私は親友の何を知っていたのだろう?『やがて海へと届く』が描く、突然の喪失に直面するヒロインの彷徨と再生【岸井ゆきのさん×中川龍太郎監督 対談】
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折田千鶴子
2022.03.29 更新日:2022.03.29
岸井ゆきのさん、浜辺美波さんが親友に
『愛がなんだ』の公開時もLEEwebに登場してくれた、岸井ゆきのさんが再登場!
コミカルからシリアスまで、どんな世界にもピタリとハマってしまう演技力は、多くの監督から厚い信頼を寄せられています。そんな岸井さんが『やがて海へと届く』で演じるのは、突然いなくなった親友を思い続ける主人公の真奈。親友のすみれを演じるのは、若手人気女優の浜辺美波さん。
監督は、『四月の永い夢』『わたしは光をにぎっている』をはじめ、既に世界で高く評価されている中川龍太郎さん。高校時代より詩人としても活躍し、大学在学時に映画を撮り始めた、ポエティックな感度の鋭さで注目される若き才人です。
──引っ込み思案の真奈と、自由奔放なすみれ。2人は対照的な性格ですが、演じる岸井ゆきのさんと浜辺美波さん自身の、人というか役者としてというか、質感の違いが生きていますよね。2人のキャスティングの決め手、どんなバランスを見たのかなど教えてください。
中川「まずは岸井さんにオファーさせていただき、岸井さん演じる真奈から周りを決めていきました。すみれ役にはどんな女優がいいか――。同じ人なんて当然いませんが、岸井さんとは全然違うタイプの人がいいね、という話から浜辺さんがいいな、と。違う資質というか、違う世界に属しているようであり、誤解を恐れずに言えば、普通に生活している中では互いにあまり交わらなさそう、という感じ。真奈とすみれは、そうあるべきだし、そうでないとウェットなものになってしまう、と思いました。だって2人は、“憧れ”で繋がっているわけで、“共感”で繋がっているわけではないので。もちろん現場でご一緒しても、お2人の資質の違いが、僕にはとても魅力的に見えました」
岸井「確かに色々とお話をしてみて、私と美波ちゃんは、ものの選び方から生活の仕方まで、全く違うのが面白かったです。私はあまり変化を好まず、例えば洋服やモノも同じものをずっと使い続けるし、友人関係も変わらないし、美容院や整体もずっと同じところに通い続けていて」
中川「僕もそのタイプだな」
岸井「でも美波ちゃんは、新しいものに手を出すことを怖がらない。ファッションもジャンルにこだわらず気分で変えられるけれど、私はそういうことが出来ない。私はヨーロッパ・ヴィンテージが好きで、特に東西ドイツに分かれていた頃のドイツの古着が好きなんです。50年以上前から存在していた古着を、さらにそこから私が何年も大事に着続けるという(笑)。2人で本当に違うね、と話しました。でもだから、いいなぁって思いましたし、自分と違うからこそ惹かれ合う、という感覚がとても分かりました」
中川「それは面白い。真奈とすみれにも重なっていく部分だね」
『やがて海へと届く』ってこんな映画
大学のサークルの新歓コンパで、引っ込み思案の真奈(岸井ゆきの)と、自由奔放なすみれ(浜辺美波)は出会う。意気投合し、いつしか親友として一緒に旅をしたり、同居をしたり。やがて社会人となり、少しずつ会う機会は減っていくが、互いに大事な存在であり続けていた。そんなある日、一人旅に出たすみれが、そのまま行方知れずになってしまう。それから5年、すみれの不在を受け入れられずにいた真奈は、すみれが消えた東北へ向かう――。彩瀬まるの同名小説の映画化。
──真奈は、あまりセリフが多くない役だと思いますが、台詞で表現せずに見せる、感じさせるというのは、また一つの挑戦だったのでは?
岸井「取材で最近よく指摘されるのですが、言われて初めて気づいた感じなんです。まったくそんな風に思っていなかったので、そうなのか、と(笑)。多分、普段の私があまりお喋りじゃないから、台詞が少ないと感じなかったのかもしれないですが」
──こうしてお話していても、笑い上戸で明るいので意外ですが、あまり喋らない?
