私は母で娘で恋人。『それでも私は生きていく』を仏映画界のスター、パスカル・グレゴリー&メルヴィル・プポーが語る
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折田千鶴子
2023.05.04
ミア・ハンセン=ラブ監督最新作
先日、紹介した『午前4時にパリの夜は明ける』のミカエル・アース監督もその一人ですが、ここ10年くらい若手監督が瑞々しい新風を吹き込み、ベテラン勢の活躍と相まってフランス映画界の活況を肌で感じます。その若手代表と言えば、やはりミア・ハンセン=ラブ監督ではないでしょうか。
パリのエスプリが詰まった、サラリと心の琴線に触れるような最新作『それでも私は生きていく』はLEE6月号でも紹介していますが、出演したフランスを代表する名優2人、パスカル・グレゴリーさん&メルヴィル・プポーさんがフランス映画祭で来日しました。大物俳優へのインタビューに少々緊張しながら、早速お話をうかがって来ました。
1958年9月8日フランス、パリ生まれ。フランスを代表する名優。エリック・ロメール監督の『美しき結婚』(81)、『海辺のポーリーヌ』(83)、『木と市長と文化会館 または七つの偶然』(92)などに常連俳優として出演。その他、『王妃マルゴ』(94)、『ソン・フレール ―兄との約束―』(03)、『ブロンテ姉妹』(79)、『ラジャ』(03)、『冬時間のパリ』(18)など。『愛する者よ、列車に乗れ』(98)、『カオスの中で』(00)、『エディット・ピアフ~愛の賛歌~』(07)で3度セザール賞にノミネート。
1973年1月26日フランス、パリ生まれ。『15才の少女』(89)で脚光を浴び、セザール賞有望若手男優賞にノミネート。他に『おせっかいな天使』(93)、『いちばん美しい年齢』(95)、『夏物語』(96)。フランソワ・オゾンの『ぼくを葬(おく)る』(05)や『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(19)、グザヴィエ・ドランの『私はロランス』(12)に主演し存在感を示した。近作に『オフィサー・アンド・スパイ』(19)、『Summer of 85』(20)など。自分の兄弟と組んだバンドMUDなど、ミュージシャンとしても活動。
──カンヌ国際映画祭【ある視点部門】で審査員特別賞を受賞した『あの夏の子供たち』(09)、『未来よ こんにちは』(16)はベルリン国際映画祭銀熊(監督)賞受賞など、活躍目覚ましいミア・ハンセン=ラブ監督の活躍や存在感を、長年フランス映画界で活躍されてきた2人は、どのように感じていますか?
パスカル「彼女は元々女優で、出演した際にオリヴィエ・アサイヤス監督から大きな影響を受け、自分も監督になろうと思った。そして作品を発表したら非常に高く評価され、すぐに監督として認められた。そこからは監督に専念し、一気に今の地位を築きました。彼女の監督作をほぼ全て観ていますが、初めて観た時、エリック・ロメール監督にすごく似ていると思いました。ロメールとの違いは、彼女の方が少し人生のダークな部分を描いてるところ。人生の捉え方がロメールよりダークだと思う。例えば同じ青春や若者を描いても、ロメールは恋愛の駆け引きなど明るい側面から描くけれど、ミアは青春時代の厳しさや乗り越えなければいけない困難な状況などを描いてる。そんな彼女が今回、レア・セドゥ演じるヒロインの父親役として、僕を当て書きしたんです。そして僕は本作でミアに出逢いました」
