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LIFE

『負け』には生きるヒントが詰まっている。―井上尚弥と戦った選手たちの物語『怪物に出会った日』著者インタビュー

2023.12.19

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LEEの読者アンケートによると、読者のなんと約7割がWOWOW『エキサイトマッチ』を視聴していて、国内のみならず海外のボクシングについての関心も非常に高い、というデータは・・・残念ながら今のところは出ておりません。

ですが、ボクシングについてそれほど詳しくない方でも、このボクサーの名前はご存じではないでしょうか。

井上尚弥。

通称『モンスター』。その異名通り、まさに怪物のような強さで、世界のボクシングの歴史を塗りかえる偉業を次々に達成している選手です。井上選手は12月26日、ボクシングの長い歴史においてたった1人しか達成していない、2階級での4団体タイトル統一戦に挑みます。(2階級での4団体統一がどんなにすごいことかは後述)

その井上尚弥選手に関する、たいへん素晴らしい本が発売されました。

井上尚弥と過去に対戦して敗れたボクサーにスポットを当てたノンフィクション『怪物に出会った日 井上尚弥と戦うということ』(講談社)。

これがボクシングファンのみならず、実に心にしみる一冊で、私たちがこの先の人生をどう生きていくのか、そのヒントが散りばめられているのです。(インタビューに同席したボクシングに詳しくないLEE編集やまみも、かなりグッときたそうです!)

この年末、井上尚弥選手が歴史的大偉業を達成するか?というタイミングで、著者の森合正範さんにお話をうかがいました。

●もりあい・まさのり 東京新聞運動部記者。大学時代に東京・後楽園ホールでアルバイトをし、ボクシングなどの格闘技を間近で見る。大学卒業後、スポーツ新聞社を経て、中日新聞社入社。ボクシングやオリンピックなど、さまざまなスポーツ関連の取材・記事執筆を手がけてきた。『週刊プレイボーイ』では試合前に井上尚弥選手へのインタビューを行っている。森合さんの書かれた記事はこちらから。今回の本のテーマである井上尚弥選手の記事や、子育て世代としては気になるスポーツをしている子どもを見守る親の役割についての記事も。

まず本の内容ついてうかがう前に、井上尚弥というボクサーのすごさについて、LEE読者にご説明いただけますでしょうか。

「わかりやすく申し上げると、野球の大谷翔平選手、将棋の藤井聡太竜王・名人、それほどの存在と言えるかと思います。井上尚弥選手は今、世界中のボクサーの中で一番か二番の強さと評価されているんですね。読者のみなさんが思い入れのある競技やジャンル、例えばミュージカルやK-POP、その中で一番すごい人、しかもそのジャンルの歴史に名前が残るような存在と言えば、イメージしていただきやすいでしょうか」

ありがとうございます。みなさんに、それぞれの一番を頭に思い浮かべていただきつつ、進めたいと思います。

ボクサーの「負け」の重さ。自分を倒した相手について聞くということ

この本は「敗者」へのインタビューを通して、井上尚弥というボクサーのすごみを浮かび上がらせるというコンセプトですが、それはどこから着想されたのでしょうか。

「井上尚弥選手の試合を観戦して記事を書くのが私の仕事なわけですが、井上尚弥の強さを書ききれないんですよ。目の前で見たものと自分が書いた原稿を比べてみて、もう全然伝えられていないなという。2018年10月のカルロス・パヤノ戦、わずか70秒、パンチ2発で井上選手がKO勝利した試合ですが、それが終わったすぐ後に、数人で井上尚弥について語る機会があったんです」

世界のトップレベル同士の試合であんな決着はそうは見られない、我々の想像のはるか上をいく結果でした。

「その席にボクシングにそれほど詳しくない人もいて、パンチがあるとかスピードがどうだとか説明するわけですけど、うまく伝えられていないのが自分でわかるんです。その後に、会に参加していた編集者の阪上さんから、この本の元になる連載のアイデアをもらいました」

阪上さんがそのような提案をされたのは?

