『バッド・ジーニアス』の監督最新作
本国タイのみならず、日本を含むアジア各国で大ヒットを飛ばした『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)を覚えていますか!? カンニング・ビジネスを始める天才高校生たちの物語は、スリリングであると同時に、とっても切実でもあり、まさに“やられた!”感たっぷりの快作でした。長編第2作目で大ヒットを飛ばしたバズ・プーンピリヤ監督の才能に惚れ込んだのは、かのウォン・カーウァイ監督! カーウァイ監督から「一緒に映画を作ろう!」と誘いを受けたなんて、なんという夢のような話!!
そしてカーウァイ監督が製作総指揮を務め完成したのが、この『プアン/友だちと呼ばせて』です。2021年のサンダンス映画祭ワールドシネマドラマティック部門で、審査員特別賞を見事受賞しました。前作とはまた全く毛色の違う、ちょっと、いやかなり切ない青春“友情&恋愛”映画。日本公開を前に、パズ・プーンピリヤ監督にお話を伺いました。
1981年、タイ・バンコク生まれ。大学の芸術学部で舞台演出を学び、修士号を取得。テレビ広告業界で働いた後、ニューヨークに渡りグラフィックデザインを学ぶ。11年に帰国、ミュージックビデオ監督等を経て、初長編映画『COUNTDOWN』(12/日本未公開)を監督。第2作『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)が大ヒット。タイのアカデミー賞 “スパンナホン賞”で12部門受賞。国内も国外でもタイ映画史上最も成功を収めた作品に。
──製作のウォン・カーウァイから脚本段階などでは色んなアドバイスを受けたそうですが、彼は撮影現場には顔を出さず、完全に自由に作品を作られたそうですね。とはいえ本作には、映像美や音楽と物語が響き合う世界観など、カーウァイ作品を彷彿とさせるものを感じたりもします。
「物語を書いている段階で、全くの無意識のうちに、どこかカーウァイに似ているキャラクターを書いていたんです。そんなつもりは全くなかったのに、それが僕の内から出てきたということに、彼と自分の間にある無意識のコネクションを感じて。それなら、そういうものを表したいと思うようになりました。だって、彼のような偉大なフィルムメーカーと仕事をするなんて、これが最初で最後かもしれないでしょ(笑)。作品の中で、彼に対するトリビュートを示したいとも思いました」
『プアン/友だちと呼ばせて』はこんな映画
ニューヨークでバーを経営するタイ出身のボス(トー・タナポップ)は、ニューヨークで知り合った同郷の友人ウード(アイス・ナッタラット)から久々に電話を受け、バンコクへ帰ってきてほしいと頼まれる。ウードは白血病で余命わずかであり、最後にどうしてもやりたいことがあるという。帰国したボスは、ウードに頼まれるまま車を運転し、彼の元恋人たちを訪ねる旅に出る。やがて旅が終わりに近づいた頃、ボスはウードから、信じ難いある秘密を打ち明けられる──。
──過去と現在が交錯しながら、現在に至るまでに2人が辿って来た道、2人それぞれの恋や、2人の友情の間で何があったのかがサスペンスフルに綴られ、とても魅了されました。時代ごとの2人の状況や心情の変化に対する表現が、とても繊細で素晴らしかったです。タイでは、2人はどんな立ち位置の俳優なのでしょうか?
「2人は共に、タイにおける若手のトップスター俳優です。ボス役のトー・タナポップは、役者でもあり歌手でもあり、女の子たちがキャーキャー言うようなアイドルでもあります。ウード役のアイス・ナッタラットは、もう少しアーティスト寄りな立ち位置かな。ただ演技に関しては、2人とも素晴らしくて、全身全霊で本作の役に向き合ってくれました。2人ともオーディションに来てくれたんだけれど、まさにこの役をやるために生まれてきたのでは、というほどピッタリだと思ったんです。実際、撮影が始まると、想像していたよりも、はるかに素晴らしいと思う瞬間がたくさんありました」
──本作は監督の半自伝的な要素が入っています。ニューヨークで知り合った監督の友人ロイドさんがウードに反映されているそうですが、監督自身、あるいはロイドさんに、2人がどこか似ているゆえのキャスティング、内面的なシンパシーを感じた、などはありましたか?
「ロイドは僕の実生活における親友で、ウードがやらないような悪いことを一緒にしたりしていたんだけれど(笑)。この機会に、ロイドに対して感謝や敬意を表したい気持ちもありました。僕らに2人の俳優のどこかが似ているかと聞かれると、もしかしたら無意識のうちに、自分がティーンエイジャーだった頃にそうだったかもしれない自分、というものを見たかもしれないな、とも感じるような気もする……と今、言われて思いました」
SIDE AとBという構成は…
──前半、ウードが元カノたちを訪ねる旅路は“ウードの物語”。中盤から、それまでの印象が軽く覆されつつ、ボスの初恋から現在に至る“ボスの物語”が描かれます。SIDE A、SIDE Bと表裏一体になっている構成は、脚本段階に思いついたのですか?
