映画『1%の風景』吉田夕日監督、助産師・渡辺愛さんインタビュー
第二子を助産所で産んだ理由とは。産後ママにも寄り添う、知っているようで知らない助産所の世界。
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飯田りえ
2023.11.10
助産所や自宅で出産する人は全体の1%
つい先日、次男が10歳の誕生日をむかえ、久々に出産エピソードを思い出して家族と話していると、タイムリーにも『1%の風景』という映画のお知らせが届きました。
1%というのは「助産所や自宅での出産」の割合のことで、そこでの出産を選んだ女性たちとサポートする助産師さんたちのドキュメンタリー映画だそう。
自分を含め、周りを見渡しても医療施設での出産がほとんどですし、助産所を選んで出産するのは、強い意思を持って挑むストイックなイメージを勝手に持ち合わせていました。
しかし映画を見てみると、温かい空間で助産師さんと家族に囲まれて出産し、産後は美味しそうなご飯を頂きながら、疲れを癒していく。そんな穏やかな女性たちの姿でした。
もちろん、出産の時はお母さんは唸るし、いきむし…(こちらも見ながら力が入ってしまうほど)、生まれてしまえば、ただただ、出会えた赤ちゃんを愛おしく抱き抱えていました。
「どんなに辛いお産でもこの瞬間に忘れちゃうんだよね…」としみじみ。
「出産=病院でするもの」と思い込んで、助産所について全く知らない自分がいました。
これは「実際の助産所を見てみたい!」と思い、今作品が初監督となる吉田夕日さんと、映画で登場している「つむぎ助産所」の助産師・渡辺愛さんに助産所でお話を伺いました。
アットホームで穏やかな空間。病院とは、また違う安心感。
東京都・練馬区、上石神井駅から車で10分ほど、近くに小川や雑木林もあって自然を感じられる穏やかな住宅街に「つむぎ助産所」がありました。
助産所とは助産師が責任者として管理する医療法で定められた施設のこと。医師は常駐していないため、嘱託医や嘱託医療機関と連携しています。
映画を監督した吉田夕日さんも、第一子を病院で出産した後、第二子をここ「つむぎ助産所」で出産。その時の経験から、「もっと助産師の世界を知りたい」との思いで制作したそう。
「第一子の時は病院で出産しました。その時も満足できるお産だったのですが、第二子の時に友人から自宅出産の話を聞いて、『そんな出産の仕方、今の時代にあるんだ!』と思い、調べたんです。そこで、同じ地域にある『つむぎ助産所』の存在を初めて知りました。妊娠3カ月ぐらいの時に見学に行くと、病院とは全く雰囲気の違う場所。とにかく居心地がよくて、ご近所さんを訪れているような安心感がありました」(吉田さん)
取材で訪れた時も日差しがやわらかく、ゆったりとした時間が流れていました。ここでは渡辺さんのことを「先生」とは呼ばず、みなさん親しみをこめて「渡辺さん」「愛さん」と呼んでいます。
また、助産所のどこを見渡しても医療器具は見当たりません。聞けば、無意識のうちに緊張感につながるものは、目の届かないところに置いているとのこと。こうしたことが心からリラックスできる空間感を作っているのですね。
助産師である渡辺さんと過ごした時間が、とにかく心地よかった
見学に来た時に、妊娠期からどのように過ごして出産を迎え、どのように産後を過ごすのか、エビデンスを交えながら『助産所での出産』についてのメリット・デメリットを教えてもらったそうです。
「まずは医療介入のない自然なお産になること、嘱託医療機関と連携して妊娠経過を一緒に見ていくこと、妊娠中の経過が正常でなければ、病院に転院になることなどを丁寧に教えてもらいました。最後に『せっかくだから他も見てきたら?』と言われて、他の助産所を見学にも行きました。
他の助産所では、妊娠期のクラスや料理のクラスなど交流できる場があったり、お灸やマッサージをしてくれたり、良い助産所もありましたが、渡辺さんと過ごした時間が心地よかったので、ここでお願いすることにしました」(吉田さん)
吉田監督が通っていた医療機関は、渡辺さんの助産所と嘱託医療機関ではなかったので、嘱託医になってもらえないか渡辺さんが依頼したのだとか。
