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LIFE

”バブル期のティラミス”のような爆発的ブームが起こったら「日本復活したな」と思ってもいい。【エリックサウス・稲田俊輔さん】

  • LEE編集部

2024.03.23

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稲田俊輔さん

料理人・飲食店プロデューサー・「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さんは「サイゼリヤ100%☆活用術」はじめ、飲食業界関係者にして食をこよなく偏愛する者ならではの独自視点からの考察をSNSで発信し続け、度々バズっています。最新著書『異国の味』(集英社)で稲田さんが選んだテーマは、日本人にとっての「異国の味」≒外国料理や広い意味でのエスニック料理。総料理長を務める南インド料理店「エリックサウス」で日本における南インド料理&ミールスのブームを牽引した「中の人」でもある稲田さんにとっての「異国の味」とは? 仕事や家事育児に忙しいLEEweb読者の皆さんでも手軽に「異国の味」を楽しめる方法も伝授!

稲田俊輔

SHUNSUKE INADA

料理人/飲食店プロデュ―サー/「エリックサウス」総料理長

鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。SNSで情報を発信し、レシピ本、エッセイ、小説、新書と多岐にわたる執筆活動で知られる。レシピ本『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『ミニマル料理』『インドカレーのきほん、完全レシピ』、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』、小説『キッチンが呼んでる!』、新書『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『お客さん物語』など著書多数。最新刊は『異国の味』。

日本の「異国の味」を語るうえで、僕が東京出身・在住ではないことがむしろラッキーだった

今回「異国の味」をテーマに執筆しようと思った理由は?

稲田俊輔さん(以下稲田):きっかけの一つは、「エリックサウス」で南インド料理に関わっていくうちに、ジレンマを抱えるようになったこと。もう一つは、自分が客の立場として色々な外国料理を食べ歩くうちに感じたことをSNS等で断片的に発信し続けていたんですけど、これを機にまとめてみようと。自分が外国料理を食べたときの実感をリアルに描いています。外国の方が経営するお店だと「もうちょっと上手くやればいいのに」、日本人経営のお店だと「上手いことやってるけど、ちょっと本場のダイナミズムを失い過ぎてる」とか、色々考えちゃうんですよね。

たしかに稲田さん自身の実食エピソード満載で、読んでいるとお腹が減ります(笑)。一方で飲食業界の「中の人」としての客観的視点からの考察もあって、業界研究的な側面も感じます。

異国の味

稲田:僕が東京出身・東京在住ではないことが今回「異国の味」を語るうえでむしろラッキーだったと思います。僕の外国料理の食体験は地方から徐々に東京に近づいていって東京で総仕上げ、という流れ。やっぱり地方にいると外国料理の情報がなかなか入ってこないし、入ってきたとしても実物になかなか出会えない。「東京はいいな、実物が見たいな」がスタート地点だったので、個人的にはそこが面白いし、自分にしかないストーリーに仕上がったと自負しています。

稲田さんは名古屋在住で鹿児島出身、大学時代を京都で過ごしているんですよね。京都って中華料理が独自の進化を遂げていたり、早い時期からエスニック料理店があったり、やたらハイレベルなパン屋が多かったり、食文化が結構エッジィな印象です。今回の本の中でも学生時代に生まれて初めてタイ料理を食べに行ったエピソードを披露していましたし、京都で多感な時期を過ごした影響も大きいのでは?

稲田:それはあると思います。神戸や横浜といった港町を除いて、京都は洋食や中華を採り入れるのが日本一早かった。僕も住む前は「京都人は伝統的な和食ばかり食べてるのかな?」と思ってたんですけど、実際には洋食やラーメンが好きなお年寄りも多いし、意外とハイカラ気質な街。本格的なインドカレー店やタイ料理店も早い時期からあって、しかもちゃんと正しく評価されていたと感じます。

原理主義に突っ走るお店も単純に大好きだけど、ローカライズとのせめぎ合いを上手いことスタイルに昇華させているお店にグッと来ます

今回執筆していて一番面白かった、筆が乗った「異国の味」は?

