今回のゲストは、文芸評論家の三宅香帆さんです。三宅さんは大学院在学中に書店で働きながら『人生を狂わす名著50』(ライツ社)を出版。卒業後は会社員をしながら書評家として活動を続けますが、忙しすぎて本を読む時間がなくなったため退職。その体験を機に書いた本『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)はベストセラーとなり、「書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」にも選ばれました。
前半では、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』に込めた思い、現代社会に必要な新しい働き方、三宅さんが考える最強の読書法について話を聞きます。また文芸評論家として活動してきた三宅さんに、LEEweb読者におすすめの本を選書いただきました。(この記事は全2回の第1回目です)
読書の歴史=労働している人が本を読んできた歴史。それをたどると「読書と労働が両立しづらい理由」が分かる
まず、本のタイトル「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」にドキッとした人も多いはず。仕事、家事、育児と忙しい毎日の中で「本を読む暇がない」「時間がない」と嘆いている人は多いと思います。
「当初は読書論の本を提案をいただいたのですが、考えたり話したりしている間に、働いていると本が読めないというのはずっと言われているのに、このテーマの本はなかったなと思って。このテーマで書こうと決まりました」
出版から半年以上経った今も売れ続け、現在16万部を突破。読者や周囲からは共感も多く、幅広い世代からの「本が読めない」という声が集まりました。
「働いている人や同世代はもちろん、育児をしている親世代、仕事を定年されているような年配の方、学生さんもいました。想像以上に本が読めない人が多いということに驚かされました」
本の中では働きながら本を読むコツに加えて、読書と労働の歴史をたどっています。明治時代は活版印刷で多様な本がつくられ、誰もが個人で黙読を楽しむように。自己啓発書が誕生し、階級格差が明らかになります。それから令和の現在まで、本は労働社会を映す鏡のように存在し続けてきました。
「出版の歴史をたどると、これまで出版社が書籍の文化をたくさんの人に開いていたことが分かりました。明治の最初、読書はエリートだけが楽しむものでしたが、雑誌・漫画が出版され、自己啓発書が売れ、幅広い人が本を読むように。読書の歴史は労働している人が本を読んできた歴史でもあり、それをたどることでなぜ読書と労働が両立しづらいのかが分かります」
全身全霊で働く正規雇用の男性社員中心の社会を「働きながら本が読める」健全な社会に変える方法
本の最終章で伝えているのは、「全身全霊で働くのをやめる」「半身で働く社会」の推奨です。
「会社員として働いていた時は余裕がなかったです。とはいえ、私だけが頑張っているのではなく、いま世の中で働いている人はみんな全身全霊で頑張っている人が多いなあと感じました。そもそも日本の会社や組織、共同体は、全身全霊でやっていない人を軽んじたり、別の居場所がある人を良しとしない空気があるのではないか、と思っていて。結果より全身全霊であるという姿勢そのものが信頼される風潮がありますよね。本来は、仕事だけでなく、趣味や家事や友人関係といった仕事以外の文脈を取り入れる余裕を持つことが、日本全体に必要なのではないか。そう思って、半身で働くという表現を使いました」
半身=さまざまな場所に居場所を作る。それによって全身全霊で働く正規雇用の男性社員中心の社会から、人種や年齢、ジェンダーも多様な人たちが持続可能な働き方ができる社会にする。そうすることで働きながら本が読める健全な社会ができるという考え方です。
「私のような仕事をしていると、本をよく読む出版関係の人としか喋らなくなりがちなのですが。 一歩外に出て地元の友達と話したり、習いごとに行ったりすると、本を読んでない人の方が多いんです。いつもいる場所=みんなの普通ではないということを思い出させてくれます。また忙しい時ほど別のコミュニティの声が聞こえづらくなりがちなので、積極的に別の場所に行くことを意識する。時代としても、そういった多様な視点が必要になってくる、と思います。
今回の本のタイトルは“なぜ働いていると”ですが、日々の生活の中に文化や趣味を取り入れるのは難しいよね、という話でもあります。本を読むのが好きな人だけでなく、趣味があるのになかなか時間が取れない人、時間がないと感じている人。そういう人にも読んでもらえたらと思います」
忙しい時こそ、読書をヨガやショッピングのような“贅沢なひとり時間”として楽しむ
三宅さんの年間の読書数は約360冊、平均して1日1冊読んでいることになります。読書時間は移動中、一番長いのがお風呂の時間だと言います。
