高校生の奇妙で刺激的な三角関係。映画『ひらいて』原作者、綿矢りささんインタビュー【そこまでするのか、と思いました】
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折田千鶴子
2021.10.20
映画は“青春度”が増していました
LEE本誌にもLEEwebにも何度も登場してくれている、LEE世代に絶大な人気を誇る作家・綿矢りささん。実は1年前にも映画『私をくいとめて』でLEE本誌に登場いただいた(綿矢りささんインタビュー)のですが、その1年後にまた映画が作られたとは、恐るべし! 映像作家からの人気の高さがうかがえます。
今回は、高校生の奇妙な3角関係を描いた映画『ひらいて』についてや、約10年前に執筆していた当時の思いなどを、たっぷり聞かせていただきました。
──原作は、2012年に刊行された作品です。綿矢さんが26歳前後で書かれた作品ですが、なぜ高校生の物語を書きたくなったのですか。構想はそれより大分、昔から?
「いえ、書きたいものを書きたいときに、割と勢いで書いた作品です。元々、学園ものを書くのがすごく好きなんです。『ひらいて』は、ちょっと変わった男女の三角関係を書きたいな、と思って。校舎の中で、大人びた関係性が育っていく様を書いてみたかったんです」
──まずは、映画を観た感想を教えてください。かなり原作に忠実に映画化されている印象を受けました。
「はい、とても忠実に作ってくださったな、と思いました。首藤凜監督には、かなり踏み込んだシーンまで丁寧に描いてくださって、ありがとうございます、とお伝えしました。原作では、主人公3人の空気感を少し高校生らしからぬ雰囲気で書いたのですが、実年齢に近い俳優さんたちが演じられたからか、監督の年齢(現在26歳)によるのか、すごく青春度が増していて感動しました。学園祭で踊ったり、都内ではなく地方都市の“町”を舞台にしていたり、ノスタルジックで胸に迫るものがとてもありました」
『ひらいて』ってこんな映画
高校3年生の愛(山田杏奈)は、学校でも目立つ存在の人気者だが、自分に全く関心を示さないクラスの男子、たとえ(作間龍斗)に狂おしいほど恋をしている。想いは募り、たとえが目立たない存在の美雪(芋生悠)と付き合っていると知るや、美雪に急接近。美雪と友達になった愛は、たとえとの関係を聞き出し、キスをしたことがないと言う美雪に、無理やりキスをする。たとえへの恋心、美雪への嫉妬が入り混じりながら、美雪の体に手を出すうちに、自分でも分からない気持ちが芽生えてくる。美雪もまた、愛に対する気持ちが高まり……。
──最大の面白さは、やっぱり“奇妙な三角関係”です。もちろん誰もが“好きな人の好きな人”には、とても興味を持つものですが、そこまでやるか、と(笑)。
「主人公の女の子が、どうしても好きな男の子が振り向かないから、その彼女に接近していく、という大筋は最初から決めていました。でもその接近の仕方が、初めに考えていたよりも、書いていくうちに激しくなっていった気がします。愛のキャラクター自体、想定より激しい人になっていって。美雪をベッドまで連れて行ったりするので、書きながら“あぁ、そこまでするのか”と思っていました(笑)。映像化されたら、その凄みがさらに増しているように感じました」
──なんと愛は、書き手をも翻弄して暴走したのですね。
「考える前に行動するのも、高校生という“年代ならでは”というところで表現できるかな、と。やってはいけないことも、いけないと分かってはいても、体が衝動で動いてしまう。愛を演じた山田杏奈さんが、原作を飛び越えて、自分の中の憤りなどを体を使って表現されていて、本当に感無量でした。途中からは単なる一観客として、“愛ちゃん、どこまでやるのやろ?”と観ていました」
心と体の関係性を追及したかった
──愛、美雪、たとえ。3人の映画ならではの味わいをどのように感じましたか?
「愛は原作より、もっと気風がいい女の子になっていました。演じた山田さんの迫力というか、例えば下着姿になっても、全然物おじしない強い視線など、映画オリジナルな感じがすごくしました。芋生さんが演じた美雪は、敵対心やライバル心など全く持てないような繊細さ、素直さ、素朴さが、映画ならではだと思いました。作間さんが演じたたとえは、怯えたような、ちょっと陰のある感じが、学校に居るときにも出ていて。それが、愛がたとえに惹き付けられる理由なんだな、ということが、より分かりやすく表現されていると思いました」
──愛がたとえに全力で愛を告白し、玉砕するシーンは映画でも印象的でした。
「あのシーンはショッキングでしたよね。書いているときは気づかなかったのですが、たとえはとても魅力的な女の子、しかも半裸状態の愛を目の前にしても、完全に拒絶している。それは彼と父親との関係性によって、欲よりも先ず、自分を傷つけるものに対する強い警戒心がそうさせている、と伝わって来て。たとえのそんな内面を、体のこわばらせ方とか、手をこすっている仕草とか、すごく繊細な演技で表現されていたと思います。防衛本能みたいなものが働くんだな、ということが演技の中に表れていました」
──たとえへの思いが届かないと、愛は美雪をさらに翻弄する方へと走ります。キスに留まらず、美雪の身体に手を出して。原作で“美雪と交わることに嫌悪感を覚えているのに、「従順に刺激に反応する」美雪に対して、独占欲が生まれた”という、その心理変化の発露にハッとしました。
「2人とも“たとえのことが好きだ”という気持ち自体は変わらないんですよね。でも、肌の触れ合いが増していくにつれて、気持ちが体を裏切るというか……。親密な触れ合いが続く中で、予想していないような独占欲が生まれたり、少しずつ気持ちが相手に移っていく。本人も気づかないけれど、愛と美雪の相互でそれが起きているような関係性です。ある種、成り行きで、本当に予想していない方向に進んでいくのですが、書いているときは気づかなかったことがあって。映画で2人を観ていたら、この2人はすごく純粋で、その純粋な部分が共鳴し合っているのかもしれないな、と気づかされました」
──その不可思議な“気持ちと肉体の関係性”を追及したい気持ちもありましたか?
