【書評】子どもたちが持っている生命力や前向きな心に、あらためて勇気をもらえる長編小説『金の角持つ子どもたち』
2021.07.28
『金の角持つ子どもたち』
藤岡陽子 ¥660/集英社
ひたむきな子どもたちから力をもらえる、
大人のための中学受験小説
子どもたちが持っている生命力や前向きな心に、あらためて勇気をもらえる長編小説が今月の作品。
小学校6年生になる俊介は、プロサッカー選手を目指して練習や試合に打ち込んでいた。ところが地域の選抜チームに選ばれなかったことをきっかけに「サッカーをやめて、中学受験に専念したい」と言い出す。父親の浩一は経済的な負担を理由に受験に難色を示すが、母親の菜月は、息子にはやりたいことを極めてほしいと、応援の決意を固めて、浩一を説得する。
両親に見守られながら、日本で一番の難関校を目指して勉強を始める俊介。その姿に、菜月はもちろん、周りの大人も心を動かされていくことに――。
ある程度の年齢になると、人は高望みをすることをやめたり、できる限り失敗を避けたり、身の丈に合った生き方をしていこうと考えがちになるもの。もちろんそれは悪いことではなく、その人が自分らしく暮らしていくためのスキルだったりもする。だけど心のどこかでそんな毎日に疑問を感じている人は、俊介が高い目標を見据えてコツコツと努力する姿に、かつてやり残したことや、今も目を背けがちなことに、「もう一回チャレンジしてみようかな?」と思わされるかもしれない!
またこの小説で秀逸なのが、俊介や彼と同じ受験生たちを見守る、塾講師・加地のまなざし。まだ幼い子どもたちの未来を信じ、その能力を「金の角(つの)」と呼ぶ彼の真っ直ぐな生き方も、同じ大人として見習いたいと思えるところがたくさんあるはず。
学校生活や家族との時間も犠牲にして勉強を続ける俊介に、苦言を呈する人もいるものの、それも大人ならではの思い込みなのかもと逆に反省する部分も。雑音を気にせず泥臭い努力を続ける子どもたちに、何に対してもひたむきだった頃の気持ちを思い出すかもしれない。そして作品のクライマックス、俊介をはじめとする受験生たちが試験に挑んでいく姿は臨場感たっぷり。
頑張ることの先にある新たな可能性を教えてくれる、熱いながらもすがすがしい読後感をもたらす一冊。
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『エレジーは流れない』
三浦しをん ¥1650/双葉社
男子高校生の怜は、やりたいことも将来の夢も定まらず、とにかく日々を平和に過ごしたいと思っている。そんな彼を振り回す個性的な友人たち、そして住んでいる温泉町では小さな事件が起き……。
軽快なセリフのやりとりや何気ない日常風景が、コミカルなドラマとして転がっていくのはさすが! 小説ならではのポップで非日常な世界を思いきり楽しめます。
『たぬきが見ていた』
大貫亜美 ¥1760/集英社
PUFFYの亜美さんの初の個人エッセイ集。多趣味で知られる彼女ゆえ、手芸からK-POPまで多ジャンルにわたるハマりものの話題や、相方・由美さんへの思いなど、個人的な内容がぎっしり。
中でも「一番の理解者に育った」娘さんとのかかわり方や、子育てについて考える姿はLEE世代にも学べる部分が。どこからでも読めて前向きな気持ちになれる!
『短篇文藝漫画集 機械・猫町・東京だより』
山川直人 ¥1980/水窓出版
味わい深く温かみのある漫画『コーヒーもう一杯』で知られる山川直人さんが、昭和の文豪の名作短編を漫画化。複雑な人間心理をあぶりだす横光利一の『機械』、猫好きにはたまらない幻想的な萩原朔太郎の『猫町』、そして戦時下の東京での太宰治の鋭い観察眼と感受性がさえる『東京だより』。
1ページ目からその世界観にどっぷりつかれること間違いなし。
取材・原文/石井絵里
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