「いや、全く。脚本を書いている段階では、その構成を思いついていませんでした。この映画って、ストーリーとしては大きな変化があるわけではないけれど、キャラクターが映画を動かしていくタイプの作品と言うのかな、物語るためにキャラクターを追っていく必要があるというか。ウードとボスの両キャラクターに、自分がベースになっている部分があるので、脚本を書いているときは自分の内面同士が対話しているような感じでした。そして撮影をしている時は、この2人をサポートしていきたい、と思っていました。すべて撮り終えて編集をしている時に、ちょうど(2人が車中で聴く)カセットテープにもサイドAとBがあるとふと気づいて、この構造にすることにしたんです」
──ウードを中心に追うサイドAでは、ボスは薄っぺらでいけ好かない奴でもあったりします。一方、ボスの恋を追うサイドBでは、予想していなかったウードの別の面が現れる。同じ場面がAにもBにも登場することもあり、その微妙なニュアンスの演じ分けが非常に素晴らしかったです。どのように引き出したのですか?
「いやいや、今回は、すごく簡単だったんだよ! ラッキーなことに役者たちが優秀だったので、僕からは細かな指示をする必要はほぼなかったんです。唯一気を付けたのは、“このキャラクターはどういう人物である”ということに対する、彼らと僕の理解が完全に一致しているかどうか、ということだけ。その一致が確認できた後は、何も言う必要がありませんでした。演出面で難しいことは何もなかったですね」
──前作の『バッド・ジーニアス』では、色んなことをカッチリ決め込んで撮影に臨んだそうですが、今回は撮影も演出も即興だったそうですね。その理由は? リハーサルもやらなかったのですか?
「実は、僕はこれまでリハーサルというものをやったことがないんだよ。現場ですることと言えば、役者やカメラマンを含むチーム全員に、“このシーンはどういうシーンにしたいか”ということを伝える。みんなに、きちんと伝えることは必要です。いくつかのシーンでは、大体の動きを決めてはいましたが、ほとんど前もって動きも決めずに撮影に臨んでいましたね。演技やシーンのエッセンスを掴めるように、手持ちのカメラで常に自由に動けるようにしていました」
17キロ減量した姿に相手の俳優が絶句
──何気ないシーンですが、ボスがある女性とキスをするシーンは、とってもキュンキュンしました! ベランダでシャツをカーテン代わりにして、そのシャツに夕日があたってオレンジ色に染まって、メチャクチャ美しくてロマンチックでした。
「実は、あのシーンも全て即興なんだよ(笑)! 事前に何も考えていなかったし、何も決めずにそのまま撮っただけなんですよ。美術の人たちが、ああいう舞台を用意してくれちゃっただけ、っていうか。たまたま、いい感じの木綿の白いシャツが掛かっていたので、女優さんに“そのシャツを引っ張って”と撮影時に思いついて言ったら、なんか上手く行っちゃって、ああいうシーンが撮れてしまったんです」
──本当ですか!? 実は白いシャツに夕日の赤だけじゃなくて、青とか黄色とか色んなライトを試したりしてみたりして!?
「ないない(笑)! 脚本には、“バルコニーでキスをする”としか描かれていなくて、完全に無計画なままだったんだ。たまたま白いシャツがあって、それ、使ってみようかなと思いついただけ。あの日は本当にラッキーデーだったんだよね(笑)」
──それにしても1ヶ月半で、ウード役のアイス・ナッタラットさんは約17キロも体重を落としたわけですが、順撮りですよね。その1ヶ月半は撮影を休止していたのですか?
「そう、休みにしていました。途中でアイスが経過を写真で送ってくれたりはしていたのですが、1ヶ月半の後に現場に現れた時、まさかあそこまで痩せたと思わなかったので、本当にみんなビックリしてしまって。特にボス役のトーは、取り乱すくらいに本当にビックリしていたんだよ。“自分の目が信じられない”と言って、すごくショックを受けていた。多分、トーの受けた衝撃が、ボスの演技にさらなる深みを与えたんじゃないかな、と思っています」
──監督にとって、友人の死や過去の恋について振り返る時間となったであろう本作は、セラピーのように何かから抜け出せるような時間や経験になりましたか?
「映画を撮っている間は、それこそ色んなことが起きるんだけれど、いいこともあったけれど、大したことがなかったような気もしていて……。思ったのは、過去に起きてしまったことは変えられないし、今さら何か出来るわけでもないし、もうどうしようもない、ということ。一本映画を撮ったからといって、自分に何か変化が起きることもなく、そこ(悲しみなど)から抜け出せることもなくて、未だにそういうものが自分に付きまとっているということを学びました。恋愛にしろ、友情にしろ、どんな関係においても自分の人生に現れてくれた人たちみんな、あるいは出来事すべてに感謝したい、と思いました。いつ自分の命が終わってしまうか分からないし、何事も当たり前だと思ってはいけない、ということは強く感じましたね」
感涙のラストシーンの裏話
──ところで、原題の『One For The Road』には、“最後の一杯”という意味がありますが、どんな経緯でタイトルを決めたのですか? また、タイトルに込めた気持ちは?
