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ブレイディみかこさんインタビュー「オッサン&オバサンにもかけがえのない物語があります」

2020.08.14

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労働者階級の目線で、英国の子育てや雇用状況について書いているブレイディさん。待望の新作は……なんと“オッサンの生き様”エッセイ。なぜオッサンをテーマに執筆したのでしょう!?

LEEwebでは、新型コロナウィルスで広がる「教育格差」について、読者の質問にも答えていただきました!

ブレイディみかこさん
「オッサン&オバサンにもかけがえのない物語があります」

「きっかけは担当編集者からのリクエスト。保育士の資格を持ち、13歳の息子を育てていることから、育児について書く機会が多かったので、自分でも意表を突かれた気がしました(笑)。でも執筆を始めた頃、イギリスはEU離脱問題で揺れていて。私の夫や夫の友人みたいな、労働者階級のオッサンは“排他的”“老害”と言われがちだったんですね。彼らは規制緩和や民営化を推し進める新自由主義の競争社会の中では負け組と捉えられ、仕事も家庭も壊れて人生順風満帆とはいかない人も多い。だからといってオッサン全員が英国の発展を妨げる悪魔なのか?と考えたら、そんなことはないだろうと。彼らの人生や考え方を、ミクロの視点から掘り下げました」

大酒飲みから心機一転したのち専業主夫になったレイ、図書室兼遊戯室で子どもたちの人気者になるスティーヴ、デモ参加をきっかけに昔の恋人にそっくりな女性と親密になるサイモンなど、エッセイには愛すべきオッサン(&オバサン)の姿が登場します。

「彼らは落ち込んだときの沈み方もすごいんですけど、生き地獄状態からはい上がるパワーも半端じゃない(笑)。イギリスも多くの問題を抱える国ですが、友人連中を見るにつけ、コイツらがそう簡単にくたばるわけない!と感じます」

そしてコロナ禍の今も、「労働者階級の中年は輝いている」と。

「医療や生活インフラにまつわる仕事に就く友人たちは、英国社会の中ではキーワーカーと呼ばれ、ロックダウン中も感染のリスクを負いながら街で働いていました。そんな彼らに対して木曜日の夜に、拍手を贈る習慣ができて。それは本人たちにとっては、うれしい出来事だったと思います。彼らは長い間低賃金に甘んじてきたうえに、社会から感謝される機会の少ない存在でしたから。あらためて自分たちの生き様が認められて、生き生きしているように見えました」

さらにブレイディさん自身は自粛中、日頃から交流のあるママ友とのリモート飲み会を主催し、こんな問題意識も持ったそう。

「英国ではロックダウン中に休業した人は賃金の80%が保障されたものの、仕事を休めない母親の場合は在宅ワーク中に子どもを見なければいけない。私のママ友は睡眠時間が3時間になり、やせてしまったとか。その話を聞くと、コロナ問題による育休と、その分の経済保障も認められていいのではないかと。子育て中の女性には何かと我慢が求められがちですが、母親の犠牲のうえで、子どもの幸せは成り立ちません。幸福な大人から育てられた子どもが、次世代に幸せをつないでいくと思うんです」

混乱が続く状態で働きながら、育児中のLEE読者にも刺さる視点。今、私たちができることは?

「経済が傾いてくると、男性のみならず女性にも、さまざまな負担がのしかかってきます。だからこそ孤立を避け、女同士で助け合う精神を持ちたいですね。連帯の輪が少しずつ広がれば、社会の理不尽さに疑問を呈したり、過度な要求を跳ね返すパワーだって作っていけるのではないでしょうか」

ブレイディさんに質問!
Q:新型コロナウィルスで広がる「教育格差」が不安です

「小学校2年生の息子の母です。新型コロナウィルスの影響で、息子の学校生活は大きく変わり、教育の格差が広がっている現実にも不安を覚えます。今、息子は公立小学校に通っていますが、この先を見据えて、中学校は、何かとフォローが手厚い私立に入学させたほうがいいのかな、という気持ちがよぎったりも……。親として、これからを生きる息子のために、どんな学び方を視野に入れたらよいでしょうか。また、イギリスの教育状況はどうなっていますか」(35歳・るんるんさん)

