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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

政治、ドーナツ、アートビジネス……2021秋の驚愕ドキュメンタリー映画5選【見逃し厳禁の面白さ!】

  • 折田千鶴子

2021.11.11

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特に今秋、秀作ドキュメンタリーが大挙!!

先月LEE webで監督インタビューし、現在も公開中の『THE MOLE(ザ・モール)』や、ルーマニアの巨大医療汚職事件に立ち向かうジャーナリストと若き政治家を追った『コレクティブ 国家の嘘』など、フィクション映画以上に手に汗握り、心臓がバクバクし、全身が熱くなってしまう見逃し厳禁の面白ドキュメンタリー映画が、今秋は特に大豊作です。

今後も秀作が続々公開されるのでぜひ注目してみてください。良きドキュメンタリー映画って、面白いだけじゃなくて、驚きと役立つ情報が満載なんです!! その豪華ラインナップから、5作品を選んでみました。

大巨匠フレデリック・ワイズマン監督の『ボストン市庁舎』。そしてジェンダーに悩む7歳の少女が自分らしく生きたいと願う姿を捉えた『リトル・ガール』。米カリフォルニア州のドーナツ店の90%以上をカンボジア系アメリカ人が経営している、「え、そうなの⁉」と驚く事実とその理由となる人物に迫る『ドーナツキング』。さらに、13万円だった絵が史上最高額510億円まで吊り上がった仰天の美術ドキュメンタリー『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』。そして『THE MOLE(ザ・モール)』の監督のデビュー作で、奇妙な国家・北朝鮮に入り込んで欺瞞を暴こうとし、北朝鮮を激怒させた『ザ・レッド・チャペル』まで、どれをまず観ようか迷う面白さです。

なぜか不思議と観飽きない『ボストン市庁舎』

© 2020 Puritan Films, LLC ‒ All Rights Reserved

<こんな映画>

アカデミー賞名誉賞に輝くフレデリック・ワイズマン監督は、日本でも話題を呼んだ『パリ・オペラ座のすべて』(09)、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(17)をはじめ、これまで44本ものドキュメンタリー映画を手掛けて来ました。90歳を超えた今も、私たちに何かを気づかせてくれる作品を撮り続けるとは、驚嘆と尊敬……としか言いようがありません。

カメラは、監督が生まれたマサチューセッツ州ボストンの市庁舎に入り込み、何十という部署で働く人々の姿をじっと見つめ続けます。時に職員と共に街に繰り出し、警察、消防、保健衛生、高齢者支援、住宅支援やらその他もろもろ、数えきれない数のサービスを提供している行政の仕事を、じっくり見せてくれるのです。ここでの「お役所仕事」は、退屈どころか、「こんなことまで!」という驚きがいっぱいです。

<ココが面白い!>

なぜこうも惹き付けられるのか――移民のルーツを持つ労働者階級出身のマーティン・ウォルシュ市長(現在はバイデン政権のもとで労働長官を務めています)が、いかに真剣に市民たちの生活を守ろうと、高い志を揺るがずに持ち続け、本気で闘っているのかが、ひしひしと伝わってくるからかもしれません。

多様な人種と文化が共存する大都市ボストンで、全くブレないこの市長だからこそ、職員たちもこんなに情熱的に市民の生活を少しでも向上させようと本気で奮闘しているのだろうと、納得し実感させられます。彼らが住民たちと話し合いを重ね、議論する中で、「こんなアイディアも出るのか!」「こんな真摯に向き合っているのか!」と、各場面で驚きつつ、目がどんどん見開かされていく感覚で、なんだかワクワクしてくるのです。

撮影時はトランプ政権下。職員たちが「オバマケアをトランプが廃止したから、これまでのようには助けられない。でも、だからどうしようか!?」と頭を抱え、白熱した議論を交わす姿に、スゴッ!!と感動してしまうのです。それこそホームレスの人々の命を寒さや飢えから守るために、警察も含めて激論を交わす姿に、もう感動しか覚えない。また、どんな部署のどんな人でも、自分の意見を信じて堂々と述べる姿は、ほとんどの日本人が「すごいなぁ」と溜息を付きそう。

