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LIFE

映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

詩情あふれるカザフスタン映画『オルジャスの白い馬』 主演女優サマル・イェスリャーモワさんに聞く

  • 折田千鶴子

2020.01.17

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大草原を舞台にした父と子の物語

どこまでも広がる大地と続く大空、駆け抜ける馬のいななき、乾いた風が揺らす牧草……。父親を喪ったばかりの少年と、本当の実父は自分だと名乗れない男が、大草原を舞台に信頼を育んでいく――。

スーッと心に入って来て、情景や感傷が後から何度も脳裏によぎるような、ステキな映画がカザフスタン(日本・カザフスタン合作)からやってきました! ぎこちなく近づいていく実父と息子の物語『オルジャすの白い馬』は、LEE読者の方々の琴線にもバッチリ触れる作品だと思います。ぜひ注目を!

『オルジャスの白い馬』
監督・脚本:竹葉リサ、エルラン・ヌルムハンベトフ
出演:森山未來、サマル・イェスリャーモワ、マディ・メナイダロフ、ドゥリガ・アクモルダほか
2019/日本・カザフスタン/81分/配給:エイベックス・ピクチャーズ
公式HP:orjas.net
©『オルジャスの白い馬』製作委員会
2020年1月18日(土)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー

しかもW主演を務めた森山未來さんが、全篇カザフ語で少年の実の父親役を熱演されています。今回は、森山さんと共にW主演を務めたカザフスタン出身の女優さん、サマル・イェスリャーモワさんにお話をうかがいました。

サマル・イェスリャーモワ
1984年9月1日、カザフスタン出身。カザフスタンを舞台にした5か国合作映画『トルパン』(08)で映画女優としてのキャリアをスタート。同作は東京国際映画祭で東京サクラグランプリ(最高賞)、最優秀監督賞を受賞。『アイカ』(18)でモスクワに不法滞在する移民女性を演じ、カンヌ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した。国際的に広く活躍中。  写真:細谷悠美

<物語>少年オルジャスは、広大な草原の小さな家で、家族と暮らしています。ある日、馬飼いの父が市場に商いに行ったきり、待てど暮らせど帰って来ません。実は、2人の仲間と共に草原で強盗に襲われ、殺されていたのです。そんな大黒柱を失った一家の前に、8年前に失踪したオルジャスの実父・カイラート(森山未來)が現れるのですが――。

 

いきなり夫を喪う窮地に!

――サマルさんが演じられたオルジャスの母・アイグリは、夫が強盗に襲われて殺されるという衝撃の事件に遭います。映画の序盤でいきなり事件が起こり、驚きました!

「アイグリは非常に夫を深く愛していたと思います。というのも彼は、オルジャスが自分の子ではないと知りながら、自分の子供として可愛がって育てている、とても立派な人だからです。彼女はそんな夫を深く愛していたし、これからも愛し続けていくのだと思います」

――一家の大黒柱を亡くして窮地に立たされ、悲しみに沈むアイグリが、亡き夫の姉や母親らに激しく責め立てられることに驚きました。傷ついたアイグリが、なぜ?と。

「アイグリがカイラートという別の男と別れた後、現在の夫と再婚したということ自体、元々夫の家族が快く思っていなかったからでしょう。この女と結婚し、そして死んでしまった。愛する息子(あるいは兄/弟)の死は、アイグリのせいだと思われているのです。市場へ行けと言い出したのも、きっとアイグリに違いない、つまりこの女が不幸をもたらしたのだ、というそしりを受けているのです」

 

一家の遊牧生活の暮らしぶりや住居など、どのシーンも興味深いことばかりですが、アイグリとオルジャスを含む遺された3人の子供たちは、亡き夫の家族も暮らすこの地で暮らしていけなくなり、別の町へと引っ越すことになってしまいます。そこへ偶然、フラリとカイラートが現れるのですが――。

 

 

森山さんの素晴らしいプロフェッショナリズム!

森山未來さん扮するカイラートは、実の息子オルジャスに自分の正体を伏せたまま、アイグリと2人の幼い子どもたちとは別に、引っ越し先の町までオルジャスと馬で旅をすることになります。言葉は少ないながら、絵や木の彫り物を通して心を通い合わせる2人の姿――さらに言えば、カイラートが自分の血をオルジャスに感じる、表には出さない小さな喜びや照れくささみたいなものが、何とな~く伝わって来て、心をくすぐられます。

その途上で立ち寄った食堂で、オルジャスは殺された父親の腕時計をはめた男を見かけるのですが……。荒涼とした砂漠や草原を駆け抜け、ちょっとしたアクション冒険譚みたいな展開となり、グッと魅入らされます! 森山さんが醸す謎めいた空気もステキだし、馬で駆け抜けるアクションもさすがの上手さ。カザフ人という設定に違和感なく自然に溶け込んでいて、思わずニンマリさせられました!