「脚本を書いている段階では全くタイトルについて考えていなくて、撮影に入る1,2週間前に“どうしようかな!?”と思って。ふと昔、聞いたことのあったフレーズが思い浮かんで、本作はロードムービーでもあるし、いいかもしれないな、と思って。そうしたらウォン・カーウァイも賛成してくれて、タイトルが決定しました。意味合いとしては、家に帰る前にちょっと一杯、飲んでいこうかな、程度というか。僕は時々家がどこにあるのか分からなくなって迷子になっちゃったりもするのですが(笑)、何かを飲んで家に帰ろうじゃないか、という気持ちですね」
──そして迎えるラストシーン。幸せが訪れると同時に、切なくもあって。涙がちょっぴり込み上げるような素晴らしいシーンでしたが、順撮りということは、現場もみんな最後のシーンは感無量みたいな状態じゃなかったですか!?
「実際、あのラストシーンは撮影の最終日に撮ったものですが、僕の中では実にサスペンスフルな感情が渦巻いていたんだよ。とてもじゃないけれど、感無量なんて状況にはなれなかった。というのも、当時、ちょうどコロナがバンコクで猛威を振るい始めていて、いつロックダウンになるか、という中で撮影をしていたので気が気じゃなくて。最終日のあの日は、どうにかラストシーンまでたどり着くことが出来たけれど、早く撮り終えなければという焦りや緊張感がすごかった(笑)。現場は「とにかく大急ぎで撮り終わらせろ~!!」という感じ。バンコクから車で3,4時間の場所で撮っていたので、ロックダウンが出される前に撤収してバンコクにたどり着かなければ、よしOK、すぐ撤収~、というドキドキの状況でした。ギリギリの状況で感慨に浸る瞬間もなく、大急ぎでバンコクに向かいました」
絶好調のタイ・エンタメ界と監督のこれから
──数年前よりタイのBLドラマが日本で何作もブレイクし、映画でも『バッド・ジーニアス』をはじめ、『ハッピー・オールド・イヤー』『ホームステイボクと僕の100日間』など、若手作家が続々出てきています。すごい勢いを感じますよね?
「とはいえコロナでロックダウンがあったので、世界中で映画シーンが変わってしまったように、状況はタイも同じです。全盛期の興行収入の半分くらいになってしまった。でも同時に配信サービスが台頭してきたので、タイの映画監督たちに新しい扉を開けてくれたとも言えます。劇場公開ではないけれど、皆が語りたいストーリーを語り、何かのメディアに乗せられるようになった意味では、フィルムメーカーたちは今とてもやる気を起こしているという状況にあるのは間違いないですね」
──そして監督自身、大成功した『バッド・ジーニアス』とはまた全然違う、スイートビターな恋と友情の青春映画である本作を撮ったことで、今、世界からどんどんオファーが入ってきているのではないですか!?
「ラッキーなことに『バッド・ジーニアス』が成功してくれたことで、色んなチャンスが舞い込んできているけれど、未だに自分の中でそれを処理するのが大変なくらいです。将来的に映画を作ることに繋がればいいな、と思っています。具体例としては、ちょうど今Netflixのシリーズものの2エピソードを撮影し終わったばかりです。埋められてしまったタイの子供たちをレスキューする物語で、2エピソードを担当しました。年末に配信されると思います」
改めて、バズ・プーンピリヤ監督の才能を確かめられた本作。監督ご自身は、あまりリップサービスをするタイプの方ではなかったですが、とっても感性が豊かで鋭い感じ、自分を含めてシニカルに眺めている風情というか、なんか予想以上にカッコ良かったです!
さて、ウードから秘密を聞いたボスはどんな行動を取るのでしょうか。悲しくて、切なくて、人生って本当に色んなことが起こるけれど、でも最後は乾杯したくなる。ウルっとしながら微笑ませてくれる、そんな素敵な映画です。
是非、しみじみとお楽しみください。
映画『プアン/友だちと呼ばせて』
21年/タイ/129分/配給:ギャガ
監督・共同脚本:バズ・プーンピリヤ
製作総指揮:ウォン・カーウァイ
出演:トー・タナポップ、アイス・ナッタラット、プローイ・ホーワン、ヌン・シラパン、ヴィオーレット・ウォーティア 、オークベープ・チュティモンほか
『プアン/友達と呼ばせて』公式サイト©2021 Jet Tone Contents Inc.All Rights Reserved.
2022年8月5日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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