メルヴィル「僕もミア・ハンセン=ラブ監督作は、すごく好きです。最初に観たのは彼女の処女作『すべてが許される』(07)で、すごく面白くて大好きな作品になりました。父と娘についての物語で、やはり彼女自身の人生をもとに自伝的に作った作品でした。彼女の脚本には、セリフと動きがそれぞれすごく意味があるんです。登場人物があまり大袈裟でなく、例えばあんまりヒステリックになったりせずに、とてもデリケートな優しい感じでありながら、観た後には感動を残してくれる。どの作品も大好きです」
『それでも私は生きていく』ってこんな映画
夫を亡くして5年、8歳の娘リンを育てながら通訳として働くサンドラ(レア・セドゥ)は、毎日バタバタ大忙し。加えて、かつて哲学教師をしていた父ゲオルグ(パスカル・グレゴリー)がアルツハイマーを伴う病を患い、一人暮らしの父の家にも頻繁に通わねばならず、かなり疲れている。そんなある日、偶然、旧友のクレマン(メルヴィル・プポー)と再会する。宇宙化学者の彼と話をする時間が、気が休まるひと時になっていくサンドラは、彼に妻子があると知りながら、互いに惹かれ合っていく。病状が進み、遂に一人暮らしが難しくなった父が入院することに。サンドラの胸には尊敬する父の変化に悲しみが募り、同時にクレマンとの新しい恋の予感にときめきが高まり……。
──先ほど「当て書き」という話がありましたが、それぞれサンドラの父ゲオルグ、友人クレマンという役について、監督とどのような話をされましたか? 資料にも、実際に監督のお父様とパスカルさんがよく似ていた、とありますが。
パスカル「そうなんです、実際に見た目もよく似ていたらしいんです。ゲオルグの神経性疾患というのも、実際に監督のお父さんが同じ病気だったそうです。彼女は、病気のお父さんと自分が実際にどういうやり取りをしたか録音していました。例えば、病気が進行していく中で、段々と彼女が聞いたことにお父さんが応えなくなっていったり、あるいはおかしな返答をしたり。そういう言動が段々とおかしくなっていく過程や2人の会話の録音を聞かせてもらって、それを役作りに生かしました」
メルヴィル「本作も彼女の自伝的な作品ですが、お父さんの病状が段々と進んでいく中で、実際に彼女にも新しい恋人との出会いがあったそうで、それが物語に反映されています。公開後に色んな人から言われたのですが、彼女のフィアンセと僕は見た目もかなり似ているらしいんです。それが起用された理由の一つじゃないかな(笑)。ドッペルゲンガーじゃないか、とまで言われるので。実際に彼女自身の人生の中で体験したことや会話、言葉そのものも脚本に反映されています。僕らの衣装や美術関連――家の内装なども、実際のものを元に作られているそうですよ」
緻密な演出、アドリブなしの現場
──ほぼ冒頭でクレマンとサンドラが再会しますが、その瞬間、観客は「この2人は恋に落ちるな」と感じます。すごく重要なシーンだと思いますが、監督の実体験ということは、2人が見つめ合う時間やその時の姿勢など、どこまで演出が細かく入りましたか!?
メルヴィル「サンドラ役のレア・セドゥとは、それこそ彼女が女優デビューする前、20歳頃に出会って、それから長い友人関係にあります。だからそのシーンも、互いにとてもリラックスして臨めたので、かなりスムーズに撮れました。とはいえ監督は現場で、非常に的確かつ緻密な指示を出してくれます。ああいうシーンでも、アドリブはほとんどありません。カメラワークの1つ1つの指示をカメラマンにも出しますし、僕ら俳優に対しても細かい指示を行うので、そういう意味でも、彼女が思い描いた通りの出会いのシーンになったと思います。他のシーンも、ほぼアドリアドリブはないですね」
──つまり偶然に対する驚き具合も、監督の緻密な演出によってコントロールされていたわけですね!?
