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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

“幻の名作”が続々日本初公開の怪!? 60~70年代の伝説の映画が再評価される理由【『WANDA/ワンダ』『マルケータ・ラザロヴァー』『パトニー・スウォープ』】

  • 折田千鶴子

2022.07.16

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50年以上の時を経て日本“初”上陸!

噂では聞いたことはあったけれど…あるいは初めて知って観てビックリ…という“伝説の映画”が、なんと続々と日本に初上陸しています。なぜ今、初公開されるのかという不思議より、なぜ公開されて来なかったのか、なぜこれまで忘れ去られていたのか、という方が不思議かもしれません。

今、こうして公開にこぎつけた裏には、世界の映画人たちの愛や力によって救い出され、再び日の目を見ることになった、というのが大きな流れのようです。そんな“幻の名作”たちが偶然にも集結した今、この貴重な機会を逃す手はありません!

『WANDA/ワンダ』『マルケータ・ラザロヴァー』『パトニー・スウォープ』

その3作とは――。

既に公開中の『WANDA/ワンダ』(1970年)は、“エリア・カザンの妻”という呼称に甘んじてきた女優のバーバラ・ローデンが、監督・脚本・主演した作品です。70年代のアメリカ・インディペンデント映画の道筋を切り拓いた作品として、今、世界中の映画人たちに改めて非常に高く再評価されています。エリア・カザン:『波止場』『エデンの東』などを代表作に持つ巨匠

こちらも公開中の『マルケータ・ラザロヴァー』(1967年)は、98年にチェコの映画批評家/ジャーナリストによって、“チェコ史上最高の映画”に改めて選出されたそうです。魔術的かつ地獄のようでもある世界観に、引き込まれずにいられません。

そして『パトニー・スウォープ』(1969年)は、なんと“アイアンマン”ことロバート・ダウニーJr.のお父さん、ロバート・ダウニー監督の作品。ファンキーでグルーヴィー! 鋭い風刺、物語の自由な広がりに驚嘆必至です。

“伝説”と言われるだけある、強烈な3作品の魅力に迫ります。

M・デュラス、I・ユペール、J・カサヴェテスらが絶賛。忘れられた小さな傑作『WANDA/ワンダ』(1970年)

STORY
ペンシルベニア州の寂れた炭鉱町。主婦ワンダ(バーバラ・ローデン)は、自分の場所が見いだせず、家事も子育ても放棄し、遂に夫に離縁されることに。職場からも“仕事ができない”と拒絶され、行き場がなくフラフラ町に繰り出したワンダは、行きずりの男に付いて行くも、途中で置いてきぼりに。やがて薄暗いバーで知り合った男と行動を共にするうち、犯罪の片棒を担ぐことになっている。そして男と逃避行を続けるが――。

カーラーを巻いたまま裁判所に現れ、離婚判決を素直に受け入れ、そのまま家を出ていくワンダは、常にどこか“ぼんやり”。離婚にショックを受けるでもなく、財布をすられてもビールを求めてフラフラ、適当な男についていくワンダに“え、何で!?”と思いながら、だからこそ目が離せません。無知、無学、そして無気力。でもキュートでアンニュイ、相手をする男には困らない。社会の底辺の片隅で、ふらふら彷徨うアラサー女性の道行き、ワンダの姿を、徹底的に削ぎ落した表現で淡々と映し出していく衝撃のロードムービーです。

なんと1970年のヴェネツィア国際映画祭で外国語映画賞を受賞するという快挙を成し遂げ、71年のカンヌ国際映画祭で唯一上映されたアメリカ映画だったというのに、本国アメリカでほぼ黙殺されたというのが、……なるほどなぁ、と思わずにはいられません。確かに誰が見ても、ワンダという女性に共感度は低いはず。でも、「一つ間違えば自分もワンダのようになっていたかもしれない」とローデン自身が語っていたように、生まれ育った環境によっては誰にでも起こりうるかもしれないな、とも思わされるのです。むしろ格差拡大、収入減で夢を見にくい今、現在の方が、身に染みる人が多いような気さえします。

本作が作られたのは、『イージー・ライダー』(69)や『俺たちに明日はない』(67)など、反抗と逃避を描く“アメリカン・ニューシネマ”とほぼ同時期。特にド派手に銀行強盗を繰り返して人々のアンチ・ヒーローになっていく『俺たちに明日はない』とは、『ワンダ』は対を成すと言える気がします。陰と陽のように。しかも、ボニー&クライドも実話なら、ワンダもモデルとなった事件や女性があったそう。ボニー&クライドは人々を熱狂させましたが(映画も実話でも)、夫と子供に未練を示さず自ら堕ちていくワンダのようなヒロイン像は、不可解で理解し難かったのでしょうし、むしろ認めたく(そんな女性いるわけないと断じたい)なかったんだろうな、と思います。

