誰より深く理解し合っても、わからない部分があるのが人間
────西島秀俊さん
大好評の朝ドラに久々登場というニュースがトレンド入りするほど、注目度が高い西島秀俊さん。そんな西島さんが興奮したと語り、出演を熱望したのが映画『ドライブ・マイ・カー』だ。
「村上春樹さんの短編小説を、濱口竜介監督が映画化するなんて、と。これまで濱口監督はすさまじい演出力だと思っていましたが、本作の台本を読んで、言葉を生み出す力のすごさにも圧倒されました」
脚本も手がけた濱口監督は、本年度のベルリン国際映画祭で『偶然と想像』が銀熊賞を受賞し話題に。世界が注目する監督の現場は、驚きの体験に満ちていたそう。
「想像以上に素晴らしい脚本でしたが、監督からは覚えないようにと言われまして。徹底的に時間をかけた本読み(セリフの読み合い)の際には、棒読みでやってほしいとも。そして本番で初めて感情を入れて言うと、人物が突然立ち現れてくるんです。そうなるとセリフが変わっても、なくてもいい。感動的な体験でした」
西島さんが演じるのは、愛する妻・音と満ち足りた生活を送っている、舞台俳優で演出家の家福。しかし妻にはある秘密があって……。
「愛する人に裏切られるのは、誰にとっても一番の恐怖。(裏切る)理由もわからず、いつかわかるときが来ると思ったら、突然その手段もなくなってしまう。どうしようもない悲しみを抱えた家福が、どうやって再生できるのか。家福もしかり、村上春樹さんが描く主人公は、内面ではいろんなことが起きているのに、外にあまり出さない。ハードルの高い役でした」
夫に言えない秘密を持つ妻と、知って知らぬフリをする夫。それなのに不思議と、この夫婦に憧れを禁じ得ない。
「男女としても惹かれ合い、人間的にも誰より深く理解し合う理想的な関係。それでもわからない部分がある。それが一番のサスペンスであり、おもしろさ。実際、人間ってそうなのかもしれないな、と」
妻を喪い、喪失感から抜け出せない家福は、専属ドライバーとして寡黙なみさきと出会う。車中でもあまり言葉を交わさぬまま、少しずつ信頼が生まれ、孤独を分かち合う様子に、心惹かれる。
「遠い関係の2人が、言葉もないまま互いに作用し合っていく。でも、それって普通にみんな体験していることだと思います。なぜ親しくなったのか、なぜこの人には話せるのか、と。理屈じゃない。それはもう、魔法ですよね」
さらに映画のオリジナルで、かつて音から紹介された若手俳優の高槻を、家福が舞台の出演者として迎えるという展開が、スリリングな緊張をもたらす。
「台本を読んだときも、2人がこの後どうなるのか、そこが一番興味深かった。終盤の車中のシーンでは、“今すごいことが起きている”と感じました。(高槻役の)岡田将生君、本当に素晴らしかったです」
さて、家福が車中で癒されたように、多忙な西島さん自身がホッと一息つける場所はどこだろう。
「やっぱり家かな。家では子どもに眠りを邪魔されるのに、逆にロケで一人になると眠れなくて(笑)。いろんな突発事項を起こしてくれるので、嫌でも仕事から頭を引き離してくれる状況が意外と安らぎになっているみたいです。台本を読む合間に気分転換のために洗濯物をたたんだり、料理をしたり、ちょこちょこ家事もしていますよ」
にしじま・ひでとし●1971年3月29日、東京都生まれ。『居酒屋ゆうれい』(’94年)で映画初出演。以後、数々の話題作に出演。近作に『空母いぶき』(’19年)、『劇場版 奥様は、取り扱い注意』(’21年)など。今後も『劇場版 きのう何食べた?』『シン・ウルトラマン』などが公開待機中。
映画『ドライブ・マイ・カー』
舞台俳優で演出家の家福(西島)は、愛する妻・音(霧島れいか)を突然の病で亡くす。それから2年後。喪失感が拭えないまま、広島の演劇祭に愛車で向かった家福は、寡黙なみさき(三浦透子)を専属ドライバーとして雇うことになる。村上春樹の同名短編小説を、『寝ても覚めても』の濱口竜介が映画化。8月20日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
撮影/小渕真希子 ヘア&メイク/亀田 雅 スタイリスト/カワサキタカフミ 取材・文/折田千鶴子
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