『逃げ恥』脚本家・野木亜紀子さんが“今描きたいもの”はなんですか?「女性差別はそこにあるもの。描かないほうが不自然」
2023.05.10
お話を伺ったのは
脚本家 野木亜紀子さん
1974年、東京都生まれ。2010年脚本家デビュー。主な脚本作品はドラマ『獣になれない私たち』『コタキ兄弟と四苦八苦』『MIU404』、映画『罪の声』『犬王』など。映画『カラオケ行こ!』が’23年に公開予定。
Twitter:nog_ak
女性差別はそこにあるもの。描かないほうが不自然
『逃げるは恥だが役に立つ』『アンナチュラル』など、数々のヒット作を送り出してきた野木亜紀子さん。エンターテインメント性があり楽しめながらも、社会に渦巻くさまざまな問題について考えさせられるところが、野木作品の魅力のひとつです。最新作『フェンス』のテーマは、米軍基地を抱える沖縄の現在と、そこで起こる性的暴行事件について。難しいテーマに当初は迷いもあったそうです。
「最初にプロデューサーから話があったときは、どう考えても大変なテーマだと思って断ったんです。政治の問題もはらむし、長い歴史があって昔から続いていることの積み重ねなので、膨大な勉強をしないと書けないですから。でも、タイミングや条件が揃って、今書かなければ私が今後このテーマに取り組むことはないだろうと、挑戦する気持ちに。しばらく沖縄に滞在し何日も現地の方に取材をして、トータルで100人以上にお話を聞きました」(野木亜紀子さん)
沖縄問題を背景に、女性2人が性犯罪の真相を追う
『連続ドラマW フェンス』
世界最大規模の米軍基地を抱える沖縄を舞台に、雑誌ライターのキーと、性犯罪被害を訴えるブラックミックスの桜という女性バディが、事件の真相を追うクライムサスペンス。松岡茉優、宮本エリアナ主演。WOWOWオンデマンドにて配信中。
●沖縄の問題と性的暴行事件。重いテーマだけど心に響いた。(LEEメンバー ハナさん)
●とてつもなく大きくて、大変な問題に果敢に立ち向かう女性2人がかっこいい!! 沖縄の問題について考えさせられた。(LEEメンバー ゆささん)
●これを世に出せる野木さんはすごい! これからたくさんの人に見てほしいと思う、とても貴重で大切な作品です。(LEE100人隊No.021 のずさん)
主人公は雑誌ライターの“キー”と、米兵からの性的暴行被害を訴えるブラックミックスの“桜”の女性バディ。今回、この2人を描こうと思った理由とは?
「立ち向かわなければいけないものがあまりに大きいので、パワフルで勢いのある主人公が必要でした。多少、倫理的に間違っていても、思いのままに強く突き進むキーを松岡茉優さんに演じてもらって、どーんと戦ってほしいなと。一方、桜のキャラクターが生まれたのは、実際に沖縄で多くのブラックミックスの人たちに会ったから。みんなフレンドリーでいい人たちだけど、過去にはそれなりにつらい思いを経験していて、だからこそハッピーに生きたいと願う。そんなリアルな存在にできればと思いました。桜役はキャスティングに苦労したのですが、宮本エリアナさんが自然に演じてくれました」(野木亜紀子さん)
劇中、キーが桜に語る「女なんだよ」というセリフには、ぐっと込み上げるものが。
──『連続ドラマW フェンス』より
「性暴力はもちろん、セックスひとつとっても、避妊しなければリスクが高いのは女性。“女”が置かれる不利な現状、男性と対等になることの難しさが伝われば」
「もちろん男性が性被害にあうこともあるので限定はできないのですが、やっぱり割合として、女性が危険にさらされる機会が圧倒的に多い。痴漢や盗撮などを含めると、何十年もなくならないし解決していないんです。大半の女性は力では負けてしまうし、どうしたって男性とは対等になれない肉体だということが、一番苦しいんだよねと。そういう難しさを伝えたくて書きました。
今回、性被害の支援団体や精神科の先生にも取材をしたのですが、40年前の被害を昨日のことのように訴える人もいるそうなんです。若いときの一度の出来事で、いつまでも苦しむことも少なくない。途方もなく長く続く問題だということは、この作品を通して多くの人に知ってほしいですね」(野木亜紀子さん)
これまでの作品でも『MIU404』では女性の隊長が美人だと外見を噂されたり、『アンナチュラル』では女性法医解剖医はヒステリックだと難癖をつけられたり。ジェンダーにまつわる差別や偏見の描写が数多く見られます。
「実は、ことさら取り上げようとしているわけではないんですよ。本当ならそんな話はしないで済む世界のほうがいいんだろうと思います。別にしたくはないんだけど、実際にあることなんだから、描かないほうがおかしい。リアルな世界を切り取ろうとすると、まずは出てきてしまう問題なんだと。私はそうとらえています。
『逃げるは恥だが役に立つ』は原作からして女性の家事労働について切り込んだ意欲的な作品で、ドラマもそれにならって作っています。続編にあたるスペシャルドラマでは出産と育児に話が及んだのですが、身近な話題なだけに、『わかる』という人もいれば『甘えすぎ』という人もいたりして、なかなか難しいものだなと感じました」(野木亜紀子さん)