――謎めいた男カイラートが、実はアイグリのかつての夫か恋人か、ということが少しずつ分からせるような抑えた演出になっています。アイグリにとって彼は忘れられない男なのでしょうか。あの謎めき具合からしても、きっとカイラートには何か事情があって去らざるを得なかったのだろう、と推測されるのですが。

「色んな解釈ができますが、演じていて私が感じたのは、アイグリにはそんな感情はありませんでした。むしろ、カイラートを許せない気持ちの方が大きかったのではないでしょうか。オルジャスという子供が生まれたのに、去ってしまった人ですから。それに現在の夫と結婚した時点で、カイラートに未練はまったくなく、夫を心から愛していたと思います」

――森山未來さんとの共演は“演技がしやすかった”とコメントされていますが、共演を通してどのようなことを感じましたか。

「今回、すごく短い期間の中で撮影をしていたので、その中でテンションを高め、演技をしていかなければいけない状況でした。私より数日前に現場に入られ、撮影を始めていた森山さんが、私が入りやすいような状況を既に作って下さっていたので、彼の素晴らしいプロフェッショナリズムを感じました」

「非常にしっかりシナリオを読み込み、十分な準備をして入られたのだな、と思いました。私は、役者は“状況”を作るのが大事だと思っているのですが、森山さんは、現場での状況の中で、自分の状況を作り出していくことが出来る才能の持ち主です。だから非常に一緒に演技がしやすかったのです」

今回、サマルさんは何度も“役者の仕事は状況(情況!?)を作ること”という言葉をおっしゃられていたのですが、通訳さんを通して、“状況を作る”ということを明確にしようと必死で探ろうとしましたが、どうにも真意に到達できずじまいでした。

“空気ということに近いかも”と通訳さんもおっしゃっていましたが、スルッと“空気”と変えてしまうのも抵抗があったので、サマルさんの原語に近い表現を残してみました。

 

 

カザフスタンの原風景が映っている

――どのシーンにも魅せられる、日本では見ることのできない風景も魅力的でした。特にカイラートとオルジャスが馬で野を駆ける一連のシーンは、見飽きませんでした!

「彼らの旅路における映像に常に映り込んでいるのですが、私自身もテンシャン山脈の中のハンテングリ山が映るシーンはとても美しくてジ~ンとして、思わず故郷に帰って来たような感慨を抱きました。ハンテングリ山って、普段は見えない山なんですよ! 天候や気候、雲の状態や空気の澄み具合など、色んな条件がそろってはじめて見えるんです。なかなか行けない場所でもあるので、今回あんなに映っていて、しかもそれがステキで嬉しかったです。自分の中の原風景に出会ったような感動がありました」

――アイグリたち家族が暮らしているような生活にノスタルジーを感じると資料にありましたが、サマルさんは幼少時、このような遊牧生活を送られた経験があるのですか?

「まさか(笑)! 私は北の方の町の出身なので、経験はしていません。この映画の舞台は南でで、私は行ったこともないので、このような生活様式を全く知らないと言えるくらいです。別の映画で遊牧民に近い役を演じたことがあるので、撮影では経験していますが。遊牧生活を送る人の数は今では非常に減っていますが、今でも映画に描かれているような生活を送っている人々もいます。ちなみに本作の舞台は、90年代、ソ連が崩壊した直後くらいの想定です」

――サマルさんは以前、カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞されたこともありますが、演技はモスクワで学ばれていますよね!? 女優になろうと決意したのは、いつ頃のことだったのでしょうか?

「実は私、ジャーナリストになりたかったんです。学校でもジャーナリズムを専攻していました。私が生まれた北の地域はロシア語の方が強いくらいなのですが、ある時、カザフ語の劇団が出来て、声を掛けられたのがきっかけです。最初はジャーナリストを目指していたのでピンと来なかったのですが、楽器が好きだった父が芸事をやらせたがったこともあり、挑戦してみれば、と背中を押してくれました。その後、故郷からモスクワに出て演劇学校で学びました。今はもう、役者が生まれついての職業としか思えないですね」

――最後に、映画『オルジャスの白い馬』の魅力をサマルさんから伝えていただけますか!?

「子供のいる役を演じるといつも、夫婦や恋人たちの間に存在する絆や物語とは比べものにならないほど、親と子の間には深い絆があるな、と感じます。特に母親と子どもの間には。そして子供が入り込んでくることによって、影響されたり変化する人間同士の関係性も、非常に興味深いものがあると思います。LEE読者の方々にも、アイグリに強い共感を持って観ていただけたら嬉しいな、と思っています」

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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