この不透明な時代に、子どもたちをどう育てる?
高度成長期そしてバブル崩壊後、日本社会は長く景気停滞期に入っています。産業社会から情報社会へと移行し、経済のグローバル化が進み、今後はAI(人工知能)が人間の仕事を奪うとまでいわれています。
先行き不透明な時代とか、正解がない時代などともいわれます。そんな時代に、子どもたちをどう育てればいいのか、親たちは途方に暮れます。行政はさかんに教育改革を訴えます。
この動き、実は100年前にもあったことです。
ヨーロッパでは「新教育運動」が起こりました。産業革命以降世界を席巻している、工場で働かせるのに都合がいい人材を効率よく製造するための画一的教育に対するアンチテーゼとして生まれたのが、モンテッソーリ教育やシュタイナー教育に代表される、いわゆる「オルタナティブ教育」です。「オルタナティブ」は「別の選択肢」という意味です。
いま注目されているユニークな「オルタナティブ教育」とは?
オルタナティブ教育としては、モンテッソーリ教育やシュタイナー教育のほかにも、レッジョ・エミリア教育、イエナプラン教育あたりが有名です。
モンテッソーリ教育は、日本では主に幼児期の教育機関で導入されています。小学校段階においてもモンテッソーリ教育を行っているインターナショナルスクールもあります。
シュタイナー教育も、日本では特に幼児期に人気ですが、小中高で一貫してシュタイナー教育を行う正式な私立学校もあります。
レッジョ・エミリア教育は、もともと就学前の幼児教育としてイタリアで生まれた教育です。
イエナプラン教育は、小学校以降向けの教育としてオランダで発展しました。日本にもイエナプラン教育を実践する私立学校がいくつかできています。
今回は、日本でも名前を聞くことが多いモンテッソーリ教育、シュタイナー教育、レッジョ・エミリア教育、イエナプラン教育について概要を説明します。
また、日本オリジナルのオルタナティブ教育の例として、「森のようちえん」という幼児教育と「きのくに子どもの村学園」という私立学校を紹介します。
「自己教育力」を信じる、モンテッソーリ教育
マイクロソフトのビル・ゲイツ、グーグルのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、Amazonのジェフ・ベゾスなどのイノベーターたちがそろってモンテッソーリ教育の出身であることが知られています。それだけではありません。
アメリカのバラク・オバマ元大統領、ビル・クリントン元大統領、イギリス王室のウィリアム王子とヘンリー王子、世界的経営学者ピーター・ドラッカーもモンテッソーリ教育で育ちました。日本では将棋の藤井聡太さんがモンテッソーリ教育の幼稚園で育ったことが知られています。
モンテッソーリ教育は、マリア・モンテッソーリという女性が、1907年にローマの貧民街のアパートの一室で始めた教育です。
モンテッソーリの最大の発見は、「子どもには自らを自分の力で育てていく力が備わっている」ということでした。モンテッソーリはこれを「自己教育力」と呼びます。子どもの自己教育力を信じることがモンテッソーリ教育の核です。要するに、大人が教えなければ子どもは育たないという教育観から、子ども自身が子どもを育てるのだという発想への転換です。
次にモンテッソーリは、子どもたちが自分の発達の順番に沿って、そのときどきで必要な遊びに自然に取り組むことを発見します。自分にとって必要な能力を発達させるのにちょうどいい遊びを子どもは自ら選択して、夢中になって遊ぶのです。モンテッソーリは、その時期を「敏感期」といい、夢中になって遊んでいる状態を「集中現象」と呼びました。
たとえばティッシュペーパーをぜんぶ引き出してしまったり、口紅で顔中を塗ってしまったり、わざわざ道路脇の幅の狭い縁石の上を平均台を渡るように歩いたりするようなとき、子どもは自分自身の自己教育力の導きによって、そのときになすべきトレーニングをしているのです。