稲田:スペイン料理が日本で市民権を得ていく過程には起承転結があって、書いてて楽しかったですね。小洒落た居酒屋がどこもかしこも「◯◯バル」と名乗り、日本中に「◯◯バル」が大量発生した現象についてはものすごく複雑な思いを抱いていますが、実は自分も当事者として「◯◯バル」と銘打った店をやっていたこともあります(笑)。「エリックサウス」も1号店にしれっと「◯◯バル」って書いてありましたし、その後こっそり消しましたけどね(笑)。でも「◯◯バル」増殖のおかげで昔から真面目にやっている、ガチのスペイン料理店もちゃんと繁盛しているので、今のところハッピーエンドかな。

稲田俊輔さん

一方で開店当初は現地の味に忠実なメニューを提案していたお店が、お客さんのニーズとのせめぎ合いでどんどんローカライズされ無難なメニューに落ち着いてゆく……といった切ないケースも記していました。稲田さん自身は「外国料理はアレンジ一切なしに本場そのままで提供してほしい」という価値観を持つ「原理主義者」とのことですが、外国料理が日本進出する際の障壁は何ですか?

稲田:原理主義とローカライズのせめぎ合いは避けて通れない問題だと思います。多分、どこのお店もどうローカライズしたら日本のお客さんに受けるのか、わかっているんですよ。具体的にはスパイスやハーブの香り、それと油脂を抑えて、旨みと甘みをブーストすれば、それだけで日本人の口に合う料理になる。ものすごく単純なロジックです。でもどのさじ加減でやるのが正解なのか、誰にもわからない。やり過ぎると松屋のシュクメルリ鍋定食(編集注:ジョージアの郷土料理シュクメルリをベースにしたメニュー、松屋の復刻メニュー総選挙で1位を獲得したものの原理主義者には不評)になっちゃうし、やらないままだとなかなかお客さんに受け入れられない。どこかに正解があるはずなんですけど、さじ加減は感覚的なものでしかないので。

稲田俊輔さん

でも、その感覚が天才的な人がいる。例えばかつて「モンスーンカフェ」を大流行させたグローバルダイニングさんは多分、天才的なさじ加減の人があまり深く考えずに「これくらいじゃない?」ってやったのが正解だったのでは?と勝手にイメージしています。「エリックサウス」コラボのビリヤニを販売してもらっているセブン-イレブンさんにもそれを感じます。ガチに振る、またはがっつりローカライズする、その二つの方法は知っているのでノウハウをお伝えするんですけど、ガチとローカライズの間の一体どこが丁度いいのか、自分にはさっぱりわからなくて。でも彼らはその丁度いいさじ加減を「ここ」ってピタッと当ててくるんです。

多くの飲食店とのコラボ商品を販売しているだけあって、丁度いいさじ加減を当てるノウハウの蓄積があるのでしょうか。稲田さんにとって理想的な「異国の味」を提供するレストランとは? 今後もしご自身で新しく「異国の味」を提供するレストランをやるとしたら?

稲田:完全に開き直って原理主義で突っ走ってるお店は単純に大好きですし、リスペクトします。でも同時に、せめぎ合いを上手いことスタイルに昇華させているお店、上手くバランスを取ってある程度の規模まで拡大させているお店を見ると、グッと来ますね。ひたすら原理主義に突き進むのは、ある意味簡単。でもバランスを取るのはもっとテクニカルだったり、仕掛けが複雑だったりする。完全にローカライズに振り切って間口を拡げようとすると、全然面白くないですし。だから程良くキャッチー、でも程良く芯の部分は残しているお店に個人的に惹かれます。ドイツ料理だと、ビアレストランのシュマッツさんはまさにそう。そこそこ店舗数を展開していて、少なくとも日本ではあまり盛り上がっていないドイツ料理最大の立役者的な役割を自覚されている感じがある。そしてそれを上手くメニューやお店のスタイルに落とし込んでいて、とても参考になります。



今の日本は新しい外国料理に飛びつくパワーをちょっと失っている、特に若い人の間で保守化が進んでいると感じます

今、注目している日本における外国料理の新しいムーブメントはありますか?

