カルチャーナビ : 今月の人・今月の情報
古今東西の名著を読み解く、読書バラエティ『100分de名著』。伊集院光さんは10年以上にわたり出演している。番組で取り上げた本から、伊集院さんが気になった作品を、さらに深掘りしていく書籍シリーズも大好評。第2弾では『おくのほそ道』(松尾芭蕉)、『ペストの記憶』(ダニエル・デフォー)、『ピノッキオの冒険』(カルロ・コッローディ)をチョイス。この3冊を選んだ理由とは?
名著を読み進めていったら、あの頃の僕に出会いました
────伊集院光さん
「根っからの読書家ではなかった僕から見て、教科書で知るメジャーなもの、時代に即しているもの、実はマニアックな内容のもの……と、変化をつけました。例えば『ピノッキオの冒険』は、僕もアニメ映画で入ったわけですけれども、原作をひも解くと、作者がやけっぱちで書き始めた児童文学だった。ピノッキオもいい子ではないんです。やさぐれ暴走ストーリーを展開した挙げ句、もう話を終わらせてやると思ったときに、『おもしろいからやめないで!』という読者の声を知り、作者自身が仰天したという(笑)。その姿におこがましくも己を重ねました。
僕も落語家として煮詰まっていた頃に、行きついた先がラジオ。抱えていたフラストレーションを“これでもくらえ!”と深夜3時に投げ続けていたら、いろんな人に届いていたんですよね。今回の3冊は、どれも作者の生き様も含めおもしろいんですが、中でもこの本は、自分の原体験を思い起こさせてくれました。解説していただいた和田忠彦先生の考察も刺さりましたね。先生はピノッキオは優等生になりすぎたのではと。その言葉に、かつては暴走していた僕も、いつの間にか芸能の世界に飼いならされていないか?とドキッとしました」
テレビで知る姿そのままに、わかりやすく本著の魅力を伝えてくれた伊集院さん。そして自分自身を「めちゃめちゃ理屈派で、分析大好きな人間です」ときっぱり。
「いつも論理的に考え、話し、書く行為がしみついています。そんな己を超えようと、ラジオでは奇声を発したり、話をあちこち飛ばすわけですが……。なんだかんだで時報前に話を終わらせるし、ゲーム雑誌の連載も、ぎりぎりで締め切りを守る。理性的な自分は捨てられません!」
そんな伊集院さんが「客観性や理屈を捨て、一切分析しない」相手がいる。それは“かみさん”と呼ぶ妻。
「僕は何事も最悪の事態を想定して動くんですが、かみさんは最高のことを考えた結果、多少の悪いことが起きても『しゃあない』という人間。そんな彼女に『説明抜きで好き・嫌いがあるという理屈を、あなたは考えたことがある?』と聞かれたときは、この人って無敵だと思いました。でも家庭内で全員が感覚的で楽観主義者だったらね。それはそれで滅びるのではとも思うんですけれども(笑)」
そして近頃は、人生や自身の芸に対して、こんな思いもあるそう。
「55歳にもなると右肩上がりと言うことはないし、完成されたもののつまらなさも見えてしまうしと、地獄の時期なんですよ(笑)。今、“いい老化”と“悪い老化”について考えていて。いい老化は、加齢とともに親しみやすい人になれること。悪い老化は、ポンコツ化してリスナーや視聴者に伝わらないことを言い出す状態。これは恐怖です。もちろんいい老化へ寄りたいけれど、話芸としてどう表現しよう?と。30~40代の頃とは違う、新たな試みの中にいます」
こうしてインタビュー中に様々な話をしてくれた伊集院さん。その頭の回転の速さに驚きつつ、一体いつ、どうやって息抜きをしているのかも気になるところ。すると「僕は、ぼんやりするのが下手なほうかもしれない」という答えが。
「考えることが楽しいし、好きだから、ぼーっとしている時間がないんですよね」と、プライベートの過ごし方についても考察が。
「“この日はぼんやり過ごすぞ~!”と想定している時点で、もう理屈に囚われちゃってるじゃないですか。脱力を狙いにいっちゃってるわけだから(笑)。そういえば、趣味のひとつに“散歩をしながら、道端に落ちている手袋を見つける”っていうのがあります。歩いていて、ふっと、予想もしない落し物が視界に入ってくるのを楽しむという行為なんですけれども。あれがギリでぼーっとしている状態なのかも」
家の中での生活ぶりを聞いてみるとー―。
「最近、かみさんが1か月おきに実家へ帰っているので、僕もわりと家事をするようになりまして。食洗機の使い方なんかも覚えたんですよ。それで改めて、専業主婦のかみさんに感謝していることは多いかも。ゴミ出しの日にちを覚えるのって面倒なんだな、宅急便を受け取る日はまとめたほうがいいのか、なんてね。それから少し前に、お掃除ロボットを買ったんです。ずーっと迷ってたんですけれども。どうせなら高性能なものを買ってみようと、水ぶき掃除の機能もついている機種を選びました。こいつがね、床に置いてある新聞紙にまで水をかけてぐちゃぐちゃにしてしまう特技を持っていまして(笑)。あとは紐を引っかけたりね。そういう数々の行動をもとに、今や僕はお掃除ロボットが掃除しやすいように、部屋を整える係。機械を使うんじゃなくて、機械に使われてる。完全に主従関係が逆転しちゃってます。部屋の中で滑らかに動いていく姿を目で追いながら、『こいつをじーっと見ている時間があれば、自分で掃除機をかければよくないか?』、『俺、別に掃除するのは嫌いじゃないしな』、『機械のために一生懸命になっている状態は、なんか違うんじゃないか?』と自問自答中(笑)。もちろんお掃除ロボットは、使う人によっては便利な時短家電ですよね。でも時短は万人にとって素晴らしいのか。そして僕にとっての時短ってどういうことなんだろうとか、また考えています(苦笑)」
いじゅういん・ひかる●お笑いタレント、ラジオパーソナリティ。1967年生まれ、東京都出身。10代で落語家の三遊亭楽太郎(六代目三遊亭円楽)に弟子入り。その後、ラジオパーソナリティとして人気を獲得する。『月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)、『クイズプレゼンバラエティーQさま!!』(テレビ朝日系)など、ラジオやテレビで幅広く活躍中。
Instagram:hikaruijuin1101
Twitter:HikaruIjuin
公式サイト:https://www.horipro.co.jp/ijuinhikaru/
『名著の話 芭蕉も僕も盛っている』
Eテレ『100分de名著』収録時は「知ったかぶりをしそうだから、課題図書はあえて読まない状態で臨んでいる」のだとか。本著は、収録後に気になって読んだ作品から3冊を選び、解説者にあらためて教えを乞うシリーズの2作目。「芭蕉の作品は、旅好きの僕に印象深い経験を与えてくれました。名著の魅力は時代の洗礼を受けて残っていること。知恵が詰まっていて、“早く読めばよかった”と思うことも多いですね」
撮影/名和真紀子 ヘア&メイク/松山麻由美 スタイリスト/西尾奈々子 取材・文/石井絵里
こちらは2023年LEE5月号(4/7発売)「カルチャーナビ」に掲載の記事です。
※商品価格は消費税込みの総額表示(掲載当時)です。
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