それにしても市長と職員たちの、「ボストンが変れば、その衝撃で分断されてしまった国を変えられる」という信念と気概の凄さ、素晴らしさ! そんな行政の在り方に羨望を覚えると同時に、「やれば出来る!」と希望も抱かせてくれるのです。みんなが、みんなの幸せを共に願えるような町や国になるための、色んなヒントが詰まっています。

先頃、次期市長として全米でも初のアジア系、36歳の台湾系女性ミシェル・ウーさんが当選したのも、実に象徴的ですよね。ウォルシュ市長が退任した後、現在までも初の黒人女性キム・ジェイニー氏が在任されていたことからも、多様性に対する考え方が、既にボストンには根付いているんだな、と思わされます。なんと4時間34分もあるのに、まったく観飽きないことにもビックリ!! まさに政治不信の今こそ観たい、さすがの大巨匠によるドキュメンタリー映画の傑作です!

『ボストン市庁舎』
監督:フレデリック・ワイズマン
2020年/アメリカ/274分/配給:ミモザフィルムズ、ムヴィオラ
公式HP:cityhall-movie.com
11月12日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー

7歳の少女の“願いと苦悩”『リトル・ガール』

© AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020

<こんな映画>

フランス北部のエーヌ県。本作がカメラを向けるのは、出生時に性別を“男性”とされましたが、2歳を過ぎる頃から自分を女の子だと自認する少女サシャ。でもスカートをはいて登校することを学校は認めず、バレエ教室でも男の子の衣装を着せられてしまいます。サシャとその家族は、「自分らしく、自分が望む性別で生きたい」という当たり前の願いを叶えるために、必死で学校や周囲へと働きかけますが、相手が逃げたりシャットアウトしたり、理解者はなかなか現れません。そんな状況に疲弊していたサシャと家族は、ある小児精神科医との出会いで、傷ついた心を少しずつ癒され、自信を持って再び周囲と向き合おうとしていきます――。2020年ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式出品の他、シカゴやモントリオールの他、多数の映画祭で賞を受賞。

<ココが素晴らしい!>

自分の意識や自覚を否定され、押し付けられることの苦しさ。周囲との認識のズレや、悪意がなくとも誤解や色んな発言や色眼鏡に、きっと物心ついた頃から苦しんできただろう、ということは想像に難くありません。まだ7歳にして、多くを語らず、色んな思いを飲み込んで微笑もうとする姿に、胸が締め付けられます。救いは、ママがサシャを守ろうと全力で理解を示し、理解者を増やそうと奔走してくれる、とても強い人(そうあろうと努力する愛情深い人)という点。

ようやく信頼できる精神科医に巡り合い、“どんな嫌な思いをした? 学校で何があった?”という質問にも、答えず静かに首を振り、でも次の瞬間フッと抑えて来た涙が溢れ出すサシャに胸を突かれ、心がガクガク震えてしまいます。“ただ自分らしく生きたいだけなのに……”という、とってもささやかな望みや願いに、社会や学校システムや周囲の人々の無理解と不寛容に、やるせなくなってしまうのです。しかも、勝手に“個性を認める国№1”と思い込んで来た、フランスだから一層ショックを受けてしまいました。

周囲の偏見と闘い、「娘を幸せにしたい、幸せな人生を送らせたい」と奔走する母をはじめ家族たちにも、もし自分が同じ立場だったら、こんな風に闘えるのだろうかと、本当に頭が下がります。いたいけな少女サシャの“なぜ?”と問いかける瞳を、できるだけ多くの人の脳裏に刻印したい。とても繊細にサシャとその家族に寄り添うカメラがスッと観る者を導いてくれる、そして社会を変えるには最も有効な手段である、“強く感情に訴えてくる”一作です。

『リトルガール』

2020年/フランス/85分/配給:サンリスフィルム
監督:セバスチャン・リフシッツ
公式サイト:https://senlisfilms.jp/littlegirl
11月19日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー



