”“違う世界の人”と思っている人のイメージを変えたいからです。

伊藤亜和さん

「私は“みんなと違う存在”とずっと思われてきたので、私の文章を読んでもらうことで誤解を解き続ける作業をしていると思います。父はセネガル人、母は日本人のハーフで、その見た目から起きた経験や自意識についてを『アワヨンベは大丈夫』に書いています。見た目は脱いだりできないですからね。私はずっとみんなに話を聞いてもらいたいと思っています。読んでどんな感想を持ってもらうのも自由ですが、悲しいことを書いて泣いてもらうのは正直簡単だと思っていて“泣きました”と言われても“泣くな!”と思ってしまいます。どんな話でもいろいろな面があるから、悲劇的な部分しか伝わらなかったときは、力量不足で悔しくなります。面白かったとか、涙が出るけどそれでも生きていこうとか、そんなふうに感じながら読んでもらうのが嬉しいです。笑わせる方が難しいですから」
 



執筆活動をしながら、学生時代から続けているバニーガールのアルバイトを今も週1回は続けている理由

伊藤亜和さん

自身の性格を聞くと、「『ウマ娘』(※『ウマ娘 プリティーダービー』の略。競走馬を擬人化したキャラクターでゲームやアニメを展開している)のゴールドシップというキャラクター似ている」と伊藤さん。

思いつくままに行動し、面白おかしく生きる自由人。隙あらばボケ、ツッコみ、熱くなり、すぐ冷める。 万人と分け隔てなく絡むが、それはゴルシ劇場を盛り上げるためであり、友情や絆をどれほど感じているかは定かではない。トレセン学園一のトリックスター

『ウマ娘』公式ホームページより

「みんなのことが好きだし全員が自分に関係があると思っているけど、べつに情に厚いわけでもない。人と関わるのはエッセイのネタにしようとしてではなく、私の人生の劇場を盛り上げるためなんですよね。そのために誰かを利用しようとはしませんが、そういう目論見で人に近づいているときも最近はあったりして、すごく薄情だなと思うこともあります。自分の人生を楽しくするために、いろいろな人と会って、いろいろな人と喋ろうとしている。それが結果的にその人のためになったり楽しい気持ちになったらいいなと思います」

伊藤亜和さん

執筆活動をしながら、学生時代から続けているバニーガールのアルバイトを今も週1回は続けているそう。「いろいろな人に会えるきっかけでもありますが、あえて接客業という理不尽な世界に身を置いて“自分調子に乗るなよ”という戒めの気持ちからです(笑)」と伊藤さん。『アワヨンベは大丈夫』にも笑って泣けるバニーガールのエピソードが書かれているので、ぜひチェックしてみてください。

(後編につづく)

My wellness journey

私のウェルネスを探して

伊藤亜和さんの年表

1996

神奈川県横浜市生まれ

2018

学習院大学文学部フランス語圏文化科卒業

2024

『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)、『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)を出版

2025

『わたしの言ってること、わかりますか。』(光文社)を出版

伊藤亜和さん

Staff Credit

撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子

おしゃれも暮らしも自分らしく!

LEE編集部 LEE Editors

1983年の創刊以来、「心地よいおしゃれと暮らし」を提案してきたLEE。
仕事や子育て、家事に慌ただしい日々でも、LEEを手に取れば“好き”と“共感”が詰まっていて、一日の終わりにホッとできる。
そんな存在でありたいと思っています。
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