また、それまでエリア・カザンの妻として、女性らしさを全面アピールしてきた女優が、いきなり自身初の脚本・監督・主演作で、こういう映画を作って名声を得たことへの、“なんだよ、おい~!!!”という、どことなく裏切られたような恨めしさもあったのかもしれません。ドキュメンタリースタイルの即興、荒い画質、大胆にそぎ落とした表現にたぎる気迫と自信、その面白さ、つまり才能に。それゆえの、黙殺!?

そんな忘れ去られていた本作を救い出したのは、フランスの大作家、かのマルグリット・デュラスです。“本作を公開するためには、何を差し出してもいい”と褒め称えたデュラスの遺志を継ぐかのように、本作の配給権を買い取ったのは、フランスの大女優イザベル・ユペール。さらにオリジナルのネガ・フィルムが発見され、巨匠マーティン・スコセッシが設立した映画保存運営組織が、「GUCCI」の支援を受けて完全修復しました。その修復版は、『タイタニック』(97)等々と共に、今やアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録されました。芸術を愛する多くの人の思いと救いの手によって、半世紀を経て、その価値が正しく再評価され、こうして日本での初公開にこぎつけたわけです。

本作を配給するクレプスキュール フィルムの代表、宮田生哉さんは、「リバイバル上映や監督特集は(ビジネス的に)手堅いけれど、こんな伝説の作品が公開されていないなんて……。たとえリスクはあっても、ちゃんと一つの作品として紹介したかった」と語ります。社名の“クレプスキュール(黄昏)”という会社名も、劇中ワンダが「もう日が沈む」と言う素敵なシーンに引っ掛けてつけられているそう。まさに本作を配給するために会社を立ち上げたかのような……運命!?

他にもジョン・レノン&オノ・ヨーコ、またソフィア・コッポラなど、本作を支持した(する)アーティストは後を絶ちません。フェミニスト映画の走りのように捉えられることもある本作ですが、ローデン自身によると、「制作したときは意識改革も、ウーマン・リブについても知らなかった」そうです。「本作は女性の解放を描いたものではありません。女性や人々に対する抑圧を描いたもの」だそう。そして「女性であることは、未知の世界へ挑むこと」とも語っています。まさに今、観られるべき必見作!

ある種の気迫ある、思い切りのよい即興映画(ラストシーンが、また何とも後ろ髪を引きます)。ローデンは80年に乳癌で48歳の短い生涯を閉じました。監督デビュー作にして遺作となってしまいましたが、50年以上を経て遂に『WANDA/ワンダ』が日本で初公開される、それを是非一緒に祝福しませんか!?

『WANDA/ワンダ』

1970年/103分/アメリカ/原題:Wanda/配給:クレプスキュールフィルム

監督・脚本:バーバラ・ローデン 撮影・編集:ニコラス T・プロフェレス 照明・音響:ラース・ヘドマン 制作協力:エリア・カザン

出演:バーバラ・ローデン、マイケル・ヒギンズ、ドロシー・シュペネス、ピーター・シュペネス、ジェローム・ティアー

公式サイト:https://wanda.crepuscule-films.com/

シアター・イメージフォーラムにて公開中、全国順次公開。

よく分からないまま荒々しくグイと物語世界に引き込まれる、魔的な中世的世界観『マルケータ・ラザロヴァー』(1967年)

© 1967 The Czech Film Fund and Národní filmový archiv, Prague

<STORY>

13世紀半ば、動乱のボヘミア王国。ある日、騎士であり残虐な盗賊でもあるロハーチェクの領主コズリークの息子、ミコラーシュとアダムが、伯爵の息子クリスティアンを捕虜として捕えて戻ってくる。王は、クリスティアンの奪還とロハーチェクの討伐を試みて、精鋭部隊を送り込むことに。一方、コズリークらの盗品を横取りして豊かに暮らしているオボジシュティの領主ラザルは、ミコラーシュから同盟を組もうと持ち掛けられるが、断って国王軍につくことに。怒り狂ったミコラーシュは、ラザルの娘で修道女になることを夢見る純真な少女、マルケータを拉致する。マルケータは酷い扱いを受けながらも、いつしかミコラーシュを愛し始める――。

