今、「民藝」に注目が集まっているのをご存知でしょうか? 「民藝」とは、「民衆的工芸」を略した言葉です。おうち時間の拡大などで、日々の暮らしや暮らしにまつわるものを見つめ直す人が増えているからかもしれません。
来る10月26日からは、東京国立近代美術館で『柳宗悦没後60年記念展 「民藝の100年」』が開催されます。
かつてLEEの連載でも活躍してくれていた、女優でモデルの菊池亜希子さんも、様々な土地の民藝を愛するひとり。その民藝に対する思いを聞かせていただきました。
1982年8月26日、岐阜県生まれ。モデル、女優として活躍。2017年に第1子、2020年に第2子を出産。著書に『へそまがり』(宝島社)、『おなかのおと』(文藝春秋)など多数。公開中の映画『かそけきサンカヨウ』に出演。公式Instagram
私にとって、民藝は“その土地の生活への憧れ”のようなもの
“民藝”は、誰もが一度は耳にしている言葉だとは思いますが、菊池さんはどういう捉え方をしているのでしょうか。
「自分の感覚としては、民藝は、物が作られた背景が想像できたり、作った人の温度を感じられたり、作られた土地のニオイを感じられたりするものだと思っています。私はもともと旅が好きで、いろんな旅先で、民藝品と言われる物の作り手を訪ねたり、気になった物を作っている産地に行ってみたりしていたんです」
旅が好きな理由を、「変わり者の祖父の影響が大きい」のだと笑って話す菊池さん。
「祖父はあまり家にいない人で、いろんな土地を転々とする“風来坊”のような人だったんです。ふらっといなくなって、地方で買ってきたお土産を手にぶらりと帰ってくるんですよね。
湯のみ茶碗やいびつな器、張り子の人形とか……。祖父の美意識で集められたものたちが並べられているガラスの戸棚が実家にあるんですけど、小さい頃にそれらを時々戸棚からこっそり出して触ってみたり、じっくり眺めたりしていました。“民藝”と聞くと、その戸棚のものたちを思い出します。
祖父のように、私の人生の中で旅が占める割合はすごく大きくて。ただ、私は旅をしても観光地とされている場所はあまり回らないんです。“その土地の生活を感じたい”という欲求みたいなものがあって、それを引いた目で見ると、知らない土地の生活への憧れが大きいのかもしれません。
どこかの土地で民藝品を買って、それが生み出される風景だったり、作っている人の顔だったり、そういうものを知って家に帰ってくる。すると、自分の人生や日常が少しよりよいものになるような気がするんですよね。
日常と旅って、ぐるぐる循環していると思います。それぞれで完結していなくて、民藝品を買って使うことによって、自分の生活や心が豊かになるだけじゃなく、それが作られた場所を微力ながら支えることができるし、いつでもその地域に思いをはせられますから」
民藝品は生活の身近なところにあって愛着がわく
「美術館で見る芸術品と、民藝品は圧倒的に違う」とも話してくれました。
「お皿やお茶碗など、みなさんも民藝品って何かしら持っているんじゃないかなと思うんです。『日本民藝館』という施設が東京の駒場にあるんですけど、美術館によくあるホワイトキューブの空間ではなく、家のような作りになっていて、展示の仕方も、ただ美しく見えるようにではなくて、ふだんの生活につながっている展示の仕方をしているんです。
日本民藝館は、暮らしにフォーカスを当てているので、すごく近くに民藝品があると知ることができますし、毎日の暮らしと、民藝は切り離せないものだと感じられるところです。
自分の持ち物の中の民藝品を探してみたり、民藝品を使っている自覚を持つと、それを買った土地のことや作られた背景を想像することができて、より愛着がわいてくると思います」
民藝品は使えば使うほど、思い出や背景を想像して、生活が楽しくなる
菊池さんの身近にある民藝品を聞いてみると、一番多いのは食器類だそう。
「全国各地に、“○○焼”というものがあって、地方に行くとできる限りめぐって、器やお皿を買って帰ってくるんですよね。食洗機にかけられないものが多いので、すごく便利かっていうとそうじゃない(笑)。
でも、生活になじむ美しさやあたたかさみたいなものがゆずれないなと思って欲しくなるんです。有名な作家さんの作品をめがけて買いに行くというよりも、たまたま旅先で見つけた縁のようなものを大切にしています。
なかには、有名な作家さんのものもあると思うんですけど、自分の中ではそこが重要ではないので、作家さんの名前や窯元の名前を思い出せないものも結構あるのですが、“あの土地で買ったんだよね〜”と風景や出会った人の表情を思い出すことが多いです。出会った時の情景が浮かぶと、すごく愛着がわいて大切に使い続けようと思える。現代で言う“サステイナブル”のような考え方に繋がると思います」
購入した民藝品を長く愛することで、サステイナブルな取り組みの一環になっているようです。今回は特別に、菊池さん自身が思い入れのあるものをLEEに紹介してくれました。