結婚や家事労働など見えない問題が浮き彫りに
『逃げるは恥だが役に立つ』海野つなみ原作
家事代行の雇用主と従業員として契約結婚をした、みくりと平匡。リアルなパートナーとなり、結婚生活3年目で妊娠、出産、育児と向き合うスペシャル版も。
●社会問題や女性の理不尽さを重たくなく、時にコミカルに描いていて、心に刺さる!(LEE100人隊No.018 キッキさん)
●スペシャルでの「男性が育休を取るのは当たり前」という考え方がよかった。“さも当然”な表情をするシーンが好き。(LEEメンバー ほたてさん)
仕事はできるけど間違えることも。リアルに働く女性を体現するミコト
一方で、女性同士の連帯や働く女性のかっこよさが描かれるのも、野木作品の特徴。特に『アンナチュラル』の主人公・ミコトが、自分がやるべき仕事にひたむきに邁進する姿に、励まされたLEE読者も多いはず。
法医解剖医が、不自然な死の謎と向き合うヒット作
『アンナチュラル』
不自然死究明研究所=通称UDIラボという架空の研究機関が舞台。法医解剖医の三澄ミコトを中心に、不自然な死の裏側にある謎や事件を解明していく。
●ミコトの芯の強さ、優しさ、プロ意識に圧倒されて、物語の世界に引き込まれた。(LEEメンバー ちよさん)
●大変な仕事で7K!と言いつつ、「絶望している暇なんてない」と飲み食いするたくましさに共感。(LEE100人隊TB 季絵さん)
●ミコトがはっきりと「女性が何を着ようが自由です!」と言い切ったシーン。心の底から賛同!(LEE100人隊No.050 ジュリさん)
「最初はスタッフに、決めゼリフがなくていいのかと言われたんです。でも、普通に生きていて決めゼリフがある人なんていないから(笑)、そういうことではなくて、働く女性をリアルに切り取りたいなと思いました。私が会社員をしていた頃、周りにいた働く女性はみんな普通に仕事ができて、ギスギスせずに助け合って、臨機応変にやっていた。実際はそうだよね、と思うんです。
よく言われる女性同士の揉めごととか、お局と若手の対立とかって実はあまりないんじゃないかなと。これってやっぱり男性目線で見た“女性ってこう”というステレオタイプが含まれている気がします。ミコトは、仕事にプライドを持っていて未熟ではないけど、間違えることもある。“本当にそこにいる感じ”になればいいなと思って描きました」(野木亜紀子さん)
『アンナチュラル』では見る人の心に残るたくさんの言葉が。思いを込めたセリフについて聞くと──。
──『アンナチュラル』より
「ドラマと違い、現実ではなかなかいいことは言えない。理想的なセリフではなく、地に足のついた言葉になればと思いました」
「本当に言いたいことは言葉にせずに、ストーリーに内包するべきなんじゃないかなと思っています。だからそれほどセリフに重きを置いているわけではないのですが、ミコトの『絶望する暇があったら、うまいもの食べて寝るかな』という言葉は、自分でも好きです。それで問題が解決はしなくても、延命できることってあると思う。いろいろ大変だけど、みんなツラくなったらごはん食べて寝ようよ!と言いたいですね」(野木亜紀子さん)
ドラマを通して、より多くの人がラクになれるような、いい空気感を広げていきたい、とも。
「実際はリアルが先か、ドラマが先かはわからないけれど、社会へのドラマの影響は少なからずあると思います。女性同士の対立をことさらに描けば、世の中も余計にそういう空気になっていく気がする。ドラマから価値観が広まるスピードは速いんですよね。できれば、みんな幸せでストレスを感じないような、いいほうに向かいたいですよね。
私はドラマって“後味”が大事だなと思うんです。映画は世界観を楽しむものだから、断片的でも投げっぱなしでも悲しくてもいい。でも、ドラマは毎週10話分とか見続けて、それなりの時間を割くわけですよね。満足感とか、見てよかったと思える部分がないと厳しいなと、自分が視聴者だったときから思っています。ハッピーエンドがすべてではないけれど、何かしら持ち帰れて、気持ちよく終われるように。それが作り手の最低限の責任なのかなと」(野木亜紀子さん)
今後、野木さんが作品を通して描きたいものとは?
「やっぱり“普通の人”を描きたいですね。いいときもあれば悪いときもあり、時々かっこいいんだけど大体ダサいよ……みたいな、リアルに生きている人をこれからも描いていけたらいいなと思いますね」(野木亜紀子さん)
「ザ・ブルーハーツ」の音楽
「中学生の頃に初期のアルバムを繰り返し聴いていました。『青空』『終わらない歌』『ダンス・ナンバー』など、今聴いても“そのとおり!”と胸に刺さる歌詞ばかり。当時彼らからパンクの精神を摂取したからこそ、今も流されずに自分の作品を描き続けていられるのかなと思いますね」
取材・原文/野々山 幸(TAPE)
こちらは2023年LEE6月号(5/6発売)「共感を生み出すクリエイターに聞く“今描きたいもの”」に掲載の記事です。
※商品価格は消費税込みの総額表示(掲載当時)です。
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