「自閉症の人が生きやすくなるには、思いやりのある好奇心を持つ人が増えること」。映画『僕が跳びはねる理由』、原作翻訳者デイヴィッド・ミッチェルさんが願うこと
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武田由紀子
2021.04.01
“自閉症”と聞いて、みなさんはどんなイメージがあるでしょうか。最近では発達障がいの一つとしてだいぶ理解が進んできましたが、家族がそうであったり、知るきっかけがない人にとっては、未知の世界かもしれません。
「自閉症の人たちは、どんな感覚で生きているのか」
「何に感動し、何に心を痛めて生きているのか」
そんな疑問の答えになるような本が、当時13歳だった自閉症の東田直樹さんが書いた『自閉症の僕が跳びはねる理由』(2007年・エスコアール出版、2016年・角川文庫、2017年・角川つばさ文庫)です。それを英語版に翻訳したのが作家のデイヴィッド・ミッチェルさんと妻のケイコ・ヨシダさんです。それをきっかけに、世界34カ国で出版されるベストセラーに。そしてこの本を映画化したのが、4月2日(金)から公開される『僕が跳びはねる理由』です。
15歳になった今も、東田さんの本が自閉症の子どもの親のアドバイザーになってくれる
ミッチェルさんは自身の息子が自閉症だったことで、東田さんの本と出会いました。わが子の子育てや行動に困り果てていたところ、東田さんの本から答えを見つけました。映画の中でも、東田さんの本との出会いを語っています。アイルランド在住のミッチェルさんに、今回の映画化への思い、そして15歳になった息子さんの子育てで感じていることをオンラインでインタビューしました。
「僕らが翻訳したことが、この映画化へのプロセスを加速させていたんだとしたら光栄です。翻訳は僕だけじゃなく、妻(ケイコ・ヨシダ)と行いました。才能があるのは彼女の方ですからね(笑)。あと僕が小説家で、出版社がいてエージェントがいたことでプロセスが加速するきっかけになったかもしれないけれど、この中で一番重要なプレイヤーは、本そのもので、直樹の言葉です。僕らは、彼の言葉や自閉症の知識を伝える立場だと思っています。映画になったことで、より多くの人に届くきっかけになれば嬉しいです」
本と出会った頃、ミッチェルさんの息子は3歳でした。15歳になった今、息子さんとの関わりの中で、東田さんの本の役割はどんなふうに変わってきているのでしょうか。
「当時の息子は自分の中で苦しんでおり、それから成長し、また状況が変わってきているので、当時と今とでは違っているところはあります。ただ核の部分では、未だに本がとても役立っています。一番嬉しく思っているのが、本が与えてくれる知識です。以前は、自閉症の人が『感情がない』『イマジネーションがない』などと思い込まれていましたが、この本があることで、それが違うんだと証明されています。以前であれば、できない・能力がないと思い込んでいたことが、能力もあるし感情があるとわかって、思い込むことをやめました。今でも彼が苦しんでいるときには、妻と会話しながら、この本について話します。分かりやすく伝えるとするなら、10年前はチーフアドバイザーだったのが、今はアドバイザーの1人になった、という感じですね」
自閉症の人の身体の中に入ったような感覚が味わえる映画
映画は、5人の自閉症の子どもにクローズアップし、それぞれの日常や内面を描きつつも抱えている問題や課題、東田さんの本と出会ったことでの変化を描いています。視覚、聴覚に加え、感触を伝えるような五感に訴える映像と音楽で作られています。ミッチェルさんは映画を観て、どんな風に感じたのでしょうか。
「映画には、マジックがあると言われますが、その通りだと思いました。特にフィクションは、自分の肉体を離れて、遠い時代や場所へ誘ってくれます。この映画でも同じ体験ができます。監督のジェリー・ロスウェルさんは素晴らしい手腕を発揮し、本当に自閉症の人の身体に入っていたかのような体験ができる映画になっています。視覚的にも聴覚的にも、ちょっと違った体感ができると思います。そんな風に感じてもらえると、自閉症の人が遠い存在に感じなくなると思うので、この映画が存在していることが嬉しいし、これからもこの映画が大きく咲き誇り続けて欲しいです」
映画の中で描かれている世界観やディテールに、とても驚かされました。非常に感覚的で美しく、心地いい映像と音の共鳴に心が奪われます。その中で合わせて描かれているのが、自閉症の人たちが受ける社会的差別や一方的な偏見、まわりの人たちの知識や経験のなさでした。
「思いやりのある好奇心を持つ人、ニューロティピカル(定型発達)でそういう人が増えることが、間違いなく問題解決の一部になっています。自閉症の人、その家族を代表して、オープンで思いやりのある好奇心を持ってくださることに感謝します。そういった好奇心を持つ人が増えれば増えるほど、自閉症の人は生きやすくなっていきます。直樹の言葉をもっと知ってもらうにも、映画が存在していることが、とても嬉しく思っています」
