カルチャーナビ : 今月の人・今月の情報
混迷し、争い合う現代社会を考察した著書を、多く出している政治学者の姜さん。最新刊は、過去約10年余りにわたり、国内外の政治、経済、揺れる人々の感情を“現場の目線”から、記録し続けた月刊誌コラムがベース。一冊の本にまとめ上げた今は、こう思っているそう。
センスがいい人とは自分の身体感覚へ素直に向き合える人です
────姜 尚中さん
「ライフスタイル、パートナーシップ……。この約10年で私たちの価値観は変わり、今も渦中にいます。変革の時代をどう生きるか?と考える中で、本著が読み手の心を奮い立たせるきっかけになればと思いますね」
姜さんは1950年生まれ。高度経済成長の中で育ち、バブル経済とその崩壊、低迷の時代を生きてきた。そんな姜さんは、私たち30代・40代をこうとらえているとか。
「人を世代で区切るのは乱暴な話ですが、今の30代~40代はしっかりとした人たちが多い印象ですね。日本が低成長の中で育った、もしくは、好景気の記憶は少しあるけれども、社会に出てからは停滞を肌身に感じてきた方が多いでしょう? 世の中を冷静に見ていると思います。その一方で、昭和の半ばを知る私からすると、驚くほど安全で快適なシステムの中で守られてきた人たちでもあって。私が学生の頃は、夏の暑さ対策に扇風機を使える人すらひと握りで。あれはセレブの持ち物だったんです(笑)。私みたいな庶民は氷を食べる、冷たい飲み物を飲むなど、暮らしの知恵を駆使して、住環境や季節の厳しさをしのいで生きてきたんですね」
堅実な一方、ある種の豊かさも享受してきた30代・40代へは「また次の時代と向き合う覚悟を」とも。
「今、全世界的にモノの値段が上がり続けるインフレが起こっています。ところが物価に対し、賃金は上がらない。これから先は、停滞×物価上昇のスタグフレーション経済の中を生きる可能性が高い。経済拡大を目指して生きてきた私の世代もそうですが、これは皆さんにとっても、初めての経験になると思うのです」
これからの日々を快適に生きるには、さらなる思考転換が必要とか。
「貨幣中心の考えから離れて、市場とかかわらなくても、必要なものが手に入る環境を作ること。ベランダを使い、自分で野菜を育てるのもいいですよね。それと同時に、本当にいるものとそうでないものを見極める力も、今まで以上に必要になると思います。私自身、この10年の間に、妻とともに住まいを郊外に移しました。私は大変な食いしん坊で、都会にいた頃はおいしいものをより多く食べたいと考えていたんですが(笑)、今は量よりも質を重視した食生活に。その結果、毎回の食事が楽しみになり、体も思考もすっきりしました。
身の回りの多くがIT化され、ゼロかイチかで解決を求められることが加速する世の中で、最後に人間らしさを食い止めるものとは何でしょうか。私は、身体感覚だと思います。そしてセンスがいいとは、おしゃれだけの話ではなく、己の身体感覚に素直な人を指すようになるかもしれませんね。体の感性を磨くには書物に親しむのも大事です。今やネットの情報を避けるのは難しいですが、まとまった文字を読み、日常の速度とはまた別の、長い時間感覚を持つようにする。すると現実の物事を深く考えたり、逆に『これは違うかも』など敏感な感性が養われます。身体の感覚を呼び戻す一助として、私の本も役立ててくれたらうれしいですね」
かん・さんじゅん●1950年、熊本県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。現在は東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長・鎮西学院学院長・鎮西学院大学学長。専攻は政治学・政治思想史。著書にミリオンセラーの『悩む力』、小説『母―オモニ―』など。
公式サイト:kangsangjung.net
『それでも生きていく』
東日本大震災前の2010年からコロナ禍中の2021年まで、私たちの身の回りの出来事をリアルタイムで記録し続けた、月刊誌連載を軸に、世界情勢、人間の知性、ジェンダーなどを考察。多方向の切り口から語られる内容に、「長い時間をかけて、自分が生きる世の中について考える」「簡単に結論を急がない」ことの大切さを教えてくれるエッセイ。(¥1650/集英社)
撮影/露木聡子 取材・文/石井絵里
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