岸井「私は人に相談したり、誰かに気持ちを吐露したりすることがなくて。悩んでいても、自分の中で正解を出してからでないと、人には言えない。後になってから“こういうことがあったんだよね”と話すタイプなんです。気持ちを抱え込むのが得意で(笑)。だから真奈に対しても、むしろ“そうそう、こういう時って上手く言えないよね。分かる!”という感覚でした。杉野遥亮君が演じた(すみれの恋人だった)遠野に対して、自分の意見とは違うと思った瞬間、真奈が上手く説明できずに当たってしまうのも、分かるな、と。だから難しく考えずに居られた現場でした」
1992年2月11日生まれ、神奈川県出身。2009年に女優デビュー。映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』(17)で映画初主演。近年の代表作に、映画『愛がなんだ』(19)、『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』(21)、ドラマ「#家族募集します」(21)、「恋せぬふたり」(22)ほか。
──監督自身は、台詞を抑え目にしたという意識はありませんでした?
中川「逆に今、そういう印象を持たれたことに驚きました。というのも脚本を書きながら、むしろ喋り過ぎかな、説明し過ぎかな、と思っていたくらいなんです。現場で削っていった方がいいかな、と考えていて。もちろんそれが可能なのも、岸井さんが台詞に頼らずとも表現できる役者さんだからです。岸井さんがご自分の感情をあまり人に言わないと聞いて、なるほど、と思いました。真奈もまた、ストレートに自分の感情を伝えるタイプではありません」
何ともいえない表情を映す
──やっぱり観ていて、岸井さんが“何かいい”んです。ふっと自分の気持ちが乗っかるというか、乗れるというか。演出しながら“さすが岸井ゆきの!”と思ったシーンは?
中川「どのシーンでも素晴らしかったですが、そんな中でも一番感動したのを挙げるなら、2つ。真奈の部屋でペディキュアを塗りながら、すみれが“真奈はこういう人だよ”みたいなことを言ったのに対して、ピンときているのかどうか分からないような曖昧な表情をするんです。あれはスゴイと改めて思いました。どっちなのか分からない表情って、難しいですよね。そういう、一方向だけではない感情の表現が節々であって、その度にすごいと思いました」
中川「もう一つは映画自体の最後のカットで、カメラに向かって話しかける表情です。ミディアムショットからワンサイズ寄って真奈の表情に近づいているのですが、あの表情の“何とも言えなさ”に胸打たれました。実はあのカットは本来、最後ではなかったのですが、編集をしながら観た瞬間、“最後はこのシーンだ!”と感じました。岸井さんの素晴らしさを実感しました」
──それでいうと、寝ている真奈をすみれがカメラで撮っている、あの瞬間のすみれの表情も、どういう気持ちでその表情をしているのか分からず、目が逸らせませんでした。
中川「確かに、あの表情もすごくいいですね。とはいえ僕は何も指示をしていないので、岸井さんと浜辺さんがスゴイ、ってことしか言えなくて(笑)。撮影しながらも、スゴイな、これ…どういう感情でこの表情をしているんだろう?って思ったくらいですから(笑)」
岸井「はははは(笑)!」
中川「あれ、俺って演出していることになるのかな(笑)」
1990年1月29日、神奈川県出身。高校在学中に詩集を出版し、詩人として活動。慶應義塾大学在学中に映画制作を開始。監督作に『愛の小さな歴史』(15)、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(16)、モスクワ国際映画祭国際映画批評家連盟賞・ロシア映画批評家連盟特別表彰W受賞の『四月の永い夢』(18)、『わたしは光をにぎっている』(19)、東京フィルメックス観客賞の『静かな雨』(20)など。
──原作では、真奈とすみれの関係性が“単なる女友達”という感触ですが、映画ではもう少し微妙なニュアンスが入り込んでいます。単なる“好き”だけではない、もう少しセクシャルな意味合いも含まれるような。
中川「それはよく言われます」
岸井「真奈としての感覚で言うと、普通の仲良しな友人とは違う、特別で尊い唯一無二の友人であり、逆に言うと性別がないというか、どっちでもいいというか。とにかく宝物のような存在ですね。その人が居ないとバランスが取れない、そんな友人なんだと思いました」