阪上さん「森合さんと知り合って、ボクシングについて何かやりたいですねという話になった時に、今の時代、井上選手に触れないわけにはいかないだろうと。ただ井上選手は、自身のことをあまり語らないんですね。そこで、対峙した相手に話を聞いてみるのはどうだろうと思ったんです。

それと、森合さんは『敗者』にすごく関心があると感じていました。それまでのやり取りの中でも『●●の試合で負けた選手にインタビューしたい』という話をよくされていて。「敗者」をうまく描ける人じゃないかと思っていたんです。ただ、負けた人にインタビューするという企画は、すぐに快諾いただいたわけではなくて」

森合さんが「素晴らしいセコンドに助けられました」と話す、編集者のサポート体制もばっちり。本の表紙をあしらったTシャツ、フーディまで作って本をPR。左が書籍担当の鈴木さん、右が阪上さん。

森合さん、それはなぜでしょうか。

「学生時代に後楽園ホールでアルバイトをしていて、負けた選手をたくさん見てきました。ボクシングって年間3試合くらいしかできないんですね。だから1敗というのは、すごく重いことなんです。負けたら列の一番後ろに回って、また階段を少しずつ上らないといけない。

負けはボクサーの人生が大きく変わってしまうような出来事であり、それを井上選手の強さを描くために聞くってどうなんだろうと。これまでも負けた選手にインタビューをしたことはあったのですが、それは本人を描くためであって。叩きのめされた相手のことを『どこが強かったですか』と聞くのはさすがに失礼じゃないかという思いがありました」

ボクサーにとっての「負け」の重みについて語ってくれた森合さん。

それでもやってみようと思われたのは?

「結局、その葛藤は最後までなくなりはしなかったのですが。でも、井上選手の強さに迫りたいという気持ちもやはりあって、まずはやってみようと。引退している方にだったら聞けるんじゃないかということで、この本の第一章の佐野友樹さんに取材を申し込みました」

佐野さんの章は、第一章からいきなりグッとつかまれてしまいました。その取材で、インタビューを続けていける手ごたえを得られたのでしょうか。

「佐野さんに話を聞いてみて、決して負けた試合を語るのがイヤなわけではなく、彼もこの話をしたかったんだなというのを感じたんです。井上尚弥と佐野友樹が戦ったとなると、どうしても井上選手の側で語られますよね。でも佐野さんには佐野さんの、人生を賭けて最後のつもりで試合に臨んだのだという物語があって。これは伝えないといけないな、自分が書かなかったらこの話は世に出ないよなと思ったんです。

佐野さんとは取材が終わった後も交流が続いていて、この記事を読んで『書いてもらえて成仏できました』と言っていただいたんですね。それも大きくて。一回目が佐野さんだったことで、その後やっていけたというのはあります。

井上尚弥という軸はあって、井上尚弥の強さがどんどん浮かび上がっていくという構図にはなっているのですが、各章の主役はあくまでその選手たち。彼らの生い立ちから、井上戦まで積み上げてきたものをしっかり描こうという思いはありました」

他の章で、ふだんならインタビューをさっさと切り上げてしまうメキシコのボクサーが、井上戦についてはいくらでも話し続ける、というエピソードも出てきましたが、それくらい井上尚弥と戦うという体験は大きいものだということでしょうか。

「そういうことかもしれません。彼らが何試合もしてきた中でも忘れられない経験で、それを伝えたい、残しておきたいという気持ちもあったのだと思います。みんな井上戦については、克明に覚えているんです。これも佐野さんの言葉なのですが『命がけで戦っていたから、一瞬一瞬を覚えているんです』と」

この本に出てくるボクサー全員が日本の、世界のトップクラスで、彼らがコツコツと積み上げてきたものをぶつけて、身を削って挑んでいる。だからこそ、そんな選手たちを完膚なきまでに打ち砕いてきた、井上尚弥の規格外の強さがビシビシと伝わってくる一冊だと思います。井上選手に挑んだひとりひとりの濃密な物語は、ぜひ本で読んでいただければと思います。

