「私のウェルネスを探して」は、心身ともに健やかに過ごしQOL、自分自身の人生の質を上げることの大切さにいち早く気づき、様々な形で発信を始めた方々の「ウェルネスを探す旅」をたどるインタビュー連載です。今回のゲストは、アンダーウェアブランド・JUBAN DO ONI(ジュバンドーニ)の代表を務める黒川紗恵子さん。実は、プロのクラリネット奏者としても活躍されています。(この記事は全2回の1回目です)
着けていて楽で、心地良いものを作りたい
今年7月に5周年を迎えるアンダーウェアブランド・ジュバンドーニ。全てのアイテムにオーガニックコットンが用いられ、しかもカラーバリエーションが豊富でデザイン性も高く、着けていて心が躍ります。あまりの快適さにLEE編集部内でもファンが多く、注目のブランドです。シグネチャーアイテムのパンツはウエスト部分にゴムではなくリブを使い、縫い目を表側にすることによって肌に当たらず刺激を防いでおり、履き心地抜群です。
「他人の目線を気にするのではなく、あくまでも自分が納得できるものを選んでほしい。自己満足、自分基準でいい。着けていて楽で、心地良いものを作るよう心がけています」と言う黒川さん。「欲しい下着がない! ならば自分で作ろう」という思いから、ジュバンドーニを立ち上げました。
自分の欲しい下着が一つも売っていない絶望感
黒川さんは子どもの頃、アトピー性皮膚炎に悩まされていました。学校指定のナイロン製の体操ズボンを履くと「お尻が猿のように真っ赤に」なってしまい、化繊が身体に良くないことを実感しました。年齢が上がりアトピーが治っても、化繊の含有率の高い下着を履くと痒くなってしまいます。
大学進学後、自分で下着を買うようになった黒川さん。でも、肌に優しい天然素材の可愛い下着を探しても、そんなものは一つもありません。当時売られていた天然素材の下着はコットン製のみ、色もベージュか白しかありません。大きな売り場に自分が欲しいと思える下着が一つも無い絶望感を今でもよく覚えているそうです。
「その頃はサテン製のテカテカした、リボンやレース付きの、パッドとワイヤーがガッツリ入ったブラが流行っていた、というか、それしか売ってませんでした。そのことにものすごく違和感を覚えてしまって……私のように肌が弱くて、天然素材の下着が欲しい人が他にも絶対いるはずなのに。流行り物しか売られていない、この世の中の仕組みは絶対におかしい!と思いました」
当時二十歳。通っていた東京藝術大学の友人で、現在はジュバンドーニでビジュアルデザインを担当するアートディレクターの飯田郁さんに「これはもう、いつか自分で作らないといけないと思う。そのときは手伝ってね」と宣言します。
仕事は一つに絞らなくてもいい
「クラシックに限らず色々なジャンルの音楽をやれる可能性があるのではないか」という理由で藝大に入学した黒川さん。大学に入ると素晴らしい才能を持った学生が勢揃い。クラシック業界は既に安泰では?と気づき、自分は違う道を開拓しようと思ったといいます。「もともと色んな音楽をもっと聴いたり演奏したいという気持ちが強かったので、卒業後はジャンルレスのクラリネット奏者の道を選びました」。
しかし自分で開拓する音楽仕事は不安定。その場しのぎのアルバイトは好きなことではないし刹那的だと感じていました。そんな中、音楽とは全くジャンルの違う、でも好きな仕事も他にしながら演奏活動を続けている先輩もいることを発見。「仕事は一つに絞らなくてもいいんだ!」と衝撃を受けます。
「先輩たちの仕事は音楽と全然関係ないけど、皆、本当に楽しそうで。演奏活動とは違う仕事をしていても、人生全体の中で、どちらも大きなくくりで『自分のやりたいこと』だから、矛盾なく両立できるし、つじつまが合うんだな、と気づいたんです」
慣れないミシン操作に四苦八苦し、針が指を貫通
この気づきをきっかけに、黒川さんは下着作りを開始します。とはいえ、裁縫や縫製の経験はゼロ。当時住んでいた部屋の大家さんのお孫さんの持ち物だった、子ども用ミシンを借りて試作品を作りました。慣れないミシン操作に四苦八苦し、ミシン針が指を貫通したことも……。