稲田:個人的にここ数年、中東系の料理に注目しています。日本でもケバブ屋さんが定着しましたよね。各国・地域の典型的な外食料理、中東の場合はケバブ屋さんですけど、どこも似たようなメニューじゃないですか。ケバブ屋のような完成度の高いフォーマットが定着してしまうと、それ以外の料理がブロックされてしまうんですよね。中東料理やトルコ料理って本来はもっと多彩なので、ケバブ以外の料理もポピュラーになればいいなと思います。

稲田俊輔さん

今の日本は新しい外国料理に飛びつくパワーをちょっと失っている、特に若い人の間で保守化が進んでいると感じます。20〜30年前は新しいものが流行るとまず若い人が飛びついて、その後大人や年配の人達も流行に遅れまいと追いつこうとする、という構造でしたよね。でも今は全然違って、多少は新しいものが流行ることもあるけど飛びついているのは20〜30年前に流行を牽引していた若者だった人達で、若い人達はそれを冷ややかに見ている。しばらくは新しい外国料理が大々的に流行ることは無さそうだと感じます。バブル期のティラミスブームのような爆発的ブームが起こったら、「日本復活したな」と思ってもいいんじゃないでしょうか。その時期がいずれ訪れることを楽しみにしています。

稲田さんが今後展開予定の「異国の味」にまつわるプロジェクトについて教えてください。

稲田:引き続きインド料理がテーマであることは変わらないですが、既存店とは全然違う展開を構想中。そのうちの一つは1年以内に実現すると思います。それと並行して、今一度真剣に和食と向き合い直したいと思い、初の和食のレシピ本を執筆しています。内容が濃くなり過ぎてしまい、出版社さんも「分冊にします?」と言ってくださっています(笑)。インド料理と和食、真逆のようかもしれませんが、これまでインド料理に当てはめてきたロジックを今度は昔ながらの和食に当てはめて応用しているだけなので、僕の中ではむしろ繋がっているんです。

インド料理店はテイクアウトに柔軟で子連れにフレンドリーなお店が多い。アジア系エスニック料理は子育て中の親御さんの味方

LEEweb読者には子育て中で外食がままならない方が少なくないのですが、そういう方でも「異国の味」を楽しむ方法はありますか?

稲田:昔に比べ、エスニック料理を自宅で作るハードルがめちゃくちゃ下がってると思います。輸入食材を扱うチェーン店も増えてますよね。その中でも成城石井はどこか原理主義的で「あまりローカライズしすぎない!」という明確な意志を感じ、仲間だと思ってます(笑)。よく「買えない食材がある」と仰る方が多いけど、通販という選択肢を見ていない。大抵のエスニック食材はAmazonで、秒で揃います。わかりやすいエスニック料理のレシピもいっぱいありますし。

稲田俊輔さん

外食の場合ですと、日本中に増殖中のインネパ料理店(ネパール人経営のインド料理店)のテイクアウトは「そこまでやらなくてもいいよ……」と恐縮してしまうくらい丁寧だし、ちょっと異常な程安い。インネパ料理店はお子さん連れのお客さんにものすごくフレンドリーなお店が多いですし。僕の知っているお店は店内に三輪車やベビーカー等がいっぱい置いてあってやたら所帯じみてます(笑)。むしろアジア系エスニック料理は子育て中の親御さんの味方ですよ、汁物をビニール袋に入れられてもひるまず(笑)利用していただければ!

あわせて読みたい!

異国の味

『異国の味』稲田俊輔:著/集英社

日本ほど、外国料理をありがたがる国はない! なぜ「現地風の店」が出店すると、これほど日本人は喜ぶのか。博覧強記の料理人・イナダシュンスケが、中華・フレンチ・イタリアンにタイ・インド料理ほか「異国の味」の魅力に迫るエッセイ。

Staff Credit

撮影/山崎ユミ 取材・文/露木桃子

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LEE編集部 LEE Editors

1983年の創刊以来、「心地よいおしゃれと暮らし」を提案してきたLEE。
仕事や子育て、家事に慌ただしい日々でも、LEEを手に取れば“好き”と“共感”が詰まっていて、一日の終わりにホッとできる。
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