今、映画、ドラマの作り手にも求められる新たな価値観。30代・40代で活躍している製作者がどのように考え、どんな意思を持って挑んでいるのか。映画監督の岨手由貴子さんにお話を聞きました。
映画監督 岨手由貴子さん
2015年『グッド・ストライプス』で長編映画デビュー。山内マリコ原作の『あのこは貴族』が注目を集める。Netflixで2022年配信予定の『ヒヤマケンタロウの妊娠』では脚本を担当。
女性が2人いたら対立すると考えるのはおかしい
LEE読者と同世代の映画監督として活躍を続ける岨手由貴子さん。岨手さんの最新作『あのこは貴族』では、東京の富裕層である華子と地方出身の美紀、2人の主人公の描き方が印象的です。
「原作者の山内マリコさんが、女性が2人いたらケンカする、対立すると思われがちだからその価値観を否定したいと言っていて、映画でもその部分は大切にしました。都会の富裕層も田舎も、閉ざされた世界で保守的であるという点では似ているから、どちらで生きるのも大変だよねと。
日本的な男性社会にそもそもの生きづらさの原因があるとわかれば、女性同士のムダな争いは必要ないんです。映画はいかにセリフにせずに感情やテーマを語るかという部分もあると思うのですが、今回は『女性はむやみに対立や分断されがち』というセリフをあえて入れて、この作品を映画化する意義を込めました」(岨手由貴子さん)
都会育ちの華子の結婚相手で、地方出身の美紀ともかかわりを持つ男性、幸一郎の描き方についても、熟慮したと言います。
「もっと幸一郎の鼻をあかす、みたいなシーンがあってもよかったのではという声もありました。でも、近年のフェミニズムを扱う作品は『男性全員が加害者なのか』を問うフェーズに来ていると思うんです。
男性の中にも、男性社会での“強いオスであれ”というプレッシャーにストレスを感じている人もいるのではと。この作品では今の時代のバランスとして、男性中心主義の“社会構造”にこそ問題があるということを描きました」(岨手由貴子さん)
エンタメ性を保ちつつ、物語の中で社会的なテーマをどう語るかは、常に模索している、と話す岨手さん。どのように知識や情報を得ていますか?
「こういう映画を製作しているからといって私がすごくリテラシーが高いかというと、全然そうではなくて。知らないことも多いし、時代によって価値観も更新される。能動的に学んで、自分をアップデートし続けなければいけないなと痛感します。
あと必要なのは、自分とは違う意見、考え方を突っぱねないことかなと。いろいろな立場、さまざまな意見の人たちとどう共存するのかがこれからの流れになると思います。⾃分の価値観の外に出るのは簡単じゃないけれど、映画がその助けになればと。
ストーリーを追いながら、⾃分とは違う⼈⽣や価値観に触れる。ひとつの作品を見ることで、みんなで話せる共通の話題ができる。そのために映画を見てほしいし、これは映画が持っている強みではないかなと思っています」(岨手由貴子さん)
男性を支える女性ではなく女性の日常が描かれる作品を
2児の母でもある岨手さん。自身が映画の製作現場にい続けることで、女性の励みになればとも。
「出産を望む若い女性スタッフに『どうすれば出産しても仕事を続けられますか?』と聞かれる機会が多くて。私の存在が出産しても仕事をしていいし、自由に生きていいという希望になればと思います。
また、映画業界はまだまだ圧倒的に男性社会なので、女性の声を多く届けたい思いも。日本の製作物の雛形は、何かを成し遂げるのは男性で、女性はその主人公を支える存在、というところからアップデートしきれていないなと感じます。
女性だって仕事して、子育てをして、家事をさぼる日だってあるし、友達もいるし、飲みにも行く……。こういった女性の多様な日常が、“女性活躍”“ガールズムービー”みたいなテーマではなく、当たり前に作品の中で描かれて、存在するようになるといいなと。
そのためには、やはり違う価値観を持つプロデューサーやスタッフと粘り強く話をして、意識をすり合わせていく。映画製作の現場でも、その地道な作業の繰り返しが必要なのかなと思いますね」(岨手由貴子さん)
映画『あのこは貴族』
タイプの違う2人の女性を描く
同じ都会に暮らしながら異なる生き方をする2人の女性が、それぞれに自分の人生を切り開こうとする物語。門脇麦、水原希子が出演。
映画『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』
大爆笑しながら、根深い社会問題について考える
「レポーターがトランプ支持者集会や中絶反対派の施設などを訪れて現実を暴く、過激なドキュメンタリー風コメディ。かなりお下劣ですが、切り込み方がすごく考えさせられます」(岨手由貴子さん)
【特集】映画・ドラマで価値観をアップデート
詳しい内容は2021年LEE7月号(6/7発売)に掲載中です。
撮影/細谷悠美 取材・原文/野々山 幸(TAPE)
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