「ありました。“気持ちとは裏腹”というのは、文章ではすごく表現しやすいものでもあるんです。また、私自身が読者として読んでいても、そういう描写が好きなので。それを書きたい、という欲望はとてもありました」
タイトル『ひらいて』に込めた想い
──タイトルの『ひらいて』には、色んなメッセージが含まれていますね。
「愛は、ずっと折り鶴を折っています。“両想い祈願”と言ったら軽いですが、そんな想いを込めて鶴を折っていて。でも、折った鶴を開いても、そこに何かが書かれているわけでも、何かが入っているわけでも、自分の想いが見えるわけでもない。祈りを込めて折ったのに……。でも、たとえ何もなかったとしても、祈った気持ちは逃げない。だから虚無ではないと、書きながら、そんなことを考えていました」
──愛は、美雪やたとえに酷いことをしたけれど、自分の気持ちを開いたがゆえに関係性が終わらなかった、ということにも通じますよね?
「もちろん、心を開いてということも、身体を開いてということも、タイトルにこめられています。心と身体、その両方を開いたら、いびつな三角関係だけれど、共通で理解するものが3人の中で生まれる。そういうことですよね」
──衝撃のラストシーンについて教えてください。またも“愛の暴走が出た~”というシーンでもあり、多くの観客はきっと「え?」と思うに違いない必見のシーンです。
「あのシーンは、実は私も“これで大丈夫なの?”と思いながら書いていました(笑)。監督は、あの愛のセリフに強い印象を受けたらしく、とても大事に撮ってくださって感動しました。あのセリフは、愛の偽らざる気持ちです。自分が本当にそうしたいから言っているだけ。それが愛の魅力だと思いました。あの一言で相手は縛られるだろうし、メチャクチャやけど(笑)、それまで愛が真摯に向き合ってきたことが伝わりますよね。映画を観ながら、本当に優れたシーンだと思いました」
現在、ドロドロのドラマを執筆中!
──現在26歳の首藤凜監督が、実は大学生時代に“この原作を映画化したい”と綿矢さんにオファーし、それに対してOKしたという話に、とても驚きました。
「この小説をすごく好きだとおっしゃって下さって、すごく熱意のあるお手紙をいただきました。それを読んだとき、映画化ってお話をいただいて実現するのは半分くらいの厳しい世界ですが、その熱意で、なんとか成功して欲しいと思ったんです。だから、いくらでも待つのでお願いします、と託しました」
──そこには、若くして世に出た自分の経験も重なりますか? そんな若者を応援したい、と?
「う~ん……少しはあるかもしれない。若い年代特有の、なにかを実現させる荒々しい力を感じるんです。若い方の熱意を一緒に味わいたい、一緒に夢を見たい、というのが大きかったような気がします」
──こうして映像化作品が増えていくことに、どんな気持ちがありますか?
「筋運びが同じでも、映画と小説は表現方法がまったく違うもの。だから自分の作品とは少し距離を置いた気持ちで観に行って、一観客としてとてもワクワクして観ますし、毎回すごく新鮮に驚きます」
──高校生の三角関係を『ひらいて』でやったので、大人のドロドロ性愛の三角関係を書いてみたくなったりしませんか?
「実は先頃、文学界で連載が終わった『激煌短命(げきこうたんめい)』は、中学生同士の恋愛なんです。その子たちが大人になりアラサーなった物語が、もうすぐ後編として始まるのですが、それが結構ドロドロしていて(笑)。今、書いているのですが、ドロドロはすごく体が疲れます(笑)」
──現在は、どんな執筆スタイル、スケジュールで書かれているのですか?
「朝の5,6時に起きて、仕事をして、保育園の用意をして息子を送って行ったら、再び昼食をとる13時まで書く、という感じです。仕事は午前中だけ。朝からドロドロなものを書いているので、疲れて昼過ぎは眠くなっちゃうんです(笑)」
──さらにLEE本誌での連載も、もうすぐ始めていただけるのですよね。
「はい、メッチャ楽しみです! こんなファッショナブルな女性誌という、華やかなところで連載させていただくのは初めてなので、ちょっと恐縮しています(笑)」
綿矢さんが書かれる“毒女子”は、いつの時代も魅力的! この『ひらいて』のヒロイン、愛も、ちょっとヤな奴(嫌な行動をする)だけど、どこか天晴れ。私たち観客も思い切り愛に振り回されるのですが、観終えた後、心地よい疲労感と、プッと噴き出したくなるような可笑しさが残るのです。やってくれたな、やり切ってくれたな的な清々しさ。人生の壁に当たっても、それをぶち壊すエネルギーをもらえるような映画『ひらいて』。是非、心を開いて、思い切り愛の暴走に振り回されてください!
映画『ひらいて』
ⓒ綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会
2021年/日本/121分/配給:ショウゲート
監督・脚本・編集:首藤凜
出演:山田杏奈、作間龍斗(HiHi Jets/ジャニーズJr.)、芋生悠、板谷由夏、田中美佐子、萩原聖人
オフィシャルHP:http://hiraite-movie.com/
10月22日(金) 全国ロードショー
写真:富田一也
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折田千鶴子 Chizuko Orita
映画ライター/映画評論家
LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。
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