A:コロナによる子供達の学習の遅れ、そして教育格差の問題は、日本だけではありません。

むしろ、イギリスのほうが深刻かもしれませんね。私の息子は13歳ですが、学校は3月23日から9月初旬まで休校中です。6月から一部の地方自治体で一部の学年のみ学校再開しましたが、それもソーシャルディスタンスのために週に2~3日だけの登校だったり。でも、ほとんどの英国の子どもたちは約半年間の休校になりました。

息子の通う公立中学校は、“底辺校”と呼ばれるほど荒れた状況から、学校と地域が尽力して学力や素行改善に努めたところなので、オンラインで授業があり、さらに先生たちの各家庭への目配りも細かくて感謝しています。でも、同じ公立でも、ただ課題だけを与えて放置した学校もあったようで、公立校の児童の71%が一日に一時間以下、または全くオンライン授業を受けていないという調査結果が出ています。

一方、私立校では一日4時間以上のオンライン授業を受けている子ども達が31%もいたというデータがあるので、私立と公立の教育格差は深刻です。

でも、国内はコロナ禍と、5月にアメリカで起こった、白人警察官に黒人の方が殺された事件に対する抗議デモなど大きなニュースになる事象が続いて起こり、子ども達の教育の問題がそれほど深刻に取り上げられていません。9月に全面的に学校が始まると、この格差は大きな問題になると思います。

でも、別に教育というのは学力だけが全てではないので、私はイギリスの子ども達の未来に対しては、そこまで絶望的な思いは抱いていません。

というのも、イギリスは21世紀に入ってから、「シチズンシップ教育(市民科)」という科目を設け、ただ教えられるだけの学校教育とは違う、「政治や社会について考える力」を身に着けさせようとしているんですね。これは子ども達に、社会の成り立ちについて考えさせ、おかしいと思うことには声を上げ、ボランティアなど実践的なことを通して「社会を変える」のは自分たちだという認識を与える科目です。議会政治の基礎も学びつつ、具体的には、今起きていることを、ディスカッションの題材として話合わせたり、エッセイとして書かせたりします。

これが、他の教科ともリンクしていて、親として見ていても、すごい課題が出ますよ(笑)。英国の中学の課題はタイムリーでおもしろいです。

例えば国語では「動物を主人公に社会風刺した小説を基に、ロックダウン中の人間や社会についてのアレゴリーを書きなさい」とか。物書きの私でも難しいなあと思っちゃうテーマに、13歳、14歳の子達が挑んでいました。

イギリスではジョンソン首相がコロナに罹患しましたが、現場で彼の命を救ったのは移民の看護師さんたちだったんです。その出来事を移民排斥の動きと絡め、社会風刺としてこの作文で書いた子が多かったみたい(笑)。こうやって社会状況を自分の事として捉え、何とかしようと考える子供たちを見ていると、彼らが大人になったらイギリスは明るいんじゃないかなと思いますよ。

日本の学校で、今すぐ同じことを求めるのは難しいかもしれないですが、シチズンシップ教育っぽい会話を家庭で取り入れることはできるのでは。学校の授業が受けられなくとも、大切な勉強は他にもあると思います。

幼いうちから世の中の出来事を「自分の頭で考え、自分の言葉で表現する」習慣をつけることができれば、子どもにとっては何よりも重要な未来のためのリソースになると思います。

PROFILE

ぶれいでぃ・みかこ●1965年福岡県生まれ。ライター・コラムニスト。’96年から英国のブライトンに在住。保育士資格を取得して「最底辺保育所」で働きながらライター業を開始。2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で第73回毎日出版文化賞特別賞受賞ほか、数々の賞を受賞。

『ワイルドサイドをほっつき歩け』

EU離脱問題、新自由主義による競争が激しくなるばかりの社会に揺れるイギリスの中で生きている、労働者階級の"オッサン"&"オバサン"。彼ら彼女らの悲喜こもごもな姿を描いた21編のエッセイに、英国の世代、階級についての解説も収録。エッセイのモデルたちは、ブレイディさんの知り合いということもあり、リアルな生き様に心打たれる。¥1350/筑摩書房


写真/筑摩書房 取材・文/石井絵里

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