全米で“ドーナツ王”となった男の波乱の人生『ドーナツキング』

© 2020- TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

<こんな映画>

アメリカ人のドーナツ好きは誰もが知るだけに、米・カリフォルニア州にあるドーナツ店の90%以上がカンボジア系アメリカ人の経営、と聞いて「なぜ!?」と驚くと思います。そこには、“全米のドーナツ王”と呼ばれた、一人のカンボジア男性の存在がありました。しかも無一文でアメリカにやってきた、カンボジア難民だったというから余計に驚きます。

本作は、そのテッド・ノイ氏の激動の人生を振り返り、ドーナツ店を開くまで、そして成功し、一時は約22億円の資産を築き、91年には(パパ)ブッシュ大統領から表彰までされながら……まさかの転落! 現在に至るまでを、当時のニュース映像や家族や一族の証言を挟みながら映し出していきます。

製作を、監督作『最後の決闘裁判』が現在公開中、『グラディエーター』でオスカー監督となったリドリー・スコットが務めているのも注目です。

<ココがたまらない!>

どんだけジェットコースターなの⁉ と驚くテッド氏の人生ですが、冒頭から度肝を抜かれてしまいます。1975年に首都プノンペンがクメール・ルージュに制圧されて陥落した(その恐ろしさは、アンジェリーナ・ジョリー監督作『最後に父が殺された』や、昨年の12月に公開されたアニメーション映画『FUNAN フナン』など、いまだ語り継がれるほど)のを機に、妻子を連れてアメリカに逃れます。文字通り無一文。

そこから馬車馬のように働き、初めて口にしたドーナツの美味しさに恋をして、数年後には自分の店を開いてしまう胆力がスゴい!! その後チェーン展開するのですが、細かなアイディアや当時の暮らしぶりには、もう手放しで感心するしかありません。しかも一族だけでなく、アメリカに逃れて来たカンボジア難民を“家族”として援助し、仕事を与え、自活の手助けをしていくのです。

アメリカ政府が難民を受け入れ、どんな風に援助してきたかも、当時のファーストレディの演説なども絡めながら、まさに“アメリカンドリーム”が可能だった頃の繁栄を、今、目の当たりにできるのも大きな魅力です。そして巨大な富と名誉を築きながら、その後の転落とはいかに!? それはもう、スクリーンで目撃してください。 “人間ってなぁ~”と嘆息しつつ、つい噴き出し、“これって本当の話なの⁉”と呟かずにいられない、破格の面白さです。

『ドーナツキング』

2020年/アメリカ/99分/配給:ツイン
監督:アリス・グー
公式サイト:http://www.donutking-japan.com/
11月12日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

驚愕のアート・ドキュメンタリー『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』

© 2020- TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

<こんな映画>

NYの美術商が、名も無き競売会社のカタログに掲載された絵を見て、「もしや、これこそが救世主を描いたとされるダ・ヴィンチの“消えた絵”では!?」と閃き、13万円で落札したことから、この“まさかまさかのアート・サスペンス”が始まります。絵は早速ロンドンのナショナル・ギャラリーに持ち込まれ、専門家たちが鑑定を行います。意見は割れましたが、ギャラリーはダ・ヴィンチの作品として展示。すると、“お墨付き”を得たとばかりに、大富豪やらブローカーなど、様々な人間が群がり始めます。ディカプリオら著名人がその絵を鑑賞し、感動して涙を流す姿も“広告塔”のように使われ……。「ダ・ヴィンチの絵ではない」と断言する権威が現れる中、510億円という破格の値で競り落とされるのですが――。

レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の傑作とされる「サルバトール・ムンディ」、通称「男性版モナ・リザ」を巡り、美術界に潜む闇、巨額の取引の実態が暴かれていきます。

<ココに驚愕!>

“13万円の絵画が、いかにして510億円に!?”と聞いただけで興味津々です。それにしても アートビジネスって、本当にけったいなものだなぁ……と思わずにいられません。ダ・ヴィンチの絵なら510億円だけど、弟子や彼の工房が描いたものだったら全く価格が変わるなんて、同じ“絵”なのに、何をもってしての価値なんだろう……と。