中川「相手がいないとバランスが取れないということは、とても重要です。僕は本作をファンタジーだと思っていますが、“真奈とすみれは2人で一つ”と捉えることも出来る。子供の頃は誰の心にも居るようなイマジナリー・フレンドみたいな。そもそもが架空の友人とも捉えられるわけです。だから性的なニュアンスがあるかどうかはあまり本質的ではなく、自分の心の欠けている部分を補ってくれる誰かである、ということだと思っています。そういう意味では、パートナー的なニュアンスもあるかもしれないですよね。ただ撮影時は、あまり意識せずに撮っていきました。さっきの“何とも言えないような表情”に行きつくためには、僕と岸井さんと浜辺さんの中で関係性を決めつけない方が良いと思っていました」
──自分にとっての親友について、少しだけ教えてください。少なからず、その親友が居なくなったら……と考えさせられますよね。
岸井「親友は一人いますが、彼女がいない状態なんて、絶対あり得ない! それこそバランスが取れなくなります。よく連絡は取り合いますが、会うのは大切な折くらい。でも、会わなくても存在の大きさは変わらない。会える時は3、4時間、散歩しながら話をする感じです。こんなに長く付き合っているのに、まだまだ話すことがあって、新しい発見もあって。どんどん関係も深まっていく。彼女とは、水深が深くなっていく感じですね」
中川「どんどん好きになっていくのが親友って定義、いいですね。真奈とすみれに近い気がします。僕にも親友はいました。彼のことをどんどん好きになったし、彼を模倣したいとも思っていましたが死んでしまって、どうしようもなく辛くなりました。彼の存在がこの物語の根幹だといえます」
親友を探しに一路、東北へ
──5年経ってもすみれの不在を受け入れられない真奈は、すみれが消息を断った東北へと向かいます。東北のシーンでは、震災を経験した方々の「語り」という形で、突如ドキュメンタリー的な瞬間が流れ込みます。それは脚本段階から想定していましたか?
中川「いえ、撮影の2週間前、いざ決定稿を製本する直前、いきなり入れたものです。突然、僕がそんなことを言い出したので、いろんな人に迷惑をかけてしまいました」
岸井「確かに、ほぼこれが決定稿と渡されたものと、製本されて来たものが全然違ってビックリしました(笑)」
中川「ですよね(笑)。申し訳ないとは思いつつ……。東北へは何度もロケハン(撮影地を決める)で行っていたし、友人もいたので映画に関係なく行ったりもしていました。足を運ぶ中で実際に被災された方のお話は物語に必要だと思いました。原作では、原作者の彩瀬さんが被災体験があったからこそ、真奈は東北に行かず、すみれの立場として“被災”を描かれています。でも直接被災したわけではない僕のような人間が作るのなら、やっぱりそこもちゃんと描くべきだと思いました。 “ちゃんと描く”とはどういうことか色々考えていく中で、実際に被災された方たちの言葉が、震災から10年経って作られる映画に記録され、映画として物語と交わることが必要なのではないか、と思ったんです」
──被災された方々が「語る」ことで癒されていき、対して真奈がそれを「聞く」ことで、すみれの不在を理解し、癒されていく。「語り」と「聞く」ことの力を感じるシーンは、とても力強かったです。
岸井「東北であの話を聞いているシーンは、やはりドキュメンタリーのような感じで、真奈なのか自分なのか分からない瞬間も入っています。役としてというより、実際に語り部の方のお話を聞いて、この時代を生きている人間として本当のことを知るということを、あの瞬間に実感しました。と言っても、言葉による(それによって生まれた)想像でしかないのですが、それまで見ていたニュース画像とは全く違う、“個の感情”を強烈に感じました。ただ、語り伝えることでも、やっぱり癒えることはないな、と思いました……きっと忘れられないですし。でもそれによって折り合いをつけていくのかな、と。だから私は、その言葉を真摯に受け止めたいと思いました」
──その東北で、長い壁を真奈が触りながら歩いていくシーンも脳裏に残ります。
中川「とにかく長い(距離の)あの壁自体を、どうしても描きたかったんです。脚本を書く前にあの場に行って、ある種の違和感を胸に抱きました。海を塗り潰すような壁を作ることが解決策になるのか。壁ではなく、人がそこで生きてきた記憶として残すために、歌や物語、映画や芸術という形にならないもので表現することで、永遠の命を獲得していくということを、もう何万年もかけて人間は身に着けて来たはずなのに、コンクリートで壁を作るというのは…どんなに高い壁を作っても自然の前では無力だったから原発事故があったのに。真奈も壁に行った時に、すみれが死んだ場所であるにもかかわらず、“此処にすみれはいない”と言うわけです。あの台詞もまた製本の直前に書き加えた気がします」