メルヴィル「その通りです。先ほどパスカルさんがエリック・ロメール監督作とミア・ハンセン=ラブの映画は類似性があると言いましたが、付け加えると、人々の人生をあるがまま自然に、わざとらしくなく切り取る、とてもデリケートな心情を撮る、という特徴も挙げられると思います。2人共、心情を非常に尊重して撮りますが、ロメールの方がより形式的なものに当てはめて撮っていたと思います。ミアは細かい指示を出しますが、撮り方はとてもシンプルで優しい。今回は特にレア・セドゥという女優が、感情的な表現、言葉のやり取り、愛のやり取りが本当に的確で、瞬時に監督の言ったことを表現できる人なので、本当にいい時間を過ごさせてもらいました」
パスカル「僕もレアについて一言いいかな。女優としての姿勢、仕事に対するひたむきさに、僕も深い感銘を受けました。それまでは、ほんの2、3回すれ違った程度でしたが、初めて一緒に仕事をして、父と娘という役として互いにとてもいい形で仕事が進みました。何より素晴らいのは、役柄を演じているというより、自然と彼女がそのまま素の状態で居る感じがしたことです。ご存知のとおり彼女は色んな役を演じてきましたが、本作ほど自然な感じ、彼女そのままの状況で上手く演じた映画は他にはなかったんじゃないか、と思うくらいです。他の映画では、もっと作り込む役、もっと洗練された役が多かったと思いますが、今回はまさにありのままの自然体で演じていた。といってもそれって実は、非常に難しかったりするんですよ。役と自分が近いのは、逆に難しいんです。でも彼女は本当に素晴らし過ぎて、サンドラが観客にどれだけ大きなインパクトを与えるか計り知れないと思いますね」
さすがフランス!家族観、恋人観、人生観…
──父ゲオルグが病気になった時、別居して別の男性と暮らしている母親も積極的に関わります。そこにゲオルグの現在の恋人も普通に参加して。しかもゲオルグは駆け付けた家族のことは二の次で、恋人の姿ばかりを探していて(笑)。その辺り、ちょっとハラハラしました。
パスカル「確かにゲオルグは自分が病気だと分かって以降、恋人にそれまで以上に近寄って行きます。彼にとって非常に大事で濃厚な時間になっていくんです。相反して家族に対しては、特に娘たちに対して非常に厳しい感じで接するシーンがありますよね。聞くところによるとアルツハイマーを患った人は、あまりたくさんの人に対して、あるいは色んな人に愛情をもって関係を続けていくのが困難らしいんです。せいぜい1人か2人と関係を続けていくことがやっとだそうです。ゲオルグには、そんな病気の特徴も反映されています。恋人との愛が最優先となり、それ以外の人、家族との愛がなおざりになってしまったんです」
──でも元々、サンドラを含めて関係はとても良好だったことがわかります。一歩引いて映画をみると、娘サンドラの頑張りを父として申し訳なくなったり、よく頑張ってくれたな、なんて思ったりしますか!?
パスカル「う~ん、どうだろう。というのも僕自身は本作を撮るにあたっては、以前の家族関係や、それまでのサンドラの人生には全く興味がないんだよ。それって本作には関係ないものじゃない? ゲオルグは色んなことを忘れてしまう病気にかかっているので、僕自身、その辺りのことは全部忘れちゃったよ(笑)。僕より、君は恋人なんだからクレマンとして話してよ」
メルヴィル「(笑)…人生には様々な“サイクル”があると思うんだよね。身近な人が亡くなる、出産する、再婚する、再会する等々。それでも人生は続いていくし、そういう色んな経験や思いと共に生き続けていかなければならない。本作では、サンドラがそういうものの間を行ったり来たりしています、揺らぎながら。その中に、ちょっとしたサスペンスを織り混ぜながら、希望と再生の物語を織りなしていく。僕が関わるサスペンスとしても、クレマンはサンドラにとっていい人であり続けられるのか、彼女との約束を守ることができるのか、彼女を助けることができるのか、逆に困難なことに巻き込んでしまわないかーー。観客はサンドラに感情移入して観ると思うので、最後は、彼女にいい人が出来て欲しい、彼女を受け入れてくれる人と繋がれるといいな、と思うと思うんだよね」
──それなのにクレマンは、妻と別れるとか、やっぱり別れられないとか、何度も繰り返しますよね。かなり優柔不断な男ですが……!?