それを満足いくまでやり遂げ、「できた!」という達成感を味わうと、次の課題に取り組み始めます。
大人からすれば「遊び」に見える活動は「自己教育力」に基づいて子どもが自らに課す課題ですから、モンテッソーリ教育ではそのような知的活動を「おしごと」と呼びます。
モンテッソーリ教育を行う幼稚園や保育園に行くと、子どもたちが手を伸ばせば届くところに無数の「おもちゃ」のような「教具」が、並べられています。モンテッソーリ教育の幼稚園では、「さあ、みんなでお遊戯しましょう!」という集団行動をするのではなく、子どもたちがそれぞれに好きなことをしていいことになっています(お遊戯やお歌の時間がないわけではないのですが)。そして子どもたちが自分の好きな教具で好きな活動を自分の好きなペースで行うのです。
私が訪れたモンテッソーリ教育の幼稚園の子どもたちはまるでジブリ映画に出てくる子どもたちのようでした。いきいきと自分の人生を謳歌していると同時に、無限の世界への好奇心と畏怖の念を抱いている。
また、とても印象的だったのは、水差しからコップへ水を移し替えるおしごと中に、テーブルに水をこぼしてしまっても、子どもたちが決して慌てなかったことです。落ち着いてフキンで拭きます。間違ったり失敗したりしても、またやり直せばいいという姿勢が身についているのです。
7歳までは文字や計算を教えない、シュタイナー教育
海外では俳優のサンドラ・ブロックさんほか、ポルシェデザイン創業者のフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェさんやライカ社社主のアンドレアス・カウフマンさんなどがシュタイナー教育経験者として有名です。日本では俳優の斎藤工さん。独特の感性をもつひとが多い印象です。
創始者はドイツを中心に活躍したルドルフ・シュタイナーという思想家です。
シュタイナー教育では、7歳くらいまで文字や計算を教え込むことはしません。この時期に早く頭を育てようとしてしまうと、身体を育てるためのエネルギーが削がれてしまい、心や頭が育っていく礎としての身体が健全に育たないと考えるからです。
絵本の読み聞かせもしません。その代わり、先生たちは、絵本を使わずに語り聞かせを行います。子どもたちの目を見ながら、物語を話すのです。そうすると、子どもたちも、絵本の絵ではなく、先生の目を見てお話を聞くことになります。常にアイコンタクトです。シュタイナー教育を受けた子どもはひとの話を聞くときの目が違うといわれます。目の奥をのぞき込むような感じになるのです。
そもそもシュタイナー教育の幼稚園には、意図的につくられた教具やおもちゃというものがほとんどありません。雑木林に落ちている枝や石ころやどんぐりなどをおもちゃにして遊びます。そのような面倒見の悪いおもちゃが、子どもの創造力を引き出します。フェルト地でできた手作りのお人形みたいなものはありますが、お人形の顔には目や鼻や口がついていません。遊びながら、子ども自身がお人形の表情を想像するためです。
『モモ』『はてしない物語』の著者ミヒャエル・エンデも、短期間ではありますが、シュタイナー教育を受けていました。シュタイナー教育を実践する幼稚園や学校の空気に、私はエンデの作品の世界観と通ずるものを感じました。スローライフとかマインドフルネスなどのキーワードが好きなひとは心を鷲づかみにされてしまうのではないかと思います。
多様な刺激の中で「探求学習」を行う、レッジョ・エミリア教育
レッジョ・エミリアは、イタリア北部の小さな街の名前です。第二次世界大戦後にそこで生まれた幼児教育が、1990年代からアメリカで注目されました。グーグルやディズニーが運営する保育園でもレッジョ・エミリア教育が導入されました。
落ち葉などの自然物や電飾を使った斬新なアート作品をつくる活動が有名ですが、それをすればレッジョ・エミリア教育だというわけではありません。むしろ決められたメソッドがないことがレッジョ・エミリア教育の本質です。
