実際にお会いすると……お茶目な仔猫ちゃん!!
岸井ゆきのさんと言えば最近も、朝の連続テレビ小説「まんぷく」で、ドラマ序盤で演じたタカちゃん、14歳が“まんま中学生にしか見えない!!”と、その驚異の演技力が騒がれたばかりなので、注目されている方もとても多いと思います。何かに出演されるたび、ネットで“上手すぎてヤバい”と話題になる岸井さんですが、これまた岸井さんにしか出せない“い~味”を出しているのが、究極の片思い映画『愛がなんだ』です。
この映画、LEE本誌4月号でもご紹介したほどのお気に入り映画で、たまらなく磁力のある素っ晴らしい作品なんです!!
LEEの読者の間でも人気の、作家・角田光代さんの同名小説を映画化した本作。岸井さんは、成田凌さん演じるマモちゃんのことが好きで好きでたまらない、めちゃくちゃ片思いしている28歳のOLテルコを演じています。
こんなに好きになっちゃったら仕方ないけど……でも、イタいよテルちゃ~ん、と、思わず観ながらツッコミを入れたくて仕方がなくなるほど、突っ走るテルちゃん。でも、そんな姿って、どこか身に覚えがあるんですよね、自分でも。相手から“重い”と思われたくなくて、さりげなさを装ったりしたことが自分にもあったような気がするなぁ……みたいな。
自分のことのように感じてイタがってしまうほど、やっぱりヤバいくらいに上手いんです、岸井さん。さてご本人は……私が勝手に抱いていたイメージ通り、いえ実際にはそれをはるかに上回って、仔猫ちゃんみたいに可愛らしい方でした!!
“テルコが羨ましい”ですって!?
――脚本開発の段階で、テルコがイタく見え過ぎないように監督やプロデューサーが苦心されたそうですが、岸井さんはテルコという女性に対して、最初に何を思いましたか?
「私はイタいとか、全く感じなかったんです。最初に角田さんの原作を読んだ時、“あ、テルコと私とは違うな”と思っただけで。こんな風にすべてを振り切って、好きな人に向かって行くことは、私には絶対にできないな、と」
「でも演じているうちに、段々テルコの気持ちが分かって来たというか、すべてを捨てて好きな人に向かっていける熱量が、羨ましくなってきて。私は仕事が好きだし、趣味もあるし、大切な友達もいて、そういうものすべて捨てられないけど、でも、まだそんな人に出会っていないだけなのかもしれないって」
――なんと撮影初日が、物語の最初の部分をなす、友達の結婚式の二次会でマモルと出会う場面を撮ったのだそうですね。まさに、マモちゃんに初対面で恋に落ちる瞬間を体感できたわけですね。
「なかなかファーストカットを、最初に撮れるなんてないので有難かったです。成田さんとは、ほぼ初対面の状態だった上に、お互いにテルコとマモルになり立てだったので、リアルな初対面の人間同士のぎこちなさが、そのままリンクしていい感じになったと思いました」
「でも、テルコがそこでマモちゃんに恋に落ちたかというと、ちょっと違う気がするんです。パーティに馴染めない者同士の、すごく楽しい出会いが、結果的にそういう風になったというか、自然と好きになっていったという方がしっくりくる。抱いた親近感が、少しずつ“好き”に変化していった感じ。“恋”という言葉は、私の中ではどこか少し温度差があるというか、違和感があるんです」
イライラするほど一直線のテルコ
――映画序盤でも、テルコは既に家に帰っているのに“まだ会社”と嘘をついてホイホイ会いに行っちゃったり、仕事がヤバいことになっているのにルンルン土鍋を買っていっちゃったり。“その行動あかんやろ!!”と言いたくなるような言動が、とにかく多いですよね。
「そうですね。“ちょうど仕事、終わったとこ~”とか言って(笑)。マモちゃんに、いい、と言われているのにビールを買いに行くシーンは、私がテルコにイライラした唯一のシーンでした。何度も“いい”と言われているのに、“いいよ、いいよ、ついでだから~”と。何で買いに行っちゃうの……、とテルコに対して思いながら演じていました(笑)」
「テルコが行っちゃった後のマモルのカットを、完成した映画を初めて観た時、“うわぁ、こんな顔していたんだ、マモちゃん”と思いました。すごく切なそうな、寂しそうにも見える、まるで子犬みたいな顔で。“もし、あの時、買いに行かなかったら……”なんて考えたり。そういうのも含め、すごく面白いな、と思いながら観ていました」
――映画『森山中教習所』でも、ものすごい片思いをする役を演じていましたよね。相手は違う方を向いているのに、待って待って待ちまくる、という。
「そうでしたね。あれはもう、何杯、カツ丼を食べたのかって思い出が……(笑)。片思いって色んな感情を秘めているので、やっぱり演じるのが面白いです。特に今回のテルコは、型にハマっていないところが面白くて。思うがまま、たとえ望んだ答えや返事が返ってこなかったとしても、自分が思うがまま動く。そんな人、あまりいないというか、演じられないので、テルコという役は、すごく面白かったですね」
“ううっ……”となるほど切なくて
――テルコを演じていて、最も切なかったシーンは!?