人や地域の名前も長いし(笑)、それぞれの一族や部下など続々と登場して争いを繰り広げるので混乱しかけたりしますが、なぜか魔的な力に吸い寄せられるように、見入らされてしまいます。目にしているのは、地獄絵図か、はたまた崇高な神話か!? モノクロの映像が、時に染みるようにドロドロまとわりつき、時に神々しいまでに美しく輝くのです。

物語の把握としては、ロハーチェクの領主コズリークとその息子たちと、敵対するオボジシュティの領主ラザルと娘マルケータ。彼らの上で国を治める国王の精鋭部隊と伯爵たち。王を頂点とする三角形を思い浮かべれば、割にすんなり理解できてしまいます。チェコでは知らない人がいないという、ヴラジスラフ・ヴァンチュラが31年に出版した同名小説を、チェコ・ヌーヴェルヴァーグの巨匠、フランチシェク・ヴラーチルが映画化した67年の作品です。

67年とは、プラハの春の前年。つまり既に街中では、抗議デモなどが激しさを増していたのではないでしょうか。そんな時に作られたわけですが、極寒の山奥で生活しながら548日間(約1年半)に渡って撮影を決行したそうなので、もしかしたら本作のクルーは、そうした事態を体感していなかったかもしれません。資料によると、「正常化」という厳格な管理体制が敷かれた70年代は、もはや自由に映画制作などは出来なくなってしまったそう。ギリギリ滑り込みで本作は完成し、幸運にも公開されたそうです。

これまで日本で公開されて来なかったのは、単に当時、アメリカ映画以外は数本の英仏伊映画しか輸入・公開されていなかった日本の事情だと思われます。調べると、80年代以降にやっと少しずつ(と言っても年に数本)、その他の国々の作品も公開され始めた状況だったので、本作を知る由はなかったのかもしれません。

そんなわけで55年の時を経て、初・日本公開される異色の傑作! 騎士/盗賊、王や貴族、羊飼い、森、羊や狼、小鳥、近親相関で左腕を切り落とされた男など、色んな符号が宗教世界、人間の原罪や愛と強欲と暴力の表出であるかのよう。シーンシーンの強烈な味わい深さ。セリフの意味深さ。どんどん深読みしたくなっていって、野卑なのに神秘的な中世の世界に捕らえられてしまったような不思議な感覚を覚えます。それがたまらなく刺激的なのです。

なぜ、こんなにも惹かれるのだろう――。勝手に2020年のベスト2に選んだ『異端の鳥』(https://lee.hpplus.jp/column/1855550/)にも通じる世界観で、なるほど、これもチェコ映画でした。崇高さと粗野が混じり合った独特の味わいを放つ作品群。『異端の鳥』が好きだった方は、絶対に必見の破格の作品です!

ちなみに衣装を『アマデウス』でアカデミー賞を受賞したテオドールピック、音楽をヤン・シュヴァンクマイエル作品(←これまた最高に奇天烈で面白い!!)などを手掛けてきたズデニェク・リシュカ。55年の時を経て日本で初劇場公開される、本作の莫大なエネルギーを、試しに全身で浴びてみてください。ちなみに『ワンダ』と同じ劇場(東京)で公開中です。こうなったら梯子で2作連続…もありかも!?

『マルケータ・ラザロヴァー』

1967年/166分/チェコ/原題:Marketa Lazarová/配給:ON VACATION

監督・脚本:フランチシェク・ヴラーチル/原作:ヴラジスラフ・ヴァンチュラ/脚本:フランチシェク・パヴリーチェク/撮影:ベドジフ・バチュカ/美術・衣装:テオドール・ピステック/音楽:ズデニェク・リシュカ

出演:マグダ・ヴァーシャーリオヴァー、ヨゼフ・ケムル、フランチシェク・ヴェレツキー、イヴァン・パルーフ、パヴラ・ポラーシュコヴァー

公式サイト:http://marketalazarovajp.com/

シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開



ピリ辛な皮肉が炸裂する、挑発的で、これまた無性に面白いレトロな映画『パトニー・スウォープ』(1969年)