レッジョ・エミリア教育の園の中は、実際の町の縮図のようになっています。園の中心にピアッツァ(広場)と呼ばれる広い部屋があります。そのまわりにアトリエと呼ばれるアート作品をつくる部屋や、調理師の調理を間近に見られるキッチンや、多種多様な植物が植えられているパティオ(中庭)が配されています。
そこに、落ち葉、木の実、枝、石ころ、砂、貝殻などの自然物や、ライトテーブル、パソコン、デジカメ、プラスチック容器などの人工物や、ドラム、ギターなどの楽器、さまざまな画材、ごっこ遊び用の衣装、ソファやクッションなどの家具、金魚、カメ、小鳥などの小動物など、さまざまなものが用意されています。混沌としているようで、実は子どもたちを刺激するための細かな配慮がさまざまになされています。
この多様な刺激がある環境で子どもたちの興味・関心が引き出され、自然発生的に「プロジェッタツィオーネ」が生まれます。英語で言えばプロジェクト。流行りの日本語で言えば探究学習です。これがレッジョ・エミリア教育における教育活動の中心です。
どうやったら子どもたちの学びを促進できるかを、複数の保育者が知恵を出し合って考えます。そのために、保育者たちは常に子どもたちの活動の様子をメモや写真や動画で記録します。これは「ドキュメンテーション」と呼ばれ、レッジョ・エミリア教育の最大の特徴です。それをみんなで共有してアイディアを出し合う会議を「報告会議」と呼びます。
思いつきでアイディアを出すのではありません。教育学的な後ろ楯となるのが「ペダゴジスタ」という、大学で教育学を専攻した専門家です。芸術面での後ろ楯となるのが「アトリエスタ」という、大学で芸術を専攻した専門家です。彼らが報告会議に参加することで、プロジェッタツィオーネを効果的に発展させていきます。
異学年学級で、個別的に対話的に探究的に学ぶ、イエナプラン教育
「子どもの主体性の尊重」「異なる他者の受容」「学校共同体」がイエナプラン教育の核となる概念です。
3学年からなる異年齢学級(ファミリーグループ)と4つの基本活動(対話・遊び・仕事・催し)の循環による時間割が特徴です。対話には、朝礼終礼のようなミーティングのほか、何気ない会話も含まれます。遊びは、授業時間内にも盛り込まれます。特に幼児のころは遊びが一日の大半を占めます。仕事は、何かに一生懸命取り組むことを意味します。
もちろん授業の大半は仕事に相当します。年間行事やお誕生会、ミニ学芸会のような催しも毎週のように行われ、共同体としての喜怒哀楽を共有したり一体感を体験したりします。
時間割の中にときどきある「ブロックアワー」は、いわば個別学習の時間です。子どもはそれぞれの発達段階に合わせた週の課題と自らの挑戦課題を自分の計画に沿って自立的に進めます。イエナプランのハートと呼ばれている「ワールドオリエンテーション」は、いわば「探究」の時間です。教科の枠を超えて、本物の事物のシステムを協働的に探究します。
豊かな自然の中で学ぶ「森のようちえん」
自然のなかに子どもを放牧しながら、そこで生じる「遊び」を通じた「学び」を最大限に生かすスタイルの幼児教育の総称です。
木登りや火のおこし方を教えて映画の「少年モーグリ」みたいに育てようという話ではありません。
大人が意図して環境を整えなくても、里山には、子どもたちの主体的で自発的な遊びを引き出す環境が十全にそろっています。おもちゃや遊具やゲームなんてなくても、豊かな自然の中では子どもたちのからだとこころが自然に動き始めるのです。そこに保育者が最小限に関わることで、豊かな学びが得られます。
日本の森のようちえんは、モンテッソーリ教育やシュタイナー教育やレッジョ・エミリア教育のようなオルタナティブ教育のひとつとして、今後世界からも注目される可能性が高いと私は考えています。
高度な情報が飛び交う人間社会で生きていけるように子どもを「社会化」することは教育の大きな目的のひとつです。しかし一方で人間は、自分自身も自然の一部であることを忘れてはいけません。