「『ダメって言われるかもしれないけど、一度聞いてみようか』ってね。なるべく自分の満足のいくお産に向けて、一緒に相談しながら助産師としてできることはやっていきたいじゃない」(渡辺さん)
これから続いていく育児において、強い「味方」ができた
連携医療機関として引き受けてくださった後も、初めて連携をとる病院なので妊婦健診にも一緒に同行したり、助産所での健診を毎回1時間(!)もかけて行ったり。お産の時だけでなく、渡辺さんとのこうした時間が、吉田監督にとってかけがえのないものになったそう。
「触診といってマッサージをしながら冷え、むくみ、お腹の張り、体の歪み…などがないか、全身を診てくださるんです。世間話をしながら触診してもらっているうちに、私の考え方や性格など、私自身を理解した上で寄り添って下さるんです。
そして、私自身も渡辺さんとの会話の中で、仕事と両立の悩みや将来に対する不安など、これまで自分が見えていなかった自分自身の心の動きを知ることができました。妊娠期や出産前後って、ホルモンバランスで心も体も不安定になるじゃないですか。そういう時に素直になんでも相談できる関係性を作れたこと、そして、これからスタートする子育てについて心強い味方ができたことが、自分の心の安定につながりました」(吉田さん)
インタビュー中にも、赤ちゃんとママが同時に熱が出たという、初めてのママさんからのSOS電話がありました。しばらく電話越しに様子を聞いて寄り添った後、すぐに訪問ケアにいく約束をしていました。渡辺さんの対応力と包容力を垣間見た瞬間でした。
映画を撮り始めて気づいた、助産師たちの「待つ」という姿勢
母子共に妊娠経過も順調に進み、渡辺さんの元で無事出産された吉田さん。第一子の時との違いを次のように感じたそうです。
「これまで『医療施設や医療設備に囲まれていることが安心だ』と思い込んでいたのですね。もちろん、正常な経過があってのことですが、心から安心できる人がそばにいることが、こんなにも自分のお産を前向きにしてくれるのだということを実感しました。」(吉田さん)
ご自身の出産後、「助産師と女性たちの関わりを丁寧に記録したい」という想いで、吉田監督は産後半年でカメラを回し始めました。今度は撮影者として客観的に関わる中で、自分の出産の時には気づかなかった助産師たちの姿に気づき始めます。
「彼女たちが、命が生まれるまでをとにかく『待つ』、その姿でした。これまで私は社会の速度に合わせて、効率的に計画的にこなしていくことが最善だと思って生きてきました。出産も予定通りに産んで、早く仕事に復帰することをめざしていたのです。でも彼女たちのお産は、積極的に促したりせず、女性たちに共感しながら、一緒に呼吸したり、いきんだりしながら、ただ、その時を待っていました」(吉田さん)
「産まれる時ぐらい、赤ちゃんのタイミングに合わせてあげたいじゃない。もちろんね、頑張ってもらわないといけない時にお母さんが弱気になっちゃう時もあってね。そういう時は『そんなんじゃ生まれないわよー!』って檄を飛ばしながら、一緒にいきんで応援しますよ。先日、いきみ過ぎて歯がかけちゃったぐらい(苦笑)」(渡辺さん)
えー!! 助産師さんも隣で応援していたら、一緒に力が入ってしまいますよね。映画を見ているだけでも奥歯に力が入りましたから。
「もうね、戦友なんです。痛すぎるし辛いし、一人では頑張れない…、そんな時に一緒に戦ってくれる心強い味方なんです。私の時は記念にカメラで撮影していた夫も愛さんに言われて、足を持ってくれました」(吉田さん)
産後の体に合わせた消化のいい和食で、母子ともに健やかに
お産の時のエピソードでひとしきり盛り上がった後は、産後ケアの話題に。入院中の4~5日間は体調の回復に努めながらスムーズに育児がスタートできるよう、おむつ替えや抱っこ、母乳の飲ませ方などのサポートをしてくれます。
「お料理が本当に美味しくて、食べることが生きがいでした。特に、夜中に授乳している時ってお腹すくんですよ。そんな時に『はい、おむすび食べてね』って持ってきてくださって。しかも発酵玄米のおにぎりでいままで出会ったことなかったんですけど。スルスル食べられるし、お通じがすごくよくなって。体が欲しているんでしょうね。すっかり元気になりました」(吉田さん)
