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アレクサンダー・ロックウェル監督25年ぶりの日本公開『スウィート・シング』。監督の父、主演の娘が一家総出の映画製作を語る「パパ、よくやった!」と絶賛

  • 武田由紀子

2021.10.29

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ジム・ジャームッシュ、ジョン・カサヴェテスらと並んで人気を集める米インディーズ界のカリスマ、アレクサンダー・ロックウェル監督。スティーブ・ブシェミとシーモア・カッセルが出演した『イン・ザ・スープ』(1992年)は、サンダンス映画祭でグランプリを受賞し注目を集めました。その後、『サムバディ・トゥ・ラブ』(94年)、『フォー・ルームス』(95年、オムニバス)が日本で公開されましたが、『Louis&Frank』(98年)『13Moons』(02年)『Little Feet』(13年)など5作品は日本未公開でした。

ロックウェル監督にとって、25年ぶり の日本公開作『スウィート・シング』が10月29日に公開されます。監督の実の子どもラナ・ロックウェルとニコ・ロックウェル、そして妻のカリン・パーソンズをキャスティングし、ニューヨーク大学大学院で教鞭を取るロックウェル監督の生徒らも製作スタッフとして参加しています。

この映画、とにかく美しい映像とフィルム撮影の味わい深い質感を堪能して欲しい作品です。スーパー16mmのフィルムで撮影されたモノクロームの映像が叙情的で、物語をより凝縮された世界に仕上げています。ヴァン・モリソンの名曲“Sweet Thing”にインスピレーションを受けて作られた経緯から、タイトルも曲と同名に。他にも、ビリー・ホリデイや『地獄の逃避行』のテーマソングなど、監督が愛する名曲の数々が使用されています。

今回、アレクサンダー・ロックウェル監督と主演のラナ・ロックウェルにオンラインでインタビューをしました。仲のいい親子関係が伝わるリラックスした雰囲気が印象的で、撮影現場とは異なるプライベートでの親子関係についても明かしてくれました。

左/アレクサンダー・ロックウェル監督●1957年生まれ。代表作『イン・ザ・スープ』(1992年)『13Moons』(02年)などで、米・インディーズ映画界で人気を集める監督の一人。祖父はロシア生まれのアニメーター、アレクサンダー・アレクセイエフ、祖母はアメリカ人アーティストのクレール・パーカー。2人はピンスクリーンアニメの創始者としても有名。ロックウェル監督は10代の終わりに映画を学ぶため、祖父母がいるパリに渡仏、映画制作を始める。2013年に2人の子供を主演にした『Little Feet』を発表し、トロント映画祭やローマ映画祭などで高い評価を受けた。2017年、名門ニューヨーク大学大学院ティッシュ芸術学部映画学科の監督コース長となり、多くのインディーズ映画の後継を育てている。 右/ラナ・ロックウェル●2003年生まれ。アレクサンダー・ロックウェル監督とカリン・パーソンズの娘。2013年『Little Feet』に7歳で主演。ビヨンセの製作会社によるフランシス・ボドモ監督作『Hard Love』にも出演。マンハッタン高校での学業に加え、音楽と演技に夢中の18歳。

ガラス瓶の中のメッセージを読むように味わって欲しい

—ストーリーは15歳のビリーと11歳のニコの姉弟、少年のマリクが、未熟な親から逃避するロードームービーです。どんなメッセージを込めて映画を製作したのでしょうか。

ロックウェル監督:一番に描きたかったのは人間性です。私たちは何かを愛する心だったり、詩人のような一面があったりと、大小さまざまな一面があります。人生にはそれが重要で、子どもたちはそういった豊かな世界を生きています。しかし、大人はデジタルでドライな世界に生きて、対極にある子どもたちにそんな生活を強いてしまっている。コロナ禍やひっ迫した政治状況においては、それがより強くなっていると思います。五感を使って感じたり、自然の中で過ごしたり。登場する3人の子どもたちをそんな環境に置くことで、子ども特有の世界を観客に感じて欲しかったんです。自然に中でゆったりと過ごすこと、五感を使って味わうことを祝福するような映画にしたいと思いました。例えるなら、ガラス瓶の中のメッセージを読むような映画になって欲しかったんです。