そんな思いを抱きながら、オークションでは完全に名前も国も隠されていた“購買者”が気になる! 一体、510億円で手に入れたのは誰!? 何のために!? それが判明する後半も、引き続きサスペンスフル(なことを感じずにいられない)! この人にかかったら、もう何かが起きそう。そんな恐怖にめげず、改めてルーブル美術館が美術に携わる人間の矜持を掛け、鑑定に乗り出すのですが――。その判定は!? 観ている間「ひゃ~!!」という悲鳴のような溜息を何度漏らすか分からない、驚愕の本作を是非お愉しみください!

ダ・ヴィンチは誰に微笑む

2021年/フランス/100分/配給:ギャガ
監督:アントワーヌ・ビトキーヌ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/last-davinci/
11月26日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー

北朝鮮の作られた笑顔を剥ぎ取る『ザ・レッド・チャペル』

© 2009 Zentropa RamBUk All rights reserved 2009

<こんな映画>

監督は『誰がハマーショルドを殺したか』『THE MOLE(ザ・モール)』のマッツ・ブリュガー。本作は、彼のデビュー作です。

ブリュガー監督は、独裁国家・北朝鮮の実態、そして北朝鮮の人々の作られたような笑顔に隠された“素顔”を暴こうと、“異文化交流”と称して舞台公演の許可を取り付けます。そして母国に複雑な感情を抱く韓国系デンマーク人で脳性麻痺を持つヤコブと、シモンという2人のコメディアンと共に北朝鮮に降り立ちます。熱烈な歓迎を受ける一方で、誰かが常に付き添い、行動は完璧に監視されています。監督たちが行おうとする2人のコメディ舞台は、お下品な言葉が頻出するものでしたが、北朝鮮の役人が毎日長時間立ち会う中で、何度も何度も修正を加えられていくのですが――。

<ココにぶっ飛ぶ!>

一行は、 “おちょる”くらいの勢いで北朝鮮に降り立ちます。それに対し、とても丁寧で慇懃な対応、ある意味、神秘とも言いたくなる奇妙な国・北朝鮮の人々の、色んなことに対する“大袈裟な反応”が、とても純粋なようにも見えるし、とっても不自然に感じるくらいの“善人”ぶりにも見え……。どこまでも装っているのか、それはもう生まれたときから恐怖が染みつき、自然にそうなってしまうのか、見れば見るほど分からなくなっていきます。舞台に修正をかける舞台監督なのか役人なのか、笑顔を見せつつ目が全く笑っていない表情も怖くて!

やがて一行は、金日成広場で行われる軍事パレードに参加させられることになってしまうのですが、その軍事パレードの圧倒的な威圧感に、ブリュガー監督もさすがに恐れを抱きます。自分がそれを支持アピールしている風にとられかねない状況から、逃れられなくなっていく展開に、次第に監督自身が恐怖を感じるようになっていくだりに、こちらもハラハラと目が離せません。

『ハマーショルド』や『ザ・モール』ほど洗練されていない語り口や編集は、逆に泥臭いリアルで真っ直ぐな印象であると同時に、ひるまずに計画を遂行しようとする彼らにハラハラしつつ、居心地の悪さも感じさせられて……。それこそ本作で“北朝鮮を出禁”になったという結果に、“だよね”と納得させられる異色作です。

『ザ・レッド・チャペル』
2009年/デンマーク/91分/配給:ツイン
監督:マッツ・ブリュガー
公式サイト:https://theredchapel-movie.com/
11月27日(土)シアター・イメージ・フォーラムほか全国ロードショー

 

実は12月にも続々と面白ドキュメンタリー映画が公開されるので、機会があれば、また是非。「知る」「学ぶ」喜びにあふれ、観た後なんか自分の層が一つ厚くなったような気分にさせてくれるドキュメンタリー映画。是非、お愉しみください。

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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