私たちは「負け」からこそ学べる

この本ではさまざまな「負け」、負けた選手のその後が描かれるわけですが、そこには、私たちがこの先の人生をどう生きていくのかを考えるうえで参考にできること、学ぶことがたくさんあるなと感じました。

「確かにそうですよね。田口良一さんは、井上尚弥と戦ったからこそ、その後、世界チャンピオンになれたと話してくれました。勝つか負けるかももちろん大事なのですが、強い者に向かっていくということ自体が、困難な目標に向かって一生懸命頑張る過程こそが大切なのではないかと思います」

負けた後の振る舞いもさまざまで、いろいろ考えさせられました。

「例えばナルバエス選手(世界王座を何度も防衛している名王者。井上戦まではダウン経験すらなく、井上戦で人生初のKO負けを喫した)は負けた後も、すぐにいつも通りのトレーニングに戻ったと。その姿にまわりの人も驚いていたそうです。結果によらず、自分のなすべきことを淡々とやっていく、それをできるのはすごいですよね」

一方で、勝負から降りる、というのもまた一つの選択なのだなと。

「フィリピンのパレナス選手ですね。彼の場合はボクシングを続けながら、勝負そのものよりも、家族に送るためのお金を稼ぐほうにより重きを置くようになったわけです。彼の生き方は、実はけっこう好きなんですよ。人生において勝ち負けよりも重視するものって確かにあるよなあ、他に目標があるのだったらそちらにシフトするのもありじゃないかな、とも思います。パレナス選手はフィリピンで家もすごい車も買っているわけで、それはそれでたいへんな“成功者”ですから。

この本にも出てくるのですが、ナルバエス選手が『人生、勝ち続けることはできないんだ』と言っていて。まさにわれわれの人生、勝ち続けることはできないし、むしろ負けることのほうが多いですよね」

本当にそうですね。

「負けたとしても、そこからいろいろな生き方があるんだよ、という部分は私もすごく勉強になりました。何かにつまづいたときに、あの選手はこう言ってたな、あの選手は淡々とやり続けていたな、というところもこの本から参考にしてもらえるとうれしいですね」

ボクサーを支える家族やまわりの人々のエピソードも読みどころ。「私の妻はボクシングの描写よりも、家族の話のほうに感情移入できると言っていました(笑)」

数十年後に「あの試合を見た」と自慢できるかも

最後に、12月26日、井上選手が2階級目の4団体統一に挑む、井上尚弥vs.マーロン・タパレスのタイトルマッチ、その価値についてLEE読者向けにお話しいただけますでしょうか。

※ボクシングは体重によって細かく階級が分かれていて、階級の壁は非常に高く、2階級を制覇するというのはたいへんに困難なことです。また世界にはチャンピオンを認定している主要な団体が4団体あって、2団体を統一するだけでもかなりの偉業です。

「最初に申し上げたように、そのジャンルで世界中で一番か二番にすごい人を見られる。後々、歴史として語られるであろう出来事を、リアルタイムで見ることができる。おそらく数十年後に、井上尚弥の試合を見たんだよ、って自慢できる。これって、すごいことじゃありませんか。長嶋茂雄がホームランを打った天覧試合を見た、というと読者の方にはわかりにくいかもしれませんが(笑)、そういう感じですよね。

それから井上選手の試合は、ボクシングに詳しくない人が見ても、そのすごさやおもしろさがすぐにわかると思うんです。細かい技術について全然知らなくても、見てもらえれば一発で伝わると思うので。2階級での4団体統一はこれまで世界中でたった1人しか達成していない、すごいことです。どんな結果になるか、ぜひ見ていただきたいです。一試合一試合が歴史ですから」

歴史に残るであろう試合をぜひ生で!井上尚弥vs.マーロン・タパレスの4団体統一タイトルマッチは12月26日、Leminoで独占無料生配信! お見逃しなく!

『怪物に出会った日 井上尚弥と戦うということ』

森合正範 講談社 1900円 

撮影/柳 香穂

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