—主演のビリー役に娘のラナ・ロックウェル、そして弟ニコ役にニコ・ロックウェル、母親役には奥様のカリン・パーソンズをキャスティングしています。ラナとニコ姉弟は『Little Feet』に続いて2度目の出演となりますが、監督としてラナの演技をどう評価していますか

ロックウェル監督:我が娘ながらすごく才能があると思っていて、あれだけ真実味を持ってキャラクターを演じられるのは素晴らしいと思いました。ああいう演技をする俳優は他にはいないんじゃないかと思うくらい、完璧にやってくれました。今回のように家族と一緒に撮影をするという環境ではない場合でも、ちゃんと演技ができる才能とポテンシャルがあると思いました。

—アルコール中毒の父親、家を出てボーイフレンドと暮らす母親とそのボーイフレンドと、三角関係の中で生きる娘のビリー。シリアスなシーンから複雑な感情を露わにするシーンまで、ビリーがまるで実在する女の子のように素晴らしかったです。演じた感想を教えてください。

ラナ・ロックウェル:これまで父の映画や父の学生の短編映画に出演した経験しかありませんが、やっぱり家族と一緒に撮れたことがいい結果につながったんじゃないかと思います。とても安心して撮影に臨めました。普通ならまず監督との信頼関係を築かないといけませんが、父が監督であることで信頼があるのが大前提で始められたのはよかったです。また母、弟のニコも一緒だったということも安心できました。

撮影現場では父が監督、プライベートでは立場が逆転

—酔った父に髪を切られたビリーを真似て、ニコも自分の髪を切ったり、弟を守るために逃避行の旅に出たりと、姉弟の絆がとても強く描かれていると思いました。実際の姉弟仲はどうなのでしょう、撮影時とふだんで2人に違いはありましたか。

ラナ:ニコも私も自然に演技をするタイプだったので、撮影時もふだんもずっと素の状態でした。「よし、芝居するぞ」とガチガチに意識して演技していたら、何か化学反応が起きたかもしれませんが、いい意味でずっと変わらなかったと思います。

ロックウェル監督:映画を撮ったタイミングが、もう2度と戻れない貴重な時期をキャプチャーしているんです。弟役を演じたニコは、今はラナよりも背が高いんです。撮影時のような「お姉ちゃん、教えて」みたいな見上げるカットは、もう2度と撮れません。父親としても「ねぇ、お父さん」と見上げてくれる時期が2度と帰ってこないと思うと、少しさみしさも感じますが、とても貴重な時代を切り取ったなと思います。

—-ラナは、監督と父親の2面からロックウェル監督を見ています。監督と俳優、父親と娘とで、意識や関係性の違いはありますか。

ラナ:私にとっては父も監督も同じなのですが、撮影中は自分の意識を変えていました。今の時間は監督なんだ、今の時間は父だよね、と。ただ分からないことがあれば、すぐに聞ける環境だったので、家に帰ってから「あそこがちょっとよく分からないから教えて」とフィードバックを受けることができたのは助かりました。

ロックウェル監督:ふだんの生活では、ラナが僕の監督役なんですよ(笑)。「ああして」「こうしたほうがいいよ」と、あれこれ指図してくれる。逆に撮影現場でないと娘に指導できなくなっているんですよね。監督をしているときが唯一、僕が監督らしく指示できる時でもあるんですよ(笑)。

役者である前に自分の娘。プロ意識、周りへの気遣いに感心する

—-昨年の東京国際映画祭のオンライン取材で、監督はラナと撮影で「関係に変化が生まれ、リスペクトの気持ちが生まれた」とおっしゃっていましたが、どんな心情の変化からそう思われたのでしょうか。