「食べることは大事です。みんなの様子を見ていると、産後はとにかく疲れていて、見ていると顎を使う食べ物を嫌がるので、食べやすくて消化の良いものを出しています。だって、みんな命がけで産んでいるんだもの。とにかく、お母さんの体のことを考えた食事を出しています」(渡辺さん)
産後ケアサロンは日帰りでゆっくり。授乳の悩みに応えてもらう
お隣にある「つむぎ産後ケアサロン」では、生後4カ月ぐらいまでの母子なら誰でもデイケアとして通うことができ、年間300組ほどが利用しています。
「母子で来ていただければ、午前中は乳房ケアや育児相談をして、お昼に和食をしっかり食べてもらって、授乳後に赤ちゃんをお預かりします。お母さんはとにかくゆっくり過ごして、元気になって帰ってもらいます。
乳腺炎などの具体的な症状に対処することもありますし、授乳がうまくいかない場合や離乳食の相談など、それぞれのお悩みに合わせています。基本的には授乳の悩みが多いかな。うまく飲んでくれなかったり、母乳を嫌がったりするときに無理強いするとかえってこじれてしまうんです。この時期の赤ちゃんは全身が感覚器なので、不快な記憶を取って心地よい抱き方や吸わせ方のコツをお伝えしています。訪問ケアもできるので、少しでも悩んだり、つまづいたりしたら早めに連絡して欲しいです」(渡辺さん)
悩めるお母さんたちに、助産師からのメッセージ
最後に、悩める母たちにアドアイスを、ということで聞いてみると、意外な答えが返ってきました。
「今はね、スマホでなんでも知ることができるじゃない。みなさん、よくご存知ですよ。便利なものもどんどん出てくるし、時代によって考え方も変わるから、私もみなさんに教えてもらっています。良い方法があっても、自分に良いかどうかはわからないので、試してみて合えば続ければいいし、合わなければ別の方法を試すなど、柔軟に対応すればいいんですよ。助産師としては、目の前にいる赤ちゃんにとって今のやり方があっているかどうか、状態を見ればわかるので、そこは助産所を訪ねるなどして頼ってほしいです」(渡辺さん)
一方で、これまで「自分でなんでも解決することが良し」とされてきているので、頼ることに慣れていなママたちが多いのだそう。
「力を抜いていいよ、頑張らないでいいよ、ってよく言うけど、それって酷なことだと思うんです。一生懸命やってる人に、それがいけないことみたいに聞こえてしまうでしょう。結局ね、人それぞれ違うところに行き着くので、いいんですよ。
産後ってね、これまで生きてきた自分と違う自分が出てきちゃうんです。そこを理解しておくと、付き合いやすいかもしれない。『こんな小さなことでも気にする性格だったんだ』とかね。でも、これから子育てしていくと、小さなことを手際よく片づける段取り力もものすごくつくし、人への心配りもより一層できるようになるから、この間、仕事を休んでいたとしても人として大きく成長するチャンスでもあるから焦らないで大丈夫ですよ!」(渡辺さん)
正直、いろいろ指導されたり、時には正されたりするのかとばかり思っていたのですが、全てを受け入れてくれる、渡辺さんにはそんな懐の深さがありました。
そんな渡辺さんの「つむぎ助産所」をはじめ、もう一人のカリスマ的存在の助産師である神谷整子さんの「みづき助産院」が舞台となる今作品。助産所の世界を知るためにも、赤ちゃんがいる人、これから考えている人はもちろん、お子さんがいらっしゃる方は家族でみるのもいいですし、命が生まれてくるところを見たことがない男性にもぜひ見てほしい映画です。
ドキュメンタリー映画『1%の風景』
公開日:2023年11月11日(土)よりポレポレ東中野ほか、全国順次公開
Staff Credit
撮影/柳香穂
飯田りえ Rie Iida
ライター
1978年、兵庫県生まれ。女性誌&MOOK編集者を経て上京後、フリーランスに。雑誌・WEBなどで子育てや教育、食や旅などのテーマを中心に編執筆を手がける。「幼少期はとことん家族で遊ぶ!」を信条に、夫とボーイズ2人とアクティブに過ごす日々。
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