『神さまのいうとおり』
谷 瑞恵 ¥1650/幻冬舎
家族をつなぐ“暮らしの知恵”が、ぎゅっと詰まった連作短編集
家族にまつわる心温まる話を読みたいときに、ぜひおすすめの小説が今月の一冊。作者の谷瑞恵さんは、ライトノベル専門のレーベル・コバルト文庫で小説家デビューし、代表作には19世紀のイギリスを舞台にしたファンタジー『伯爵と妖精』シリーズがある。今では文芸作品も手がけており、本作『神さまのいうとおり』も、日本に住む家族を描いたお話になる。
主人公は高校1年生の友梨。彼女の両親は共働きだったものの、3年前に父親が会社を辞めて専業主夫をするようになった。昼間から買い物に出かけたり、エプロン姿で友達の前に現れる父親を、恥ずかしく、そしてちょっぴり疎ましく思っていた友梨。父親の前ではつい素っ気ない態度をとりがちだ。そんな中で彼が「田舎で農業をしたい」と言いだし、一家は、友梨の曾祖母が暮らす土地へ引っ越すことに。
実は友梨には、心の中で気になることがあった。それは同居し始めた「ひいおばあちゃん」が、彼女が子どもの頃に放ったひと言。昔も今も彼女をかわいがる曾祖母が「あんたは橋の下で泣いていたのを拾ってきた」と言っていたのは、どういう意味なのだろうか? 友梨は10年ぶりに再会した幼なじみ・瑛人とともに、ひいおばあちゃんの言葉の秘密を解くことにする――。
思春期真っ最中の友梨と、彼女の幼なじみたち、そして友梨一家の親戚も交えた登場人物たちの、心の揺れを描く、一話完結の連作短編集。物語の中では大きな事件は起こらないものの、それぞれが日々の中で悩んだり、つまずきそうになったときに、ひいおばあちゃんが何気なく教えてくれる、不思議な言い伝えや昔から伝わる風習が、小さな発見をもたらしてくれる。
人形、刺繍、縁側など、私たちが日常生活で目にするアイテムや場所も多く、読み手にとってはそこからあらためて知る“幸せに生きる考え方”がたっぷり。ゆったりとした展開も心地よく、空いた時間に、一話ずつ読み進めるのにぴったり。現実とファンタジーがほどよく交わる世界に、ほっこりと浸ってみて。
『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』
ブレイディみかこ ¥1595/文藝春秋
「エンパシー」=立場や意見の異なる他人を理解する知的能力。それを著者は「他者の靴を履くこと」だとたとえる。“共感”と訳されることが多いこの言葉の可能性を多義的に掘り起こし、「わたしがわたし自身を生きる」という真逆と思えるアナキズムの思想が実はつながっていることを教えてくれる。
多様性の時代といわれる今こそ読んでおきたい必読書。
『ぼくのお父さん』
矢部太郎 ¥1265/新潮社
大ヒット漫画『大家さんと僕』でもおなじみの、カラテカの矢部さんの最新刊は、自身の父親をテーマにしたコミックエッセイ。
絵本作家のお父さんは、幼い「ぼく」には不思議な存在。いつも絵を描き、時間があれば山へ出かける――。優しくて独特の感性を持つお父さんは、矢部さんの今に大きな影響を与えていそう。マイペースな親子に癒されて。
『Distance わたしの#stayhome日記』
今日マチ子 ¥1650/rn pres
何気ない日常を物語や一枚の絵で表現し続ける著者。2020年4月以降の緊急事態宣言後に感じたことをまとめたイラスト日記。
日にちごとに描かれる、絵と短い文章の中に、コロナ禍で一変した世界への驚きや不安、それでも変わらないものへの愛、生きていくことへの希望が。自分自身のこの約1年半の暮らしとも重ね合わせながら読みたい一冊。
取材・原文/石井絵里
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