試作品第一号は、なんと紐パン! お気に入りのブランドの下着でコットン製の紐パンが可愛かったので参考にしてみたものの、やはり履き心地はイマイチだったそう。履き心地を追求していくとノーマルな形のパンツに。100円で売られていた市販のパンツを解体し、包装紙の裏紙を使って型に起こし、縫い、自分なりの工夫を出す、の繰り返し。生地、アジャスター、ゴムなどの材料は、日暮里の問屋街で揃えました。
途中、夫のおばあちゃんから中古のミシンを譲ってもらって作業効率は上がったものの、なかなか思ったようなパンツが出来ません。ウエストにゴムを使うので、どうしても履き心地が良くないものになってしまいます。
パンツの「ウエストリブ」が誕生した瞬間
自己流では限界、と思った黒川さんは、ニットソーイング教室に足を運びます。初回はトレーナー作りの授業でした。そこでトレーナーの袖や襟ぐりのリブを見て「パンツのウエスト部分をリブにしたらくい込まないし、気持ちいいんじゃないか?」とひらめきます。今のジュバンドーニのパンツの最大の特徴でもある、ウエスト部分のリブが誕生した瞬間でした。
黒川さんのパンツ作りは2年目に突入。アイデアと見当はついたものの、そろそろ自分一人では手に負えなくなってきたので、プロの手を借りようと思い立ちます。声をかけたのはパタンナーの深沢由起美さん。現在のジュバンドーニのメンバーの一人です。
深沢さんの参加で、製品は格段にレベルアップ。このタイミングで、黒川さんは商品化を前提とした生地や工場探しを開始します。
ド素人だったからこそ思い切った試みができた
あとは工場を見つけるのみ。しかし黒川さんは工場へのヒアリングを通じて、日本の下着業界(工場やパタンナー含む)が大手企業に寡占されている現実を知ります。一方で「下着についてド素人だったからこそ業界の慣習に縛られず、思い切った試みができているのだと思います」とも。
「私は背が高く、既製品の下着のサイズが合わなくて。Mサイズだと、脚の付け根部分がきついんです。自分以外にも既製品だとサイズが合わなくて困っている人も多いのではないかと思い、ジュバンドーニではMサイズとLサイズの間のM+サイズを作りました。あと、既製品ってやたらキツめに作ってあるんですけど、履き心地良くないな、と。なので、ウエストリブと脚の付け根部分はゆるめにしました」
「そういえば、宣伝どうなってるの?」と指摘され
無我夢中で理想の下着を追求しているうちに、あっという間に5年が経過。6年目に突入した2016年5月、ジュバンドーニの第1回目の展示会を開催しました。完成した商品を履いた感想を伝えに自宅に来てくれたPR業の友人・松本麻依子さんに「そういえば、宣伝どうなってるの?」と指摘されます。
「ようやく第1号商品を作り上げ、それで満足してしまったというか、力尽きてしまってたんです(笑)。誰かに宣伝をしてもらう、という発想がそもそも無かったこともあって。見かねた松本さんが手伝ってくれることになりました」
こうして松本さんもジュバンドーニのメンバーに。これを機に、ジュバンドーニに追い風が吹き始めました。
黒川紗恵子さんの年表
0歳 | 広島で生まれる。神戸育ち。母がピアノ講師ということもあり、子どもの頃から音楽に慣れ親しむ |
---|---|
12歳 | 中学校の吹奏楽部でクラリネットを始める |
15歳 | 高校は音楽科に進学。藝大目指して音楽一辺倒の日々 |
17歳 | 高2の修学旅行中に阪神淡路大震災発生。「人間いつ死ぬかわからない」と思い遺書めいたメモを書く。通っていた高校の校舎も被害を受けてしまい、卒業までプレハブ校舎で授業を受ける |
18歳 | 東京藝術大学器楽科入学 |
20歳 | 自分の欲しい下着が売っていないことに絶望し「これはいつか作らなければ」と当時の同級生でジュバンドーニのビジュアルデザイン担当の飯田さんに宣言 |
21歳 | 大学卒業後、クラリネット奏者として活動する |
34歳 | パンツを作り始める |
35歳 | 2年目、パタンナー深沢さんが参加 |
39歳 (2016) |
ジュバンドーニ立ち上げ、初めての展示会を開催。秋には広報担当の松本さんが参加 |
44歳 (2021) |
倉庫を借りる。7月でジュバンドーニ5周年 |
撮影/高村瑞穂 取材・文/露木桃子
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