メルヴィル「だって奥さんも子供もいて、クレマンは既に人生が出来上がっている状態だから、突然、好きな人ができても、すぐパッと行くなんてできなかったんだよ(笑)!! それでも、サンドラに好意を抱いてしまう、そういう出会いが突然やって来るんですよ、人生には。サンドラに好意を抱いたから、クレマンは彼女を助けることができる、助けたいと思う。でも突然、愛しあうような状況になって彼自身もすごく揺らいで、不安定な状況に陥ってしまったんだ。クレマンは妻に対しても誠実であろうとし、サンドラに対しても誠実であろうとしたからこそ…。彼は妻のことを悪く言うようなこともないし、自分の子供のこともすごく気にかけている。だから何とか子供や妻にも、いい形で別れることができないか悩む。そういう意味でもクレマンという人物は、すごくデリケートで、人の心の分かる人物だと思います」
父の本を巡る会話にも注目
──ご自分で演じながら、なるほど「当て書き」だと感じたシーンはありますか。パスカルさんは、相当セリフの少ない役でもありましたが。
パスカル「というよりは、こういう人物を演じられて役者妙理に尽きると思いました。本当に面白い仕事でした。全編を通してゲオルグには会話がほぼないんですよね。セリフのほとんどが理解不能なものばかりで。それでも監督は脚本通り厳密に役者が演じることを望むので、僕もアドリブは全くなしで、理解不能なセリフを毎回完全に暗記して、さらに、どこで何をするかも完全に頭に入れて演じていく必要がありました」
──サンドラの「お父さんと接してるより、お父さんの本を見る方が父親のことがすごく分かる」というセリフがとても印象深かったです。
パスカル「本というのは、その人の生きた秘密というか、人に見せられない部分というか、とても内的で私的な部分が出ますよね。そういうことをサンドラが父の部屋で見て感じることによって、それまで知らなかった父の側面を見て、そして理解するわけです。あそこは、非常に大事な場面だったと僕も観て思いました」
盛り込まれたたくさんのテーマ
──本作には、「死」「人生の情熱」「家族の存在」その他いろんなテーマが盛り込まれています。見る年齢層によって何が刺さってくるかも違うと思いますが、2人の心に最も響いたのはどんなメッセージでありテーマでしたか。
パスカル「僕が本作で最も魅了されたのは、レアの人物像です。彼女は自分の人生を一生懸命に生きていて、なんとかして困難を乗り越えようとしています。自分の娘のこと、父親のこと、様々なことを抱えながら、自分の人生をなんとか生きぬ抜こうとしている。そういう姿は、現代の若い女性にとって生き方の見本にもなるのではないかな。強いというより、むしろもろくて傷つきやすい部分、これでいいのか迷ったり、自分の人生に疑いの目を持ったり、時には自信がなくなったり。そういう人間的な面も含めて、サンドラの人物像にとても惹かれました」
メルヴィル「この映画は、愛の映画ではなく、愛についての映画だと僕は思います。様々な世代が登場しますが 祖母、父、母、そして子供たちと4世代が入り乱れ、愛について、それぞれお互いに愛情を持ちながらもぶつかり合ってしまう。これほど様々な世代が一生懸命に愛というテーマに沿って物語を織りなしていく映画は、僕は今まであまり見たことも出会ったこともないと感じました。そこに感銘を受けましたし、それが自分にも刺さりましたね」
確かに資料にある、「わたしは母親で、娘で、恋人」というキャッチに、“だよね!”と思わせられます。いくつもの顔や肩書を背負いながら、パリの街を忙しそうに駆けまわるサンドラ。これは私たちみんなの物語だ、と感じるLEE読者も多いのではないでしょうか。子供を幼稚園/保育所や学校に送り出して、自分も仕事に出かけ、そして親のことも考えなければならない、という。そんな気持ちがパンパン状態の時に、クレマンみたいな素敵な男性に出逢ったら……。そりゃ、好きになりますよね、助けてほしくなるし、気持ちが休まる時間、ときめく時間がとても大切になるの、すごく分かる!!
でも本作で私が好きなのは、サンドラの父も母も、父の恋人も母の恋人も、みなお互いを認め合っていて、尊重している姿です。その上で、ちゃんと「家族」として関わっていこうとしている関係性に、本当に自立して自分の人生を生きようとしているフランスの価値観を感じました。恋愛の在り方も含めて、その辺り、大人の文化だなぁ、と。
さて、大好きだった知的なお父さんが別人のように変わっていく悲しみや戸惑いに襲われつつ、いつも考えてしまうほど恋するときめきが同時に押し寄せたとき、人ってどうなると思いますか!? それを実体験されたミア・ハンセン=ラブ監督が、サンドラに重ねて等身大に生き生きと描いてくれた本作。
是非、この「これぞ、人生よね!」と思わせてくれる人間ドラマ、女性映画を心から楽しんでください。35ミリフィルムで撮影された映像も、とっても優しく私たちの心を揺らしてくれて必見です!
『それでも私は生きていく』
5月5日(金・祝)より 新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
2022年/フランス/ 112分/配給:アンプラグド
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
出演:レア・セドゥ、パスカル・グレゴリー、メルヴィル・プポー、ニコール・ガルシア、カミーユ・ルバン・マルタン
写真:山崎ユミ
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。