「毎日使っているものは、『倉敷ノッティング』のウールの椅子敷きです。岡山県にある倉敷本染手織研究所で1年間学んだ研究生たちの手で、ひとつずつ丁寧に作られているものだそうです。
この椅子敷きは、7〜8年くらい使っています。時々ざぶさぶと手洗いするぐらいで、たいした手入れもしていないんですけど……すごく丈夫で、ふわふわさも未だに残っています。こういう長く使えるものを作れる、その技術を伝えていける場所がちゃんと守られていることが素敵ですよね。なんなら私も時間があったら学びに行きたい(笑)。
倉敷本染手織研究所は、女性のみが入れる学校なんですけど、自由に職業を選べる今の時代に、昔からの伝統民藝を作ることができる場所が機能している。いつでも手に職を持てる環境があることは、生きるうえでの勇気をもらえる気がします。これを使いながら、ふとそういう背景をいつも思い出します」
もうひとつは、フィンランドで買った、熊の顔がついているかわいらしいカップを見せてくれました。
「民藝品って日本に限らず、世界各国にありますよね。フィンランドは何回も旅をしているんですが、手仕事の温もり感じられるものがたくさんあって、民藝的な国だと思っているんです。このカップも、フィンランドの空港の売店で買ったものです。
“ククサ”というフィンランドに古くから伝わる木製のマグカップなんですけど、これ自体はいろんなところで作られて販売されているものなんです。だけど、熊の顔がついているめずらしいカップは、たまたま行ったフィンランドの地方の空港の売店に並べられているのを見つけて、すごく気に入って買いました。
もう10年以上使っています。すぐ手に届くところに置いているので、雑な扱いになっているんですけど、私の生活の大事な一部です。これを使って水などを飲んでいるときに、“またフィンランド行きたいな〜”って思い出にひたっています。ひとつひとつの物に対しての思いをはせられることがあると、毎日の暮らしが楽しいですね」
民藝の“みん”は、みんなの“みん”
最後に、菊池さんも気になっている展覧会『柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」』についてもお聞きしました。
「民藝は、触れた人がみんな当事者になれるものだと思います。展覧会に来て、ただ展示物だけを見るのではなくて、“自分の生活の中にもこういう考え方あるな”、“自分の生活にもつながっているな”と想像しながら鑑賞すると、すごく豊かな気持ちになれるはず。
同じものを見るにしても、自分の目線で見ると感じ方もすごく広がると思うし、自分の生活につながる何かを見つけてほしいなって思います。
民藝の民は民衆の民だと思うんですけど、カジュアルな言葉でいうと、みんなのみんとして捉えてもいいんじゃないかなと。
今、InstagramとかSNSをやっている人が多くいますけど、柳宗悦さんが民藝運動を広めようとした100年前はなかった。民藝を作るだけで完結させないで、雑誌を作ることで、民藝をより広く世に届ける活動をしていたんです。
それが100年経って、自分が使っているものをどんどん発信できるツールがあって、みんなが民藝運動の一員になれるっていうのはすごい時代ですよね。
民藝品を自分が使うことだけで完結させないで、使った時に見えた景色や、切り取った日常、旅した先の風景を発信することで、全然知らない誰かに届いて、民藝を知る人が増えて、使う人も増える。結果、民藝が生まれる場所を守ることができるんです。民藝を、さらに多くの方の生活の中に根付かせられるといいですよね」
『柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」』
民藝の歴史的な変化と社会の関係をたどれたり、民藝運動を推しすすめた柳宗悦のデザイン・編集手法の分析、衣食住から景観保存まで民藝が関わっている物事を知ることができます。
菊池さんならではの視点で民藝の魅力を読み解く、「はじめまして、民藝」。展覧会公式ウェブサイトで10月22日公開予定。
■期間
2021年10月26日(火)~2022年2月13日(日)
※会期中一部展示替えあり
■開館時間
10:00~17:00(金・土曜日は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
■休館日
月曜日(ただし1月10日は開館)、年末年始(12月28日(火)~1月1日(土・祝))、1月11日(火)
■場所
東京国立近代美術館
東京メトロ東西線「竹橋駅」1b出口 徒歩3分
〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
[衣装協力]セーター¥100,100/アンフィル パンツ¥17,050/ル グラジック(ビショップ) その他/スタイリスト私物
撮影/伊藤奈穂実 スタイリスト/山口香穂 ヘアメイク/草場妙子 取材・文/宮平なつき
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