息子とのやり取りに、日々たくさんの発見や驚きがある
映画の中で、自閉症の子どもがコミュニケーションに文字盤を使っているのが印象的でした。自分が言いたい言葉の単語を、アルファベットやキーボードを使って一つずつ読み上げながら、単語を綴る方法です。ミッチェルさんの息子さんは現在取得中だそうですが、なかなか簡単な道のりではないそうです。
「私も毎週教えています。映画の中では簡単なように見えたかもしれませんが、何年もかかって習得するもので、とても大変です。息子はまだ劇中の子のようなスキルはなく、まだ自由に自分の感情が表現できるようになっていないけれど、コミュニケーションを取るのにとても役立つものです。またニューロティピカル(定型発達)の人にとっても、自閉症の人がコミュニケーションを取ろうとしていることに理解していること、知性や尊厳を尊重していることが伝えられます。自由に表現できるところまでいけたら素晴らしいけれど、今の途中段階でもすごく意味がある、重要なものです。とても役立っています」
子育てをする中で、息子さんの言葉や行動で、最近印象的だったことがあったかを聞いてみると、3つの出来事を教えてくれました。
「毎日何かあって、たくさんあるんだけど、その中でも3つのグレイテスト・ヒッツを紹介しますね。1つ目は、息子がどこかに行きたい時は、僕や妻の袖口を引っ張って誘導するんだけど、ある日僕らを自分の部屋に連れて行きました。窓のカーテンを開けて、月を見て「ビューティフル」と言ったんです。本の中で描かれていた、自閉症の人が美的感覚を持っていることが証明された瞬間でした。
2つ目は、映画にも出てくる言語療法士エリザベス・フォスラーさんがアイルランドに遊びに来てくれた時のことです。息子には、足し算や引き算の算数は後回しにしていて、やっていませんでした。彼女が、ダーウィンが亡くなった年についての本を読んだ時、「今の時代から何年前に生まれたのか計算してみて」と言ったのですが、僕も妻も息子には難しすぎるんじゃないかと思ったんですが、目の前で4桁の引き算をやって、答えを言い当てたんです。これにはとても驚かされました。自分の目で見ていなかったら、信じなかった瞬間でした。自閉症の人に知性があることを証明できるエピソードです。
3つ目は、ボディランゲージについてです。ふだん息子はうまくいかないことや落ち込んだことがある時に、ハグをしに来ます。自閉症の人にとって、そういった行動はあまり得意なことではありません。でも彼は、ぎこちないながらもハグしようとしに来てくれるんです。息子のそうしようとしてくれている気持ち、また感情的な知性があることを感じられることがとても嬉しいです。彼がいてくれて、本当に嬉しいです」
自閉症の人だけが見ている、感覚が研ぎ澄まされた美しい世界
ミッチェルさんのあたたかな人柄と優しい言葉から、息子さんとの微笑ましいやり取りの様子が伝わって来ました。自閉症の人への知識や理解について、まだまだ発展途上だと思います。例えば本を読んだり、学びに行くことは難しいにしても、映画を見ることが知るきっかけの一つになることは確かです。
映画で描かれている自閉症の人たちが見聞きしていることは、私たちが感じていることと何ら変わりはありません。しかし、全体ではなくディテールにクローズアップした感じ方、時間を線ではなく点で感じていることなど、その違いは明らかで、私にはよりアーティスティックに見えました。映画『僕が跳びはねる理由』を観て、私は確実に自閉症の人たちへの意識が変わりましたし、感覚が研ぎ澄まされた美しい世界を見ないともったいないと思いました。ぜひ、“自閉症の人の体の中を旅している感覚”で、映画を楽しんでみてください。
映画『僕が跳びはねる理由』
●監督:ジェリー・ロスウェル
●プロデューサー:ジェレミー・ディア、スティーヴィー・リー、アル・モロー
●原作:東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』(エスコアール、角川文庫、角川つばさ文庫)
●2021年4月2日(金)より角川シネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国順次公開
●URL: https://movies.kadokawa.co.jp/bokutobi/
©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
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武田由紀子 Yukiko Takeda
編集者・ライター
1978年、富山県生まれ。出版社や編集プロダクション勤務、WEBメディア運営を経てフリーに。子育て雑誌やブランドカタログの編集・ライティングほか、映画関連のインタビューやコラム執筆などを担当。夫、10歳娘&7歳息子の4人暮らし。