今、映画、ドラマの作り手にも求められる新たな価値観。30代・40代で活躍している製作者がどのように考え、どんな意思を持って挑んでいるのか。TBSドラマプロデューサーの岩崎愛奈さんにお話を聞きました。
TBSドラマプロデューサー 岩崎愛奈さん
TBSスパークル エンタテインメント本部 ドラマ映画部プロデューサー。2020年にプロデュースを担当した多部未華子さん主演の『私の家政夫ナギサさん』が人気となり、高視聴率を記録。
女性は家事が苦手でもいい。多様な人を認めるドラマに
昨年話題を集めたドラマ『私の家政夫ナギサさん』。主人公の女性は、仕事はできるけれど家事が苦手で部屋を片付けられず、そこに男性の家政夫が現れて家事全般を引き受けます。プロデュースを担当した岩崎愛奈さんが、このドラマで大切にしたテーマとは何だったのでしょうか?
「女性は家事が得意で、男性は外で仕事をするといった、従来の性別役割の逆転が注目されたかと思います。そこはもちろんなのですが、私としてはもう少し広く、多様性を認められればと。どんな人にも苦手なこと、得意なことはある。
女性が家事ができなくてもいいし、男性だけが会社で夜遅くまでバリバリ働くこともない。こうでなければいけないという“呪い”から解放されるような、見ている人たちが肩の荷物をおろしてホッと安心できる作品作りを心がけました」(岩崎愛奈さん)
ドラマでありがちな悪役やライバル役をあえて登場させないことにも挑戦したそう。
「ドラマのセオリーとして、悪役や意地悪な人がいると話を展開しやすいのですが、スタッフとの話し合いで今回のドラマではなくてもいいよねと。みんなそれぞれの立場や考え方があるんだから、そこはしっかり尊重したい。むやみに敵対構造を作る必要はないなと思いました。
敵対させなくても、登場人物たちの思いや考えを丁寧に描けば、きちんとドラマとして成立するのだと実感。多様性というテーマも伝わりやすかったのではないかなと思いますね」(岩崎愛奈さん)
女性上司は意地悪じゃない! どの世代の女性も悪く描かない
また、主人公の上司である女性の描き方には、特にこだわったと言います。
「これまではドラマに先輩や上司の女性が登場すると、お局扱いをされたり、意地悪だったりしたと思うのですが、今回の女性上司はすごくいい人で、心から主人公を気にかけているんです。
私自身、アラフォー世代に突入して、上の世代の女性が嫌な描かれ方をするのはあまり気持ちがいいものじゃないなと。また、なぜそういう対立が起こるのかと考えると、各世代で価値観が違うから溝ができてしまうと思うんです。
例えば、50代の女性の多くは仕事を続けたくても家庭を守るべきだと言われてきたり、40代女性は男性社会でのキャリアの形成にもがいていたり。それぞれにがんじがらめにされてきた“呪い”があって、その呪いを打ち破ってきた歴史がある。
実は、みんな戦ってきているんですよね。こういったお互いへの理解やリスペクトがあれば、女性同士の分断は生まれないはずなので、そこは強く意識しました。どの世代の女性も悪く描かないことが、見ている人たちへのずれた刷り込みや思い込みもなくしてくれるのではないかと思っています」(岩崎愛奈さん)
作品のメッセージは大切にする一方で「ドラマの本分はエンターテインメント」だと話す岩崎さん。
「私たちは“ドリーム感”と呼んでいるのですが、ドラマを見て憧れるな、キュンとするなという楽しい部分はとても大切にしていて。特にTBSの火曜ドラマは、週の始まりに軽やかに見られる作品を目指しています。そこに、見ている人が共感したり、自分を投影できるようなリアリティを盛り込んでいければと。
バランスが本当に難しいのですが、社会的なテーマを大きく掲げるのではなく、おもしろくドラマを見ていたら何か気づきがあった、気持ちがラクになったと思ってもらえるのが理想。
決して主義、主張の押しつけになってはいけないと思うので、受け取り方は見ている人にゆだねて。それぞれの解釈の中で問題を見つけたり、自分と重ね合わせてもらえるのが、作品の位置づけとして一番いいのかなと感じます」(岩崎愛奈さん)
ドラマ 【私の家政夫ナギサさん】
家事が苦手な女性と家政夫の心温まるラブコメディ
製薬会社のMRとして働き、家事が苦手な28歳のキャリアウーマンが突然現れた家政夫を雇うことに。主人公と家政夫の心の交流を描くハートフルラブコメディ。多部未華子、大森南朋、瀬戸康史が出演。
ドラマ 【逃げるは恥だが役に立つ】
楽しさの中に向き合うべき課題が
「主婦の無償労働など、向かい合うべき課題がドラマに自然に溶け込んでいて衝撃を受けた作品」(岩崎愛奈さん)
【特集】映画・ドラマで価値観をアップデート
詳しい内容は2021年LEE7月号(6/7発売)に掲載中です。
撮影/細谷悠美 取材・原文/野々山 幸(TAPE)
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