自然とのつながりを保ちながら、人間社会を学んでいくことができるのが、里山を舞台にした日本独特の保育「森のようちえん」だといえます。
都会の中でもちょっとした公園があれば森のようちえんは可能です。月1回週末に行われる行事型の森のようちえんもあります。興味が湧いたら、近くに森のようちえんがないか、調べてみてください。
型破りな小学校から始まった「きのくに子どもの村学園」
1992年、型破りな学校が和歌山県橋本市に誕生しました。きのくに子どもの村学園です。もともとは小学校から始まり、のちに中学校、高等専修学校もつくられました。寮もあります。
何がどう型破りなのか。小学校を中心に説明します。
国語、算数、理科、社会……といった教科の概念がありません。時間割には主に「プロジェクト」「自由選択」「基礎学習」の3種類の時間しかありません。しかも、午前中いっぱい「プロジェクト」で午後は「基礎学習」といったようにざっくりとした枠組みが決まっているだけです(図)。
チャイムは鳴りません。宿題、テスト、いわゆる通信簿、ありません。そもそも学年という概念もありません。クラスはありますが、「工務店」とか「料理店」とか「ファーム」とかおかしな名前がついています。それぞれのクラスで1年生から6年生までがいっしょに学びます。
たとえば工務店クラスの生徒は週の半分くらいの時間を大工仕事の「プロジェクト」に費やします。料理店クラスの生徒は教室の中で一日中料理をつくっては食べています。クラスは1年間固定です。
「自由選択」は、音楽、体育、芸術、英会話などのメニューの中から学期ごとに好きなものを選んで参加する授業です。
「基礎学習」は、いわゆる「よみ・かき・そろばん」の授業です。といっても、黒板に向かってきれいに座って先生の言われたとおりに一斉に同じことをやるような授業ではありません。それぞれのクラスの先生が、それぞれに工夫してつくった手作りの教材を使用しながら、ときに体験的に数の理解や言葉の理解を進めていきます。
学校生活や寮生活を円滑に行うためのルールづくりは関係者全員の話し合いで決めます。投票によってものごとを決めるときには、子どもも大人も、みんな平等に1票をもっています。
和歌山県橋本市のきのくに子どもの村を「本家」として、いまでは福井県勝山市、山梨県南アルプス市、福岡県北九州市、長崎県東彼杵町にも「子どもの村」ができ、本家と同様の、しかしそれぞれの地域性を生かしたユニークな教育が行われています。学園は2022年に公開された『夢みる小学校』という映画の舞台にもなっています。
一人ひとり違う個性を伸ばし、新しい社会をつくる人を育てるために
子どもたちは一人ひとり違うことを前提に、もって生まれた個性をそれぞれに伸ばし、提供し合い、主体的に新しい社会の枠組みをつくることのできるひとたちを育てようというのが、これらの教育法に共通する想いです。
わが子の教育について考えていると、ついわが子を〝勝ち組〞にするための教育を考えてしまうのが親の性ではあります。テストで高得点をとることを〝勝ち〞とするならば、大量の課題をこなす処理能力と忍耐力、そして与えられた課題に対して疑問を抱かない力が有利に働く。この3条件をもつひとが、日本の受験システムの〝勝ち組〞になりやすいことは間違いありません。
しかし「それって意味あるんだっけ?」「そのルールを変えません?」と、これらの教育法は私たちに問いかけてくれるのです。
■詳しくはこちらの書籍もチェック!
おおたとしまさ「子育ての「選択」大全 正解のない時代に親がわが子のためにできる最善のこと」(KADOKAWA)
おおたとしまさ「不登校でも学べる 学校に行きたくないと言えたとき」 (集英社新書)
文/おおたとしまさ
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