STORY
1960年代のニューヨーク。名門広告会社の創業者が突然亡くなり、役員会は“自分以外の名”を書く決まりで、新社長の選出を行うことにする。ところが皆が皆、誰も入れないだろうと踏んで唯一の黒人役員パトニー・スウォープに票を投じたことから、スウォープが新社長に選ばれるという予想外の結果に。社長となったスウォープは、会社名を「Truth and Soul」に変更し、白人役員をみな解雇してしまう。そして悪趣味すれすれの過激な広告キャンペーンを仕掛けて、次々とヒット商品を生み出していく。ところが、どんどん拡大してゆく会社は、国家安全保障の脅威として、米大統領ミミオの陰謀に巻き込まれていく――。

この時代に、こんな皮肉や風刺の効いた映画を作ってしまうとは! 昨年(2021年)85歳でこの世を去ったロバート・ダウニー氏が、“カウンターカルチャー時代の風雲児”とか、“アンダーグランド映画の助産師”という異名を持っていたこと自体、恥ずかしながら初めて知りましたが、本作、とんでもなく過激で粋でファンキーな映画です。

白人役員たちがクビにされ、目を白黒させている間に、スウォープは社名を変更、商品をアピールしているのか、けなしているのか分からないような、奇天烈なCMを連発し始めます。ところがそれが大当たり。クライアントが列をなしてスウォープにCM製作を依頼すると、彼は値を吊り上げ、袋に入れた現金を受け取ります。それを社員がバケツリレーをしながら、地下の巨大なガラスボックスまで運んで投げ入れていく様子に、大笑いです! すべてが本気なのか冗談なのか分からないようなシーンばかり。誰を、何を、どの角度からディスっていくのか、矢継ぎ早に皮肉や風刺が飛んでくるので、一瞬たりとも気が抜けません。

また面白いのは、物語はモノクローム映像で進行していくのですが、スウォープが作るCMになると、鮮やかなカラー映像になるという仕掛け。内容自体もぶっ飛んでいますが、目にも刺激的で面白いのです。その時代を感じさせる映像が、なんともレトロでオシャレ!

いまだ性別や人種や肌の色によって所得格差が残っていますが、この作品の発想となった一つに、監督自身が、自分と同じ仕事をしている黒人スタッフが自分よりはるかに低い額しか支払われていないことを知り、“おかしい、変だ”と感じた実体験があるそうです。その時の上司の言葉が、そのまま映画に使われているので、是非、確かめてください。そんな状況をこの時代に、逆手にとって風刺をこめて映画にするとは、これぞアートの力を信じた、真のアーティスト! 監督の、先進的な感性・感覚に驚かされます。ところが権威や富を持つ者、立場が変われば、人種に関係なく腐敗は生まれてくるとは、なんともやるせない! 人間の性(さが)や業、ナンセンスなCM世界、白人社会や資本主義、政治等々、大統領にまでに皮肉をバシバシ叩き付けていきます。そして最後のオチは、煙に巻かれたよう……。是非、本編をご覧ください!

過激な内容なだけに、上映となると尻込みする館主が多かったのも事実だそうです。それを、「わけがわからなかったけど、めちゃくちゃ面白かった!」と、チェーン展開していた映画館主が配給してくれることに。加えてジェーン・フォンダがテレビで、同時期公開の映画を引き合いに出し、「『イージー・ライダー』もスゴイけど、もう一本観るべき映画があるわ」と、本作を“絶対に観るべき映画だ”と発言してくれたことで、予想外に興行的にも上手くいったそうです。それもステキな話ですよね。

そして今、本作が50年の時を経て再注目されたきっかけは2016年に、前述した『WANDA/ワンダ』が辿った運命と同様に、アメリカ国立フィルム永久保存登録に選出されたことによるようです。ここでもまたマーティン・スコセッシが設立したフィルム・ファンデーションらが中心となり、2019年にデジタル復元されたそうです。

本作に多大なる影響を受けたポール・トーマス・アンダーソンは、自身の『ブギー・ナイツ』(97)に監督を俳優として起用した他、バック・スウォープというキャラクターを創り出し、オマージュを捧げているそう。そっちも観直さなければ。そうして再注目された本作は、もうすぐ日本初公開に! 監督の先見的な感性や毒をまぶした笑いを大いに楽しんで、委縮している表現の自由を取り戻し、凝り固まった状況を吹き飛ばすエネルギーをたっぷり浴びませんか!?

「パトニー・スウォープ」-デジタル・レストア・バージョン-

1969年/アメリカ映画/85分/原題:Putney Swope/配給:RIPPLE V

監督:ロバート・ダウニー

主演:アーノルド・ジョンソン

公式サイト:https://putneyswope.jp

7月22日(金)より渋谷ホワイトシネクイントにて公開、順次全国公開

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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