「2ヵ所あって。一つは私が劇中でラップをするのですが、そのシーンの前に、マモちゃんが好きらしい年上の女性・すみれさんと一緒にご飯を食べていて、途中ですみれさんがどこかへ行ってしまって、テルコはマモルと一緒に店を出るんです。そして別れ際、マモルから言われたある台詞で、もう、すごく“ううっ~”っとなりました。切ないというか、言葉は武器だな、と思って」
「もう一つは、マモちゃんがうどんを作ってくれるシーン。マモちゃんとのやり取りの中で、すごく感情的になりそうだったのですが、監督と相談して、少し気持ちを抑えたんです……テルコと一緒にすごく悲しくなりました」
街で感情を爆発させた長回しのラップシーン
――先ほど話に出た“ラップシーン”ですが、ずっと普通に街を歩きながら言葉を吐き出し続けます。撮影は、相当、大変だったのでは?
「しかもあの長いシーンを1カットで撮っているので、すごく大変でした。マモちゃんと別れて、歩いてラップをし始めて、夢の中のもう一人の自分に合うところまでを1カットで撮っているんです。本当に大変な撮影でした」
「しかも撮影時、ワールドカップの期間中で、街が騒がしくて、他の音が入るといけないから今しかないとか、車通り、人通り、照明の移動等々をクリアしながら1カットで撮るという…ものすごい緊張感がありました(笑)」
――しかも、そのラップにテルコの感情を乗せるというか、ぶちまけるシーンでもありますよね。
「だからこそ、その直前にあのシーンの気持ちがあって良かった、とも思いました。もう周りに人がいるとか、そういうことをテルコは考えられる状態ではなくなっていたので。素直に傷ついて、純度の高いその気持ちでぶつけたからこそ、撮れたシーンでもありました」
好きと相手を思い遣るのは違う
――テルコとマモちゃん、マモちゃんとすみれさん、そしてテルコの親友の葉子と、葉子が顎で使っている男子ナカハラ。3組の力関係や恋の力学――好きになった方が立場が弱い、という関係がたまらなく面白いです。
「ナカハラに対してテルコは仲間意識があるような気がします。結局、どの登場人物も、みんな自分の周りばかり見ているんですよね。テルコも、自分が好きだからという気持ちだけで、色んなことを相手のためにとやってあげるけれど、マモちゃんの気持ちを考えているわけじゃない。好きというのと、相手を思い遣るというのは違うんだな、とも思いました」
――恋をすると、人間、やっぱり身勝手になりますよね。感情に振り回されて。そこが面白いのですが……。
「自分がテルコだった、という人も結構多いと思うんです。テルコは、ぶちのめされてもへこたれないし、本当に強い。その姿に、勇気をもらえる人ってすごく多いと思うんです。これは恋愛の話ですが、それ以外の関係性でも、人ってすれ違いもあれば、より理解し合えることもある。こういうこと、あるよな、と思えることが詰まった2時間なので、とにかく皆さんに観ていただきたいです!」
相変わらず超売れっ子・成田凌さんが演じるマモちゃんの、身勝手だけど憎めなさ、一度好きになったらなかなか嫌いになれない魅力。そんなマモちゃんでさえ、自分と違うタイプのすみれさんに憧れ、好きになって振り回される情けない姿も、これまたイタくてたまらないのです。成田さんも、すごくいい味!
葉子を演じる深川麻衣さん、ナカハラを演じる若葉竜也さん、すみれを演じる江口のりこさん、みなさん素晴らしく“どうしようもない人間のダメな魅力”を放っていて目が離せません。
“愛がなんだ!!”と、そっと呟くなり、大声で叫ぶなりしたくなるような、衝動を抱かせるたまらなく面白い映画『愛がなんだ』。ぜひ、劇場でどっぷりハマってください!
折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。