ロックウェル監督:ラナに言いませんでしたが、父親でもある僕は「娘が失敗してしまうかも」と恐怖心や心配がありました。しかし、撮影初日を終えて、それが自信に変わりました。「絶対この子はできるな」と。それによってリスペクトの気持ちが強くなりました。辛いシーンや自分のコンディションが悪い時も、自分の個人的な状況より「今映画を作ることが大事なんだ」と考える、プロ意識があることにも感心しました。15歳にしては早熟であり、すごい集中力を持ち、周りをおもんぱかる精神や共感する気持ちも感じました。そういった姿からリスペクトの気持ちが強まりました。今、彼女の前で褒めまくっていますが、思い上がられても困るから、少しやりにくいのも正直なところです(笑)。

—ラナは、撮影時は15歳で現在18歳です。監督からの評価を含めて、将来は演技への道も考えていますか。

ラナ:今、ワクワクするのは音楽と演技。だけど演技については壮大な世界すぎて、及び腰になっているところがあります。これからどんな道を選ぶか、自分のペースで少しずつ探っていこうかなと考えています。

ロックウェル監督:まだ若いから、自分自身にどんな才能があるか気づいてないんだと思います。それが若くあることの美点でもあり、自分が持っているものを理解できていない欠点でもありますよね。

 



強い希望や喜び、生命力、光を放つ映画。「パパ、よくやった!」

—ノスタルジックで叙情的なファンタジーではありますが、育児放棄や自動虐待、貧困など、現代における社会問題にも触れています。ラナは10代の目線から見て、この映画をどう感じましたか。

ラナ:初めて脚本を読んだ時は、ビリーと私は全く違うけれど、私と似た一面もあると感じました。キャラクター、ストーリーにとても共感したのも覚えています。辛辣な表現はあるもの、とても感動的なストーリーだと思いました。ウィル・パットンや母、弟と共演できたことが良い経験だったことは言うまでもありませんが、この物語が語ろうとしている強い希望や子どもが感じる喜び、生命力、光、にとても共感しました。娘として「パパ、よくやった!」という気持ちです(笑)。

—現代版『スタンド・バイ・ミー』的なエッセンスを感じましたが、劇中では『スタンド・バイ・ミー』と同じように、ビリーが鹿と遭遇するシーンがあります。あのシーンには、どういった意味が込められていますか

ロックウェル監督:『スタンド・バイ・ミー』にそんなシーンがあったこと自体、正直忘れていました。実は、『スタンド・バイ・ミー』はラナが一番大好きな映画なんですよね。確かにこの映画には『スタンド・バイ・ミー』やフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』のような子どもの魂や子ども同士の忠誠心、信じる心を捉えていると思いますし、同じようにこの映画も子どもの絆、友情をキャプチャーして撮っているつもりではあります。しかし鹿のシーンでいえば、どちらかと言うとフェデリコ・フェリーニの『道』で白馬がジェルソミーナの前を通るシーンがあって、そちらを意識しているのかもしれません。鹿を登場させた心は、子どもが野生動物と出会うことに面白みを感じているからです。生き物と生き物が対等に、正直に、少しの恐怖心を持ちつつ、わくわくしながら見つめ合って対峙する姿がいいですよね。ビリーにとってのギフトのようなものとして登場させたつもりです。

『スウィート・シング』

監督・脚本:アレクサンダー・ロックウェル

出演:ラナ・ロックウェル、ニコ・ロックウェル、ウィル・パットン、カリン・パーソンズ

10月29日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開

©2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED

 

 

≪『スウィート・シング』公開を記念して、ロックウェル監督 伝説の傑作『イン・ザ・スープ』(1992年)限定上映!≫

新宿シネマカリテにて1週間限定10/29(⾦)〜11/4(⽊)1⽇1回上映 、他全国にて上映予定。詳細及び全国の上映館情報は『スウィート・シング』公式HPにて

 

©film voice inc.

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『スウィート・シング』公式サイト

 

武田由紀子 Yukiko Takeda

編集者・ライター

1978年、富山県生まれ。出版社や編集プロダクション勤務、WEBメディア運営を経てフリーに。子育て雑誌やブランドカタログの編集・ライティングほか、映画関連のインタビューやコラム執筆などを担当。夫、10歳娘&7歳息子の4人暮らし。

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