──そういえば、資料にも現場でセリフをよく変える、とありましたね(笑)。
中川「あれ、今回は他にあったかな」
岸井「普通にありましたよ(笑)! 削ったのもありましたし、再撮したシーンもありました。前日にセリフが改訂され、さらに現場でも変わっていく、みたいな(笑)」
中川「そもそもラストシーンのカメラに向かって語り掛けるセリフに関してもね(笑)」
岸井「そうなんですよ!! 台本に“何を話すんだろうか?”って書いてあったんですよ(笑)!」
中川「ははは(笑)!! 迷っていたんですよね。岸井さんは感受性がすごく鋭いだろうから、その中で感じたことを言ってもらおうかな、とか、それを見てまた考えてみようかな、とか(笑)。監督って色んなタイプがいますが、あまり決めたくない人と、ちゃんと決めてから撮りたい人がいて。僕は決めないでやりたいタイプなんだと思います。決めるのが怖いから逃げているだけですが(笑)、判断をギリギリまで遅らせたいんですよね」
岸井「でも、“何を言うんだろう”って考えたり、不安になったりしていた時間があって良かったとも思いました」
中川「優しいですね(笑)。そういうことを探る時間があったことが、良く作用したのかもしれないですね」
岸井「良かったというのは、完全に後付けですが(笑)」
中川「だよね(笑)!!」
すみれの運命をアニメーションで表現
──原作では、すみれの旅のエピソードが真奈の物語とほぼ同じ分量で、並行して描かれています。その、ほの暗い幻想世界を彷徨うファンタジーを省き、すべてアニメーションで表現されたことに驚きました。詩人である監督が、あの幻想的な世界観を自身で手掛けたくないわけないだろうと思いましたが、どのように託されたのですか?
中川「すみれの人生と旅をどう描いてほしいのか、まず僕が詩を書きました。単に物語の筋みたいなものを渡して、お願いしますというのではなく、抽象的なものも含めた言葉を通して世界観を掴んでほしいと、アニメーションを作ってくださった久保さんと米谷さんにお願いしました」
──そのアニメーションを含めての、完成した映画を観た感想を教えてください。
岸井「実はアニメ部分は、脚本が製本されるかなり前に見せてもらっていたんです」
中川「作るのに時間が掛かるので、アニメ部分から先に作っていったんです」
岸井「ただ後半のアニメは観ていなかったので、全く想像していませんでした。震災はそれだけでもう圧倒されてしまう出来事ですが、前後半のアニメがあることによって、そこから個人を考えることへ手を貸してくれるような……。そしてラストシーンに繋がる橋渡しをしてくれて、心にストンと入り込んできたと感じました。ただ、映画のラストシーンが変わっていたのには、ビックリしましたが(笑)」
中川「だいぶ変わっていますよね(笑)」
岸井「でも、それを初号試写で見て、うわ、映画だなってすごく思いました。台本を読んで分かったつもりになっていたけれど、完成版を観て自分でも驚くようなものになっていたという体験は、なかなか出来ないので、すごい楽しかったです!」
終盤、すみれが使っていたカメラを覗いていた真奈の前に……という白昼夢のようなシーンの、真奈の表情にやられまくりました!! 大切な人(ペットという家族でも)を喪ったことがある人は、真奈の“どうしようもない納得の出来なさ”が自分のことのように感じられて、きっと涙がズブズブですよ!!
忘れたくないし、忘れられるわけなんてないけれど、それでも折り合いをつけて前に進んでいく――。悲しいような愛しいような、痛みと優しさが同時に差し込んできて、でも揺れていた心が凪いでいくような感覚でもあって。あの時代の親友同士にしか生まれないような、とっても親密で不可侵の関係みたいなものにもグッと来てしまいました。中川監督らしい“映像詩”、何かが宿った空気や映像美を、是非スクリーンで味わってください。水彩画のような淡く柔らかなアニメーションもステキです!!
映画『やがて海へと届く』
【4月1日(金)より全国ロードショー】
2022年/日本/126分/配給:ビターズ・エンド
監督:中川龍太郎
出演:岸井ゆきの、浜辺美波、杉野遥亮、中崎敏、鶴田真由、中嶋智子、新谷ゆづみ、光石研
『やがて海へと届く』公式サイト撮影/菅原有紀子
岸井ゆきの:ヘアメイク 秋鹿裕子、スタイリスト 森上摂子
ヴィンテージワンピース¥39,800(ロングビーチ表参道)
問合せ先:ロングビーチ表参道(03-3405-0489)
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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