「お風呂は本を読む時間と決めています。だいたい20分から30分。あとは、原稿を書く前に仕事をサボって読んだりもします。“何時から何時まで読む”と決めるより、生活の中で読書の優先順位を上げるイメージですね。他にも、iPadに入れてある電子書籍を読んだり、読みやすい本をそばに置いておいたり。手元に本がある状態が多ければ、より読みやすくなると思います。私は本をお風呂で読んだり、本をポケットの中に入れたり、本を汚すことにも抵抗がないタイプ。本を“ちょっと雑に扱ってもいいんだ”と思えると、読書のハードルは下がるかもしれません」
兼業で働いていた時、三宅さんがもっとも有効な読書法だと感じたのが、読書を“特別な時間”として楽しむこと。読書から得られる“知る楽しみ”が、今も変わらずに読書へと導きます。
「生活の中の読書とは別のやり方として、読書をヨガや買い物、お茶と同じテンションで楽しむ“贅沢なひとり時間”としても捉えていました。例えば、木曜の夜はお気に入りのカフェで本を読む時間と決めて、読書の時間を楽しむ。SNSは知っている人や自分に関係のある情報ばかりで疲れますし、人に会うのに疲れる時もある。その点、本は自分と違う世界の話をしてくれますよ」
なかなか読書時間を持てないLEEweb読者に向けて、お悩みを解決するテーマ別選書をリクエスト。年末年始の読書時間に、贅沢なひとり時間に、ぜひ楽しんでみてください。
年間360冊以上の本を読む文芸評論家、三宅香帆さんおすすめ!
LEEweb読者のお悩みを解決する4冊
1
とにかく子どもが勉強をしません。そんな子どもに勉強の大切さを伝える本を教えて欲しいです。
1
『都会のトム&ソーヤ』シリーズ(はやみねかおる著/講談社)
「主人公の中学生が、同級生とゲームを作る話です。人生には、実験も勉強も必要で、学ぶことの大切さを説教くさくなく教えてくれる本だと思います。著者のはやみねさんが元小学校の先生で、子どものツボを押すのが上手。私も夢中になって読みました。改めて、世の中のさまざまなことを
学ぶのが大事だと思った一冊です」
2
人と比較ばかりしてしまい、いつも自信がありません。自己肯定感を高めてくれる本を教えてください。
2
『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(ファン・ボルム著、牧野美加訳/集英社)
「企業を辞めた女性が書店を始める話です。訪れるお客さん全員がシビアな問題を抱えており、競争社会や昇進差別といった困難を描きつつも、彼ら彼女らが書店を通じて癒される話です。舞台が韓国なので読むと気分が変わるのもいいですし、“誰もが問題を抱えている”と知ると気落ちが少し楽になるはず」
3
仕事から帰ると疲れ果ててクタクタに。何もやりたくない時に、ちょっと読んで気分転換できて、元気がもらえる本はありますか。
3
『パッキパキ北京』(綿矢りさ著/集英社)
「めちゃくちゃ面白くて、辛いラーメンみたいな刺激物を食べているような読後感があります(笑)。主人公が破天荒で自己肯定感高め。北京の駐在員妻の話なのですが、コロナ禍の大変な中でも痛快に北京を乗りこなす話が面白くて。疲れている時に読むとパワーをもらえます」
4
夫婦の小さな行き違いで最近トラブルが多いです。夫婦関係に悩んだ時におすすめの本を教えてください。
4
『デュアルキャリア・カップル――仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える』(ジェニファー・ペトリリエリ著、高山真由美訳/英治出版)
「夫婦関係において、この年齢でこんな問題が起こりやすいというポイントを教えてくれる本です。日本だと男女の役割が決まっている本が多いと思いますが、これは翻訳書で男女の役割が対等で相手をパートナーと考える点も、今までにない書きっぷりで新鮮でした。夫婦で悩んだ時の解決の糸口になるかも」
(後編につづく)
My wellness journey
私のウェルネスを探して
三宅香帆さんの年表
1994
高知県生まれ
2012
京都大学文学部に入学
2017
『人生を狂わす名著50』(ライツ社)を出版
2019
京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中途退学。就職のため東京へ。『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)を出版
2020
『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(笠間書院)を出版
2022
退職、京都へ引っ越す。『それを読むたび思い出す』(青土社 )を出版
2024
4月、『なぜ働いていると本を読めなくなるのか』(集英社)を出版。7月、『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版
Staff Credit
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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